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不在届:302号室 郵便物集積記録  作者:


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第45話 歪みの解読(池崎視点)

 19時55分発の電車に飛び乗り、ガタゴトと揺られること約1時間半。


 車窓に映る自分の顔は、まるで見知らぬ幽霊のように青ざめていた。駅を出てすぐの場所にある24時間営業のファミレスの自動ドアをくぐったのは、21時半を回った頃だった。

 

 店内には、遅い夕食をとるサラリーマンや、テスト勉強をしているらしい学生グループの姿がちらほらと見える。そんな日常の風景の中、ドリンクバーに近い奥のボックス席で、場違いなほどに怯えきった表情でこちらに手を振る男性がいた。彼が、あのブログの主であるサトウさんだろう。

 

 私は彼に駆け寄り、縋り付くような思いで向かいの椅子に倒れ込んだ。


 サトウさんは、どこにでもいそうな頼りなげな印象の青年だった。しかし、その瞳の奥には、私と同じ深さの絶望が刻まれている。テーブルの上には、氷が溶けきって色が分離し始めたメロンソーダと、そして、それ以上に異質な、一冊の黄ばんだノートが置かれていた。


「池崎さん、無事でよかった。……本当に、来たんですね」


 サトウさんの掠れた声に、私は深く頷くことしかできなかった。お互い、メッセージで交わしたあの不気味なやり取りが頭を離れない。彼は、私が「写真がブレている」と言ったことを確かめるように、机の上のノートを私の方へ慎重に押し出した。


「さっきの写真は、店員さんにも見てもらったけどやっぱりブレてなかったんです。実物なら、どうですか。池崎さん、読めますか?」


 私は震える手で、その黄ばんだ『手順書』を受け取った。


 指先に触れる紙の感触は、驚くほど生温かい。恐る恐る一ページ目を開くと、そこにはスマホの画面越しに見たあの激しい歪みはなかった。

 

 そこに並んでいたのは、あまりにも独特な、執念の塊のような崩し字だった。


「……あ、これ……」


 私は思わず息を呑んだ。


 私の祖父の字は崩し字が極まっていて、他人にはミミズの這い跡にしか見えないものだった。私は幼い頃、その難解な祖父の手紙を読み解くのを日課にしていたのだ。


 このノートの主も、おそらく尋常ではない精神状態でこの筆を走らせたのだろう。普通の人なら「激しいブレ」や「ミミズの跡」にしか見えないその線が、訓練された私の目には、はっきりとした意味を伴って浮かび上がってきた。


『土の下に、届かなかった想いを配達せよ』

『腐敗せし、魂の道標を辿り、真の受取人へ届けよ』


 私は、喉にせり上がってくる吐き気を堪えながら、その言葉を一つずつ、絞り出すように声に出した。


「池崎さん、読めるんですか? 俺には『土』とか『配達』とか、断片的にしか分からなかったのに……」


 サトウさんは絶句していた。彼にははっきりとした文字として見えていても、意味を繋げることができなかったのだ。


 私はさらに震える指で、次のページをめくった。そこには、この怪異を鎮めるための、儀式の手順が羅列されていた。


『儀式に必要なもの。清めの塩、真新しい手鏡、手水舎てみずやの水、数珠、そしてお神酒みき


 私が読み上げた項目に、サトウさんは怪訝そうな顔をした。


「どれも神社とかで用意できそうなものばかりですね。じいちゃんの愛用品とか、そういうのは必要ないんですか? ほら、ホラー映画だとよく形見を供えたりするじゃないですか」


 サトウさんの問いに、私は手順書の歪んだ文字をなぞりながら、ゆっくりと首を振った。


「いえ。お祖父様自身が呪いの元凶なら、そうかもしれません。でも、この『手順書』から伝わってくるのは、もっと別の、救われなかったモノたちの叫びなんです。40年前の土砂崩れで、弔いもされないまま土の下に埋まってしまった郵便物。誰かに届くはずだった、無数の想いたち。それが腐敗して、この『再配達』という怪異に変わってしまった。だから必要なのは思い出の品じゃなく、彼らを導き、清めるための神事の道具なんです」


 言い切った瞬間、窓の外で一台の軽トラックのヘッドライトが、不自然に点滅した。まるで私たちが正解に辿り着いたことを、闇の向こうから監視しているかのようだった。


「これを、今夜中に全部揃えないと。サトウさん、私たちには、これしか道がありません」


 私は自分に言い聞かせるように、震える声で彼に告げた。

 店内にはまだ、夜を楽しむ人々の気配が満ちている。けれど私たちの夜は、今、ようやく本当の地獄へと足を踏み入れたのだ。

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