第37話 懐疑と証明
石段を転げ落ちるようにして神社を後にした二人は、入り組んだ路地の影で、荒い息を整えていた。
肺が痛い。だがそれ以上に、あの「見られている」感覚が、肌にねっとりと張り付いて離れない。
「……クソ、神社もダメかよ。専門外ってなんだよ、神様のくせに」
大樹が毒づきながら、震える手でスマホを操作し始めた。画面の反射が、青ざめた彼の顔を不気味に照らす。
「賢人、もうこれしかねえ。……俺、こいつにDM送るわ」
大樹が提示した画面には、最近SNSで急速に登録者を伸ばしている『除霊師・レン』のプロフィールがあった。
「待てよ大樹。いきなり『呪われてます』なんて送っても、悪質なイタズラだと思われて終わりだぞ。証拠を求められたって、手元にはあの不在票の現物すらないんだ」
「……分かってる。でもこいつ、プロフィール欄見てみろよ。『拠点:板穂区』。俺たちの大学も、今いるこの場所も同じ区内だ。しかもさっきの投稿で『地元のスタジオでロケ準備中』って書いてたし。今なら、ここに来れるはずなんだよ!」
同じ区内に専門家がいる。その事実が、パニック寸前の二人にとって唯一の、そして最後の希望だった。
「……もう一度、あの神社に戻るんだ」
賢人は、自分たちを拒絶したあの社務所のガラス戸を思い出した。
「あの貼り紙だ。神主がわざわざ『専門外』なんて書いて、俺たちを追い出した証拠。あんな不気味なこと、普通は神社がやらない。ビデオ通話であれを見せれば、レンも『ただ事じゃない』って気づくはずだ」
二人は恐怖で震える足を叱咤し、再び鳥居をくぐった。
先ほど感じた無数の視線はさらに濃くなっているが、今はそれよりも誰かに繋がることの方が優先だった。
大樹はレンのDM画面から、ビデオ通話のボタンを連打した。
三度目の呼び出し音で、ようやく画面が切り替わる。
『……おいおい、今ロケの準備中なんだけど。しつこいよ大学生くん。呪い? 不在票? そんなの今時流行らな――』
「これを見てください!」
大樹が叫びながら、スマホの外カメラを社務所のガラス戸に向けた。
画面越しに、あの真新しい和紙と、墨書きの拒絶文が映し出される。
『本日、祓いの儀を求め来られた方々へ。当社の手に負える理ではございません。速やかにお引き取りください。これ以上、内を穢さぬよう願います』
画面の向こうで、レンの言葉が止まった。
『……ちょっと待て。そこ、御刻神社だろ? 板穂の。あそこの神主、頑固で有名なんだ。そんな奴がこんなもん貼るなんて……。おい、カメラをもっと引け。周りを見せろ。拝殿の方だ。格子戸の隙間とか、木陰とか……もっと隅々まで映せ』
レンの声から、からかうような色が消えた。大樹が言われるままにスマホを動かし、境内を舐めるように映し出す。
『……なるほどね。ヤラセじゃなさそうだ。画面越しでもピリピリしてやがる。神主が中に引きこもって、必死に何かを唱えてるのも……全部、拒絶するためか。で、お前ら。その理由になってるブツ、持ってるのか?』
「……これです」
賢人が、鞄の中からティッシュに包み込んだお守りの成れの果てを取り出し、レンズに近づけた。真っ黒な灰。その隙間に混じる、内側から腐敗して崩れたような『不在票の断片』。
『……マジかよ。お守りの中に、不在票が湧いたのか?』
レンの声に、ギラついた熱が混じった。
『わかった。そこから動くな。今、近くのスタジオにいるから車で飛ばす。15分で行ける。……その間、絶対にその灰を捨てるなよ? 最高のネタ……いや、最高の除霊対象だ』
通話が切れる。
二人は、静まり返った境内で、冷たい汗を流しながら立ち尽くした。
社務所の奥からは、追い出そうとするかのように、さらに激しい鈴の音が響き始めていた。




