師団員寮と潜入作戦
モンスターブル商人の事務所をそのまま使うことに決めた俺たちは、そのことをおじさんに報告した。
「……おじさんは、マジでここに残るんすか?」
「あはは、言っても橋の上に住んでるってわけではないからね」
そっか、おじさんには帰る場所があんだな。
「はぁ、失敗だったわ……」
俺の右隣に腰を下ろしたアニエスが、ため息をつく。
「どうしたんだよ」
「商人の逮捕時に「やめます」って言って来ちゃったでしょう? だから師団の宿舎にはもう入れないのよ」
「それで?」
「持ち込みの家具とか着替え、取りに行けないじゃない……」
「それは普通にお願いするしかねえだろ」
「でもそういうルールだし……それに」
「それに?」
「あんな形で師団を離れておいて、今さらのこのこと荷物を取りに行くなんて……悔しいじゃない」
まあ、ちょっと分かるけど。
「それに、冷蔵庫はもったいなくない?」
「もったいねえな」
冷蔵・冷凍庫は、氷精石を用いた便利家具。
その価格も結構なものだったはずだ。新居にはぜひ欲しい。
「俺も今や完全な部外者だ。そうなると忍び込むしか手はなさそうだが……アニエスに冷蔵庫を持ち出すのは難しいか」
「仮に持ち出せたとしても、抱えて事務所まで帰って来られる気がしないわ」
うーん。そう考えると冷蔵庫は難しいな。氷精石だけ回収するのが限界か?
「……そういうことなら、僕も手伝おうか?」
「おじさんが?」
「ああ。荷車があるから宿舎の近くで待機してるよ。それなら持ち帰れる荷物の量も増えるんじゃないかい?」
「いいの……?」
「せっかく君たちの住居も決まったし、最後に一つ協力してがんばろうよ」
「おじさん……っ」
アニエスが歓喜に立ち上がる。
「いいわ! やりましょう! 師団宿舎侵入作戦よ!」
◆
深夜。
俺たちは魔術師団宿舎の裏手に身を潜めていた。
「さすがに元しだん員が二人もいると、あっさりだねぇ」
荷車を引いたおじさんが、感嘆の声をもらす。
まあ王城と違って、宿舎までの道のりはそんなに警備されてないからな。
「まずは俺が単身で行く。見つかった時は警備やら師団員やらを引き付けて逃げるから、その間に入り込んで荷物を持ち出してくれ」
「分かったわ」「了解」
女子寮侵入の作戦は、この二段構え。
とりあえずバレるまでは、俺がひたすら荷物を持って往復する。
「狙いは四階の端から二番目にある部屋よ、よろしくね」
アニエスから受け取った回収品メモを手に、ほっかむり姿の俺は女子寮への侵入を開始する。
もし捕まって牢屋に入るなんてことになったら、士団のヤツらには死ぬほどバカにされるだろう。
ミスは……絶対に許されない。
寄宿舎には、裏口が二つある。
そのうち王城から遠い方の裏口には『秘密の開錠法』があるらしい。
要は門限を過ぎた帰宅、逢引き用だ。
金属製のドアノブを右へ七回、左へ三回、さらに右へ二回して、強く押し込む。
よし、開いた……っ。
女子寮に侵入した俺は足音を消し、気配を消す。
勇者時代の経験を活かして、階段へと向かう。
「ッ!?」
上から聞こえて来る固い足音。
すぐさま天井に張り付き、息をひそめる。
それからわずか。予想通り見周りの衛兵がやって来た。
危ない危ない。勇者としての経験がまた役に立ったな。
そのまま衛兵をやり過ごして、俺は四階へ上がる。
アニエスの指定は、二つ目の部屋だったな。
最奥の小さなドアから数えて二番目。
さっそく鍵穴に針金を二本差し込んで…………開錠。
よし、ここでも勇者としての経験が役に立った。
この世界の鍵はまだまだ甘い。そっとドアを開いて、いよいよアニエスの部屋に忍び込む。
まずは冷蔵庫からだ。
「……って、あれ? それらしきものが見当たらねえぞ?」
貴族らしい瀟洒な部屋。何度見返しても冷蔵庫がない。
もしかして他にも狙ってた師団員がいて、もう持ち出されてたりするのか?
しかたない、冷蔵庫については一度戻ってアニエスに聞こう。
今回は着替えだ。
まずはタンスの一番上。適当に取った服を、持ち込んだズタ袋に押し込む。
続いて二段目。
ここは『中身を見ないで』取って来るよう言われたけど、最低限の視認くらいは必要だろう。
引き戸を開ける。なるほど、中身は下着か。
「…………ていうか、あいつこんなの履いてんの?」
色は黒、ブラック。
まあそれはいい。そのうえレース。
まだこれもいい。全体的に透っけ透け。
まあここまではギリギリ、ギリギリよしとしよう。
完全なTバック。
マジで? アニエスって意外とこういう感じなの?
この前の「……私と組まない?」も、こういうの履いて言ってたの?
エルルを騙してた商人に「許せない!」って怒った時も?
どっちもなんかいい雰囲気出してたけど、その裏ではこんなドスケベ下着をつけてたの?
俺は複雑な気分で、隣に並んだ妖艶なデザインのブラジャーを手に取る。
…………これ、でかくない?
そこそこの感じはあったけど……本当はこんなにあったの?
こんなでかいブラジャーとTバックで、昇る朝日の中俺に「結構カッコよかったわよ」って言ってたの?
……考えてても仕方ない。
とりあえず俺はパンツと同じデザインのものをいくつか見繕ってズタ袋に詰め込んだ。
上下バラバラだと、なんか落ち着かないし。
次は、枕だ。
ズタ袋を足元に置いて、そのままベッドへ向かう。
なんだよ枕が変わると眠りづらいって。貴族は面倒だなぁ。
ため息をつきながら、掛け布団を退ける。
「……ッ!?」
そこには、見知らぬ長い黒髪の美女が眠っていた。
ちょちょちょちょっと待て! なんだこれ!? 誰だこれ!?
年齢で言えば二十台前半から中盤くらいか。
見知らぬ美女は寝返りを打ち、大きな胸をはだけさせる。そして。
「う……ん?」
――――バッチリ目が合った。
「ッ!!」
当然、美女はまさかの事態に目を見開く。
これはマズいぞ、最悪の状況だッ!!
叫ばれたら終わり。俺はそのまま両手で黒髪美女の口を塞いで――ッ!!
……言い訳もできなくなった。
どどどどどうしよう! 思わず口をふさいだけど、これじゃいよいよ犯罪だ!
どうしよう、これマジでどうしよう!?
「……も、もひかひて」
美女が、慌てふためく俺の手をつかんだ。
「夜這い……というやつですか?」
「……はい?」
「あ、あの、このように熱烈に迫られるというのは……その、初めてのことで」
黒髪美女はほっかむり姿の俺のあごに手を添えて、見つめてくる。
なに、この展開。
「気だるげに見えて……凛々しいお顔立ちしてますのね」
黒髪の美女は、恥ずかしそうに身をよじる。
「あ、あの、このまま……その、そういう関係に……?」
いやマジでなにこの展開っ!?
ド派手な下着のわりに、可愛い表情で顔を赤くする黒髪の美女。
その視線が不意に、腰に提げた剣に留まる。
「もしかして……士団の方?」
「あ、いや、元……です」
「元? 今はどうされていますの?」
「ゴリゴリの……無職です」
そう告げると黒髪の美女は、「すう」と息を吸い――。
「きゃああああ!! 無職よおおおお!! 無職よおおおおおお――――ッ!!」
いやなんでだよ!! 悲鳴を上げるなら夜這いの方をピックアップしろ!!
響き渡る黒髪美女の叫び声に、一斉に宿舎の照明が点灯していく。
マ、マズい!! これはマズいぞォォォォ!!
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