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不在届:302号室 郵便物集積記録  作者: ちぱ


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第12話 誤配

あの忌まわしい不在票の朝から、一週間が経った。


二人は無事に入学式を終え、念願の大学生活をスタートさせていた。ガイダンスにサークル勧誘、新しい友人との昼食。慣れないキャンパスライフの忙しさは、あの夜の異常な恐怖を「春休み中の寝不足が見せた、タチの悪い悪夢」として塗りつぶすには十分だった。


「やっぱり、あの不在票も誰かの手の込んだイタズラだったんだよ」

「だな。俺ら、ビビりすぎだったわ。入学早々、情けねーよな」


二人での新生活にも慣れ始め、部屋はようやく自分たちの「城」になりつつあった。男二人、気を遣わずに済む空間は快適で、ようやく平穏が訪れたのだと二人は確信していた。


そんなある日の夕方。講義を終えて帰宅した二人が、郵便受けを確認する。チラシの束に混じって、一通の封筒が入っていた。それをつまみ上げた大樹が、不思議そうに首を傾げた。


「なあ賢人、これ。前の住人宛か?」


それは、あの忌まわしい茶封筒ではなかった。淡いクリーム色の、上品で清潔感のある封筒だ。賢人が横からその宛名を覗き込む。


「佐藤結衣? ああ、そういえば不動産屋が言ってたな。前は女性が住んでたから綺麗に部屋をつかってくれてたって」


宛名には丸みを帯びた、どこか女性らしさを感じさせる丁寧な筆跡で名前が書かれていた。住所は間違いなく自分たちの「402号室」になっている。賢人は「新生活早々、誤配かよ」と苦笑いし、翌日、不動産屋へ電話を入れた。


横で大樹が聞き耳を立てる中、賢人がスピーカー越しに近い状態でやり取りを終える。


「あ、わかりました。こちらで破棄しておきますね。……はい、失礼します」


賢人が通話を終えると、隣で内容を聞いていた大樹がポツリと漏らした。


「……トラブルか。大変なんだな、女性の一人暮らしも」


電話を切った賢人は、ダイニングテーブルの上にある封筒を眺めた。


「処分していいってさ。中身、ちょっと気になるな」


「……やめとけよ。ストーカーとかだったら洒落になんねーだろ。……まぁ、どうせ捨てちまうなら、中身見てから捨てても一緒か」


そう言って、大樹は自分から椅子を引いて座り込んだ。

新しい生活が始まり、どこか万能感に浸っていた二人は、一週間前のあの慎重さを完全に失っていた。「処分」という大義名分を盾に、賢人は何気ない動作で封筒の端を破った。


中から出てきたのは、四つ折りにされた一枚の便箋。

それを広げた瞬間、賢人の指先が凍りついた。


表面の余白を埋め尽くすように、あの震えるような、歪な手書きの字体でこう記されていたのだ。


『松村様、吉田様。

 一週間、お待たせいたしました。

 再配達のご依頼、ありがとうございます。』


「……うわっ!」


賢人は悲鳴を上げ、弾かれたように便箋を放り出した。手紙はひらひらと舞い、ダイニングの床に落ちる。


「おい、どうした!?」

「……出た、出たんだよ! あの字だ、俺たちの名前が書いてあった!」


賢人は肩を上下させ、荒い息を吐きながら床の紙を指差した。

うそだ、うそだ、うそだ。一週間も経って、ようやく忘れかけていたのに。大樹も顔を真っ青にしながら、落ちた便箋を凝視する。


二人は数分間、その紙に触れることすらできず、ただ遠巻きにそれを見つめていた。しかし、床に落ちた便箋は、ただ静かに、夕陽を反射しているだけだった。


「……本当か? 見間違いじゃねーのか」

「見間違いなわけないだろ! はっきり書いてあったんだよ、松村、吉田って!」


賢人は自分に言い聞かせるように叫び、震える手で、もう一度その便箋を拾い上げた。恐る恐る、薄目を開けるようにして文字を確認する。


だが、そこには。


「……え?」


あの、のたうつような歪な文字は、どこにもなかった。そこにあったのは、封筒と同じ、丸みを帯びた女性らしい綺麗な筆跡だけ。


『結衣ちゃん、元気? ずっと探してたんだよ。

あの時、私の浮気のせいで別れることになっちゃって、本当に後悔してる。

連絡も取れなくなって、電話もLINEも変えられちゃったけど、どうしても諦めきれなくて。

お願い、もう一度だけ、復縁するチャンスをくれないかな……』


そこには、池崎という女性から、かつての恋人である佐藤さんへの、痛切な、それでいて執着を感じさせる復縁の願いだけが綴られていた。


「……ない。消えてる……」


賢人は呆然と立ち尽くした。さっきまで、あんなに鮮明に、網膜に焼き付くほどはっきりと見えていた自分たちの名前。それが、跡形もなく消え失せている。


「賢人……お前、疲れてるんだよ。新生活が始まって一週間、緊張の糸が切れたんだ」


大樹が、自分をも納得させるような声で言った。

確かに、便箋には佐藤さんと池崎さんの人間臭いドラマが書かれているだけで、怪異の欠片もない。


「……そうだよな。見間違いだよ。あの字が強烈に刷り込まれてて、脳が勝手に補完したんだと思う」


賢人は自分に言い聞かせるように、絞り出すような声で言った。

無理やりひねり出した「合理的な理由」。そう思わなければ、今ここで立っていられない。


「……今日はもう、これ捨ててメシにしようぜ」


「ああ、そうだな……」


賢人は大樹に返された便箋を受け取った。

理屈では納得したはずなのに、その指先がいつまでも小刻みに震えているのを、彼はどうすることもできなかった。

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