第18話 剥き出しの狂意
賢人の低く抑えた声が、静まり返ったロビーに響いた。
その瞬間、ポストから離れて立ち尽くしていた女が、弾かれたように顔を上げた。見開かれた瞳には、明らかな動揺と、それ以上に深い「拒絶」の色が浮かんでいる。
「……えっ?」
女の声は、掠れて消えそうだった。彼女は賢人と、その後ろに立つ大樹を交互に見つめ、まるで理解できない言語を聞かされたかのように首を横に振った。
「うちの……? 何、言ってるんですか。そこは、結衣ちゃんの……佐藤結衣さんの部屋ですよ」
彼女の指先が、402号室のポストを指して震える。その目は赤く腫れ、並々ならぬ執着が滲み出ていた。
「いや、佐藤さんはもう引っ越しましたよ。一ヶ月くらい前から、俺たちがここに住んでますから」
賢人が努めて冷静に事実を告げると、女の顔から血の気が一気に引いた。彼女は数歩後ずさり、喉の奥でヒッ、と短い悲鳴を漏らす。
「嘘……そんなはずない。だって、結衣ちゃんはさっき、私の手紙を受け取ってくれたんだもん!」
「手紙?」
その言葉に、賢人と大樹の顔色が変わった。
賢人は、今日届いたあの封筒の裏側に記されていた、筆跡の名前を思い出す。
「……あ。もしかして、池崎さん……ですか?」
賢人がその名を口にした瞬間、女の動きが止まった。
図星だった。彼女が、あの復縁を迫る手紙を出した「池崎」本人だったのだ。
「あんた、あの手紙の……」
大樹が絶句する。しかし、池崎は自分の名前を呼ばれ、さらに激しい敵意を剥き出しにした。
「……分かった。あなたたち、結衣ちゃんの新しい彼氏でしょ。結衣ちゃんをどこかへやったんでしょ! 私の手紙を郵便受けから抜いたのも、あんたたちなのね!」
「は? 何言って……。俺らはただ、間違えて届いたから捨てただけで……」
大樹の弁明を無視して、池崎は吐き捨てるように叫んだ。
「隠してるんでしょ! 中に結衣ちゃんを閉じ込めて、私に嘘ついてるんだ! 最低……最低だよ! お願いだから、別れて。結衣ちゃんを返してよ!」




