第16話 覗く女
「はぁ、はぁ……っ」
ゴミ置き場の裏口を飛び出し、鍵を解除して居住者専用の外廊下へと逃げ込むと、大樹が膝に手をつき、肺の奥に溜まった淀んだ空気を吐き出すように激しく喘いだ。
背後のドアが閉まり、オートロックの電子音が無機質に響く。これで、あの得体の知れないゴミ置き場とは完全に遮断されたはずだった。冷たい夜風が首筋を撫で、賢人はようやく生きた心地がして大きく息を吐く。
「……っ、おい、マジで何なんだよ。あんなの絶対おかしいだろ。どこ消えたんだよ、あの袋……」
大樹が、震える声を無理やり絞り出すように喋り始めた。
「わかんない、とにかく今は……」
「わかんないじゃねーよ! 二人で見ただろ? 誰かが持ってったとか、そんなレベルの時間じゃなかったよな。なあ、賢人!」
大樹が噛みつくような勢いで賢人の肩を揺さぶる。賢人は、とにかく彼を落ち着かせ、一刻も早く部屋に戻らなければと、掠れた声で促した。
「……いいから、行こう。上に戻って考えよう」
二人は外廊下を足早に進み、ロビーへと繋がる自動ドアを抜けた。
センサーが反応し、明るい光に満ちたエレベーターホールへと招き入れられる。
ようやく中に入れた。これで本当に安全だ。
そう思った瞬間、エレベーターの方へ向かおうとした賢人の視界に、ガラスの仕切り越しに広がる郵便受けコーナーの異変が飛び込んできた。
「……っ」
賢人の足が、地面に縫い付けられたように止まる。
「おい、どうしたんだよ。上に行く……」
苛立ちを隠さず背後から迫った大樹が、賢人の視線の先を追い、言葉を失った。
ガラスの向こう側に、「誰か」がいた。
自分たちと同じ、大学生くらいの年齢に見える一人の女性だった。少しオーバーサイズのカーディガンを羽織り、肩にかけたトートバッグの紐を、指先が白くなるほど強く握りしめている。
彼女は外廊下側から現れた二人の足音にも、自分たちが今交わした会話のトーンにも、全く気づく様子がない。ただ一点を見つめ、何かに取り憑かれたように立ち尽くしている。
「……あいつ、何してんだよ」
大樹の先ほどまでの勢いが消え、代わりに怯えを含んだ囁き声がロビーに反響した。
女性は腰を折るように身を屈め、特定のポストの細い隙間に、吸い込まれるように顔を近づけていた。暗い隙間を執拗に、異様な至近距離で覗き込んでいる。その横顔はひどく思い詰めたようで、今にも泣き出しそうなほど強張っていた。
彼女がそこまでして中を確認しようとしていたのは、他でもない。
二人の部屋「402号室」の郵便受けだった。




