錬金術師と商人
アニエスの問いに、突然エルルは顔を伏せた。
「モンスターブルをより効果的にして、がんばる人たちを応援したい。だから力を貸してほしいと言われて……強化剤を作りました。でも、そのまま混ぜると危険性が増すことが分かったので、安全な物ができるまで待って欲しいって言ったんですけど……」
「むしろ商人の狙いはそれだったのね」
「……はい。強化剤をレシピごと奪われてしまいました」
「あの商人、とんでもないことをしてくれたわね」
アニエスの言葉に、エルルがうつむく。
「ごめんなさい」
「……誰かの役に立ちたかったんでしょう?」
発明品だらけの部屋を見ながら、アニエスが問いかける。
「はい。わたしは元々田舎の出身で、他に何も出来なかったけど唯一錬金術だけは大好きだったんです。だから一人田舎から出てきて……」
「そこを利用されたってわけね?」
「わたしにはこれしかできないから……それが誰かの役に立てるならって、そう伝えたら……」
エルルは思いつめた顔をしてる。
「でも気がついた時には……もうたくさんの人が依存症状態で」
「師団は? こういう事件って師団が担当するべき話だと思うんだけど」
「これまで何度か報告はしたんですが、音沙汰はありません」
「…………っ」
アニエスが悔しそうに唇をかむ。
「商人にも危険だからやめるようにと掛け合ったんですが……全然やめてくれなくて、今では追われる身になってしまいました。だからこうして下町の隅に隠れて鎮静剤を作って、依存に苦しむ方を見つけては飲んでもらっていたんです」
エルルは「少しでも、償いになればと思って……」と言ってうつむいた。そして。
「あ、あの! お二人には割のいい仕事なのかもしれませんが……お願いします! モンスターブルの配布からは身を引いていただけないでしょうか!?」
そう言って、深く頭を下げた。
握られた手が、震えてる。
「モンスターブル用のお金を作るために、犯罪にまで手を伸ばすような人が出てきてしまって……わたしがバカだったせいで……っ」
その声も震えていた。
「……許せないわ」
アニエスが、ぽつりとつぶやいた。
「こんなの許せないわよ。人の気持ちを弄ぶようなことをして」
「おい、どこに行くつもりだ?」
勢いよく立ち上がったアニエスを引き留める。
「決まってるじゃない。やめさせるのよこんなこと!」
「どうやって」
「言ってやめないようなら、工場ごとまとめて魔術で吹き飛ばせばいいのよ!」
テロ組織か。
「そんじゃ問題自体は解決はしねえだろ」
依存症のヤツに一人ずつ鎮静剤を配ってたら、時間がいくらあっても足りない。
「……それならどうすればいいのよ。私、こんなの許せないわ」
まったく、この魔術師は意外と直情的なんだなぁ。
「こいつを使えば、どうにかできるんじゃねえの」
そう言って俺は、鎮静剤入りのモンスターブルを手に取った。
「どういうこと?」
仕方ないから大雑把に説明してやる。
するとアニエスとエルルは、その目を見開いた。
「確かにそれなら、依存状態にある方も助けることができると思います!」
「なるほど、それならいけそうね」
アニエスはこれまでに見たことのない、真面目な目つきで俺を見る。
「あの商人に目にもの見せてやりましょう! それで……貴方はどうするの?」
「どうするってなんだよ」
「……あんまりそうは見えないけど、士団にいたんでしょ?」
アニエスは真っすぐに、俺を見る。
あー……。
もう目が完全に「一緒に来なさいよ」って言ってんなぁ。
「ま、乗り掛かった舟だしな」
そう言うとアニエスは、あからさまに機嫌良さそうな顔をした。
「それと、忘れるなよ」
「なにを?」
「バイト代を回収しなきゃなんねえだろ」
こちとら天下の無職なんだ。
労働の対価はキッチリもらっておかねえとな。
「そうだったわね。あんな格好をさせられたうえに犯罪の片棒まで担がされたんだもの、全額しっかりいただかないと」
「エルルにもやって欲しいことがある」
「はい! もちろん全力を尽くします!」
「――――よし行くぞ。まずは鎮静剤の準備からだ!」
「はいっ!」
エルルと共に立ち上がる。
「…………」
「なんだよアニエス、どうした?」
「でもその前に、ちょっとお手洗いに……」
しまらねえなぁ。
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