第25話 眠れない夜
二人はそれ以上言葉を交わさず、それぞれの部屋へと戻った。
賢人は玄関の鍵を閉め、念を入れるようにドアガードをかける。金属同士が噛み合う「ガチャン」という音が、いつもより重く、そして酷く冷たく響いた。
ダイニングキッチンを挟んで、左右に分かれた二人の部屋。
大樹は自分の部屋で、逃げ込むように布団に潜り込んだ。賢人もまた、明かりを消してベッドに横になる。
明日の大学は一限目からだ。
早く寝なければならないことは、頭では分かっている。だが、暗闇の中で天井を見つめていると、どうしても思考がさっきの廊下へと引き戻された。
……大樹が見たのは、本当に池崎さんだったのか?
大樹が嘘をついているとは思えない。あいつのあの震え方は演技でできるものではなかった。
だが、スコープから目を離したわずか数秒で、生身の人間が消えることなど可能なのか。もし仮に、大樹が見たものが池崎さんではなかったとしたら? あの時、スコープの向こう側にいたのは――。
考え始めると、意識はどんどん冴え渡っていく。
耳が異常なほど鋭敏になり、普段なら気にも留めない生活音が、すべて「誰かの気配」に変換されてしまう。冷蔵庫のうなる音、風が窓を叩く音、あるいはマンションの配管を水が流れる微かな振動。そのどれもが、何かが潜んでいる音のように聞こえてならなかった。
壁一枚隔てた隣の部屋からは、時折大樹が寝返りを打つ、シーツと布団が擦れる音が聞こえてくる。あいつもまだ、眠れていないのだろう。あいつの瞼の裏には、今もレンズを塞いでいた目が、網膜に焼き付いた残像のようにこびりついているはずだ。
結局、二人の間でその後の会話は一切なかった。
声を出すことで、何かを呼び寄せてしまうのではないか。そんな根拠のない恐怖が、二人の口を閉ざさせていた。
遠くでエレベーターが動く微かな振動を感じるたび、賢人は無意識に身体を強張らせ、呼吸を止める。
結局その夜、二人が微睡みの中に落ちることができたのは、カーテンの隙間から差し込む光が、夜の重苦しさをようやく薄め始めた頃だった。




