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598、手放された金槌

それから数日後。メディアに顔を出してコンニチワしたり、ヤマノテシティを巡回したりする内に宮殿が一気に博物館の雰囲気に変化していた。モモコさん達も博物館の話にはとっても乗り気で、積んだノウハウを活かして沢山サポートしてくれた。


「博物館と言ったら館内の喫茶店は外せないな。あの雰囲気の中コーヒーと甘味を味わう体験は割高だったとしても価値がある。」


「ラフィが戦う所の映像資料も展示しようか。フィクサーが随分色々撮っているからな。ここでしか見られない迫力ある映像を大スクリーンに映し出すんだ。」


「シャーリアの文化や歴史に関する資料も展示しましょう。ラフィ館とシャーリア館の2館に分けるのです。シャーリア館ではエルフ達の歌唱イベントも行いましょうか。」


博物館の工事は、シブサワに教えられながら貴族達が施工する。とは言っても大半が簡単な展示品の飾り付けで、取り分け苦労する様子も無かった。宮殿を博物館にして一般公開するっていう発想なんか無い。皆戸惑いつつも、ボクが説得すれば直ぐに応じてくれた。


「ラフィ様の今までの軌跡を我々も辿れるのです。白翼を冠する主が、どのような生き様でここまで来たのかを知れるというのは喜ばしいのです。」


特にジズディスさんはシャーリア館を作ろうってお話に喜んでくれて。シャーリア館の飾り付けはラケルタクル家が中心となってやってくれたのだった。


誰もが見上げるサイズのまん丸な氷晶が、3階まで吹き抜けになった大ホールに鎮座する。敢えてホールを少し暗くして、計算された角度から光を当てれば最高に氷晶が煌めいた。中に閉じ込められた星雲のような魔法雲が妖しく輝き、氷の結晶がお星様のようにキラキラ。その光がホール内を照らし出す様は、この場所を宇宙の中だって錯覚させた。


魔素で構成された氷晶は不変性によって溶けずにそのまま。フィクサーさんが言うには、このサイズの氷晶を溶かしたいのなら相当な量の魔力が必要だって。その壮大さが長い年月の積み重ねを感じさせてくれた。


宮殿内に無数にある部屋を展示室に模様替え。2階までを博物館にした。3階と4つの塔は貴族達の居住区画。パンタシアと宮殿を繋ぐドアも、3階の主の間に取り付けられた。


シャリアがかつて腰を下ろしていた玉座はボクの物。でもその隣にダンジョンコアに戻って休眠してしまったシャリアが並んだ。


「シャリアはいつ頃復活出来るのでしょうか。」


『分かりませんね。ただし見た所魂に相当なダメージを負っています。ラフィさまに致命打を与えられ、呪われたせいで解けて割れやすい形になっていたのです。そこにルナドォロスとの戦いの負担が追加され、砕けて消え去ってしまわないだけ不思議なぐらい。完全復活となると10年単位ですね。』


復活出来ても当面はとてもじゃ無いけど戦えない重傷者。白翼の主は当面続けないといけなさそうだった。


シャリアのダンジョンコアにそっと手を翳して祈る。大丈夫だよ。ご先祖が愛した都はボクが護るから。


主の間から見下ろした巨大な庭園には、存在感たっぷりな水龍の剥製が展示されていた。水龍の鱗が陽の光を受けて青虹色に輝く。遠くからじゃないと全身像が見れないサイズ感もあって、解放されたら人集りが出来そうだなって思った。


そして水龍が見下ろす場所がライブ会場に。ふふん、次のライブは”和“をテーマにするんだ。ニホンコクの伝統文化を知って欲しいし‥‥和というのはボク達とシャーリアが互いに手を結んで歩いて行く様にもマッチすると思うから。


和を以て(たっと)しと為す。


シャーリアとニホンコクの調和、協調を願うんだ。


「ラフィや。」


皆と見回るボクを呼ぶお爺ちゃんの声。振り返れば黒いミイラのようなエルフさんが、胡座をかいた格好のまま宙に浮かんでいた。ロゥさん。シャーリアの鍛冶場を仕切るゴウ家の当主さんが、お付きのヒトを連れてボクを見ていた。


「ロゥさん、こんにちわ。宮殿をだいぶ改装しちゃいますけど、認めてくれてありがとうございます。」


「はっは。創造がワシらの本懐よ。創るってのは変えるって事。鉄を剣に、糸で都を紡ぎ、宮殿を豪華な物置に。」


ロゥさんの声には面白おかしい気持ちが含まれる。


「飾るモンの無い田舎都市には博物館は馴染みが無いわよねー。ロクな耐震工事もしてない廃屋を再利用してやってんのよ。」


タマさんの返しにロゥさんのシワが寄る。


まったく、最近の若いモンは。


老害は黙ってなさいよ。


ぴゃっ!とイルシオンが2人の視線を遮り、ロゥさんの目を真っ直ぐ見つめた。


「物置ではないですよ。いつだってヒトを動かすのは好奇心。知りたいっ!を原動力に前へ進むんです。ここをそんなヒト達が集まる場所にしたいなって。シャーリアのエルフ達にとっても、博物館は良い刺激になる筈です!」


真剣な目を、笑う目が覗き込んだ。もふっ、頭を急に撫でないで‥‥


ピィっ!と抗議、ロゥさんはぐしぐし構わず撫でた。


「別に文句はねぇよ。言ったろ?黒を司るゴウ家は、変化を本懐とする。ただ、何が出来るんだか曖昧でな。生憎ハクブツカンなんてモンは知らねぇんだ。」


ロゥさんも水龍を見上げる。壮大な姿が庭へ影を落としていた。


「変化を尊いモンだと日頃から言ってるワシが、ヒヒ‥‥なんつぅか。弱気になってるんだ。こんな変化は初めてだし、工業だっけか。黒の鉄と炉を過去にする技術をお前さん達は持っている。サンラリタル家もそうだが、ゴウ家も存続危機なんだよ。」


巨大な機械が寸分同じ量産品をズラリ。そこに職人さんの金槌は必要無いし、マニュアルをこなす作業員さんの脳波一つで出来上がる。


「仮設住宅なんだ言って、あんな出来の良い家がよ。同じ見た目の家がよ。横一列に並ぶ光景を見てな。もう金槌を握れねぇと思っちまったんさ。」


自嘲気味に笑うロゥさんは水龍の影の中。見上げたそこにお日様が見えない。流石のタマさんも気まずそうに目を逸らし、フィクサーさんも茶化さずに黙っていた。


ロゥさんの手は乾燥してカサカサ、ぎゅっ!とボクの手が握っていた。驚く顔へ思いの丈をぶつける。


「ロゥさん。貴方が最初に手にした道具は何でしたか?」


少しの間考えて、木槌だと答えた。


「金槌は血に鉄が流れたモンが握る資格を持つモンだ。見習いは木の槌を握る。懐かしいなぁ。」


「貴方が握った木槌は、金槌に変わっていました。貴方の旅路は大地を離れて空の上へ続いています。変化して、それでも前へ進んで。金槌を握れないのならそれでも良いんです。新しい工具を握れば良いんですから。」


ボクの意図が伝わると、フィクサーさんが共有モードのホロウインドウをパッと表示してくれた。それは最新の工具類、工場機材が載ったカタログ。シブサワグループは工業に特化した企業グループ。商品一覧にシブサワ印の良品が並んだ。


【彩波90年最新】【人体工学】【テック工具シリーズ】

クラスD規格対応型純ダマスカス鋼製金槌


強化外装に専用アプリをインストールすれば、AI制御で人体工学に基づいた最適な動きで槌を振える。付与された衝撃のマギアーツが、アダマン製の釘ですら1発で打ち込める爽快な工事体験を提供した。


感覚フィードバックオプションを付ければ、槌を振るった衝撃をダイレクトに肌へ伝える。さながらアクションゲームのような、ドーパミンの分泌体験を楽しめちゃう!


ロゥさんは意外そうにテック金槌を見つめた。


「お前達の文明にもあるんだな。」


「はい。良いですか?文明の進歩は積み重ねです。貴方が木槌から金槌へ持ち替えたように、前の技術をより発展させて文明は進んで行くんです。木槌で培った技術を活かして金槌を振るうよう、このテック金槌の技術を活かして沢山の技術が生まれました。」



変化を尊ぶ貴方も、いつまでもただの金槌を握っていては時代に乗り遅れちゃいますよ。



「ロゥさんもボク達と歩んで行くんです。もしかしたら、凄い技術者としてボク達を驚かせちゃうかもしれないんですから。もう時間は動いているんです。進みましょう。」


陽の光がロゥさんを照らした。もうお昼の時間だ。真上に動いたお日様が、水龍の剥製の下まで照らし出す。小さく笑うロゥさんは、早速。


「お前さん達の時代の工業を学びたいモンだ。」


挑戦的な目をしていた。老いを感じさせない、研鑽を追い求めるエルフの目。


「その前に、ロゥさんもライブを見て下さいね。ボク達の文化を知って貰うんです。インスピレーションは大切ですよ。」


元気を取り戻したロゥさんを覗き込む。頭をもふもふされてしまった。もぅ。





折角だからお昼に街で食べようかな、とボク達の足が向く。宮殿から大使館の辺りの土地はニホンコクが領有していて、S.N.S連盟が所有していた。そこにはシブサワ・ニッポンイチ・赤翼ホールディングスの系列店が並ぶ。

フードに関しても、この中だとシブサワが1番強い。次いでニッポンイチ、赤翼ホールディングスが並んだ。何処も多角化した企業だけど、赤翼はあくまで航空会社。飲食業に関しては畑違いだった。


因みにニッポンイチはエンタメが1番強いんだ。IP業界最大手の”漫画一“もニッポンイチホールディングスの傘下企業だし。だから魔法少女エンジェル・ベリー♡!!もギャラクシートイズと共同でニッポンイチが権利を握っていた。


宮殿前、ツバサさんがエルフ達に囲まれている所を目にした。困り顔のツバサさんを放って置けずに、声をかけに行く。お昼前の少しの寄り道、タマさん達も何してんのよと割って入った。


「アッハさんですか?ツバサさんが何か。」


「ラフィ!!今しがた聞いたんじゃ。ツバサはラフィのファンとな!!」


アッハさんはホロウインドウを表示した。貴族の当主達にはもうスマイルが渡されているんだっけ。早くも使いこなしたアッハさんは画面を共有モードにしてくれる。


「オレはなぁ、ラフィの歌が痺れたんじゃ。こやつはラフィと同郷の身。聞くにラフィは前々から色々歌っていたそうじゃないか。教えてくれと頼んだのに、許可がどうとか固い事を。」


ツバサさんも咳払いを一つ。


「良いか?そのスマイルは機能制限版だ。ローカルネットワークにしか繋がらないし、そんな事でネットの情報を漏洩させる訳にはいかない。何度も説明した通り、私達の文明は情報が嵐のように飛び交う世界。下手な知識は混乱を呼ぶだけだ。」


フィクサーさんがコソッと教えてくれる。


『ワタシが見た所、ラフィさまが1日に触れる新しい情報量はここの世界で言うなら下手すると数年分に及びます。同じ歌を歌い、同じメンツと同じような会話をし、同じ時間に同じような飯を食べる。同じ事の連続が緩やかに続く世界なんですよ。』


まぁお空の上だし、どんな些細な事件でも都中に噂になって駆け巡りそうだとは思った。戦士達が侵略者の存在に夢中になって、匿名掲示板に踊らされたのも情報の氾濫が原因の一つにあったのかもね。


新しい情報が次々と目に飛び込んでくる状況は絶対に混乱を生むと思う。情報の真偽も曖昧なまま、変な民間療法とか陰謀論が蔓延ったら大変。


でも。


「でしたらボクが直接楽曲のデータを、音楽アプリへ送信します。ですが‥‥その。」


サッとブランさんが前へ出る。交渉モード、オン!


「勿論料金は頂きます。音楽サブスクアプリを介さない楽曲は全て有料となりますので、タダでプレゼントとは行きません。サブスクでしたら再生毎にマージンが支払われますが、ここはネットワークの外の世界で御座いますので。個別に支払う必要が御座います。」


やっぱり出てくるお金の話。お値段は安いけど、今のアッハさんは電子通貨を持っていない。貿易する為の金の糸の用意はまだだしね。そもそも貿易のお金は公費だから、博物館の賃金から買わなきゃいけないし。


「悪いわね、お金の話はなぁなぁに出来ないのよ。それがアタシ達の世界の掟。」


そう言われるとアッハさんもしょんぼりして下がるしかない。ツバサさんも内心では好きな物を教えられない事を悔やんでいた。


「‥‥でも、この後一緒にお昼はどうでしょうか。サブスクの規約上、ボクが流した曲が外へ漏れてしまったとしても私的利用の範囲内だったら問題ありません。」


飲食店の店内BGMには出来ないけど、個人的にお友達と曲を教え合ってローカルにシェアするだけなら問題無し。‥‥録音した場合は、AIセキュリティが再生出来ないようにしちゃう。楽曲分の個別料金を払えば解除されるんだ。


意図は直ぐにアッハさんに伝わって、満面の笑みで頷いてくれた。ボクが誘ったんだし、お昼は奢るね。周りに迷惑を掛けないよう、個室の料理屋をブランさんが予約してくれた。


「では、後はお任せします。」


一礼して去って行くツバサさんも嬉しそうな顔をしていて。ボクもボクの歌を喜んでくれる皆の存在にドキドキしていたのだった。

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