モーリスと後片付け
モーリスは汚れた鎧姿で、辺りを見回す。
「な、なあレージ、お前白帝魔豹と戦ってたよな? ……どうなったんだ?」
「あー、ええと、追い出したってのが正解なんかなぁ。この場合」
「知らなかった……まさかお前があんな、けた外れに強かったなんてよ」
そう言ってモーリスは突然、俺の肩をつかんできた。
「な、なあ! お前なら白帝魔豹を捕らえることもできんだろ?」
「それは無理じゃねーっすか?」
「それなら倒してもいい! 倒してその死体の場所を教えてもらえれば……っ!」
そこまで言って、モーリスは突然パンと手を打った。
「そうだ! 俺が士団に戻れるよう取り計らってやるよ」
「……はい?」
「分かるだろ? 式典はもうめちゃくちゃだ。だが白帝をどうにかできればまだ話をする余地はあるはずなんだ! 平和式典を襲った憎むべき白帝魔豹を倒したって事実は揺るぎない名誉になる。そんでお前はその白帝を討伐した騎士団員になれる。悪い話じゃないだろう? だから今すぐ追いかけろ! そんで白帝を倒して来るんだ! 分かるだろ! なあ! なあっ!!」
モーリスは俺の襟元をつかんで、揺さぶってくる。
「お前だって今のしょうもねえ生活に満足なんかしてねえよな!? また騎士団に戻りたいんだろ!? 何せアルテンシアの英雄だ。騎士団員であることがどれだけの名誉なのか知らないわけじゃねえよなぁ!?」
「……それが俺には、今の仕事の方が向いてるみたいなんすよ」
俺はモーリスの手を放して、そう告げた。
よほど意外だったのか、モーリスは信じられないって顔をする。
そう。やっぱ俺には、英雄だのなんだのって持ち上げられるのは向いてねえ。
これまでの式典のことを思い返してみても、完全に飯が目当てになっちまってたしな。
「そんなわけで、残念だけどもう騎士団に戻るつもりはねーんすよ」
「ウソ……だろ?」
「白帝とは戦いたくないし、何よりもう……仲間がいるんで」
「そんな……」
モーリスはその場に膝を突く。
「そーいうわけなんで、俺は行きますよ。今日の仕事を件をやさぐれ……元やさぐれちゃんに報告しにも行かねえと」
そう言い残して、俺は踵を返す。
アンナマリーのもとにも、やがてこの事件の話が届くだろう。
その時にまだ俺たちの安否が分かってなかったら、余計な心配をさせることにもなりかねない。
早く事務所に帰りたいし、今は急ごう。
「お、おい待てよ。待てよレージ!」
膝を突いたままモーリスは、叫び続ける。
「止まれ! 止まってくれ! このままじゃ終わりなんだ! 頼む、頼むから止まってくれぇぇぇぇ!!」
◆
大騒ぎだった式典会場と違って、街はいつも通り賑やかだ。
……よし、大丈夫だな。
後を追われてたりしないかを確認するため、ギルドへの状況報告ついでに街を少し歩いてみたけど、問題はなさそうだ。
下町へ戻って来た俺は、事務所のドアを開ける。
「レージくんッ!!」
「うおおっ!?」
扉を開けるや否や、ものすごい勢いでヨルが抱き着いてきた。
「ありがとう……ありがとう……レージくんっ!」
ヨルは俺の胸に顔をうずめて、腕に強く力をこめる。
「アバロンは無事か?」
獣耳のついた頭をポンポンすると、ヨルはうれしそうに顔を上げる。
「うん……無事だよ」
「会場はまだバタバタしてたし、見つからずに逃げるのもそう難しくなかったわ」
どやぁと、得意げな顔をして見せるアニエス。
さすがに気を失ってるアバロンを抱えて戻って来るなんてのは無理だ。
仮に目を覚ましたとしても、封印してない状態で逃げたんじゃ目撃者だらけになる。
だからアバロンが目覚めたうえで、その場にヨルもいる。
この二つをそろえられるかは、なかなか難しい賭けだったな。
「でも、これで一息つけるわね」
「ああ、そうだな」
アルテンシアの街は、本当に普段と変わらない。
俺たちとしては一段落ってことでいいだろう……さて。
「こっからは仕事の話だ。ヨル」
俺はそう言ってヨルに向き直る。
「アバロン救出の依頼料は――――なんでもする。だったよな」
ヨルは真剣な面持ちで、こくりとうなずいた。
「こっちからの要求はもう決まってる」
「まあ、そうなるわね」
どうやらアニエスも、同じ考えらしい。
真っすぐに俺を見つめるヨルに、告げる。
「――――俺たちの、仲間になってくれ」
「…………え?」
「つっても、まだ仕事をギルドに融通してもらってる、しがない何でも屋でしかないんだけどな」
「で、でも……」
ヨルは明らかに慌てた様子を見せ始める。
「なんだ? なんでもしてくれるって話だっただろ?」
「い、いいの? わたしは、わたしたちは怖い化け物で――」
「仲間のためにあんなに必死になるやつが、怖い化け物なわけねえだろ」
「……ッ」
「何より。単純に俺たちはヨル……いや、”お前たち”と一緒にいたいんだ」
「そういうこと」
「わたしたち……ここにいていいの?」
「ヨルたちを見て思ったの。ここはそこそこ広いし、下町の端だから動きやすい。何より私たちの仕事ならどんな悪名だって変えていける。だから、一緒に変えていきたいって」
「それに。その力は俺たちにとって、アルテンシアにとって必ず必要なものになる」
「……これからはきっと”しだん”の人たちも敵になっちゃうよ?」
「あんなヤツらに負けるくらい、私たちは弱く見えたかしら?」
強気なアニエスの問いに、ヨルはブンブンと首を振る。
「スタートはマイナスかもしれないけど、そんなの一緒になんとかしていけばいいじゃない」
「アニエス……」
ヨルはもう一度、今度はゆっくりと首を振る。
「……マイナスなんかじゃないよ。わたしには、アバロンにはもう…………仲間がいるから」
獣耳の頭にもう一度、手を乗せる。
するとヨルはそのまま、胸元に頭を寄せて来た。
「よろしく、お願いします」
そっと抱きしめると、ヨルは微かに笑って顔を上げる。
そこにはもう、満面の笑みで真っすぐに俺を見つめる――――濃い顔の猫人間。
「おい、キャッツ」
「礼を言うぞ、レージ」
「お前タイミング考えろよ! いい雰囲気が丸々全部ぶち壊しじゃねーか! やめろ、顔を寄せてくんじゃねえ!!」
ていうかなんで憑依を解いて言わねえんだよ!!
白帝の状態で「――礼を言う」だけでめちゃくちゃカッコいい絵になんだろ! 横着してんじゃねえよ!
キャッツに抱かれる俺という絵面に、爆笑するアニエス。
必死にその腕から逃げ出すと、ヨルはまた白い髪の少女姿に戻る。
そしてもう一度――。
「ありがとう。アニエス、レージくん」
そう言って笑った。
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