第27話 袋とゴミ箱
「待ってください、池崎さん。落ち着いて聞いてください」
賢人は、押し付けられたレジ袋の重みを感じながら必死に声を絞り出した。
「俺たちは今、大学から帰ってきたばかりなんです。池崎さんはさっきからずっと、ここで俺たちが帰ってくるのを待っていたんですよね? だったら、俺たちがあなたの家に行って、郵便受けにこんなものを入れる隙なんてなかったはずです」
池崎さんは言葉を失い、目を見開いたまま二人を見つめた。確かにその通りだ。彼女は一時間近く前から、このマンションの入り口を凝視していた。二人が現れたのは、今、目の前の道を歩いてきた時が初めてだったのだ。
「信じられないなら、今すぐ俺たちの郵便受けを見てください。……大樹、開けろ」
三人は無言のままロビーに入り、壁面に並んだ集合郵便受けの前へと進んだ。「403」のダイヤルを大樹が慣れた手つきで回し、蓋を手前に引く。
「……あー、またかよ」
大樹が短く舌打ちをした。中から掴み出されたのは、一枚ではない。指先で引き抜かれたのは、五、六枚ほども重なった不在連絡票の束だった。
「マジでしつこいんだよ、誰だよこれ……」
大樹は心底うんざりしたように吐き捨てた。すべてが今日の日付。しかし、よく見ると訪問時間は午前、昼過ぎ、一時間前……と、二人が大学にいた数時間の間に、執拗に繰り返されている。同じ業者が一日に何度も訪ね、その都度不在票を置いていくなど、通常の配達ルールではあり得ないことだった。
賢人がその束を受け取り、池崎さんの目の前に突きつけた。
「俺たちが不在の間に、これだけの回数、誰かがここに来てるんです。……池崎さんの家にも、同じように届いてるんですよね? 俺たちが大学にいる間に、俺たちがあなたの家に行くなんて不可能です。……そうでしょう?」
池崎さんの顔から血の気が引いていくのが分かった。彼女は自分のレジ袋の中にある不在票の山と、賢人が今しがた郵便受けから取り出したばかりの束を、交互に何度も見比べた。
「さらに、こっちも見てください」
賢人が郵便受けのすぐ横にある、チラシを捨てるためのゴミ箱を指差した。そこには、異様な光景が広がっていた。
溢れんばかりのチラシの隙間から、数十枚もの白い紙がぶ厚い層になって顔を出している。賢人がその一部をひっかき出すと、昨日、一昨日、その前……と、連日捨て続けてきた不在票が、雪のように積もっていた。そのすべてに、賢人と大樹の連名が記されている。
「俺たちは毎日、届いた分をここに捨ててきたんです。……見てください、ゴミ箱に捨てた分は、まだここにある。昨日も一昨日も、ここに捨てた事実は変わらないんです」
ゴミ箱の中に残っている「自分たちの名前が書かれた紙の山」と、池崎さんが袋の中に溜め込んでいる「全く同じ紙の山」。
健人達が捨てたものが池崎さんの元へ移動したのではない。二人の預かり知らないところで、不在票が、自分たちの郵便受けと池崎さんの郵便受けという二つの場所だけに、大量にバラまかれているのだ。
「……じゃあ、私の家の郵便受けに入れてるのは、誰なの?」
池崎さんの震える呟きが、静まり返ったロビーに冷たく響いた。




