597、にっぽんいち大きな家を持つ守護天使
「白翼の主のお披露目ライブ、会場と広報はこっちでやっておくから。ラフィは遠慮なく歌ってきなよ。」
大使館でモモコさんと会う。レイホウさんとビャクヤさんも同じ卓を囲っていた。
「先程市場で路上ライブをしましたが、皆さんとっても喜んでくれて嬉しかったです。ここでは歌はただの娯楽以上の意味を持つそうです。」
後ろに控えるブランさんがパッと録画映像を映してくれた。ボクの歌に皆で大盛り上がり、聞き慣れない新鮮な音楽に大はしゃぎだった。シャーリアには無い楽器を奏でれば誰もがワクワク顔。
音楽もそうだけど、ニホンコクによっては趣味の領域のお話で。好きなヒトと、どちらかと言えば好きなヒトと、意識した事が無いヒトに分かれるんだ。音楽が嫌いってヒトはそんなに居ないと思うけど。
『好みはヒトそれぞれ、しかし音楽全般を嫌いと言って嫌悪感丸出しにするヒトはそうそう見ません。ジャンルの好き嫌いはともかく、音楽そのものを嫌う文化はニホンコクに無いんですよね。』
フィクサーさんの言う通り、音楽の存在は日常に溶け込んでいて。宗教が禁止する事も無く、そこら中のお店で流行りのアニソンやニホンポップが流れてる。
「けれどシャーリアのヒト達にとって音楽は、宗教的な意味合いも大きく持っていて。趣味というよりも好きで当たり前。歌の上手い下手がイニシアチブに繋がる側面もあるのだとか。」
力持ち、足が速い、カッコいい。それと同列に歌が上手いが並ぶ。音楽の授業やカラオケで目立てるってレベルじゃなくて、祭事の際の合唱でより風の主に近い特別列に並び立てる栄誉を賜われたらしい。そしてその栄誉が社会階級に大きな影響を与えたのだとか。
「お金って概念が無いから、歌を磨けばワンチャン上流層に入り込めるって話よね。ま、皆歌の練習に励んでたでしょうし狭き門だったでしょうけど。それに席の奪い合いもエグそうね。」
「ある意味金以上に才能で全てが決まる社会か。真の実力主義と言えば聞こえは良いが、そういう社会は弱者に一切寄り添わない。逃げ場の無い狭い世界だったから辛うじて成立していた社会構造という印象だな。」
レイホウさんの意見は冷静で、ビャクヤさんも同感って風に。
「そうですわね。才能人以外を認めない排他的な社会構造は、治安をドンドン悪化させますわ。犯罪以外に弱者が一矢報いるチャンスが無いんですもの。有能な人材を囲おうとした治外街がそうやって崩壊するケースは少なくありません。」
オウルさんはそんな意見にシャーリアは大丈夫だったと反論。犯罪者‥‥掟を守れなかった者を収監する牢はあったけど長年使われる事も無かったそう。
「エルフは長命種さ。長命種は僕達と違って、一人一人が確固たる哲学を抱えている。しかもここには金が無いし、弱者でも食糧の配給量に露骨な差をつけられずに暮らせていた。風の主の住まいの宮殿に近い場所に住めるか、より責任の重い要職を任せて貰えたか。そこに身分の差が出るんだ。」
だから歌が下手でも生きるのに苦労しなかったし、それが原因で自棄っぱちを起こす事も無かった。お空の上の逃げ場の無い実力社会、でもシャーリアは平和を維持していたんだ。
「歌だけじゃ無いけど、身分が低いエルフ達にとって1番の苦痛は時間を持て余す事だった。だから身分を上げて、まともな仕事を欲しがった。中でも風の主の世話係は常に仕事を任され続ける大役。貴族の直系だけが就ける大人気の仕事だった。」
お空の上という特殊な環境が生んだ社会構造。そこへ差したニホンコクの文明の光。暇を根絶しかねない眩さは、この社会構造を壊しかねないもので。
「だから歌は趣味じゃなく、仕事にも直結する大事なものだったんです。だけど、ボクはそれ以外の付き合い方も思い出させたいんです。シャーリアが地上にあった頃、口ずさむ歌は趣味の物だった筈なんですから。」
もうニホンコクとのお付き合いは避けられない。今の社会構造も一度壊れてしまうと思う。貴族は陳腐化するし、歌以外の才能を持つエルフにニホンコクの声が掛かれば、メガコーポからスカウトを受けて貴族以上の暮らしが出来るようになるのかも。
当面は貴族が金を独占するから、影響力を保てる筈。それでもいつかはこの社会構造は完全に破綻する。シャーリアの皆が暇出来ないぐらい、整備されたインフラを管理するお仕事が回された。都市を一つ管理するのなら結構カツカツだよ!
そんな中、シャーリアの皆が歌を忘れてしまわないように。昔仕事を得る為に口ずさんでいた、そんな記憶で終わってしまわないように。
「ボクのライブで今一度。シャーリアに音楽を、歌う楽しさを流行らせたいです。黄金卿に吹く風に、カラフルな音符がいつまでも乗り続けるようにしたいんです。もしかしたら、シャーリア発のアーティストが生まれて大スターになるかもしれないんですから。」
300年後の未来、もっと可能性に満ちた素晴らしい物にする為に。
「ですから、皆にも準備を手伝って欲しいです。折角のお空の上のライブなんですから楽しみましょう!」
モモコさん達は笑顔で快諾。ライブが決定して、準備が動き出して行ったのだった。
「ここが宮殿だ。どうだ、美しいだろう。」
エンリッヒさんが紹介する宮殿は、そこかしこに金の糸の装飾があしらわれた立派な石造り。3階建て、伸びた4本の尖塔が印象的な建物だった。
「これがラフィの物になるのよね。うーわ、こんなデカい住宅メガコーポの連中でも持ってないわよ。」
「まぁ、壁に覆われた都市の中にこんなデカい物は建てられないでしょう。もしかしたらニホンコク1巨大な住宅を持つ人物となってしまうのかも知れません。」
ブランさんが言う通り、特に奥行きがすっごい広さで。広大な庭園があるようだった。
『まぁ、全部廃墟化しちゃいましたけどね!庭園なんか魔王が管理していた1区画以外、雑草ボーボーで悲惨な状態です!』
これをどうにかするのはボクの責任。ボクの所有物になるんだから。けれど、
「ラフィは何もしなくても良い。あの4本の塔は4貴族の住まい。住み込みで当主と側近が控え、宮殿の管理全般を指揮するんだ。宮殿の管理は4貴族の直系のお役目だった。」
特にオウルさんから色々と知識を得ていたラケルタクル家の当主、ジズディスさんは早速大使館へ交渉して庭園復興プロジェクトを立ち上げていた。その為に必要な機材の事もオウルさんの仲介を得ながら色々借りるんだって。
宮殿前の大広場にも、4貴族の直系の身なりの良いエルフ達が集まって掃除から補修工事をやっていた。皆ボク達に気付くと敬服のポーズを取って恭しく挨拶をしてくる。
「頑張って下さい!ボクも癒しますから。」
手を振れば恐縮ですと返ってきた。
宮殿の大扉を抜ければ、3階まで吹き抜けになった大広間に出る。わぁ‥‥っ!すっごい綺麗!!廃墟化していても既に掃除は一通り終わっていて、かつての輝きを取り戻していた。
「風の主が頑張って維持していたお陰で、宮殿内部の損傷は思いの外少なかった。」
「あの、色々と家具を置いたりとか。」
折角だし暮らしやすいように整えたいな。あとパンタシアにここへ直通で来れる固定の入り口を付けるのも良いかも。確か前にカタログで見ていた時そんなものがあったような。
「そうね。ここへ繋ぎっぱなしのドアを設置する事も可能よ。結構良い値段するし、設置した後動かすのも更新料がエグいけど。」
設置するには色々と条件があって、絶対条件は都市の範囲内な事。深未踏地のど真ん中とかは技術的に無理なんだよね。都市の中枢にある座標コアIPと連動して動く機能だから。
「金を持て余した富裕層や、メガコーポの重役や代表がターゲットなサービスで御座います。応接室からあっちこっち直通で行ければ捗りますし、道中の襲撃も防げます。」
『ここもインフラ整備ついでにニホンコクとの共同都市扱いで登録されますから。治外街には座標コアはありませんのでこのサービスは使えませんが、共同都市なら大丈夫ですよ!』
パンタシアからドア一枚挟んで気軽に行けるおっきな宮殿。想像しただけでワクワク。折角だから宮殿にも役割が欲しいな。普段ボクが住む訳じゃ無いなら、4貴族達にも暇させちゃう。
「皆さん、この宮殿を何に使いますか?」
タマさんはうーん、と唸る。住むには広すぎるしパンタシアの方が何かと便利。でも主がほぼ不在の宮殿を、貴族達にひたすら掃除させ続けて管理させるのも良くない。
『にゃは、でしたらここをラフィさまの冒険の成果を飾る博物館にするのは如何でしょうか?』
フィクサーさんの意外な提案に耳を傾ける。
『今までは応接室を拡張しながら色々飾って来ましたが、正直入り切らないんですよね。かと言って、応接室をプライベートフォレスト並に拡張する予定も無いでしょう。ラフィさまが倒した水龍の剥製、ホワイト・シーで入手した超巨大な氷晶。置き場ないんでシブサワに預けていますけど、所有権は正しくラフィさまにあります。』
水龍の剥製は売ったと思っていたけど、厳密にはレンタル契約にしていたんだって。フィクサーさんは言う。この都市は将来的にはニホンコクからの観光客で賑わう都市になると。天空の黄金卿、この文句だけでも旅行好きを惹きつける。そこでボクの冒険譚を纏めた博物館があったら、良い収入源にもなるって。
『土地代0円、人件費0円‥‥少量の宮殿の維持費だけで運営出来る夢のような観光地が手に入るんですよ?シブサワやニッポンイチ、赤翼にとっても観光地が多くて困る事は無いですし。しかもエルフ達にも施設の運営管理を丸投げしてお仕事を生み出せてWin-Winです!』
それ良いかも!確かにあの大きな氷晶とかどうしようかなって思ってた。冒険の成果物として頑張って持って行ったけど、冷静に考えたら置き場所ないよねって。小さな氷晶だけ受け取って、後は寄贈しようかって思っていたけど。そういう使い方を出来るのなら。
「完全に懐へ抱え込むのと違って、ちゃんと公開してれば企業も納得するわよね。所有権もそうだけど、結局目立つ成果物を世間へ提示出来た方が良いんだし。」
お金の気配にタマさんは上機嫌。揺れた尻尾がボクを巻いて、ボクも尻尾に甘えた。
「ですけど、4貴族の当主達には施設の売り上げに応じて報酬を出したいです。タダ働きは良くないですし。お金が責任を生むんですから。」
固定給でも良いけど、歩合制の方がやる気出るかな?
「その方が嬉しい。貴族が持つ金が多い程、シャーリアを発展させられる。」
オウルさんも賛成してくれた。貿易で手に入るお金と比べたら少ない額だろうけど、貿易で入手したお金は全部ニホンコクから食料や生活用品を輸入する為の公費。
でも博物館の運営に個人的に協力して得たお金は、貴族内で好きに使っても文句を言われる筋合いは無い筈。自分達で稼いだんだしね。
「でしたら当機が段取りをしてしまいましょう。発案者のフィクサーも借りますが。コーポの説得を任せましょうか。」
『はいはい、分かってますよ。ワタシはラフィさまの偉業が、正しい形で後世へ伝わるお手伝いをしたいのです。それにシャーリアの住人からしても、博物館を通してラフィさまの事を知ればより一層強い敬意を得られるでしょう。』
そう言われるとむずむず。でもボクを応援してくれるヒトが増えるのは素直に嬉しい。期待に応えたいって思う程前へ走り出していけるから。どんな危険な場所でも行っちゃうよ!
シャーリアの観光地化計画は、シャーリアの住人や文化を尊重して慎重に。それが表向きのコーポの態度でも、シャーリア内に得たニホンコクの領土がある。白の祭場と言い、観光資源になりそうな場所をピンポイントに抑えてニホンコクの土地にしていた。
フィクサーさんはそんな動きを察知して、新進気鋭の観光都市として盛り上がるタイミングに乗っかってしまおうと新たな観光地の創造を提案してくれた。
「抜け目が無い奴よ。そうだ、畑にするのはどうだ?あれだけ広いのだ。深未踏地の環境でないと育たない作物を栽培するには良い環境かも知れん。」
深未踏地の野菜の栽培で1番躓きやすいのは、温度や湿度よりも大気中と土中の魔力濃度。温度や湿度は管理しやすいけど、魔力濃度の管理って意外と難しい。作物が吸収する分を計算して、常に一定に保たないといけないから。それに土中の魔素内に浸透した魔力が大気中に漏れ出るし。
「ホワイト・シーで見つかったあの樹木。あそこの土を掘り起こして、丸々こちらへ移植するのはどうだ?虹渦島で深未踏地の植物の移植実験を積んでいるのだし、樹木1本程度は容易い筈。バリアハウスで環境を整えれば理屈上は問題ない。」
カテンさんのアイデアも面白そう。ここなら魔力濃度もスーパーセルのすぐ近くなだけあって同じような数値。エルフ達の結界は温度や湿度を保つけど、魔力濃度に干渉する性能は無いし。
あの綺麗な果実を付ける木があったら、それも博物館の見所に出来そう。アイデアが次々と湧き出して、皆で話し合いながら宮殿を見回ったのだった。




