式典と緊急事態
「いいか使用人、とにかくおとなしくしてろよ。そろそろ王子の御前に出る。そこで俺が合図したら一礼するんだ」
「はい! がんばろうね、アバロン」
「ふむ、できるだけ優雅にふるまわねばならぬな」
突然式典に現れた白帝は、一体何のためにやって来たのか。
誰もがすでに、その魔獣の威容に目を奪われていた。
「ッ」
集まる視線の中、突然アバロンがびくりと身体を震わせた。
「……ぐ」
「どうしたの? 大丈夫?」
「あ、ああ。問題ない。我ともあろう者が緊張しているのかもしれぬな」
穏やかに応えるアバロン。
近づいていく出番。
しかしその息は、少しずつ荒くなっていく。
「――――次はアルテンシア騎士団による、平和の宣誓。モーリス・シアッキ。前へ」
「ハッ!」
そして、その時がやって来た。
すでに観衆の注目は、白帝に集まり切っている。
「よし、行くぞ使用人」
「はいっ」
モーリスは、王子を始めとした来賓たちのいる特別席へ向けて歩き出した。
しかし。アバロンは動かない。
「……グルル……グルルルル」
「アバロン?」
「おい、何やってる。さっさと付いて来い」
急かすモーリス。それでもアバロンは動かない。
「アバロン、どうしたの?」
「おい! 何やってんだ!」
モーリスは、その場を動こうとしないアバロンに詰め寄って行き――。
「聞こえねーのか! さっさと来いって言ってん……え?」
向けられた目に、思わず身を震わせた。
「ぐああああ――ッ!」
次の瞬間モーリスは宙を舞い、そのまま王子たちの前に背中から落ちた。
単なる体当たり。しかしその威力はまさに、恐るべきモンスターの一撃だった。
異常事態。一瞬にして会場に緊張感が走り出す。
さらにアバロンは居並ぶ騎士たちを長い尾でなぎ払い、騎士の石像を頭突きでひっくり返す。
「アバロン!? どうしちゃったの!?」
ヨルの叫びも届かない。
突然の事態に、会場は蜂の巣をつついたような騒ぎになる。
集まっていた貴族たちが大慌てで逃げ出し、王子も警護に引かれるようにして場を後にする。
「殺れ! あの魔獣を殺るんだ!」
一斉に剣を取る騎士団員、魔術師団はアバロンに杖を向ける。しかし。
「オオオオオオオオ――――ン!!」
全身をビリビリと震わせる、強烈な咆哮。
「あ、ああ……」
身体の芯を痺れさせるような雄たけび一つで、士師団の半数が腰を抜かし、恐怖に震え出す。
「――――エクスフレア!」
その隙に、運良く咆哮に耐えることのできた魔術師団員たちが一斉に炎の魔法を放った。
それは複数人が同じ魔法を同時に放つことで行われる合体魔法。
「ギャアアアアアアアア!!」
不意打ちのような形で放たれた火炎は混ざり合い、巨大な炎塊となって白帝に炸裂する。
「やったわ!」
黒煙と共に空を焼き、消えていく炎。
しかし白帝は―――無傷。
「うそ……もう一回、もう一回発いくわ! エクスフレア!」
続けて放たれた魔法は――。
「シャアッ!!」
煌めく十字の光。放たれた衝撃波にかき消され、霧散した。
「……うそでしょ」「ば、化け物だわ」「あんなの、勝てるわけない」
「やめて! お願いだからやめてよアバロン!!」
ヨルが必死に声を上げる。
しかしアバロンは、そんなヨルを歯牙にもかけない。
「きゃあっ!」
振り回す尾の一撃で、魔術師たち共々弾き飛ばした。
「行くぞ! 王子を、式典を守るんだ!」
残った士団員たちはモーリスの号令のもと、一斉にアバロンに襲い掛かる。しかし。
「なっ!? 剣が通らな……ぎゃああああっ!」
体当たり一つで、モーリスを始め重装の騎士たちがまとめて吹き飛ばされた。
広がる地獄のような光景は、もう誰にも止められない。
「ウソだろ……こんなはずじゃ……お、おい待て! 逃げるな! 逃げるなぁぁぁぁ!!」
モーリスの叫びを無視して、一部の騎士団員が逃げだしていく。
それに呼応するように、魔術師団員にも逃走を図る者が出始める。
「やめてアバロン! お願いだから……っ!」
それでもヨルは立ち上がる。
暴れ回るアバロンを止めようと、必死にその後を追いかけていく。
◆
突然の咆哮、そして広がっていくパニック。
「何がどうなっているの……?」
「分かんねえ。とりあえず見に行ってみよう」
アニエスと共に、阿鼻叫喚の式典会場に駆けつける。
するとすでに来賓たちがいなくなった特設席の前には――。
「アバロン! どうしちゃったの!? やめて! やめてよ! お願いだから……っ!」
両手を広げ、アバロンの前に立ちふさがるヨルの姿があった。
どうなってんだこれ。
しかしアバロンは、正気なんて失ってしまったかのように血走った眼を向けた。
「……アバ……ロン?」
アバロンはそのままヨル目掛けて、むき出しの牙で襲い掛かる!
「ッ!!」
一切の容赦なし。ヨルにその牙が突き刺さる!
「させ……るかぁぁぁぁッ!!」
間一髪。
どうにかすれすれのところでヨルを押し倒した俺は、そのまま倒れた騎士像の背後に身を隠す。
「ヨル、大丈夫か?」
「……レージくん?」
「どうしちまったんだ? アバロンは」
たずねると、ヨルはブンブンと首を振る。
「分からない……分からないよ! さっきまでいつものアバロンだったのに、急におかしくなっちゃったんだ!」
「急に……?」
「おかしいよ。あの子は悪い子なんかじゃない。こんなこと今まで一度もなかったんだから! 本当なの! 本当なんだよっ!」
俺の上着をつかんで、ヨルは必死に訴える。
「ずっと一緒にがんばって来たのに……このままじゃ……このままじゃ……悪い白帝と同じになっちゃう」
「……ヨル」
ヨルはずるずるとその場に座り込み、肩を震わせ出す。
聞こえて来る悲鳴。逃げ出していく者たちの足音。
倒れる魔術師像に、砂煙が上がる。
白帝の恐ろしい姿はまさに、かつて一つの都市を滅ぼした白き魔獣の再現だった。
ヨルは震える手で、俺の外套をつかむと――。
「……たすけて」
消え入りそうな声で、そう言った。
「皆には化け物に見えているかもしれない。しだんの人たちには恐ろしい魔物に見えてるかもしれない。誰からも……好かれてないかもしれない。それでもね。わたしには、わたしには、たった一人の――――大切な友達なんだよお……っ!」
ヨルは懇願する。
「……なんでもする。だからあの子を、アバロンを助けて……っ。おねがい……おねがい……っ」
その目から、ぼろぼろと涙をこぼしながら。
「なんでもする……か」
俺はその言葉に一つ、息をついた。
「これはまた、莫大な依頼料を提示されちまったなぁ」
「そうね。でも”いやらしいこと以外”って言っておかないと後が大変だわ」
隣りにやってきたアニエスには、まったく臆した様子がない。
「ヨル、アバロンの封印はできるか?」
「正気を取り戻してくれれば……」
「正気を取り戻せば、可能なんだな?」
「……うん」
「レージ、どうするつもりなの?」
「あの唐突に理性をなくして暴れ出す感じには覚えがある。そして運良く……対処法にもな」
俺は簡潔に、これからどう動くかを語って聞かせる。
するとアニエスは大きく一度うなずいた。
「……本当に、本当にレージと一緒で良かったわ」
その目はすでに、燃えていた。
「さあ、行きましょう」
「ああ。アバロンは――――必ず助け出す」
騎士が魔術師が地を転がり、貴族たちが逃げ惑う中。
俺たちはその波に逆らうようにして、白帝魔豹アバロンのもとへと向かう。
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