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不在届:302号室 郵便物集積記録  作者:


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第43話 受け継がれた手順書(サトウ視点)

 数年前、じいちゃんが死ぬ一週間前のことだ。病室のシーツと同じくらい白くなった顔で、じいちゃんは一冊の黄ばんだノートを俺に押し付けてきた。


 ボロボロの表紙に、震える筆跡で書かれた『手順書』なんていう大層なタイトル。それを見た俺は、内心「じいちゃん、最期に中二病でも発動させたのか?」と鼻で笑っていた。


「いつか、お前にこれが必要な時が来るかもしれない。……捨てずに持っておけ」


 真剣すぎる、どこか何かに怯えるようなまなこでそんなことを言われたが、当時の俺には「じいちゃんがボケて夢に見た、怖い話のメモ」くらいにしか思えなかった。二十代後半にもなって、今さら呪いだの儀式だのを信じるほどピュアじゃない。


 ただ、オカルト系の掲示板にでも晒せばいい話のネタになるし、適当にブログにでもアップして、匿名ユーザーたちの反応を楽しもう。その程度の、不謹慎で軽い好奇心が、俺の動機のすべてだった。


 実際、ブログを立ち上げてからは数年間、何一つ不気味なことは起きなかった。


 社会人になり、日々の仕事に忙殺されるようになれば、あんなものは老人の妄想だったと片付けてしまう。管理パスワードどころか、ブログという存在そのものを、俺はとうの昔に記憶のゴミ箱へ放り込んでいた。


 ……なのに。


 スマホの画面に躍り出た一通の通知が、その数年分の油断を木端微塵にぶち壊した。


『話があります。至急返信をください。私も……もう、届いてしまったんです。手順書の中身を教えてください。お願いします』


 池崎という見知らぬ名前。「届いてしまった」という、じいちゃんの遺言と嫌な形でリンクする不吉な言葉。


 じわり、と嫌な汗が背中を伝う。俺は吸い寄せられるように、記憶の底に沈んでいたブログの管理画面を叩いた。ログインなんてできるはずがない。どこかでそう高を括っていたのに、入力欄をタップした瞬間、ブラウザの自動補完機能が、数年前のパスワードをヌルリと呼び出した。


 ……ログインできてしまった。まるで、ずっと俺がここに戻ってくるのを、闇の中で待っていたかのように。


 その瞬間、スマホの画面が激しく明滅し、一通の新着通知が突きつけられる


 件名:なし

 本文:403号室:松村・吉田様。再配達の受付を完了しました。


「……は? 松村、吉田? 誰だよこれ。悪質ないたずらか?」


 画面に並ぶ無機質な名前に、一瞬、呆気にとられた。


 再配達。配送業者のミスメールか何かか。つまり、この「松村」と「吉田」という人物が、今、どこかで荷物を待っているということだろうか


 心当たりなんて一つもない。だが、思考を巡らせるうちに、ふと思い出した。そういえばじいちゃんが入院する前、やけに「玄関」を気にして怯えていたことがあったな……。


 誰もいないはずのドアの向こうを確認しては、ガタガタと震えていたじいちゃん。あの記憶が、この最悪なタイミングで、鮮明に脳裏をよぎった。


 今は一軒家に一人きりだ。両親は結婚記念日の旅行中で不在。妹も自立して家を出ている。


 広いはずの家が、急に狭い檻になったような感覚に襲われる。静まり返った家の中で、自分の心臓の音だけがやけに大きく、速く、耳の奥で鳴り響く。

 ……なんだか、猛烈にぞくっとした。


 俺は逃げるように、池崎さんへメッセージを打ち込んだ。ブログ経由のやり取りじゃまどろっこしい。LINEの方が早くやり取りできるはずだ。相手がまともな人間かもわからないが、今の俺には、藁にも縋る思いで自分のIDを書き添えて送信するしかなかった。


 送信ボタンを押し、池崎さんからの反応を待つ。


 静寂が耳に痛い。スマホの画面を凝視しながら、浅い呼吸を繰り返していた、その時だった。


 ――ガタッ。


 玄関の方から、明らかな物音がした。


 ただのラップ音か。それとも、あのドアの向こうに「誰か」が立っているのか。じいちゃんを怯えさせていた何かが、ついに俺のところまで辿り着いてしまったのか。


 俺はたまらず、本棚の隅で埃を被っていたあの『手順書』を引っ張り出した。じいちゃんは「俺に必要がある時が来るかも」と言っていた。それが今なのかもしれない。


 震える手で、無理やり1ページ目を開く。


 だが、そこに並んでいたのは、あまりにも達筆というか、執念がこもった殴り書きに近い走り書きだった。俺には、一部しか判別できない。


 他のページをめくれば、何かヒントがあるかもしれない……。だが、指が動かない。これ以上このノートをめくるのが、言葉にできないほど恐ろしかった。もし、この次のページに、とんでもないことが書いてあったら?


 ひりつくほどに喉が渇いた。唾を飲み込んだその瞬間、スマホが激しく震えた。


 池崎さんだ。

 俺が送ったID宛に、彼女から連絡が届いた。

 

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