真夜中と攻防
工場の照明が消えて、しばらく。
更衣室のロッカーに潜り込んでいた俺は、そっと表に出る。
静まり返っている工場内。
さて、俺たちの仕事はこっからだ。
廊下に出ると、まだ半分死んだ目のアニエスが女子更衣室から出て来た。
「アニエス、こっちだ」
「ン、ンビビビビ……」
「まだ立ち直ってねえのかよ」
「だ、だって、暗いところにいるとビンの残像が押し寄せてくるんだもの……」
「ほら、行くぞ」
トラウマに足をフラつかせるアニエスを引っ張り歩き出す。
予想通り、工場にはもう誰もいない。
「…………エルル」
工場の勝手口を開き、茂みに向かって呼びかける。
するとエルルがひょっこりと顔を出した。
その足元には、大量の鎮静剤。
こいつを夜中のうちに『強化剤』と交換してしまおうってのが、今回の作戦だ。
これで今後表に出るモンスターブルには鎮静剤が含まれることになり、新たな被害者が出ることはない。
そのうえ、依存症になってるヤツも飲めば治るって寸法だ。
俺たちは鎮静剤の入った大樽を、強化剤の入ったじょうご付きタンクの前に置く。
強化剤をタンクから排水溝へ放出して内側を水洗い。
その後、鎮静剤を投入する。
「これで一月分だろ? 後は同じ方法で中身を換えてけばどうにかなりそうだな」
「はい。よかったです……っ」
エルルが歓喜の表情を見せる。すると。
「なんだ!?」
工場内の裸電球が一斉に点灯した。
慌てて辺りを見回す。
「危ねえ危ねえ……戻って来てよかったぜ」
現れたのは、商人。
チッ、戻って来やがったか。
「どこかで引っかかってたんだ。モンスターブルを飲ませたはずなのに、なんの兆候も見せずにいたお前らのことが」
そう言って商人は、エルルをにらむ。
「テメエの仕業だな」
「……おねがいです。こんなこともうやめてください」
泣きそうな顔でエルルが懇願する。
すると商人の男は、その目を邪に細めた。
「バカ言ってんじゃねえよ。あーあー。こうなっちまった以上、もう口を封じないわけにはいかねえなぁ……」
そう言って、嫌らしい笑みを浮かべながら工場奥の金属扉を開くと――――。
「グルルルル……」
その奥から四匹の、黒い巨犬が姿を現した。
……ヘルハウンド。
おいおい、モンスターまで用意してるって一体どうなってんだ?
「お前みたいなバカな田舎者はさぁ、黙って俺に使われてりゃよかったのによォ」
「……やっぱり、許せないわ」
アニエスが男を見据える。
「誰かの力になりたい。役に立ちたい。そんな気持ちを利用するようなヤツ、私は絶対に許さない!」
「うるせえ! 商人が王都でなり上がろうってんだ。金が全てだ。そのためならバカなガキなんかどうなろうが知ったこっちゃねえんだよォ!」
そう吠えて男は、片手をあげる。
「お前らみたいな使えねえゴミは、まとめて処分しねえとなぁ…………食い殺せぇぇぇぇ!」
すると四匹の獰猛な巨犬が、一斉に動き出した。
さすがは四足獣。動きが速い。
「エーテルアロー!」
アニエスが腕を振る。
すると中空に現れた無数の魔力の矢が、光の尾を引きながら先頭のヘルハウンドに殺到。
巨犬が弾き飛ばされたのを確認すると、もう一方の手からも無数の魔力矢を放ち、続く個体も吹き飛ばす。
「ウガォォォォ!!」
その隙に横から回り込んできたやつの攻撃は……このままだとギリギリか。
俺は剣を抜き、三匹目のヘルハウンドを斬り伏せる。
このまま、振り返りがてらにもう一撃――!
「ッ!?」
そう考えていると、俺の背中側にアニエスが大きく踏み込んできた。
なんだ、どうする気だ?
「エーテルストライク!!」
収束させた魔力による小爆発。
近距離攻撃魔法を喰らったヘルハウンドは、派手なバウンドを見せながら転がっていく。
へえ、なかなかやるじゃねえか。
時間にしてわずか数秒。
四匹のヘルハウンドは全て、地に伏した。
「……ウ、ウソだろ? モンスターブルの効果で、ランクで言やBでもおかしくねえんだぞ……それをこんな簡単に……っ!」
王都でも強敵とされるモンスター四匹を一瞬で失った商人は、驚愕にヒザを突く。
「ここまでみたいね」
アニエスがそう言葉にすると――。
「ま、待ってくれ! ちょっと、ちょっと間違っちまっただけなんだ。また一緒にやろう!」
そんなことを言い出した。
「…………で、でも」
懇願する商人を前に、エルルは言葉は困ったようにうつむく。
「そん時はお前も推薦してやるよ。そうすれば宮廷で錬金術の研究だってできる! しがない商人でしかない俺には、お前の助けが必要なんだ!」
懇願する商人。
エルルは答えられずにいる。
「分かるわエルル。私も……迷っているから」
すると二人の間に、アニエスが立ち塞がった。
「ねえ。エルルがなんでアンタたちの手伝いをしてたか、覚えてる?」
「も、もちろんだ! そりゃ決まってる――――名誉のためだろ?」
「ッ!」
商人の言葉に、エルルが悲しそうに肩を落とす。
「……エルル。私も一人、遠くからこの街に来たの。今は行く当てもないような感じだけど……あなたが新しい道へ進むなら、力になる」
そうアニエスが言うと、エルルは。
「ごめんなさい、もう一緒にはできません」
そう言って頭を下げる。
「チッ」
商人の男が舌打ちをした。
「……冗談じゃねえ。やっと”上”への足掛かりができたんだ。邪魔は……させねえぞォォォォッ!!」
商人の叫び声と共に、ガシャーン! と耳障りな騒音が鳴り響く。
「なによあれッ!?」
工場内の鉄壁、その一部が突然落ちた。
そこから猛烈な勢いで飛び出して来たのは、これまでの四匹を上回る大きさのヘルハウンド。
しまった! とアニエスがその目を見開き、エルルが恐怖に尻もちをつく。
「ヒャーッハッハッハ! 切り札がねえとでも思ってたのかよ! しょせんはバカなガキとそのお友達だなぁ!」
商人が笑う。
「お前らなんか俺に使われなきゃただのゴミなんだよォ! 死ねやガキどもォォォォ!!」
理性を感じさせない、血走った目。
速さも力強さも桁違いの巨大ヘルハウンドは、驚きに硬直したままでいるアニエスの首元に容赦なく飛び掛かって――――。
「させるかよ」
「グギャァァァァァァァァ――――ッ!!」
一閃。
俺の放った横なぎを喰らい、そのままベルトコンベアを盛大に巻き込みながら消し飛んだ。
静まり返る工場内。
その光景に、誰もが言葉を失う。
「……バ、バカな……ウソだろ?」
伏したまま動かない大型ヘルハウンドに、商人が慄く。
俺は手にした剣を、そのまま商人に向けた。
「た、たった一振りだと? それだけで俺の切り札を……いっぱしの冒険者でも歯が立たないレベルの魔獣だぞ……? なんなんだよ、なんなんだよお前はぁ……や、やめろ。やめろォォォォ!!」
あがる叫び声。
しかし俺は止まらない。一撃で商人はその場に倒れ伏す。
「……あー。俺も”元”騎士団員なんだけどさぁ」
剣を鞘に戻して、頭をかく。
「誰かを助けることは、組織にいなきゃできないってわけじゃねえ」
それから腰を抜かしたままのエルルに、手を差し出した。
「意外とできるもんだろ? 誰だって――――どこでだって」
すると、唖然としていたエルルは――。
「……はいっ!」
そう応えて、俺の手を取った。
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