ゾーンとベルトコンベア
「ちょっとそこのおにいちゃん何やってるの!? 倒れたままのビンが流れてきてるわよ!」
翌日。俺は新人バイトとして志願。
商人の手引きでアルテンシアの端にあるモンスターブル生産工場にいた。
上下ともに白の作業着に身を包み、同じく真っ白な帽子とマスクを装備。
与えられたのは、ベルトコンベアの上を流れてくる空きビンの中から倒れているものを見つけて、ひたすら立てるだけの仕事だ。
「ほらまたぁ! それも倒れてる! ちょっとこれも倒れてるわよ! 止めて! 一旦止めて!」
おばちゃんの怒声に、ベルトコンベアが止まる。
「ちょっとおにいちゃんこれで何度目? しっかりしてよぉ」
「……サーセン」
作業が中断し、工場内に静寂がおとずれる。
なにこれ、すげー気まずいんだけど……。
俺が直し損ねたビンたちをおばちゃんが立て直し、再始動するコンベア。
するとすぐに、大量のビンたちが動き出す。
「いや、いくらなんでも早すぎだろ……! どうなってんだよこれぇ!」
触ったら手の方が消し飛びそうな勢いなんだけど!
……つーか。
さっきから文句言いまくってるおばちゃんの方こそどうなんだよ。
どーせ楽な仕事でもしてんだろ?
俺はおばちゃんの方にそっと振り返って…………め、めちゃくちゃ早え!
なんだよあの動き、千手観音じゃねえか……っ。
おばちゃんはモンスターブルが注入されたビンに、金属製のフタをかぶせる仕事を担当。
口では文句を言い、目で俺を監視しながらもノーミスでフタをかぶせていく。
何これ、ベルトコンベア仕事の時に身体能力が上がる魔法でも使ってんの?
ていうかビンの王冠って手作業でつけるの? 違うよね? あのおばちゃん腕力どうなってんだよ!?
って、しまった! また一個逃したッ!!
「ほらもうおにいちゃん! ちゃんとやってよもう!」
ヤベえ……これじゃまたベルトコンベアを止められちまう……っ!
「これもよおにいちゃん! ちゃんとやって!」
これ以上、もうこれ以上ベルトコンベアを止めたくねえ。耐えらんねえんだよあのプレッシャーに!
こうなったら集中するしかない。全力を持って集中するんだ……っ!!
俺は呼吸を止め、流れるビンに意識の全てを集中する。
――――その瞬間、世界がスローモーションになった。
目の前にやって来る倒れたビンを視認。
次の瞬間には立ち上がってる。
止まらない。
俺の手はほとんど無意識に最短距離を行き、最速でビンを立てる。
ゾーン。
それは人間の集中力が限界を超えた時に起きる、奇跡の現象。
気が付けば俺は、世界を置き去りにしていた。そして。
「……ハッ」
目が覚める。
覚える倦怠感。どうやらずいぶんと長くゾーンに入っていたようだ。
かなりの労働をこなしたのは間違いない。時間は、時間はどれくらい経ってるんだ?
二時間か? それとも三時間か?
俺は工場内の掛け時計を、チラリとのぞき見る――――。
……十分!?
ウソだろ? まだたったの十分しか経ってねえのかよ!?
変わらず衝撃波を巻き起きしながら押し寄せるビンたちに、俺は白目をむいた。
「はーい、時間が来たのでそろそろ今日の仕事終わりまーす」
俺が本日二十七回目の叱責をおばちゃんに受けていると、商人が現場にやって来てそう告げた。
「……アニエス?」
続けて、生産工程でヒビの入ったビンをはじくだけの仕事を八時間やっていたアニエスが、死んだ目でやって来る。
「おい、大丈夫か?」
「……ヒビのビンは左、色が変なのは右」
「アニエス?」
「……ヒビのビンは左、色が変なのは右」
「ダメだ。同じことしか言わねえ」
「ねえ……どうしておばさまたちは、あんなに正確無比で、しかも異常に動きが速いの? あんなの特殊な魔法の一つも使ってないと説明できないわ」
「恐らく、そういう魔法があるんだろ」
「……よかった……終わってよかったよぉ……」
半泣きで安堵の息をつくアニエス。
すると商人は、工場内に響くような大きな声で呼びかける。
「それとすみません。今週分、生産に少し遅れが出ているので――――」
あ、嫌な予感。
「今日は、あと一時間ほど残業です」
アニエスが死んだ。
「も、もういや! 助けてレージ! だってヒビなんてちょっと見ただけじゃ分からないのに、一個見逃しただけですごく怒られるんだもの! もういや! いやよー!」
「ほらアニエスちゃん行くわよ」
「いやー! 助けて! 助けてレージ!」
悪いなアニエス、そりゃ無理だ。だって。
「ほら、おにいちゃん」
俺もおばちゃんにガッツリ腕つかまれてっから。
「まだまだミスも多いけど……あんた、筋がいいわよ」
うれしくない。
それから一時間後。
「……ンビ……ンビビビ」
これは酷い。
貴族のお嬢様には、窓のない真っ白な部屋でのベルトコンベア九時間は、精神に異常をきたすほどキツかったらしい。
同じ言葉を繰り返すだけのロボットと化した元アニエスの肩を揺さぶっていると、俺たちのところに商人の男がやってきた。
「ヒッ」
アニエスが悲鳴を上げる。
「いやー、夜のバイトもしたいなんて君たち熱心だねえ。助かるよ本当に。なかなか人が定着してくれなくてねぇ」
さらなる残業への恐怖で、アニエスがガタガタと震え出す。
「てっきり……もっと飲みたいって言いに来たのかと思ったよ」
そう言って、笑う商人。
「ま、とにかく今日はお疲れ様。そうだ、せっかくだし明日も来てよ」
アニエスは捨てられた子犬のような目でブンブンと首を振る。
「気が向いたらそうしますよ。そんじゃ、おつかれさまっした」
「はいお疲れ様。そうだ、モンスターブルが飲みたくなったらいつでも言ってくれていいからね」
そう言って男は、事務所らしき部屋へと戻って行った。
「あ、ああ。よかった……よかったよぉ……っ」
アニエスが、俺の腰に抱き着いてくる。
「ほら立て。エルルを助けるんだろ?」
「助ける」
「それなら――――次、行くぞ」
俺は半泣きのアニエスを連れて、更衣室へと引き上げることにした。
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