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月夜と見知らぬ強敵

 黒髪の美女師団員があげた悲鳴に、俺は大慌てでアニエスの部屋を飛び出した。

 しまった! ズタ袋を忘れてきた!

 でも、さすがに取りに戻る余裕はねえ。


「いたわ! 侵入者よ!」


 廊下を駆ける俺の前に、ふんわり金髪の師団員が立ち塞がる。

 さらに階段を上がって来る、三人の師団員の姿。


「止まりなさい無職!」「おとしくなするのよ無職!」「無職!」


 だから侵入者の方をピックアップしろよ!

 見てろよ! ここから逃げのびたら堂々と『何でも屋』を名乗ってやるからなぁ!

 無職に厳しい貴族の女子たちを前に、俺は慌てて踵を返して猛ダッシュ。

 目標は反対側の階段だ!


「待ちなさい! アクアバレット!」

「うおおおおッ!!」


 背を向けた瞬間、水の弾丸が金属製のドアノブを消し飛ばした。

 こ、殺す気か!


「なに?」「どうしたの?」「無職がいるって?」


 俺は廊下を駆け抜ける。続々と部屋から出てくる師団員たちの間をすり抜けて。

 ……行ける。

 このまま向こう側の階段へ逃げれば、入って来たのとは反対に出られる。

 アニエスたちが動けるはずだ!


「――――そこまでよ!」


 階段へと続く踊り場に駆け上がって来たのは、四人の気の強そうな魔術師女子。


「あなたではここを通れません。おとなしくお縄につくのね」


 伸ばした手が真っすぐ俺に向けられる。

 勝利を確信し、余裕の笑みを浮かべる四人。


「……舐めんな」


 放たれた魔術が俺の頬をかすめていく。

 それがなんだ。元勇者を……。


「舐めんなぁぁぁぁぁぁぁぁ――――!!」


 階段が無理なら、そのまま窓を突き破る!


「ウソでしょう!? ここ四階よ!?」


 聞こえて来る驚嘆の声。

 四階がどうした! 俺は木の枝に一瞬着足することで落下速度を軽減し、続いて地面で一回転。

 即座に起き上がって宿舎前を猛ダッシュ。すると。

 カーンカーンと、鐘の音が鳴り始めた。

 知ってるぞ! この鐘は『敵侵入者アリ』のやつだ!


「敵襲だ! 敵襲だああああ!!」


 そんな雄たけびと共に別棟から飛び出してくるのは――――よりによってモーリスたちかよ!


「そこまでだ! 止まれええええ!!」


 問答無用で斬り掛かって来たモーリスの一撃をかわす。


「うおっ、うおっ、うおおおおおっ!」


 さらに顔を知る師団員が振る剣を、かわす! かわす! かわす!

 お前たちの太刀筋には覚えがあんだよォ!!


「なんだこいつ……めちゃくちゃ早いぞ! ってうおおッ!! なにしやがる!?」

「構うものですか! 撃ちなさい 撃ちなさい!!」


 おいコラ師団! なんだよその「騎士団員の犠牲はやむなし」の魔法連射はぁ!

 もうめちゃくちゃじゃねえか!

 襲い来る魔法の雨の中、騎士団の攻撃をかわし、俺はそのまま士団宿舎の二階テラスに跳び上がる。


「……行ける。これは逃げ切れるっ!!」


 あとはこのまま宿舎の反対側に降りれば、もう振り切ったも同然だ!

 ようやく見えた希望に、思わず安堵の息がもれる。


「そこの使用人! そいつを捕まえろ!!」


 響き渡るモーリスの叫び声。すると目の前に突然――。



 白亜の髪をした少女が降りて来た。



「その男だ! その男を捕まえるんだ!!」

「わ、わかりました!」


 身にまとった柄物のケープは地方の民族衣装か。

 少女が体勢を低くする。

 目に付いたのは、肩までの髪と同じく白い獣耳。

 そして次の瞬間、ドン!! という強烈な足音と共に飛び掛かって来る。

 速ああああっ!?

 少女をかわせたのは、半分偶然。

 剣士のものはまるで違う、獣みたいな動きで襲い掛かって来る!


「うおおっ!!」


 少女の振り上げた右手を慌ててかわす。

 するとさらにもう一歩。鋭い踏み込みから伸ばされた手が、ここまで無傷だった俺の腕をつかんだ。


「くっ、オラァ!!」


 そのまま投げ飛ばすと、少女は空中でくるりと一回転。

 着地と同時に真正面から飛び掛かって来る!


「うおおッ!!」


 とび着きに来たところを、どうにかしゃがんでかわす。

 こ、こいつ、マジで強えぞ。

 なんでこんな身体能力の化け物が使用人とかやってんだよ!


「逃がさないよ! ここで皆のお役に立ってみせるんだから!!」


 冗談じゃねえ! こっちは捕まったら終わりなんだ!


『おい、レージのやつ騎士団クビになって女子寮に忍び込んだらしいぞ』

『マジかよ……! とんでもない変態だな』

『士団クビになったのも、そういうことなんだろうな』


 ……マ、マジで、マジで冗談じゃねえぞっ!

 とはいえ、この子の運動能力は半端じゃねえ。

 さて、どうしたもんか。

 視線を付近に走らせる。


「追い詰めたわよ。この無職男!」

「逃がさねえぞ変態がぁ!」


 目前には獣耳少女。階下には両”しだん”。

 おいおい、完全に袋のネズミじゃねえか。

 状況はまさに絶体絶命。

 急速に走り出す緊張感に、少女が息をのむ。


「おとなしく捕まりなさい! ウィンドキャノン!」


 すると次の瞬間、一人の師団員が俺の背に向けて魔法を放った。

 …………これだぁぁぁぁ!!

 俺は高速で飛来した風の砲弾を、そのまま強引に斬り伏せるッ!


「うわっ!」


 斬られたとて、魔法の効果がなくなるわけじゃねえ。

 風の砲弾は弾けて暴風を巻き起こす。

 舞い上がる砂煙に、少女が思わず目を閉じた。

 今だっ!

 俺は砂煙の中へ飛び込んで行く。

 十年住んだ士団宿舎だ。こちとらその構造は把握済み!

 捕まえられるもんなら、捕まえてみやがれ――――ッ!!



   ◆



「はあっはあっはあっ」


 髪も服ももみくちゃになった状態で思わず「よっしゃあ!」と、拳を握る。

 どうにか、事務所前まで戻って来れたぞ……っ!


「……貴方、本当にすごいわね」


 すると遅れてやって来たアニエスが、荷車に腰かけたまま感嘆の声をあげた。


「まさかあんな派手にオトリになってくれるなんて。おかげで宿舎はほとんどもぬけの殻だったわ。今もまだ”しだん”は宿舎付近を探し回ってるんじゃないかしら」


 見れば荷車には、アニエスのものだろう家具が山積みになってる。

 ……あれ? なんで冷蔵庫があるんだ。


「なあ、アニエスの部屋どこだって言ってた?」

「四階の二部屋目よ。物置部屋の隣の隣」


 物置部屋……?


「あのなんか小さなドアは物置だったのか!」

「クローゼットルームって書いてあったでしょう?」


 暗くてよく見えなかったんですけど!

 そりゃ冷蔵庫もねえし、別人も寝てるわけだ。そもそもアニエスの部屋じゃねえんだからなぁ!


「ありがとレージ。結構あきらめてた物も多かったから助かったわ」

「いやー、最後に皆で大仕事ができて楽しかったなぁ。レージ君の見事なオトリっぷりについ熱くなって、荷車にアニエス君を乗せたまま猛ダッシュしてしまったよ」

「おじさん、坂を下りる時にテンション上がり過ぎで笑っちゃったわ。車輪から火花が上がってたんだから」


 何その青春映画みたいなやつ。お前らは楽しそうでいいなぁ。

 こっちは謎の獣耳少女に追い回されて大変だったってのによぉ……。


「それじゃあ今夜は、ここまでにしようか」

「……そっすね」「はい」

「またいつでも橋に来るといい。歓迎するよ」


 一晩だけの共闘を終え、満足そうに笑うおじさん。

 アニエスの家具を取り戻しただけってのが何とも言えないけど、まぁ、良しとしておくか。


「そうだ。レージ君には世話になったから。これ、餞別ってわけじゃないけど」


 そう言って差し出してきたのは、一冊の本。

 本? なんだ?

 豪華な装飾の施された、その表紙には――。

『ドスケベ聖女アンソロジー』


「おじさぁぁぁぁん!!」

お読みいただきありがとうございました!

よろしければ、以下の★にてご評価いただければ幸いです。

何卒よろしくお願いいたします!

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