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593、真の文明の煌めきは形の無いモノ

「シャーリアが我ら風の民の物であり続ける為に。」


災厄に沈んだ黄金卿、エルフ達が逃げ込んだ聖堂内にてヨルガルドは提言する。

宗教の白を司るラケルタクル家。農耕に畜産‥‥食の緑を司るサンラリタル家。金と鉄、創造の黒を司るゴウ家。


狩猟と軍事を司る赤、ニチック家の当主の言に最初は賛同の声が上がらず。聖堂の4階、4貴族の直系だけが集う空間にて誰もが呪いに蝕まれながら意見を交わす。


「風の主の子たる我ら同胞を生贄に?気でも狂ったか。」


ジズディスの非難、


「なんじゃあ、今から寝ようって時に妙な話すんじゃねえ。明日には明日の風が吹くんじゃ。サッサと寝ろ。」


サンラリタル・アッハは既に寝る姿勢。宗教とは別の“お祭り”を仕切る女エルフは、派手な衣装のまま寝転がる。お祭り前の一眠りとでも言わんばかりな態度だった。


「して、その心は?」


ゴウ・ルゥの老獪な眼光がヨルガルドを見抜く。シワがれた黒骸骨の口から、葉巻の煙が漂った。先端の焼けた枯れ葉が金の糸で纏められ、香る匂いは独特な苦味を含む。


「シャーリアは俺が守っている。遥か将来、帝国軍が空にまで進出した時。空廻りの影が都を覆う時。風の主をお守りする防壁だ。だからこそ言わせてもらう。このまま無防備に救いを求めて寝てしまえば、起きた時にはシャーリアは無くなってしまっているだろうとな。」


ヨルガルドは救世主がそのままシャーリアに駐留し、都を支配してしまうだろうと予言する。だからこそ備えなければならない。シャーリアが独立を保ち、主権を失ってしまわないようにする為に。


「オウルはそのような者に助けを求めないだろう。」


「ハンッ、フラウリリムは庶民の出。歌の才は鬼才なれど政治が分かるような者では無い。俺らを差し置いて、空歌の姫にシャーリアを任せる事になろうとは。」


「相変わらず鼻に付く傲慢さだ。」


アッハの寝息がピリついた空気を僅かに揺らす。ロゥの視線の先、ヨルガルドの手の者が既に結界の準備を進めていた。そしてヨルガルド自身も、その身に雷の魔力を纏わせる。


「雷の主の名において問う。貴様らはシャーリアの為に尽くす覚悟はあるか?」


極限状態、誰もが熱に額を熱くして寒気が止まらない。筋肉と骨が痛み立っているのもやっとだった。それでもヨルガルドは気迫猛々しく。


「シャーリアを守るのは、俺達だ。何も同胞が沢山死ぬ訳じゃない。未来への礎としてその身の幾らかを捧げる事になるだけだ。」


雷神の殺気が弱った他の者共を圧倒する。力尽くで恐ろしい計画を取り決めてしまった。





時間が動く。眠りから覚めたヨルガルドの前、少年が立っていた。


4貴族が見上げた先、オウルが連れて来た少年の瞳が空色から急激に紅へと変貌していく。


シャーリアを守る者。その筆頭たるヨルガルドが‥‥



『俺達がシャーリアの剣となり盾となろう!』


『何が立ちはだかろうが、どこまでも勇ましくあれ。戦士ならな。』


『雷の主の名において問う。貴様らはシャーリアの為に尽くす覚悟はあるか?』



見知らぬ魔王の威圧は誰もの声を奪った。目を見開かせ、口を間抜けに開かせ、急激に心臓を跳ねさせ、冷や汗をかかせ、逃げだそうとする足を地面へ縫い付ける事に必死にさせた。


あんなに小さく可愛らしい、弱々しい姿を直視出来ない。重圧が強制的に頭を下げさせてしまった。


屈辱。


シャーリアを守る剣が、恐怖してしまったのだ。


それ以上に、落胆。


(決着を着けなければな。)


そうしなくては2度と自分自身に期待出来ないと悟った。


空歌の姫が頼もしい援軍と連んでシャーリアを好き放題改変してしまう。戦士達は住民に追い出され共に農村部へ向かった。ダメになった畑を開墾し直すという口実に乗っかって。


兵士の1人が奴らの持っていた武器を盗んで来た。構造は思いの外単純で、引き金を引けば硬質な弾が飛ぶ。身を守る歌に長けた戦士達の鎧を貫く威力は無かった。戦士達は大喜び、奴らに一泡吹かせてやろうと士気が上がっていく。


(モモコと言ったか?あの胡散臭い笑顔を浮かべた幼子の策略か。それともレイホウとか言う鋭い目付きの鬼人の罠か。セイテンと言う捕食者たる奇人の戯れか。)


気付いた時には既に戦士達は意気揚々、都での会合から帰って来た時には状況が出来上がってしまっていた。実際に彼らと顔を合わせて話し合ったからこそ分かる。


あの武器は偽物、オモチャのような物だと。シャーリアでは予想出来ない程に強大な組織を纏める3者が、あの程度の武器を頼りにここまで来たなど冗談だと内心でせせら笑った。


しかし戦士達を説得出来る証拠が無い。寧ろ下手な態度を取ればどんな混乱に繋がるか。軍事に携わる者だからこそ、この押せ押せな空気感に飲まれた戦士を制御する困難さを知っていた。

戦士達は攻撃コマンド一個で動き、文句言わずに好き放題配置を弄れるストラテジーのユニットでは無い。軍規が辛うじて暴走を防いでくれる荒くれ者、但し戦時中でも無い今はどうやっても軍規の維持は困難だった。


戦士達も長い年月を生きたエルフ、バカでは無い。ただ絶望しかないこの状況に差した希望の光は、何処までも尊くて眩しかった。バカでは無いが、ヒトだった。


元々ヒトは自分にとって都合の良い情報を積極的に掻き集める習性を持つ。そして反対意見、反証行動、多角的な視点からの観察を億劫に感じてしまう。これだ!と思った閃きや状況の好転は、余りにも容易くヒトの心を鷲掴んだ。


文明の煌めき、それは何か。


銃が凄い?撃てば剣と魔法で戦う古代人に圧勝出来ちゃう?

家が凄い?AI制御の家を生き物のように感じて驚く古代人の姿が滑稽?

料理が凄い?簡単なレトルトに狂喜乱舞する姿は見ていて飽きない?

娯楽が凄い?文明の輝きに猿みたいに飛び付く姿は最高か?


分かりやすい煌めきの中に潜む、ドス黒い血液。そこまで文明が進歩するまでに、数多に流れたおびただしい量の血。そして血で刻まれた争いの記録。誰がどうやって勝ったのか。どうやって最低限の手間で敵を破滅させた?


真に恐ろしいモノは形を持たず、文明人の血に中に潜んでいる。エルフ達が文明の煌めきに目を奪われている間に、形の無い“真の煌めき”が彼らをがんじがらめにしてしまっていた。


シャーリアは余りにも長い間、原生生物以外と戦った経験が無かった。かつて地上にいた頃の古株でさえ、ヒトの悪意と知謀を忘れてしまっていた。


「ヨルガルドさん。聞くに貴方がシャーリアの軍事の最高責任者のようだ。僕達のPMCと連携を取れるようにするべきじゃないかい?貴方達へ僕達の文明の中核を成す便利な道具を贈呈しよう。」


用意されたスマイル。小さなスマイルが詰まった装飾豪華な箱をモモコが差し出した。その笑みにヨルガルドはゾッとする。


ただ純粋な悪意‥‥もっと深淵から覗く底の見えない謀略の気配。そして分かっていたとしても、受け取りを拒絶出来ないお膳立ての上手さ。


気付いた時にはもう、一切の自由意志を奪われ操り人形とされてしまっていた。


雷の主という名をメガコーポの巨影が塗り潰す。ヨルガルドという名を最高軍事責任者という肩書きで塗り潰す。大事なのは最高軍事責任者という肩書きであって、他の誰でも良いとでも言いたげに。


ヨルガルド個人の武勇とカリスマで属人化した軍事組織を、扱い易い標準化した組織へ。属人化は不健全などと言う企業の正論が、今までのやり取りの節々に見え隠れしていた。


スマイルに仕込まれた匿名掲示板が、戦士達をレスバ狂いの攻撃性に飲まれた獣へ変えてしまう。最初からハメるつもりで動いていた手際にヨルガルドは手で顔を覆った。


文明の利器を毛嫌いするポーズは結局、シャーリアの主権を守る為のパフォーマンス。末端の戦士達一人一人が極右思想の活動家ではない。


だって便利な道具があったら欲しいじゃん。


QOLの高まりの気配に背を向けるストレスを誰もが抱えていて、そんな心の隙を読んでいたよう断れない口実と共に受け入れやすそうな小さな機器が与えられた。


髪飾りのような機器をそっと付ければ、あっという間に文明の最先端!!数世紀先の技術に喜び、そして機器を弄れば誰もが匿名掲示板アプリに行き着く。ログイン要らず、書き込み制限無し、規制システム無しのおおよそ都市に出せないような超低質で粗悪な掲示板アプリ。

この為だけにポンと作られた悪意マシマシな掲示板。


不自然な程に、都で遊び呆けるエルフ達をバカにして対立を煽るスレッドが乱立した。アプリに潜んだAIユーザーが好き放題身勝手に煽り、誰もを掲示板に釘付けにする。


怒りがドーパミンをドバドバ分泌させ、あっという間に誰もがドーパミン中毒者。大勢の戦士が戦わずして腑抜けになってしまった。刺激の弱い生活をしていた天空の民の脳みそが、怒りで気持ち良くなって快感漬けに。常態化した怒りの感情と出続けるドーパミン。脳が干からびていった。


戦争とは結局、戦う前に勝敗が決するもの。


武力衝突はあくまで白黒決着を着ける為の総決算でしかなく、戦う前の入念な準備が全てを決める。最初からシャーリアの戦士達に、ワンチャンスすらも存在しなかったのだ。


銃で薙ぎ払えば勝てる?


No.


企業が推し進める平和な異文化交流会で虐殺なんて有り得ない。


人道的配慮で“仮設”された家や施設を気に入らないエルフ達が居るらしい。異文化交流会なんだしそういう失敗は仕方ない。ちょっと揉めたけど仮設なんだし撤去すればOK。言ってくれれば仮設した分を撤去したのに、テロなんて‥‥ねぇ?


現地の平和は守られた。大勢のエルフ達が私達を歓迎している。治安の良くなったシャーリアと末長く尊重し合って生きて行こう!


専守防衛?


Yes.


犯罪は良くないよ。テロリストは取り締まっておかないと。


お膳立ては既に終わった。都と農村部の中間地点、白の祭場で会合が行われる。戦士達はもう止められない。メガコーポに一泡吹かせ、腑抜けた貴族連中も纏めて誅殺してしまおうと剣を研いでいる。


具体的なテロ計画が掲示板のスレッドに立ち上がり、大勢の戦士達がアイデアを共有し合い次々とヨルガルドに計画が提出される。


そしてヨルガルド自身‥‥


(俺がどうなろうと、ラフィと決着を着けなくてはな。あの時俺は恐怖したのではない。風の主の気配無き今に現れた異質な影に警戒していたのだ。)


戦わなければならない理由があった。


嗤うコーポ、憤る戦士、動く雷の主‥‥そして。


「ボクが全部に決着を着けますから。」


文明の煌めきを纏って現れた魔王。


白の祭場で激突する。

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