595、ヒトとして生きると言う事
一撃で地面にめり込んだまま伸びてしまったヨルガルドさんを見下ろす。場は静まって、隣に居たオウルさんが杖でヨルガルドさんを突いた。
「ボクでは不足だと考えるヒトが居るのなら。この場で確かめて下さい。ボクはここに居ます。逃げも隠れもしません。そしてこの場でボクへ挑めなかったヒト達に、ボクの存在を認めないと非難する資格は無いものと考えて下さい。」
ボクに挑まず、妄想を根拠に力不足だと非難する。そんな卑怯な意見で周囲を混乱させるようなヒトは許さない。R.A.F.I.S.Sにしっかりと真意を乗せて全員へ伝播させた。
ボクの視線は蹲ったまま動かない戦士達へ向く。さっきまでは意気揚々としていたのに、そのまま挑まないでいるつもりなの?ヨルガルドさんは戦った。結果勝てなかったとしても、意地を通したし首謀者として責任を取ったと思う。
ルナドォロスが動き出し、地に頭を付けたままの戦士達一人一人のすぐ頭上を覗き込んで回った。竜の息が兜を湿らせ戦うかどうかを問う。
「壮観じゃのぅ。愛子に誰もが首を垂れておる。」
「ガハハ、魔王とはそう言うものよ。」
誰かが立ち上がった。振り抜こうとした剣は魔力の刃を纏い、一瞬で刃渡が20mを超えた。手を翳せば剣が羽毛に変化して弾け飛ぶ。伸びたイルシオンが勢いよく戦士を打ち据えて地面へ転がした。背中を強打し倒れたまま動けそうになかった。剣を失った動揺で、魔法の防御が揺らいでしまったのかな。
「他には居ますか?」
各所で羽毛が舞い上がった。戦士達の鎧も剣も急速に捕食して、肌着一枚の情けない姿にしてしまう。戦う意志が無いのならいらない物だよね。
「この場にいる戦士団、4貴族に確認が取れました。ボクはシャリアの代わりにアナタ達を護ります。」
1番最初にオウルさんが、片膝を立てて跪いた。左手を膝の上に、右手をボクへ差し出す。
「アナタを白翼の主と認めます。どうか風の都をその翼で包みたまえ。」
差し出された手のひらを、ちょいとボクの手が握った。少しの間にぎにぎ‥‥オウルさんがR.A.F.I.S.Sで小さく抗議。
えっ?!違うの?
『流れで教えていない事をしてしまった。ラフィはそのまま堂々としていて良い。握手じゃないんだ。』
シャーリアに伝わる最上位の敬礼のポーズだった。差し出された右手は杖を持つ手。杖でなく剣でも同じ。筆を持ち、食器を持ち、槌を持つ手。利き手が逆なら左手を差し出す。利き手は神聖は物として扱われ、それを差し出す事に深い意味があるようだった。
エンリッヒさんも続き、貴族のヒト達も跪いていく。誰もが同じポーズを取って、R.A.F.I.S.Sに強い敬意が伝わって来た。
周りがやっているから流されて‥‥とかじゃなくて。誰もがそうしたいと願ったから、自然と敬服したような。こそばゆい意図が伝わって来る。戦士達も立てる者は跪き、そうでない者も跪けない事を悔しがりながらも心の中で敬意を示して来た。
力尽くで‥‥と言うと酷い事をしたように思えるけど、でも力を見せたお陰で尊敬を勝ち取れた。
深未踏地で生き残って来た部族のヒトは、ニホンコクの都市のヒトと違って力を神聖視する傾向が強いって学んでいた。原生生物や魔王の脅威に晒されながらも生き残っていくには、結局力が1番重要で。
理想を語り公約を掲げる政治家よりも、粗暴な戦士の方が好まれた。
ニホンコク風のやり方じゃない。でも、こうするしかないって思ったから。
「ラフィ。私は皆に伝えて回っていた。私達を救う者達をここまで率いて来たのは間違いなくラフィだった。皆に愛され、支えられ、されど同じ色に染まらず何処までも前を征く者。」
「誰もを並び立とうと必死にさせ、その羽で癒し手を差し出す者。敵を屠る事に躊躇せず、その背で多くの物を護る守護者。」
「あどけなくも成熟を見せ、その歳であまりに多くの世界を見て来た開拓者。蒼穹の彼方に在る風の都まで駆け抜けた疾風の者。」
オウルさんはスッと立つと、ボクの前で右手で作った拳を左胸へ添える。誰もが同じタイミングで動いていた。まるで練習したかのような一致は、その動きを乱さないよう皆が集中した結果。
「私達シャーリアの者はラフィ、白翼の主へ忠誠を誓います。例え風の主が目覚めようとも、その気持ちに変わりはありません。二柱を仰ぎ支えさせて頂きます。」
魔王の力を見せつけて皆に認めて貰おうと思っていたけど、びっくりするぐらい認めて貰えた。戦士達に恨まれようと、ボクに執着してくれれば良かった。ボクとの力比べに必死になれば、モモコさん達が心配するような小狡いやり方で反抗したりしなくなると思うから。
例え差別を叫ぼうが、活動団体として何をしようがボクは揺るがない。挑まれれば何回でも戦うし、圧倒してどんな活動も卑怯な手も無意味だと思い知らさせる。
それでも、メガコーポの罠に嵌ってシャーリアを追放されてしまうよりかはマシだと思ったから。亜人テロリストとして逮捕されれば、肌着一枚で深未踏地の深い森の中へ追放される。2度とニホンコクの都市へ近付けないように。
事実上の死刑だけど、深未踏地からやって来た亜人達を元の場所へ帰すっていう建前の下行われるんだ。勿論シャーリアの戦士達も。浮島在住だっていう事実を無視した判決を受けて地上の森の中へ追放。それがメガコーポの狙いだった。
そうなればシャーリアへは戻って来れないし、直接メガコーポが手を下した扱いにもならない。犯罪を取り締まって、前例に則った判決を下していつも通り執行するだけ。
「分かりました。お願いします。ボクが皆を護ります。これからは皆さんの文化と生活を尊重し、モモコさん達と相談して誰もが安心して暮らせるシャーリアを築きます。ずっとニホンコクの良き隣人で居られるよう、協力し合って歩んで行きましょう。」
結局メガコーポの陰謀は、その実最初から泥を被る事も計算に入っていたのかも。計画通りに進んで不穏分子を始末出来れば良し。ボクに阻止されても、文化を尊重しない挑発的なやり方をしていた自分達が悪役として存在感を放つ。
ボクがそんなメガコーポを説得、関わり方に改革が起きれば支持率大幅アップ!なんて。
貴族達もボクとS.N.S連盟が、別の思惑で動いていた事に気付いていたと思う。普通に考えたら邪魔をしないでいるのが1番楽な道だし。でも成功しかけた謀略を瀬戸際でボクが阻止した。実際ボクはモモコさん達と同じ方向を向いていなかったけど、マッチポンプだって疑われる事が無いと良いな。
『敢えてラフィさまと敵対的に動き、陰謀を阻止させてまで民衆の心を掴ませる。にゃはは、心強いスポンサーですね。』
「はい。でも、現地のヒト達に迷惑を掛けるこんなやり方。後で抗議するんですから。」
コーポらしい、どう転んでも得をする計画立案。そこに立場の弱いヒト達の安寧は勘定として含まれない。だけど、こんな丸く収まって皆が納得するような状況をボクが自力で作れたか分からない。
手のひらの上で転がされた感じでちょっとモヤモヤ。心情的に納得いかなくても、ピシャリと結果を出されて文句も言えない。
モモコさん達は凄いなって。
改めて実感させられた。
清濁合わせ飲むやり方が、ズルく時に悪どくても確実にボクを支えてくれる。心強かった。
でも、ちょっとだけ抗議するよ!
皆を見渡す。魔王のボクに敬服する姿を見ても得意げな気持ちは湧いて来ない。ヒトでありたいと思っていたのに。でも、それがシャーリアの皆の為になるのなら───
「ラフィ、終わったら飯にしましょうよ。もうお昼よ。」
タマさんの手がボクの肩を遠慮なく叩いた。びっくりしてタマさんを見上げてしまう。
「ラフィ様。今日のお昼はラーメンは如何でしょうか。ラフィ様がお好きな味玉豚骨ラーメン、濃い目海苔マシマシを用意致しましょう。」
日常的な会話がボクをヒトへ引き戻そうとする。皆の前なのに。
「あはは、ラーメンか。良いね。皆もそろそろお腹空いて来ただろう?皆の分も手配しよう。」
いつも通りに振る舞うモモコさん、
「ああ。そうだな。何をしていようが、ヒトは誰だって腹は減る。会合は一先ず休憩としよう。」
レイホウさんの声に、ボクのお腹が鳴った。きゅうって急に空いて来ちゃった。
「なら赤翼の空挺ラーメンはどうだ?PMCの食堂に限定メニューがあってね。ラフィの分も用意しよう。聞くに2杯程度ペロリと食べてしまうそうじゃないか。」
セイテンさんも態度を変えずに快活な口調で。異界化が解けていって、周辺が森の風景に戻って行った。オウルさんも儀式終了って風に伸びをしてボクへ寄り掛かる。他のエルフの皆は驚いているけど、顔が近くで照れるボクを好きになでなでしていた。
「皆もラフィをこれから知って行って欲しい。ラフィは崇高な力を持っていても、可愛らしい男の子なんだ。礼儀正しく、やんちゃで、ゲームとアニメが好きで、勉強を怠らない。」
「私の伴侶にしたいかわい子ちゃんだ。」
伴侶って‥‥?!ピィっ!慌てて声を上げるボクを引っ張るタマさん。尻尾がオウルさんのおでこを小突き、杖でタマさんをペシペシして抗議。
「ラフィよ。そなたはそうあり続けるのだな?」
カテンさんへそうだよ!と答えた。
「皆を守るのも大事ですけど、ボクも人生を楽しまないと。ボクはヒトでもあるんです。」
「そうか。まぁ、我は追い風で背中を押してやるだけよ。その生を存分に楽しむが良い。我へそう教えてくれたようにな。」
「はいっ!カテンさんも先ずはラーメンを楽しんで下さい。」
収納から携帯お箸を持ち出したカテンさんは、3本の指で器用にワキワキさせた。
でも、お昼の前に。
「怪我人を治して回ります。医療費は特別顧問の報酬に上乗せして下さい。」
戦士達をエンジェルウイングで包んで、一人一人治していく。そして最後に。ヨルガルドさんを包んだ。首謀者だし、重傷でも直ちに亡くならないのなら後回し。高熱に数日苦しむ事になると思うけど、反省して下さい!
ヨルガルドさんは目を覚さないまま搬送されて行った。
戦士達は傷が立ちどころに治った事に歓喜して、白翼の奇跡だって騒ぎ出す。
「風の主は医者では無かった。治癒を助ける歌はあっても、他者に掛けるのは難しい。」
原生生物達はバイオマジックで体を再生させるし、魔王も再生するけどヒトは難しい。体の構造の違いに、保有する魔力の量の違い。血中の魔力濃度の差もそうだし、簡単には再生出来ない。
『強者なら誰も彼もがポンポン体を生やせるような少年漫画な世界じゃ無いですね!魔神の血を取り込んだユグストゥスのような特異な者ぐらいでしょう。』
フィクサーさんはホロウインドウの中で楽しげにしていた。
『ラフィさまはどうぞ、そのままで居て下さい。』
それだけ言ってホロウインドウが閉じる。頭上から調理場が積載された大型ヘリがやって来た。赤翼PMCのエンブレムが付いたヘリにはビャクヤさんも乗っていて、優雅な足取りで降りて来る。
「お父様のご注文通り、赤翼移動食堂を手配しました。任務支援用の大型ヘリは、1機で最大500人分の食事を提供出来ます。本日はラーメンをご所望と言う事ですので、赤翼移動食堂限定ラーメンを振るまわさせて頂きましょう。」
モモコさん達にも紹介するよう、ビャクヤさんは惜しげもなく赤翼の技術力を見せつけた。ラーメンの良い匂い。ふわり、漂う味噌ベースの香り。普段から美味しい食事へ距離を置いていた戦士達も、ボクに促されれば期待した顔で列へ並ぶ。
それとは別にモモコさん達や、貴族達にはラーメンが乗ったお盆ドローンがやって来た。ボクにもブランさんが特別な豚骨ラーメンを用意してくれる。わぁい(˶ᵔᗜᵔ˶)
「じゃあ、頂きます!!」
クレーターが出来た白の祭場で、ラーメンパーティー開催だよ!
「おおっ?!何だこれは?!」
「美味い!!んぐっ!ゲホッ?!」
「面妖な料理だ。しかし染みる味だな。」
戦士達にも好評!皆咽せながらもかき込んで啜り上げていく。
「なんじゃあこれは?!おおっ!美味い!!美味いぞ!!」
アッハさんの食べっぷりは見ていて気持ちが良い。ジズディスさんは上品な仕草で静かに啜る。ロゥさんは黙々と食べていた。
オボロさんとグジャさんも一緒に、ボク達も用意されたテーブルを囲んでラーメンをもそもそ。
「ラフィ、美味しいかしら?」
「はい。やっぱり、食べるってこういう事ですよね。」
羽毛になって散らないラーメンが、チュルチュルと口の中へ吸い込まれていく。豚骨の味は濃厚で甘じょっぱくて、海苔が麺に絡んで幸せ。
「そうよ。これがヒトとして生きるって事。」
タマさんの尻尾が足に絡む。ラーメンが特別に美味しく感じたのだった。




