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594、シャーリアの主

当日、モモコさん達は白の祭場へ向かっていた。光学迷彩に姿を隠した兵士達は、物々しさでエルフ達を威圧しないようにとの配慮。手薄な警備に見せ掛ける為の策じゃないってポーズを取っていた。


白の祭場は、農村部に住まう一次産業従事者のエルフ達が使う宗教施設。月に一度ラケルタクル家の者が、農村部の皆を集めて大掛かりな祭事を行うんだって。今回はそこで会合を行う。


「他のエルフ達の目が届かない場所で、ヒソヒソ会合を進めるだけなのは良くないよね。会合ついでに祭事を体験させて貰う予定なんだ。」


スマイルビデオ通話にモモコさんは、楽しみだねなんて笑っていた。


ボク達に特に声は掛かっていない。気になるなら自由参加しても良いし、シャーリアの冒険をしていても構わないって。


「タマさん、ボクは行きます。ですが‥‥」


「分かってるわよ。右翼活動家連中をとっちめるんでしょ。」


「専守防衛で御座います。いえ、今回はラフィ様が動くのです。舐め腐ったエルフ共だけでなく、コーポ野郎共の度肝を抜いてやりましょうか。」


パンタシアから出る前の会話。前日にはパンタシアのドアを祭場の近くへ設置して、戦士達が何か小細工を仕掛けないか見張っていた。けれど、モモコさん達も同じ考えだったみたいで。


シブサワPMCの哨戒班の方とこんにちわ。朝まで彼らが光学迷彩で気配を消して見張ってくれていた。癒しを撒いたら喜んでくれて嬉しかったな。


『小細工無しに正面からぶつかろうなんて、余程頭にキテますね!獣のようです!』


「ラフィから委細は聞いたが、恐ろしい事をする。怒って当然だろう。」


モモコさん達が到着する前に、カテンさんはそっとパンタシアを出て祭場を上空から見守った。ボク達も迷彩で姿を消して位置に着く。


「タマさんとブランさんは予定通り遊撃をお願いします。ヨルガルドさんはボクが抑えますが、他の戦士達に対応して下さい。怪我をさせ過ぎないよう注意です。」


強化外装を着ていない生命保険未加入者の戦士達は、少しの怪我で死んでしまうかもしれない。シャーリアをこれ以上血で汚したくないから。


先んじてシブサワPMCのアサルトメンバー、赤翼PMC特務旅団の精鋭が到着する。誰もが迷彩で姿を消しながらも、白の祭場を包囲するよう陣形を組んだ。皆ボク達に会釈をしてくれる。


「ボクが立っている場所は、ニホンコクの領土ですね?」


ドラゴンさんは頷く。そう、白の祭場を中心に付近の森は条約でニホンコクへ割譲された土地の一つ。何でここの土地を欲しがったか。それは単純、ニホンコクの領土内で起きた犯罪はニホンコクの法で裁けるから。


ここにテロリスト達がやって来ることは、随分前から織り込み済みになっていた。


ヨルガルドさん達はニホンコクの法までは知らないし、ここの土地を欲しがった理由も多分分かってない。適当なそれっぽい理由を聞かされたんだろうなって思った。


そして会合の一団が到着する。木の上に隠れて待つボクの下に4貴族が出揃う。


「‥‥妙な気配じゃあ。」


アッハさんが透明になった兵士達の気配を僅かに察知する。でも精鋭の居場所を掴む事は出来ずに、警戒した目で見渡すだけだった。


「さぁ、異文化交流会のお楽しみは後に取って置くとして。最初に決めておかないとね。色々と。」


モモコさんが進行役をして、レイホウさんが早速切り出す。


「早速だが相談役の件だ。今後お互いにすれ違いが起きないよう、4貴族へ我々から外交官の相談役を派遣する。相談役は場合によって人員の交代が起きるかもしれないが、大使館に常駐するものとする。」


シワがれた骸骨みたいなロゥさんがケタケタ笑う。


「相談役‥‥ねぇ。今後は何事もお前さん方を介さないと決められないという事かい?」


アッハさんも卓上に頬杖を付いてジト目。


「助けてくれた事に感謝はしているけどよ。下に付けと言われているようにしか聞こえんな。」


無理難題を突っぱねるエルフ達の抗議が続き、


「では以下の条件に該当する内容をラフィ特別顧問に確認を取るように。元々空歌の姫を介してシャリアへ判断を都度仰いでいた筈だ。この条件を飲めないのなら、特別顧問の件も無しになる。シャリア無き都を好きに治めれば良い。」


内容はボクの名前を中心にシャーリアを纏める為の下準備って感じ。レイホウさんはああ言うけど、ボクへの確認を仰ぐ為の連絡先は大使館。外交官が実務的な対応をする事は変わらない。


要求の文言を挿げ替えただけで実際の内容は殆ど変わらない。でも顧問の件が無しになると言われたら反論出来ない。要求の内容にボクの名前が出たのに、それすらも突っぱねたら特別顧問の件を軽んじているって話になってしまうから。


巧みな交渉術で貴族達の反論を次々と封じ込め、ニホンコクに有利な取り決めが可決されて行ってしまった。


『ラフィ、戦士連中が来たわよ。』


タマさんからの通信が入る。R.A.F.I.S.Sの感知範囲内に入っていた。


『我が上から見ている。我の目を使え。』


R.A.F.I.S.Sに接続されたカテンさんの知った情報も即座に伝播して、周知の情報になる。天から見下ろす目が戦士達の動きを初動から掴んでいた。


警護するPMCの皆にR.A.F.I.S.Sが伝播する。


『一先ずはボク達に任せて下さい。皆さんは投射物への警戒をお願いします。PMCである皆さんが動けば、それは戦争となります。』


現行犯に対する私人逮捕は認められている。それが武装したテロリストなら尚更、開拓者ラフィとその仲間達が私的に即応して交戦しても大丈夫。


けれどタマさん達の役目は戦士達の勢いを削ぐ事。全員を逮捕する必要は無いし、後はボクが終わらせる。


『それとPMCの皆さん。ボクを信じて下さい。』


今からやる事をR.A.F.I.S.Sに乗せる。誰もが動揺するけど、それでも直ぐに了解してくれた。





戦士達は意気揚々、既に勝ったような気分で進軍する。掲示板に吹き荒れた、荒々しく尖った言の葉はヒイラギのよう。シャーリアを護りたい、その心は皆同じくしていた。


シャーリアは現在、悪魔のような救世主から未経験の方法で侵略を受けている。大衆を自在に扇動する人心の掌握術は悪魔的。隣人達が洗脳されたかのように戦士達へ敵意を見せる。


されど俺らが居る。


どんな妖しい敵であろうと、剣で打ち砕けば同じ事。寧ろそのような卑怯な手を使わなければ、屈強たるシャーリアのエルフ戦士団に勝てないような弱者なのではないだろうか。


研鑽が積まれた魔法が身体を強化し、剣と鎧を更に強力な物へ変貌させる。英雄に匹敵する猛者も数多く、それらを束ねる雷の主は更なる高みをいく。


ぐるり、突然天から降って来た龍の巨体が白の祭場を巻いてしまった。全方位から迫った戦士団の進撃を、魔法を弾く鱗の壁が阻んでしまう。


「よくまぁ、助けて貰ってテロなんて起こせるわよね。」


声に見上げた先、龍の巨体の上に紅い影があった。右腕をマントで隠した燕尾服が、三つの三日月で構成されたニタリと笑う仮面を着けて見下ろしている。


「この気配‥‥あの女か?!構うな!!飛び越えろ!!」


瞬き一つの間に紅い影を見失い、戦士達が急に血を吐いて倒れ込む。腹部を強打した掌底に吹き飛ばされていた。


「コイツッ?!」


振りかぶった剣を片手で容易く受け流し、裏拳が頬骨を1発で粉砕してしまう。


「骨董品なんか振り回しちゃってさ。」


魔法の刃を纏った剣は掠りもせず、立ち向かった誰もが通りすがりにタタラを踏んで血を吐きながら倒れてしまう。悠々と迫る燕尾服へ放たれた無数の矢はビームシュナイダーで払い落とされ、歌が凝縮した魔力の光線はその残像を捉えられない。


勢い付いていた戦士団は、動きの読めない燕尾服に釘付けになってしまった。


目前に現れたエルフの武人が腰を落とす。伝説的な修練者として徒手空拳を極めた老獪な達人。瞬動に迫る速度の踏み込み、魔法の秘奥に達した身体強化が発生するGすらも跳ね除ける。


動きを察知したタマは最初から本気で蹴り返す。ぶつかり合った蹴りは重たく、瞬き数回の間に格闘戦激しく渡り合う。


純粋な技量は老獪なエルフが上回り、されど文明の利器に護られたタマが優位に戦う。生半可な拳を弾くバリア装甲の硬さよ、軽い身振りが容易く骨を砕くその出力よ。


「貴様のような小娘に押されるとは‥‥!楽しませてくれる。」


「悪いけど、拳法の達人とやらが活躍出来る場所は試合場だけ。」


見た目は燕尾服を纏っただけだと言うのに、その実ダンプカーと取っ組み合っているようなもの。一撃が重く防御する度に骨が軋むのを感じていた。素手で鉄を折り曲げる膂力が通用しない。

理不尽な力が、渾身の突きを受け流していた。透明な傾斜バリア装甲に沿って腕がすり抜けてしまったのだ。


驚く間も無く急に力が抜ける。体内が灼かれる苦痛が後を追って達人を苦しめた。マントの下から発射された、改造ビームシュナイダーの一筋の光線が脇腹を貫いてしまっていた。


別に格闘戦で倒し切らなければならない理由は無い。流石にこの距離で3M50を撃ち抜いたら殺してしまうが‥‥大怪我を負いながらも案外生きていたオウルを見て、このぐらいなら魔法でどうにかするだろうと踏んでいた。


「ほらほら、頑張りなさい。魔法で治さなきゃ死んじゃうわよ〜。」


達人が倒れる姿へ燕尾服は軽い拍手を送る。仮面の下の目は無力化した達人を見ずに、どよめいた戦士達を睨んでいた。



「うあ‥‥ぁ!」


ブランが通った場所に崩れ落ちる戦士達。誰もの腕が力尽くで捻り壊されていた。一瞬で手首を掴んで、そのまま270°大回転。関節が破壊され、筋肉が捻転して繊維が壊れる。歌が軽減して尚、耐え難い激痛を味わいながら転がる事になった。


「張り切ってやり過ぎないとよいのですが。」


目前の戦士の動きに機械的に対応しながら、戦闘不能者を増やしていく。シンプルな剣技程度、大半の強化外装に積まれたI.C.S.S(戦闘補助システム)の対応範囲内。ヒトが振るう以上、その動きは一定であり予測の域を出ないのだ。


強化外装を着込み、卓越した駆動魔具の動きが合わさって初めてI.C.S.Sを出し抜ける。文明の煌めきは、近接格闘に於ける最低ラインを理不尽なまでに押し上げてしまっていた。


(魔法で身体を強化したと言っても、高価な強化外装には遠く及ばない性能ですね。文明の差とは残酷で御座います。)


戦士達は完全に勢いを殺されてしまった。2人の強敵を無視して龍を飛び越えるか、だとしたら誰が危険な足止め役を買って出るかで逡巡する。中でも実力者とおぼわしき戦士は優先的に攻撃されて倒されてしまった。そのせいで尚更足止め役の適任者が出てこなかった。


そんな中、不意にカテンの巨体が再び空へと飛び上がって白の祭場があらわになった。


「ヨルガルドッ!!貴様!!」


ジズディスの剣をヨルガルドの剣が防いだ。剣捌きを雷の動きで躱し距離を取る。


「これはシャーリアの為に必要な事!!」


PMCに守られるモモコ達と一緒に、ロゥとアッハも匿われていた。戦う素振りを見せなかったお陰で、庇護対象として扱われた。


「ヨルガルド。やっぱりキミはそうしたか。仕方ない。」


オウルはそっと杖の先端をヨルガルドへ向けた。エンリッヒがシルフを操り狙いをより正確にする。


「オウルッ!!お前が連れて来たんだぞ!!この裏切り者がァ!!」


「裏切り者はキミだよ。さようなら。」


杖の先端をそっと小さな手が退けた。いつの間にラフィがそこに立っていた。


驚くオウルが何か言う前に‥‥異界化領域が展開していく。僅か一瞬の間に場は白銀の羽が舞う異界に取り込まれてしまっていた。


その場の全員、この地域一帯が完全に異界化領域内。異界化は即ち魔王の食卓、料理を食べやすいよう食器が襲い来る。


ナイフ、フォーク、スプーン。

牙、銃、怪物。


ラフィの場合は怪物製のナノマシン。羽毛の姿をしたナノマシンが全員の側で舞っていた。


誰もがハッキリと認識する。今この瞬間、ラフィの腹の中に居ると。それはヨルガルドも同じ。額を汗が伝い、強張った顔で睨み付けていた。


「ヨルガルドさん。ボクにシャーリアを託すというお話でしたのに。結局ボクの仲間達を傷付けようとしました。間に色々あったのは知っています。それでも、アナタは最後に剣を向けました。アナタ自身の意思で。」


可愛いらしい少年の小さな背中から、あまりに大きな天使の羽が展開して空を覆う。魔王の重圧が場の空気を軋ませた。


「シャーリアは風の主を崇拝し、動けなくなってしまったからボクを代わりに添えようとしました。けれど、ボクへ何の相談も無く暴挙を働いた。つまり、ボクはその程度の存在と思われているんですよね。」


ラフィの影が伸び、その背後にオボロとグジャが並んだ。魔王の中から、魔王の気配を漂わす怪人が姿を現し牙を剥けてくる。更に2人を覆い隠してしまう程に巨大な影が現れた。


銀の月、ルナドォロス。巨大な飛竜の大怪獣がヨルガルドへ激しい咆哮を浴びせ掛けた。


戦士達は恐怖のあまり跪き、痛みも忘れて地に頭を付けたまま動けなくなってしまう。ヨルガルドは体内に雷の魔力を練り上げて、臨戦態勢を取った。


「こう言うのは嫌いです。ですが、魔王として求められたのなら。ボクがシャリアに劣るかどうか、納得いくまで。戦いたいのなら付き合いましょう。」


その瞬間。R.A.F.I.S.Sがヨルガルドへ深く繋がり、危険な杭が飛ぶ。ラフィと戦い散っていった者達の最期の瞬間が強制的に脳内へ叩き込まれる。その痛み、恐怖、ショック、苦痛。


抜いた剣が突然、弾けるように羽毛へ変化してバラけてしまった。あっという間に柄までが羽毛に、手の中に銀翼の羽が握られていた。


ラフィと対等に戦えるだけの、前提技術が足りていない。


捕食の気配を前にぶわりと全身が粟立(あわだ)つ。


前へ飛び出す事しか出来なかった。ヨルガルドは短時間、その身を雷そのものへ変化させ超速で動く事が出来る。雷閃の一撃が一瞬でラフィを───



その目がしっかりとヨルガルドを捉えていた。領域内ではR.A.F.I.S.Sへ強制的に接続され、即ち速度に関係なく常にその座標を把握され続ける。ヨルガルドの目が見開く。ラフィの手には純白の手袋が着けられていた。


アウロラ。反発のマギアーツを秘める手袋は、マギアーツの発動後その手のひらからあらゆる物を押し除ける。距離が近い物を押し除ける力は指数関数的に引き上がり、それでいて反動が無い。


雷閃の一撃、雷の速度で拳を繰り出す瞬間ヨルガルドは実体化していた。アウロラが翳される。叩くような動きが顔を撫で───



大地が揺れる。


土砂が舞い上がる!


祭場に大きなクレーターを残し、全魔力を防御へ振ったヨルガルドが辛うじてヒトの姿を留めてその中心にめり込んでいた。


一撃。


その隔絶した力の差を見せつけた。

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