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不在届:302号室 郵便物集積記録  作者: ちぱ


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第30話 検証の足音

 賢人は、逃げ込むように部屋へと戻った。背後で重い鉄扉を閉めると、震える手で鍵を回し、金属製のドアチェーンを叩きつけるようにしてかける。


 居室に戻ると、大樹が過呼吸気味の池崎さんの背中をさすり、必死に落ち着かせようとしていた。


「……賢人。外、どうだった?」

「……誰も、いなかった」


 賢人の短い報告に、大樹の顔がさらに強張る。


「……そんなはずないだろ。あの音がしてから、お前すぐに見に行ったんだぞ? お前が出ていってから、俺はここでずっと耳を澄ませてた。でも、一度も階段を降りる音なんて聞いてない」


 大樹の断言に、室内の温度が一段下がったような錯覚に陥る。


「……おかしいわよ。私、今まで何度も入れられたけど、いつも留守中だけだったわ。在宅中に……それも、誰かと一緒にいる時に入れられたのは、初めて……」


 池崎さんが、床を一点に凝視したまま掠れた声で呟いた。その身体は小刻みに震え続けている。大樹は、賢人の言葉が信じられないといった様子で、何かに抗うように立ち上がり、玄関の方へ向かった。


「……ちょっと待て。俺、試してくる。どれだけ静かに動いても、本当に音がしないなんてことがあるのか」

「大樹、よせよ」

「いいから。お前ら、中で聞いててくれ」


 大樹は玄関の鍵を開け、外へ出た。数秒後、閉ざされた扉の向こう側から、彼の押し殺したような声が漏れてくる。


「……行くぞ」


 そこから、大樹が足音を立てないように階段を昇り降りする検証が始まった。大樹は、抜き足差し足で、鉄の階段を慎重に踏み締めているはずだった。


 しかし、室内にいる賢人たちの耳には、「ギィ……」「ガシャン……」という、古い鉄骨が軋む特有の不快な音が、はっきりと、そして重苦しく響いてきた。


 一度、二度。

 大樹がどれほど体重を殺し、つま先に神経を集中させて動いても、錆びついた階段は残酷なほどに彼の居場所を知らせる音を立てる。夜の静寂も相まって、その音は驚くほど大きく、隠しようもなく響き渡った。


 やがて、逃げるようにドアを開けて戻ってきた大樹の顔は、さらに青ざめていた。


「……ダメだ。これ以上、静かに歩くなんて無理だ。どうやったって音は出る。階段を一段降りるだけで、あんなに響くんだ。なのに、さっきのは……」


 大樹の声が震えている。賢人が飛び出す前、この部屋に届いたのは「ガチャン」というポストの音だけだった。その前後の足音は、一音たりとも存在しなかったのだ。


 三人は、ローテーブルの上に置かれた18時45分の不在票を、まるで見知らぬ怪物の死骸でも見るような目で見つめた。蛍光灯の光に照らされたその白い紙切れが、異様なまでの存在感を放っている。


「……人間じゃないのね」


 池崎さんのその一言が、狭い部屋に冷たく沈殿した。

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