ヨルとモーリスと宰相
夜も更けた、アルテンシア城の敷地内。
ヨルは訓練場を駆け回っていた。
士師団の訓練後に置きっぱなしにされた装備品や、魔法の練習に使われて壊れたマトなどを片付けるのは、使用人であるヨルの仕事だった。
帰寮した士師団員はすでに眠りにつこうかという時間だが、使用人には休んでいる暇などない。
それがAランクのモンスター相手に戦った直後でも。
「おい使用人、一角兎の捕獲はどうだったんだ?」
忙しく駆け回っていたヨルのところにやって来たのは、レージを騎士団から追放したモーリスだった。
「はい! 無事成功しました!」
「角がねえって話を聞いたが?」
「角……必要でしたか?」
「あいつは角あってのモンスターだ。それくらいちょっと考えりゃあ分かるだろ……この前の幻魔猿ん時も、本当はミスってたんじゃねえのか?」
「そ、そんなことありません! ちゃんと確認して、鎮静剤と痺れ薬を使いました!」
「そんならあの暴れようはなんだったんだ? そもそも幻魔猿の捕獲もお前の仕事だったよな。何かおかしな点はなかったのか?」
ヨルはぶんぶんと首を振る。
「次同じミスやったらクビだからな」
「そ、それだけは……」
「いいな、よーく覚えとけよ。お前みたいな化け物を、仕方なく俺たち貴族様が使ってやってるんだってことを」
「……はい」
「まあ、結果として余計なヤツが消えてくれたから、渡りに船ではあったんだがなぁ」
ククク、と笑うモーリス。
レージが騎士団を追われた理由となった幻魔猿の暴走。
その原因は、今も謎のままだ。
「ちょっといいかな?」
「おや、宰相殿ではありませんか」
そこにふらりとやって来たのは、宰相。
「一角兎の捕獲はお見事でした。ただ今回は、角のある個体が欲しかったんですよ」
「……はい、ごめんなさい」
「ったく使えねーなぁ」
モーリスがわざとらしくため息をつく。
「……ところで。幻魔猿、ヘルハウンド、そして今回の一角兎。聞けば全て君が捕らえて来たんだそうだね」
「はい」
「どれも決して弱くない相手だ。たった一人でいったいどうやっているのかな?」
「ええと、その……」
言いよどむヨル。
すると二人の間に割り込むようにして、モーリスが答える。
「こいつは魔獣の依り代なんですよ。おぞましいモンスターがこいつの中に封印されてんです」
「魔獣?」
「で、でも全然悪い子じゃないんです!」
「悪くねえ魔獣が封印される理由がねえだろ」
「…………違うんです」
落ち込むヨル。
しかし宰相はむしろ、そこに踏み込んでいく。
「ちなみにそれは、なんていう魔獣なのかな?」
「…………白帝……魔豹です」
「白帝? あの白帝のことか?」
「おいおい、マジかよ……っ」
ヨルがうなずくと、宰相とモーリスが驚きに息をのむ。
「……ちなみに、白帝を呼び出すことは可能なのかな?」
「はい、できます」
「ぜひ見せてもらえないか?」
「い、いいんですか?」
「もちろんだ」
意外な言葉に困ったようにしていたヨルは、宰相がうなずくのを見て白帝を開放する。
「おお……」
「す、すげえ……」
目の前に現れた雄々しい白豹の姿に、モーリスが明確にたじろいだ。
それを見てヨルは、すぐに白帝を引っ込める。
「なるほど。実は近々アルテンシアで平和十周年を記念した式典があるのだが……君も白帝と共に参加したまえ」
「…………え?」
予想もしない宰相の言葉に、ヨルは困惑する。
「で、でも……」
「やはり、危険なのかね?」
「いえ! そんなことありません!」
「封印ができなくなるといったことは?」
「わたしかこの子のどちらかが気を失ったりしない限りは大丈夫です!」
ヨルとアバロンの封印は対等なものだった。
了解もなく一方的に封じ込めているというわけではない。
そんなヨルの言葉を聞いて、宰相は深くうなずいてみせた。
「白帝が式典を飾ってくれれば、皆が君たちを認めることになるだろう」
「皆がわたしたちを……認めてくれる」
「どうだろう、やってくれるかね?」
それはヨルにとって、アバロンに取ってこれ以上ない好機だ。
「は、はいっ! よろしくお願いします!」
「ですが、あの白帝ですよ? そんな化け物を式典に連れ込むだなんて――」
「式典は士師団が中心となって行われる。王子も見に来られる名誉の場にあの白帝魔豹が参じたとなれば、その名は世界に轟くことになろう。ましてやそれが騎士団の手引きとなれば……どうかな?」
「ッ!」
その言葉に、モーリスは意気を荒げる。
「ぜ、ぜひ私にやらせてください!」
「いいだろう、君に任せる」
「ありがとうございます! これなら、副団長どころか団長にすら……っ」
「では、当日の予定については追って連絡する」
「は、はいっ」
ようやく訪れた機会。
うれしさを隠せないヨルは、立ち去っていく宰相に笑顔のまま何度も頭を下げる。
「ありがとうございますっ! 精一杯がんばります!」
そして、宰相とニヤけるモーリスが去った後。
辺りに人がいないことを確認して、もう一度アバロンを表出させる。
ヨルはそっとその横顔を撫でると――。
「がんばろうね、アバロン」
「ああ、もちろんだ」
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