アニエスとこれから
「まったくなんなのよ。急に乗り込んできたかと思ったら……」
商人の逮捕と検分に来た魔術師団の連中に、アニエスが憤る。
しかも鎮静剤入りモンスターブルの配布は、師団が受け持つらしい。
要するに、問題を解決したうえに救いの手も差し出す魔術師団ってことになる。
それが気に入らねえんだろな。
……にしても、アニエスを書庫送りにするって師団はずいぶん余裕があんだなぁ。
まだ危なっかしいところもあるけど、かなりいい魔術師だぞ。この子は。
「レージさんっ!」
「おっと」
飛びついてきたエルルを、慌てて抱き留める。
「ありがとうございました……っ。レージさん、すごいです……っ」
「大したことじゃねえよ」
泣き出すエルルに、俺は思わず顔を背ける。
「なーに照れてんのよ」
照れてんじゃねえよ。魔女帽の先が俺の目にガンガン当たって痛えんだよ。
かといって今それを指摘するのは野暮だし、甘んじて受けるしかねえんだよ。
「まあなんだ、困ったらいつでも声をかけに来りゃあいい」
「はいっ」
「アルテンシアには、エルルみたいなヤツが必要だ」
「ええ。次はきっと、誰かの役に立てるわ」
「あ、ありがとうごじゃいましゅ」
「いつか俺と……新飲料レッドエナジーで一儲けしようぜ」
「貴方、この事件の後によくそういうこと言えるわね……」
「そん時にはアニエスにも用意してやるよ……もっと際どい衣装を」
「貴方にも着させるからね。七三分けで」
「やめとこう」
もともと可憐な見た目をしたエルルが、ようやく見せる笑み。
それは驚くほど綺麗で、俺の上着はびっくりするほど鼻水まみれだった。
「――――あら、そこにいるのはアニエスさんではなくて?」
恥ずかしそうにするエルル。
苦笑いする俺たちのところに、水を差すような形でやって来たのは二人の魔術師団員だった。
「書庫の仕事を任されていたはずですけど、今日はどうしたのかしら?」
「ダメですよ。名誉ある師団のお仕事を勝手に休まれては」
どこか嫌味な笑みを浮かべる二人。
「ああ、それなんですけど」
アニエスはそんな同僚たちに向けてほほ笑み返すと。
「やめます、師団」
一言、そう言い放った。
「……え?」
しかし師団の二人はわずかに驚くようにした後。
「まあまあ、それはとても残念です」
「そうねえ。とっても残念ですわぁ」
すぐに余裕たっぷりの表情で返してみせた。
「でも、田舎のご家族も魔術師団には特別な思い入れがあるのではないかしら?」
「師団はアルテンシアの誇りですもの」
「後でやっぱり師団に戻りたいと言っても、もう遅いなんてことになってしまわない?」
「いいえ、そんなことはありません」
アニエスはハッキリそう言い放つ。
「私には、やりたいことがあるので」
「分かりました。それでは師団長にはわたくしの方から伝えておきますね」
「よろしくお願いします」
アニエスは丁寧に頭を下げる。
「……ただ。馬車を襲ったモンスターの件は、今回のことも含めてもう一度調べた方がいいと思います」
それから一転して真面目な顔でそう告げると、師団の二人は。
「はい。”民間”の方の貴重なご意見として、いただいておきます」
「それではごきげんよう」
そう言ってわざとらしいくらい丁寧にお辞儀をすると、薄ら笑いと共に踵を返した。
◆
「本当に、ありがとうございました」
深々と頭を下げるエルル。
「アニエスさんの言葉がなかったら、わたしはまた利用されていたかもしれません……」
「ううん、それは……お互い様よ」
アニエスはそう言って笑う。
「それとこれ、一応持っていてください」
俺はエルルから、残った鎮静剤を入りのアンプルを一つ受け取った。
「どこかで必要になるかもしれませんから」
「あいよ、んでエルルはどうすんだ?」
「はい、このままラボで鎮静剤を作ってまた街で配ります! 一日も早く皆に届くように」
あんな騒動の後だってのに、気合十分だな。
そんなエルルに見送られて、俺たちはラボを後にする。
「ふあ、結局こんな時間になっちゃったわね」
アニエスがあくびをかみ殺す。
見れば夜空は、うっすら橙色に染まり出していた。
「ああああーっ!!」
「何!? 急にどうしたのよ!?」
「九時間分の給料が未払いじゃねえか! このままじゃタダ働きだぞ!」
「なんだ、そんなこと?」
「そんなことってお前、俺には雨風をしのぐ場所すらねえんだぞ」
「……それなんだけどね。あの事務所をいただいちゃうっていうのはどう?」
「いただく?」
「あの様子だと、師団は商人の使ってた事務所なんて軽く調べておしまいよ。下手すれば見にも来ないかもしれない。場所も下町だから」
なるほど。あの辺は空き家も多いし、それも可能かもしれねえな。
さすが貴族、抜け目ない。
「そこでなんだけど……レージ」
「なんだ?」
「私と組まない?」
「……組む?」
「今度はその事務所を拠点に『なんでもします』を続けるのよ」
そりゃまた、意外な提案だな。
「貴方とだったら”しだん”なんかにいるよりずっと、大切なもののために魔法が使えると思うの」
言われて、工場での戦いを思い出す。
誰かと一緒に戦う感覚は確かに、懐かしかった。
「でも……一緒にってマジかよ?」
同じ家に住むって、それはなかなかの話だぞ。
「貴方とならいいかなって。思わず信用しちゃうくらいにはいいことを言ってたと思うんだけど……覚えてない?」
「……なるほど、そういうことか」
「そういうこと」
「性の目覚めだな」
「それじゃないわよ! 誰でも、どこでだって役に立てるって話! どうしようやっぱり怖くなってきたんだけど!」
「ああ、そっちか」
アニエスは俺の背中をバンバン叩く。そして。
「……それに。最後私を守ってくれた貴方は、結構カッコよかったわよ」
そう言って、俺の髪を撫でた。
「ふふ、髪はだらしないけどね」
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