第21話 結衣のいない部屋
エレベーターを降り、402号室の前で賢人が鍵を取り出す。
すぐ後ろでは、池崎がまるでサプライズの扉を開ける直前のような、高揚した顔でそわそわと自分の髪を整えていた。その異常な期待感に、大樹は「マジかよ……」と小声で呟き、賢人と顔を見合わせる。二人の目は、完全に「ヤバい奴を見る目」で一致していた。
カチャリ、と鍵が開く。
「結衣ちゃん、お待たせ! やっと会え——」
池崎が弾んだ声で、賢人の脇をすり抜けるようにして中へ踏み込む。
だが、その言葉は玄関先で凍りついた。
目に飛び込んできたのは、三和土に乱雑に脱ぎ捨てられた、泥汚れの目立つ大樹の高校時代からのスニーカーと、賢人が大学入学に合わせて買ったばかりの、まだ白さが眩しいキャンバスシューズ。そして、結衣が住んでいた頃のフローラルな香りの代わりに漂う、安っぽい芳香剤とわずかな男所帯の生活臭だった。
「……え?」
池崎の動きが止まる。
彼女の記憶にある「結衣ちゃんの部屋」の玄関には、可愛いパンプスや、整えられた空間があったはずだ。しかし、そこにあるのは、明らかに年頃の男たちが無造作に暮らし始めた跡だった。
池崎は信じられないといった様子で、吸い寄せられるようにリビングへ進む。
かつて白やベージュで統一されていたであろう部屋は、黒いゲーミングチェアや、床に直置きされた延長コード、適当に積まれた大学の教科書と漫画本に占拠されている。
「結衣ちゃん……? どこにいるの? 結衣ちゃん!」
彼女はまるで、かくれんぼでもしているかのような声でリビングを見渡すが、返事はない。
「あ、あっちかな?」
池崎は焦ったように、寝室のドアを乱暴に開けた。しかし、そこにあったのは万年床の布団と、適当にハンガーにかけられた男物のTシャツや、大学のロゴが入ったパーカーだけだった。
続いて浴室、洗面所。
バスタオルは無骨なネイビー。洗面台には、女性用の化粧水ではなく、メンズ用の洗顔フォームとシェービングクリームが並んでいる。
一通り部屋を一周し、どこにも「佐藤結衣」の影がないことを突きつけられた池崎が、リビングの真ん中でポツンと立ち尽くした。その肩が、小刻みに震え始める。
「……満足しましたか? どこにも、いないでしょ」
賢人が努めて冷淡に、とどめを刺すように言った。




