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619、消えた殺人鬼の影は摩天楼の闇へ繋がっている

ホッコ街を取り仕切るボスの家へボク達は呼び出された。倉庫の最奥、元々事務所があった場所を改装した個人宅。流石に取り仕切り役ともなればスラム街の中に自宅を持てるようだった。


「さぁて、どうなるかしら。」


悠々と歩くタマさんの後ろをボクとオウルさんが付いていく。薄い壁で仕切られた邸宅内の応接室へ。ボク達の座る場所は無くて、高そうな椅子に座ったお爺さんがボスのようだった。

護衛のヒト達が10人も並んでいて、ボク達を威嚇するように手には銃や質量兵器の類い。全員獣尾族、犬や猫さんのお耳が頭から生えていた。


「俺はホッコのカシラ、ヨルド。皆には爺やと呼ばれとるがな。」


スーツ型の強化外装に身を包んだヨルドさんは老いても体格ががっしり。ウシ系の耳とツノが目立っていた。頬には傷跡、額に縫い目。歴戦の傭兵さんのような出立ち。


「それで、仕事かしら。自己紹介はいる?アタシの事はマジシャンと呼びなさい。この子はフィー、そこのエルフはフラウリリムよ。3人揃ってアリスイの屋号を掲げてるから宜しくね。」


護衛のヒト達は誰もが強化外装持ち、武器もしっかりした中価格帯の物。確かにスラムの中でこんなに良い装備してたら誰も逆らえないと思った。


「まぁ、仕事の話をする前に聞いてけや。俺には孫が居んだよ。可愛い孫でなぁ。ちょっとバカなのが玉に瑕だが、俺だって若い頃は散々ヤンチャをしたさ。」


急に語り出すヨルドさんに、タマさんは肩をすくめる。


「そんな孫がヨォ、今はスラムの病院のベッドの上で苦しんでんだよ。耳が削ぎ落とされ、チンコもタマも切除され、両足を複雑骨折に右腕も裂傷が酷くパンパンに腫れてやがる。アキレス腱もパックリ切られて2度と歩けねぇ。」


「随分酷い事をする奴が居たもんだなぁ?」


その目がボク達を睨んでいた。けれどタマさんはヘラヘラ笑う。


「あはは、お悔やみ申し上げます?傭兵が何なのか知ってるかしら。アタシらはナイフ、銃。組合がバックに居る開拓者と違って依頼人に使い捨てられた凶器よ。」


そうか。ゲームセンターに居たユターニの1人がヨルドさんのお孫さんだったんだ。謝りたい気持ちが湧いてくるけど‥‥謝っちゃいけない。


彼も依頼人に地獄のような想いを面白半分に味合わせて、その責任が曖昧な内に激しい私刑を受けてズタボロに。間に警察が入っていれば今頃五体満足で今頃留置所の中だったと思うけど。


この街に入って既にボク達も社会の歪みに取り込まれているって感じた。自力救済が起こす報復の連鎖。ヨルドさんの目には恨みがこもっている。


「俺だって傭兵だったんだ。その理屈は分かってる。だがヨォ。ユターニとは言えグエルブの関係者拷問しておいて、よくマァここに来れたな。そういうのを舐めてるって言うんだよ。知ってっか?小娘。」


「そーよ、舐めてるわ。この業界力ある奴が何処までも傲慢に振る舞うの。正義、倫理、業。色んな理屈が擦れ合って不協和音を鳴らす中、揺るがずに歩める奴が真の強者なのよ。結局アンタらが被害者のツラをしようが、アタシらに勝てなきゃ負け犬の遠吠え。」


タマさんの合図でボク達はパッと武器を取り出す。オウルさんが杖で床を小突けば、急激に部屋の温度が下がって床と壁が凍り付いた!


「‥‥ヨルドはフラウリリムの名を知らないの?昔は結構有名だったのに、そうか舐められるとはこういう気持ちか。」


オウルさんは昔は有名だったんだ。長い間お空の上に居たせいで忘れてしまったみたいだけど。


場の空気が殺気立つ。誰もが銃口を向ける寸前、1人でも銃口が動けば即座に殺し合いが始まる。


「‥‥ここは俺らの腹の中だぞ?肝の据わった嬢ちゃんだ。ただ、このまま見逃してやろうってならないのが現実でね。おい、耳を削いでやれ。それで手打ちにしてやる。」


「メンツってのがあると厄介よね。この状況で引き金をアンタが最初に引かなきゃならなくなるんだから。」


2人の護衛がタマさんの背後を脅かすけど、ノールックで即座に片足の駆動魔具を起動する。そのまま足元がグルン!と弧を描いて振り向きながら回し蹴りが護衛の側頭部を捉えていた。


一瞬で2人が蹴り飛ばされて地面を舐める。銃口が向けば、ボクも飛び掛かった。


プランAはこのまま友好的に話を進められそうな場合の策。けれどタマさんもオウルさんも最初からプランBを推していた。


「殺人犯が消えたのはこのコッホ街。匿われてるって考えるのが妥当でしょ?それを探るんなら絶対敵対は避けられないわよね。」


「事前に街中を歩けた分、色々調べる事が出来た。ボスの懐に潜り込んで話を聞けそうならやっておいて損は無い。話を聞くフリをしてやっつけよう。」


力押しだけど向こうの態度次第で暴れる口実を手に入れて、正当防衛ついでにヨルドさんから話を聞き出す。警察じゃ出来ないような、1番手っ取り早い強引な捜査方法。


今まで散々裏社会の組織と戦ってきたボク達は報復を恐れないよ!


向いた銃口がボクを捉えても、


「何だ?!」


「撃てねぇ?!」


銃口がオウルさんの魔法で凍り付いて、銃の安全装置が働いて引き金が引けなくなっていた。一瞬でボクの小さな体が懐へ。


三節棍は三つの棍から成る武器で、真ん中の棍を中節棍(ちゅうせっこん)と言う。両端の棍を梢棍(しょうこん)と言い、梢棍を高速で不規則な動きで振るう事で意表を突いて攻撃する武器種。


本来は三節棍とナイフのどっちが強いかと言ったら、より実戦的な方はナイフ。殺し合いの中三節棍を自分の体にぶつけないよう的確に振るう事に集中するぐらいなら、ナイフを片手に体ごと突っ込んで掴み掛かった方が手っ取り早い。


けれど完璧に使い熟せて、殺し合いの中でも冷静を保てて、機械みたいに的確な動きを出来る事を前提にするのなら。


その間合いの広さと、予測の難しい動きが合わさって凶悪な強さを発揮する。


中節棍を掴んだボクの手首の動きに引っ張られ、末端の梢棍が大気を切り裂く速度で斜め下から猛然と迫る。瞬き一つの間に銃を握る腕を引っ叩いてへし折ってしまった。


飛び上がって回転させれば周囲の2人の顎を的確に梢棍が殴り壊す。ボクの脳波に反応して三節棍を繋ぐ鎖が収納へ、長棍となった形で真後ろへ突き出される。クラスD規格をクラスBの出力で繰り出された先端速度の破壊力。防護プレートを身に纏った大男が、壁を破壊しながら吹き飛んで転がった。


タマさんはそんな様子を楽しそうに見物しつつ‥‥襲い掛かって来た4人がその背後で突然倒れ伏してしまっていた。タマさん自身は蹴った後何もせずに棒立ち。なのに後ろの4人は急にくの字に背中を折り曲げて吹き飛び、倒れ込んでピクリとも動かない。何が起きたかも分からず、一瞥もされずに倒されてしまった。


「マジシャンって名前、似合ってるでしょ?器用さには自信があるのよね。」


「似合ってます。これで全員ですか?」


「だね。これは正当防衛、敵は銃で武装していたんだ。殺してしまっても罪に問われないよ。」


皆大怪我を負ったけど死んではいない。でも強化外装の応急処置があっても動けないと思う。狭い室内での乱闘、ボク達の予測不能な攻撃で直撃を貰ってしまった。もっと開けた場所ならまともに戦えたと思うけど‥‥ヨルドさんもここまで遠慮なく抵抗されるとは思っていなかったのかな?


額から脂汗を流してボク達を睨んだままだった。


「言っとくけど、消音のマギアーツでこの家の音は外へ漏れないわ。外から見ても大丈夫なよう、ARの光景と軽い生活音を外部へ出力してる。アハハ、プロだもの。」


タマシティでの誘拐事件の時のよう、パッと外部から見ても分からないように荒事をする際は細工をする。この部屋での乱闘が始まった瞬間にフィクサーさんがパパッと整えてくれていた。


『アングラを取り締まるのはいつだって同業者のアングラですね!警察は市民の味方であって、反社同士の揉み合いには興味無いですから。』


タマさんは手早くヨルドさんの強化外装のバリア装甲をビームシュナイダーで壊してしまう。そして額を掴み上げて問い掛けた。


「アタシらはちょっとした事件を追っていてさ。最近このスラムに殺人犯が駆け込んで来たでしょ?面白い事するわよね、何人も殺人犯匿ってニホンコクへ抵抗したつもりだなんて。アンタらが頼みにしていた暴力が一介の傭兵に蹴散らされた気分はどう?」


その目は大きく見開いた後、伏せられる。


『(⩌⌯⩌)ボク達は嘘発見器を持っていますから、真実を話してくれれば良いです。』


ボクも加勢する。お爺ちゃんに酷い事はしたくないから、ちゃんとお話ししよう!


ヨルドさんは諦めたようにため息を吐いた。


「本当にその話が目的か?てっきりコーポの私兵かと思ったが。おかしいだろ?急にこんな強い傭兵が現れて、今まで無名でしたってか?この辺りの土地を買い占める為に乗り込んで来た訳じゃねぇのか。」


ヨルドさんは言う。


「悪いな、お前らをぶっ殺す口実が欲しかったんだよ。俺の孫は今頃中層で宜しくやってるよ。お前らがぶっ殺したユターニは無関係のクズだ。寧ろ感謝しているぐらいだ。」


タマさんは、でしょうねと笑って手を離した。良かった、ヨルドさんのお孫さんじゃなかったんだ。


「殺人犯の件だが、正直言うと全く分からない。確かに警察共が3度、ここに捜索しに来た。隅から隅まで全部ひっくり返しやがってよ。何も無しで潔白を証明したってのに、お前らが乗り込んで来るぐらい俺らは犯罪者扱いされてる。全部コーポの陰謀だろうがよ、クソッタレ。殺人犯の件を利用してこのスラムを撤去して土地を買うつもりなんだ。」


タマさんがボクを見る。ボクは頷いた。


『(⸝⸝o̴̶̷ ̫ o̴̶̷⸝⸝)嘘は吐いていません。何も知らないみたいです。思ったよりも複雑な事件みたいですね。』


「マジか。まぁ、ここで終わっちゃえば楽だったんだけど。でも周辺住民は間違いなくスラムに殺人犯が逃げ込んだって‥‥うん?おかしいわね。」


ここでボクも気付いた。オウルさんが顎をさすって唸る。


「逃げ込んだって言うけど、実際にその目で見たのかな?殺人犯は殺した後そのままここへ向かった筈。ニュースになって顔を隠して犯行をした犯人象が公開されたのは翌日以降。それまでは顔も知らないだろうし、スラムに入る際も顔は隠していた筈。監視カメラに映る事を考えたら、わざわざ変装を解く理由も無いしね。」


「言われてみればそうよね。けれど周辺住人達はここに逃げ込んだっていう情報を知っていた。犯行現場に居合わせた通行人はせいぜい10人いるかどうか、どいつもコイツも通勤中でわざわざ危険を冒して犯人を尾行するような奴じゃない。現行犯の通報すらロクになかったのよ。殺された奴がクズだったからってさ。」


現場からここまでは走れば片道20分も掛からない。駆動魔具を使うのならもっと早い。逃げ込んだ時点では犯人像を知るヒトは、入る所見れない筈。報道もされてないしね。


気になってブランさんへ情報を募るけど、


『ラフィ様。ニュースではスラムへ逃げ込んだと報道がされていますが、証拠映像の類いは見られません。全て証言に基づいた報道です。また、スラムへ逃げ込んだと報道しているのはヤマノテシティ下層区でのニュースをメインに取り扱う“ヤマノテタイムズ”のみで御座います。それ以外のチャンネルでは行方不明とだけ。』


ここのヒト達は皆ヤマノテタイムズが身近なニュースチャンネル。他のニュースチャンネルでは扱われない、下層区内での事件事故を細かく報道してくれるご当地チャンネルだった。


「一気にキナ臭くなって来たね。‥‥コーポというのは息をするかのように陰謀を企てる。真っ当な商売でやって行くつもりはないのかな。」


シャーリアを陰謀で荒らされかけたオウルさんは苦い顔。この事件、もっと大きな深い闇があるように感じた。


「じゃあ捜査は振り出しね。ヤマノテタイムズが怪しいけど、流石に運営委員会の認可を受けた公共法人の施設を荒らすのはどう言い訳してもテロね。アレも都市のインフラ扱い、企業戦争でも不可侵の聖域よ。」


そっちで何か調べるのなら運営委員会に掛け合わないと。ワタルさんへ話をしないとね。


『ラフィさま。運営委員会の関わる公共放送が陰謀に加担したのでしたら、それを運営委員会が公にすると思いますか?スクエア連盟を頼って企業スパイさせましょう。今はミツホシを信用してはいけません。』


フィクサーさんの助言が捜査の方針を決めてくれる。ワタルさんを信用したいけど、この件がどれぐらい根深いか分からないし。公共放送が関わっている時点で胡散臭かった。


ボク達へヨルドさんが声を掛ける。


「その件を捜査しているってんのなら俺らも協力する。分かった事があったら連絡するぜ。ただ、表向きあんま馴れ馴れしくするのは良くネェ。お前らがユターニとは言えグエルブの同胞を叩きのめしたのは事実。快く思わない連中だって居るんだ。これ以上厄介事は勘弁なんだよ。」


「分かったわ。ここに連絡しなさい。それと、アタシらがアンタらの懐でひと暴れした武勇伝を宣伝してくれない?事実でしょ?この惨状を自警団にでも見せてあげれば良いから。」


タマさんはサッサと出て行く。誤解で戦ったんだし、治療をしてあげたいけど‥‥今のボクはアコライトじゃないから出来ない。ごめんなさいってペコリとしながら付いて行くしかなかった。

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