テカテカ衣装と羞恥心
俺とアニエスは並んで、王城前広場へとやって来ていた。
「ぜひ試してみてくださーい!」
「……どうぞ」
「無料で配布してまーす! 一本どうすかー!」
「……よろしく……お願いします」
「あ、そこの方一本どうっすか!?」
「…………どうぞ」
「ぜ、全然受け取ってもらえねえ……」
モンスターブルの配布を開始してから、早くも二時間ほどが経過した。
「お前もちゃんと声出せよ」
生活のため、必死に配ろうとする俺。
対してアニエスはといえば、通行人が向けてくる視線から全力で身体を隠し続けていた。
タンクトップのせいでそこそこある胸が強調されてる上に、腹は完全に丸出し。
当然視線は上半身に集まる。
だから身体を抱くようにして胸や腹を隠せば下半身に視線が集まる。
太ももを隠すには、しゃがみ込むしかない。
でもそれはそれでホットパンツが引っ張られて、尻の下の方が軽く見えかけてる。
とにかく酷いありさまだ。
普通に考えて、顔を赤くしながらしゃがみ込んで、謎のビンを一本だけ持ってる女とか近づきたくねえ。
「……これだからお嬢様は」
「な、何言ってるのよ! 受け取ってもらえないのはどう考えても貴方のせいでしょう!」
「おやおや、挙句の果てに人のせいですか? 俺は頭を七三分けにしてまでちゃんとやってんだろ」
「なんで律儀にピッチピチ衣装着てるのよ!!」
アニエスが吠える。
「確かに『覚悟を見せて』とは言ったけど、そんなお腹と脚を全力で出しにきてる七三分けの男、不審者以外の何者でもないじゃない」
失礼な。
……でもまあ確かに、ぴったりタンクトップにホットパンツ姿でしゃがみ込む少女と、それと全く同じ衣装を着た男(帯剣)の組み合わせは、怪しく見えるかもしれねえなぁ。
女性用衣装のせいか、俺の方はマジでピッチピチだし。
皆アニエスの方を見てごくりとノドを鳴らした後、俺を見て白目をむいてるもんな。
「このままだと、二人ともクビになりかねないわ……」
そりゃマズい。
「……こうなったらもう、手段を選んでる余裕はねえ」
俺はモンスターブルの詰まった箱山の裏に隠れて、普段の格好に着替える。
そしてそのままアニエスのところに戻って――。
「なぁアニエス」
「なによ」
「確かにその格好は貴族にとって屈辱的かもしれない。こんな仕事は恥ずかしいかもしれない。けど……田舎の両親のために頑張るって決めたんだろ?」
「……は?」
「つらいかもしれないけど、一緒に頑張ろうぜ」
「え、なに? どういうこと?」
「きっとご両親も、よろこんでくれるさ」
ほほ笑む俺に、アニエスは困惑する。
いきなり謎の茶番劇が始まったんだ。それも当然だろう。
……でも、周りの人たちは違う。
今の掛け合い一つでアニエスは、際どい格好で謎の飲み物を持ってる怪しい女から――――がんばってる健気な没落貴族に早変わりだ!
「……一本もらえるかい?」
「オレももらっていくよ」
「がんばれよ、アンタは今でも立派な貴族だよ。心の貴族だ」
いいぞ、さっそく人が集まって来た!
「え、なになに? どういうことなの!?」
一気に人が寄ってきたせいで、いっそう顔を赤くするアニエス。
だがこうなってしまえばそのプライドやら羞恥心は、むしろ最高の武器になる。
まだ開き直れずにいる、純粋なお嬢様として。
よーし、このまま羞恥に震えるアニエスを使って一気にモンスターブルを配り切ってやる!
状況は、まさに入れ食いだ。
いいぞいいぞ! 流れが来やがったぁ!
「く、ください」
人波は途切れない。
「くく、ください」
そして人が集まっているところに、人は興味を持って集まって来る。
「ももももっと、もっとください」
この連鎖が、モンスターブルをドンドン減らしていく。
見ればアニエスも少しずつ、配布を進め出している。
よーし、こうなったら持ち込んできた分全部放出してやる! 歩合報酬でぼろ儲けだ!
「もっと……もっとくださぁぁぁぁい」
……って、ちょっと待て。
すでに四周目の男が、待ち切れないとばかりに俺の手をつかんだ。
「ちょっと待ってくれ。アンタさすがにもらい過ぎだろ。同じ人に何本もあげないよう注意されてんだからそろそろ勘弁してくれよ」
そう言うと男は、突然ピタリと動きを止めた。
なんだ……?
「……う」
「う?」
「うるさぁぁぁぁい!! いいから黙って寄こせぇぇぇぇッ!!」
「うおおおお! なんだこいつ!? なんだこいつゥゥゥゥ!?」
男が問答無用でつかみかかって来た!?
「やめろ! 七三の七の方をつかむな!」
なんだよこれ!? 試供品一つにこんなクレイジーになるやつがいるの? 怖ぁぁぁぁ!!
「おっ、おいアニエス! こいつ、なんかおかしいぞ!」
「さっきまで七三分けでおへそ出してた貴方に言われてもピンとこないんだけど……」
「そうかもしれないけど! こいつマジで目付きがおかしいんだって!」
なんだよこれ! マジでどうなってんだよ!?
目を血走らせながら、俺の七三をちぎり取ろうとする男を振り払う。すると。
「「「「寄こせ……そいつを寄こせぇぇぇぇ!!」」」」
「増えてる!?」
いつの間にか目を血走らせた複数の男女に囲まれていた。
お、おいおいおい、どうなってんだよこれぇぇぇぇ!?
「――――あ、あの! これをどうぞ!」
まさかの事態に慌てふためいていると、現れた見知らぬ少女がモンスターブルを手に現れた。
「ッ!!」
男たちはそれを奪い取ると、震える手でフタを開く。
プシッ! と心地よい音を鳴らし、狂ったようにがぶ飲みし始める。
するとやがて、荒かった息が落ち着いていき――。
「あ、あれ。俺は何をやってたんだ……?」
我に返ったかのように、そうつぶやいた。
「す、すまん。気が動転してて」
男たちは申し訳なさそうに頭を下げ、逃げるようにこの場を離れていく。
「こりゃ一体……どういうことだ?」
思わず問いかける。
16歳くらいだろうか。ふんわりとした白く長い髪に濃紺の魔女帽をかぶった少女は――。
「実はそれ、とても危険なものなんです」
モンスターブルを見て、そう言った。
お読みいただきありがとうございました!
よろしければ、以下の★にてご評価いただければ幸いです。
何卒よろしくお願いいたします!




