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『毎朝、僕の部屋で知らない神様が死んでいる』  作者: 終焉を綴る堕天筆聖セラフィム・夜叉王院常闇寛龍


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第29話 主人公会議

 会議には、欠席者の席も必要。


 白い猫が残した紙には、そう書かれていました。


 だから、私たちは四つ目の椅子を置きました。


 透真さんの部屋の小さな机を囲むには、少し窮屈です。


 もともと一人暮らしの部屋です。

 椅子が四つもあると、通路がほとんどなくなります。

 黒瀬さんが立ち上がろうとするたびに、膝が机の脚に当たります。

 透真さんがカップを取ろうとすると、白いノートに肘がぶつかります。

 私は椅子を引こうとして、かかとの絆創膏が床に引っかかりました。


 とても不便です。


 でも、不思議と、その不便さが少し嬉しかった。


 四つ目の椅子があるから、狭い。


 いない人の席があるから、動きにくい。


 それは、欠けているものをちゃんと部屋の形に入れたということです。


 四つ目の椅子の上には、空っぽのメロンパンの袋と、黒塗りの差出人の恋文があります。


 誰も座っていません。


 でも、空っぽではありません。


 黒瀬さんは、その椅子をちらちら見ていました。


 見るたびに、少しだけ顔が硬くなります。


 それでも、彼女は椅子を片づけようとはしませんでした。


「……狭い」


 黒瀬さんが言いました。


「はい」


「めちゃくちゃ狭い」


「はい」


「でも、この狭さに文句言うと、あいつの席に文句言ってるみたいで嫌」


 透真さんが言いました。


「椅子の配置を変えますか」


「変えない」


 黒瀬さんは即答しました。


「狭いままでいい。狭いって文句は言うけど、どかさない」


「人間らしいですね」


 私が言うと、黒瀬さんは少しだけ眉を寄せました。


「しずくさん、最近それ便利に使ってない?」


「使っていますか」


「使ってる。だいたい面倒なことを“人間らしいですね”で包んでる」


「では、面倒ですね」


「そっちの方がいい」


 黒瀬さんは、四つ目の椅子のメロンパン袋を少し整えました。


 くしゃっとしていた袋を、指で広げます。


 それだけの仕草なのに、慎重でした。


 まるで、誰かの襟元を直すみたいに。


「始めよう」


 黒瀬さんが言いました。


「第何回?」


 透真さんが聞くと、黒瀬さんは少し考えました。


「名前会議が第一回なら、これは第二回重要会議」


「雑な分類ですね」


「いいの。今回は主人公会議。議長は」


 そこで黒瀬さんは止まりました。


 自分で議長と言いかけて、少し迷った顔をします。


「議長は、なし」


「なし?」


「うん。主人公を一人にしない会議で、議長一人立てたら趣旨がブレる」


 透真さんが、感心したように頷きました。


「確かに」


「でしょ」


 黒瀬さんは少し得意げでした。


 ただし、その得意げな顔は一秒で消えました。


「でも、仕切る人がいないと絶対ぐだぐだになる」


「では、仕切りは黒瀬さんで、議長ではない」


 私が提案すると、黒瀬さんは真剣に考えました。


「進行係?」


「はい」


「進行係ならいいか」


 透真さんが言いました。


「役割では」


「う」


 黒瀬さんが止まります。


 私も止まりました。


 役割。


 この言葉は、もう軽く使えません。


 係。

 主人公。

 ヒロイン。

 読者。

 役割は、呼び続けると太る。


 黒瀬さんは、少しだけ顔をしかめました。


「じゃあ、進行係じゃなくて、今ちょっと仕切りたい黒瀬依子」


「長いですね」


「長くていい。役割名っぽくないでしょ」


「確かに」


 黒瀬さんはノートを開きました。


 表紙には、手書きの文字が増えています。


 共有。

 欄外受理。

 読みながら残る。

 選べる。

 猫には受領書。


 最後の一文だけ少し浮いています。


 でも、大事です。


 白い猫は、受領書を出しました。


 し。

 あ。

 返却条件:主人公を一人にしないこと。


 黒瀬さんはノートの新しいページに、大きく書きました。


 主人公会議


 その横に、小さく書き足します。


 ※議長なし。今ちょっと仕切りたい黒瀬依子が進める。


「そこまで書くんですか」


 透真さんが聞くと、黒瀬さんは真顔で答えました。


「書く。役割じゃないって明記する」


「なるほど」


「水無月さんも、そういうところで気を抜くとすぐ“神様の死体を見つける係”に戻るからね」


「はい」


「しずくさんも“元主人公”とか“メインヒロイン”に戻りかけたら止める」


「はい」


「私も“読者”とか“ツッコミ役”になりかけたら止めて」


「はい」


 私は頷きました。


「黒瀬さんは黒瀬さんです」


 黒瀬さんは、少しだけ目を逸らしました。


「今それ言われると、まだ弱い」


「弱いままでいてください」


「しずくさん、たまにすごいこと言うね」


「駄目でしたか」


「駄目じゃない。効く」


 黒瀬さんは、ペンで四つの丸を書きました。


 一つ目。水無月透真。

 二つ目。雨宮しずく。

 三つ目。黒瀬依子。

 四つ目。欠席者。


 四つ目の丸だけ、少し空白が大きく取られていました。


 黒瀬さんは、そこに名前を書けません。


 だから代わりに、こう書きました。


 欠席者

 呼称:未定

 痕跡:メロンパン、恋文、ミナト、二〇七号室、ロッカー、あ


 最後の「あ」を書く時、黒瀬さんの手が止まりました。


 薄くなった受領書の文字とは違い、ノートに書いた「あ」は黒瀬さんの字です。


 まだ思い出したわけではありません。


 でも、書くことで席に置く。


 それが、今できることなのでしょう。


「これでよし」


 黒瀬さんは言いました。


 声が少しだけ震えていました。


 私は四つ目の椅子を見ました。


 メロンパンの袋が、かさりと鳴った気がしました。


「では」


 透真さんが言いました。


「まず、主人公とは何か、でしょうか」


「うわ、急に大学の講義みたい」


 黒瀬さんが嫌そうな顔をしました。


「定義から入ると眠くなる」


「でも必要では」


「必要だけど、もっと生活寄りにしよう」


「生活寄り」


「主人公って、何を押しつけられる人か」


 黒瀬さんは言いました。


 私は少し驚きました。


「押しつけられる人?」


「だって今のところ、主人公ってあんまり良いものじゃないでしょ」


 黒瀬さんはノートに書きながら言います。


「見つける。選ぶ。死ぬ。語る。読まれる。責任を持つ。世界に選択肢を突きつけられる。名前を削られる。朝を背負う。だいたいしんどい」


「確かに」


 透真さんが頷きました。


「それを一人にしたら、壊れますね」


「そう。だから分ける」


「分担ですか」


「分担って言うとまた係っぽいから、持ち寄り」


 黒瀬さんは、ペン先で机を軽く叩きました。


「主人公を持ち寄る」


 私は、その言葉を繰り返しました。


「主人公を持ち寄る」


 変な言葉です。


 でも、少しわかる気がしました。


 お弁当を持ち寄るみたいに。

 重い荷物を少しずつ持つみたいに。

 自分の見たものを、相手の前に置くみたいに。


 主人公という重さを、一人の肩に乗せない。


「では」


 私は言いました。


「透真さんは、何を持ちますか」


 透真さんは少し考えました。


「僕は、見つけることを持ちます」


 黒瀬さんが、すぐに口を挟みました。


「係としてじゃなくて?」


「はい。係としてではなく」


 透真さんは、自分の手の甲を見ました。


 共有。

 欄外受理。

 し。


「僕はたぶん、神様の死体や、遺言や、消えた名前や、変な違和感を見つけるのが得意です。得意というのは嫌ですが」


「嫌がれてる。よし」


「はい」


「続けて」


「でも、見つけたものを一人で解釈しないようにします。見つけたら、言う。黒瀬に疑ってもらう。しずくさんに痛みの方から見てもらう。欠席者の席にも置く」


 黒瀬さんがノートに書きます。


 水無月透真:見つける。ただし一人で解釈しない。


「良いと思う」


 黒瀬さんが言いました。


「次、しずくさん」


 私は、自分の胸元に触れました。


 半分剥がれたラベル。


 雨宮しずく。


 まだ「し」は戻っていません。

 受領書では返却準備中。


「私は」


 少し迷いました。


 何を持つのでしょう。


 書くこと。


 私は透真さんを書きました。

 閉じ込めました。

 係にしました。


 書くことは危険です。


 でも、完全に捨てることもできません。


「私は、書くことを持ちます」


 言った瞬間、胸が少し冷えました。


 透真さんも、黒瀬さんも、黙って聞いてくれています。


「ただし、一人で書きません」


 私は続けました。


「書いたものを閉じません。ノートに閉じ込めません。読んでもらいます。疑ってもらいます。書いたせいで誰かが役割になりそうなら、止めてもらいます」


 黒瀬さんが頷き、ノートに書きます。


 雨宮しずく:書く。ただし一人で閉じない。


「いい」


 彼女は言いました。


「かなりいい。危ないものを持ってるって自覚した上で、捨てないのがいい」


「捨てた方がよくありませんか」


「捨てると、たぶんまた別のところで暴発する」


 黒瀬さんは、少し苦い顔をしました。


「記録もそう。全部やめるってすると、忘れるのが怖くなって、余計に書きたくなる。だから、持ち方を変える」


「持ち方を変える」


「うん」


 私は白いノートを見ました。


 これは捨てるものではない。


 でも、一人で抱えるものでもない。


 それを、少しずつ覚えていきたいと思いました。


「次、黒瀬さんです」


 私が言うと、黒瀬さんは少し嫌そうな顔をしました。


「自分の番、やっぱり嫌」


「黒瀬さんは何を持ちますか」


 透真さんが聞きました。


「読むこと、かな」


 彼女は、渋々というように言いました。


「読者になるのは嫌。でも、読むこと自体はたぶん私が持つ。記録を見る。文章の変なところに気づく。二人が綺麗な言葉で逃げようとしたら止める。選択肢が変だったら怒る」


 透真さんが、少し笑いました。


「最後は黒瀬らしいですね」


「うるさい。あと、泣く」


 黒瀬さんは、少しだけ目を伏せました。


「読んで、怒って、泣く。外へ行かない。残る」


 私は、その言葉を聞いて胸が温かくなりました。


「黒瀬さんは、残ることも持つのですね」


「そうかも」


「とても大事です」


「うん」


 黒瀬さんは、自分でノートに書きました。


 黒瀬依子:読む。怒る。泣く。残る。外へ行かない。


 書いたあと、少し恥ずかしそうにペンを置きます。


「自分で書くとすごい恥ずかしい」


「でも、よいと思います」


「ありがとう。今は素直に受け取る」


 透真さんが、四つ目の丸を見ました。


「では、欠席者は」


 部屋の空気が、少しだけ変わりました。


 四つ目の椅子。


 メロンパンの袋。

 恋文。

 黒塗りの差出人。

 名前の一文字「あ」。


 黒瀬さんは、しばらく何も言いませんでした。


 ペンを握ったまま、四つ目の丸を見つめています。


「わからない」


 やがて、彼女は言いました。


「何を持ってたのか、まだわからない」


「はい」


「恋文を書いた。メロンパンを買った。水無月さんをミナトって呼んだ。私を怒ってる時が一番生きてるって言った。第七話で私の前に立った。しずくさんを信じるなって書いた。水無月を止めるって書いた」


 彼女は一つずつ、痕跡を並べました。


「でも、それが何だったのか、まだわからない」


 透真さんが静かに言いました。


「外へ逃がす役、かもしれません」


「外へ?」


「僕たちは、何度も物語に閉じ込められています。しずくさんのノート、僕の朝、黒瀬の記録。彼は、もしかすると、その外側への出口を探していたのかもしれません」


 黒瀬さんは、少しだけ眉を寄せました。


「あいつが?」


「はい」


「メロンパンばっかり食べてたくせに?」


「メロンパンは関係ないのでは」


「ある。たぶんある」


 黒瀬さんは四つ目の椅子を見ました。


「外へ逃がす役、か」


 私は、その言葉を考えました。


 透真さんは見つける。

 私は書く。

 黒瀬さんは読む。

 消えた三人目は、外へ逃がす。


 物語の中に閉じ込められたものを、外へ。


 でも、それは読者になることとは違うのでしょうか。


「外へ逃がすというのは、物語の外へ行かせることですか」


 私が聞くと、透真さんは少し考えました。


「もしかすると、違うかもしれません」


「違う?」


「読者になることは、物語の外へ出ることでした。でも、外へ逃がすというのは、役割の外へ出すことかもしれません」


 黒瀬さんが、ペンを持ち直しました。


「役割の外」


「はい。主人公の外。ヒロインの外。係の外。読者の外。死体の外」


 私は、胸元のラベルに触れました。


 雨宮しずく。


 まだ半分剥がれたヒロインの跡が残っています。


「つまり、その人は、私たちを役割から外す役だったのですか」


「かもしれません」


 黒瀬さんは、四つ目の丸に書きました。


 欠席者:外へ逃がす? 役割の外へ出す? メロンパン。


 最後にメロンパンと書かれているのを見て、私は少し笑いました。


「メロンパンも入るのですね」


「入る。大事」


 黒瀬さんは真剣でした。


「人を役割の外へ出す時、たぶん食べ物とか、くだらない会話とか、そういうのが必要だから」


 その言葉で、部屋の空気が少しだけ温かくなりました。


 役割の外へ出る。


 それは、壮大な儀式だけではないのかもしれません。


 メロンパンを食べる。

 プリンの蓋を開ける。

 卵サンドでむせる。

 靴ずれに絆創膏を貼る。

 狭い部屋に椅子を四つ置いて文句を言う。


 そういう小さいことが、私たちを役割だけにしない。


「では」


 透真さんが言いました。


「主人公を一人にしないために、この四つを持ち寄る」


 黒瀬さんがノートを読み上げます。


「見つける。書く。読む。外へ逃がす」


「はい」


「でも、欠席者は今いない」


「だから席を空ける」


 私が言いました。


 黒瀬さんは頷きます。


「そう。いないからといって、その役割を私たち三人で勝手に奪わない。外へ逃がすことについては、未定にしておく。椅子を置く」


 透真さんが、四つ目の椅子へ向かって言いました。


「異議があれば、何か合図を」


 メロンパンの袋が、かさりと鳴りました。


 黒瀬さんが、すぐに言いました。


「それ、異議? 同意? どっち?」


 返事はありません。


 黒瀬さんは少しむっとしました。


「こういうところ、あいつっぽい気がして腹立つ。肝心な時に曖昧な合図だけして、こっちに考えさせるタイプ」


「思い出してきていますか」


 私が聞くと、黒瀬さんは少し目を伏せました。


「性格だけ、少し」


「名前は?」


「まだ」


 彼女は首を横に振ります。


「でも、性格が先に戻るの、ちょっと嫌。腹立つことだけ思い出す」


「大切だったからでは」


「大切だったから腹立つの」


 黒瀬さんは、ノートに小さく書き足しました。


 欠席者:腹立つ。大切だったらしい。


 それを見て、透真さんが言いました。


「かなり黒瀬らしい記録ですね」


「うん。これは私じゃないと書けない」


 受領書が机の上で淡く光りました。


 返却条件:主人公を一人にしないこと。


 その下に追記が浮かびます。


 条件達成度:進行中。


「進行中」


 私は呟きました。


「まだ返却ではありませんね」


「まあ、一回会議しただけで返ってきたら、逆に怖い」


 黒瀬さんは受領書を見ました。


「でも、進んではいる」


「はい」


 その時、部屋の壁が少しだけ揺れました。


 白い壁紙が薄くなり、向こう側に文字が見えました。


 地の文です。


 私たちを外から説明するような文章。


 三人は、まだ自分たちが読まれていることを知らなかった。


 私は、息を止めました。


 透真さんも、黒瀬さんも、壁の文字を見ています。


 黒瀬さんが、静かに言いました。


「いや、知らなくはないでしょ」


 地の文が揺れました。


 黒瀬さんの任意介入です。


「読まれてる気配はずっとある。読者とか、第何話とか、読了とか出てるし。だから、その一文はちょっと雑」


 壁の文字が、書き換わりました。


 三人は、自分たちが読まれていることを知り始めていた。

 ただし、誰に読まれているのかは、まだ知らなかった。


 黒瀬さんは、少しだけ満足そうに頷きました。


「よし」


「地の文を修正しましたね」


 透真さんが言うと、黒瀬さんは肩をすくめました。


「読者に近い登場人物なので」


「受け入れ始めていますか」


「役割としては嫌。でも、できることとしては使う」


 私はその言葉を覚えました。


 役割としては嫌。

 でも、できることとしては使う。


 私の書くことも、そうなのかもしれません。


 ヒロインというラベルも、いつかそう言えるのでしょうか。


 嫌だけれど、全部は捨てず、できることとして使う。


 まだわかりません。


 でも、少しだけ考えられるようになりました。


 壁の文字が、さらに続きます。


 主人公は、一人ではなかった。

 見つける者。

 書く者。

 読む者。

 外へ逃がす者。

 四つの席が揃った時、物語は初めて扉を持つ。


 私は、白いノートを見ました。


 状態:閉鎖解除中

 鍵:未発見


 扉。


 鍵。


「鍵」


 私は呟きました。


「主人公を一人にしないことが、扉を作るのでしょうか」


 透真さんが頷きます。


「そして、鍵はまだ未発見」


「鍵って何?」


 黒瀬さんが言いました。


「名前? しずくさんの“し”? あいつの“あ”? それとも、別の何か?」


 四つ目の椅子の上で、恋文の封筒が少しだけ動きました。


 黒瀬さんがすぐに見ます。


「何?」


 封筒の黒塗りの差出人の下に、一文字だけ浮かびました。


 お


 黒瀬さんが息を止めました。


「……お?」


「あ、ではなく?」


 透真さんが言います。


 黒瀬さんは、震える指で封筒に触れました。


「“あ”の次?」


「名前の二文字目でしょうか」


 私が言うと、黒瀬さんは首を横に振りました。


「わからない。あお、かもしれないし、あ……お……で離れてるのかもしれないし、罠かもしれない」


 受領書の「あ」が光ります。


 そして、封筒の「お」も光ります。


 ただし、受領書にはまだ何も戻っていません。


 黒瀬さんは、目を潤ませながらも、必死に息を整えました。


「決めない」


 彼女は言いました。


「これが名前かどうか、まだ決めない」


「はい」


「でも、席に置く」


 彼女はノートの欠席者欄に書き足しました。


 あ?

 お?

 まだ決めない。

 でも置く。


 その瞬間、四つ目の椅子の上に置かれたメロンパンの袋が、大きくかさりと鳴りました。


 今度は、はっきり聞こえました。


 黒瀬さんの顔が歪みました。


「……笑ってる?」


 返事はありません。


 でも、そうかもしれないと思いました。


 嫌な笑い方。


 でも、どこか優しい笑い方。


 黒瀬さんは涙を拭かずに言いました。


「笑うな。まだ名前も思い出してないのに、合図だけするな。腹立つ」


 声は怒っていました。


 けれど、少し嬉しそうでもありました。


 主人公会議は、そこで終わりではありませんでした。


 でも、ひとまず結論を書く必要がありました。


 黒瀬さんはノートの下に、今日の結論、と書きます。


 今日の結論。

 主人公を一人にしない。

 見つけることは透真さんが持つ。ただし一人で解釈しない。

 書くことはしずくさんが持つ。ただし一人で閉じない。

 読むことは黒瀬依子が持つ。ただし外へ行かない。

 外へ逃がすことは欠席者の席に置く。ただし勝手に奪わない。

 四人目の席を空けておく。

 名前が戻らなくても、席は消さない。


 書き終えた瞬間、部屋全体が一度だけ明るくなりました。


 受領書が光ります。


 預かり品:し

 状態:返却準備中


 その下に、少しだけ文字が変わりました。


 返却準備:七割


「七割」


 黒瀬さんが言いました。


「具体的な数字出た」


「思ったより高いですね」


 透真さんが言うと、黒瀬さんは少しだけ笑いました。


「七割なら、だいぶ返してほしいけど」


 受領書の次の行。


 預かり品:あ

 状態:返却準備中

 返却準備:五割


 黒瀬さんは、それを見て、ゆっくり息を吐きました。


「五割」


「半分ですね」


「うん」


「近づいています」


「うん」


 彼女は、四つ目の椅子を見ました。


「半分くらいは、戻ってきてるのかな」


 誰も答えませんでした。


 でも、メロンパンの袋がかさりと鳴りました。


 今度は、黒瀬さんは怒りませんでした。


「……はいはい」


 彼女は少しだけ笑いました。


「曖昧な返事、受け取っておく」


 その時、透真さんのスマホと、私の手のひらと、黒瀬さんのノートが同時に光りました。


【第29話 主人公会議 読了】


 その下に、次の文字が浮かびます。


【第30話 雨宮しずくが主人公だった世界】


 第三章の最後です。


 私の胸が、静かに重くなりました。


 雨宮しずくが主人公だった世界。


 それは、私が一人で主人公だった世界。


 透真さんが毎朝死に、私が遺言を読み、黒瀬さんも三人目もいなかったかもしれない世界。


 黒瀬さんが、私を見ました。


「しずくさん」


「はい」


「次、たぶんしずくさんが一人にされる」


「はい」


「でも、今日決めたばっかりだから」


 彼女は四つの椅子を見回しました。


「一人にはしない」


 透真さんも頷きました。


「はい」


 四つ目の椅子のメロンパン袋が、かさりと鳴りました。


 それも、同意のように聞こえました。


 私は、白いノートを胸に抱きました。


 重い。


 でも、三人と一つの空席で持てば、少しだけ持てる重さです。


「行きます」


 私は言いました。


「私が主人公だった世界へ」


 黒瀬さんが、すぐに言います。


「三人と欠席者席でね」


「はい」


「あと、途中で綺麗な物語に飲まれそうになったら、私が怒る」


「お願いします」


 透真さんが言いました。


「僕も、死体側として見ます」


「自分から死体側って言うな」


 黒瀬さんが即座に突っ込みました。


「でも、そうですね」


「否定して」


「僕も、人間として見ます」


「よし」


 私は、少しだけ笑いました。


 怖いです。


 でも、怖いと言えるので、まだ大丈夫。


 次の朝が近づいています。


 私が一人で主人公だった世界。


 そこへ、私たちは四つの席を持って向かいます。


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