592、シャーリアを蝕む毒牙の正体は
今日は皆で農村部へやって来た。シャーリアのエルフ達の中でも取り分け戦士としての才能に優れる者達を中心に、ボク達の配慮を拒否して都を離れここに住んでいた。
ボク達を出迎える4貴族の一つ、ニチック家。シャーリアの武力を取り纏める、“刃”の紋章を掲げたヒト達。魔法で体を強化し、杖では無く剣を振るう戦士達。
その当主はガタイの良いお爺さんだった。エルフの中でも老いを感じされるその姿は一際目立つ。
「彼はヨルガルド。現ニチック家の当主であり、雷の主を冠する者。」
オウルさんの紹介を受けて、ヨルガルドさんは腕組みしたままボク達を見下ろす。背が高くて、2mを超えていた。鎧を纏う訳でも無く、民族衣装を着崩し半裸の姿。なのに威風堂々としていてカッコいい。
「ああ。しかし小さいな。シャリアのようにデカくなれたりせんのか?」
「ボクはこのままです。えっと、場所を移しましょう。」
ヨルガルドさんの後ろに控える戦士達は、不審そうにボク達を睨んでいた。侮り、嫌悪、侮蔑。そんな視線。R.A.F.I.S.Sに気持ちが伝わって来るからバレてるよ。タマさんはそんな態度を鼻で笑って、去り際に手をヒラヒラさせて挑発していた。
「助けて貰ってよくまぁあんな態度を出来るわね。戦争がお望みなら、アタシ1人でアンタごと畳んでやるけど?このタイミングで都にも居ない連中なんて、企業はどうせ価値を認めないわ。」
ヨルガルドさんの姿勢はそのまま、タマさんの殺気を軽く受け流す。戦士達が開墾している農村部を見回りながら、お話を聞いた。
「正直に言えば、ワシは貴様らを好かん。助けて頂いた恩義はある。しかし‥‥侵略的だ。シャーリアの主権を蔑ろにするような、傲慢さが鼻に付く。」
どう反応すれば良いか分からない。間違いなく今、水面下でモモコさん達の企みが進んでいる。フィクサーさんが言うには、必要な事であってお邪魔しちゃダメな感じ。迂闊な事を言うのは良くないよね。
いつもはこんな感じじゃないし、もっと尊重し合ってやって行くのに。メガコーポの影がシャーリアを飲み込まんと伸びて行く。
戦士達もそんな気配を感じているから、都から距離を置いたのかもしれない。
「ハッ、傲慢?何を言うと思えば。」
1歩前に出たタマさんが、堂々とヨルガルドさんの行手を塞ぐ。掛かって来なさいよ、とでも言いたげにニヤニヤ悪どい顔で舌を出す。
「アタシらはシャリアとの戦争に勝った。アンタらがぐーすかアホ面晒して寝てる間にね。都を巣にしようとしたデカい飛竜も張っ倒した。で?アンタらはそれ以上に強いって?」
指した指は遠慮の欠片も無く、ヨルガルドさんの額に触れそうな距離に。
「傲慢ってのはね、強者の特権なのよ。逆に言えばアタシらの所業を傲慢に感じて、配慮を求めた時点で弱者と認めたようなもの。文句あるならその骨董品を猿みたいに振り回してみなさい。相手してあげる。」
尻尾がヨルガルドさんの腰の剣を指した。
タマさんの真意がR.A.F.I.S.Sで伝わって来る。怒ってるのもそうだけど、結局企業の企みに気付いていて。まどろっこしさ0、最短経路で話を纏めてしまおうとしていた。
個人的な喧嘩でヨルガルドさんと、取り巻きの戦士達をシメてしまう。でも‥‥それじゃダメだと思う。根本的な解決にはならない。R.A.F.I.S.Sが心をツンツン、タマさんは肩をすくめた。
微動だにしないヨルガルドさんに、つまらない奴とだけ吐き捨てボクの隣へ。
「そう怒るな。ワシ個人の見解だ。条約は4貴族の総意で合意している。今更覆したりはしないが‥‥」
ふと、ヨルガルドさんの顔を見る。その視線はボク達を見ずに‥‥
ゾッとした。
そっか。モモコさん達の企みが全部分かった。前にボクは同じ状況を見た事がある。あの時と同じだ。
『にゃはは‥‥ラフィさまも気付きましたか。如何でしょう?人道的配慮、異文化交流。な〜んにも悪い事はしていませんよ?ああ、もしかしたら多少の買収があったかも知れませんが。恐らくどう詰められても言い逃れ出来ちゃうような、そのレベルの動きでしょう。』
タマさんもヨルガルドさんをマジマジと見て、唖然とした顔をする。首を傾げるオウルさんとヨルガルドさん。
「どうした?そのような顔で見られる筋合いは無いな。」
「いえ、何でもないわ。」
タマさんの目は憐憫を感じさせた。
ヨルガルドさん達の視線の動きを見れば分かる。彼らはスマイルを与えられていた。よく見回せば、戦士達の視線の動きもおかしい。開墾作業をしている筈なのに、視線は宙を眺めていて。そして怒りに満ちていた。
『エコーチェンバー、ですよ。』
T&Y EXPO実行委員会が、まんまとこの現象をキッカケに内部崩壊を起こしてしまった。全てはコウノトリの翼の手のひらの上で。
余りにも急進的で、異文化を尊重する気の無い文明色の押し出し。シャーリアの都を無遠慮に地盤から掘り起こして工事をサッサと始めてしまう。並ぶ現代的な家、現代的な大衆浴場、そしてギラギラ輝くゲームセンター。
大勢のエルフ達が楽しげに文明の色の染まり、だけど染まらなかった者達は都を去って農村へ逃げた。
何故逃げた?それは‥‥
エルフでも結局ヒトは共感を求めて生きる。自分が好きなものは大勢に好きになって欲しいし、“アンチ”が居たら文句の一つでも言いたくなる。皆で楽しいね、と共感し合うコミュニティに、戦士達の冷めた視線が突き刺さった。
対する大衆の視線にはどこか敵意が混じったのかも知れない。
オウルさんから聞いた話だと、4貴族を中心に成ったシャーリアに於いて、誰もが仲良しの大家族って雰囲気じゃなかったらしい。元々長命種は全体的な特徴として、自分の中に確固たる哲学を持つ傾向が強い。
キュエリさんは闘争に拘り、白喰みさんは知識欲を満たす為に手段を選ばない。絶対にとは言わないけど、やっぱりそういう傾向が強いって説には説得力を感じる。
シャーリアのエルフ達も長命種。同じ血族の者同士であっても個人の哲学や意見を尊重するヒトが多かった。つまりは個人主義的な思想を持つエルフが多かったんだ。
そして長命種はプライドが高い。長年自分の中で磨かれた思想、哲学に則って生きて来た経験が自尊心を尖らせる。私はこのやり方でずっとやって来たんだ、お前のやり方は浅慮に過ぎない。
戦士達の冷めた視線が、大衆のプライド・自尊心・自己肯定感に冷や水をぶっ掛けた。
私達は煌めく文明の素晴らしさを分かっている!彼らは助けてくれた恩人だ!ベッドは暖かいし、料理も美味しい!なのにどうしてアイツらは私達を非難するんだ?
私達がバカだって言いたいのか?
バカはお前らだろう。戦士だからっていつもいつも見下しやがって。
戦えないヒトよりも、剣を持つ彼らの方が身分が高いのは間違いない。そこに相応の軋轢があっただろうとも想像出来る。戦士が往来を闊歩する姿に、民衆は傍へ避ける事しか出来ない。装備を固めた警察から、一般人のヒト達が道を譲って逃げるように。
ボク達の存在を後ろ盾に民衆の敵意が牙を剥く。戦士達と言えどボク達の兵士がそこら中にいる中で出来る事は無く、屈辱を感じながらも逃げるしかなかった。
農村部に吹き溜まって閉じたコミュニティの中で議論が白熱すれば、エコーチェンバー現象で思想が尖って行く。そんな現象を後押しするスマイル。
多分中身はシャーリア専用の匿名掲示板アプリが入っているんじゃないかな。匿名掲示板程に、無責任な極論が飛び交って攻撃性を隠さずに大暴れ出来る場所は無いから。
間違いない。
モモコさん達はシャリアからボクへ主が交代する事に不満を持つ、不穏分子を炙り出して纏めて排除してしまおうと動いている。
オウルさんにも言ったけどメガコーポが1番心配しているのは、エルフ達が差別を叫んで被害者として配慮を強請ろうと動く事。今はニホンコクの常識が無いから良いけど、将来的にニホンコク社会での弱者の戦い方を学んだら。
ニチック家の一派を中核に厄介な活動団体が結成されてしまうかもしれない。
条約で繋がっている以上、静謐の揺籠のようにボクがゲートを開かなかったら関係はお終い!とはならない。金の糸は魅力的な資源だし、是非とも良い関係を築いたままでいたい。
将来的にネットも普及する可能性はあるし、エルフ達にもスマイルが行き渡るかもしれない。
ううん。違うかも。この一件でスマイルの怖さを思い知らさせて、スマイルの普及を貴族達に躊躇わせる狙いもあるかも。無い方が制御しやすいのは間違いないし。
将来を見据え、シャーリアを制御し易い取引相手にしてしまおうと既にメガコーポは動いていた。そしてもう、どうしようもない所まで計画が進んでいて。近いうちにヨルガルドさん達は動くと思う。
丁度数日後、都と農村部の丁度中間地点のある場所で貴族とモモコさん達での会合が行われる。
だったら。ボクのやる事は。
この計画は確かに将来をより盤石にしてくれると思う。もし戦士達が一泡吹かせてやろうと動けば、それを口実に纏めて追放出来てしまう。これからの国防はPMCが担当して、時代遅れの厄介者達はお払い箱だなんて。
けれど!
ここはオウルさんの故郷。エンリッヒさんの故郷。都合の悪い思想を持つヒト達が居るからって、選別してしまおうだなんて絶対ダメ。
ボクは試されているのかな?モモコさん達は、こういう時ボクならどうするのかって。フィクサーさんもホロウインドウの中でボクを期待した目で見ていた。
このままモモコさん達にお任せして、問題の起きない思想までも整えられたお空の上の鳥籠に。極左思想の貴族達とオウルさんを中心に、シャーリアはガンガン都市として発展。幸福指数マシマシ、けれどどこか歪な世界。
皆が同じ方向を向いて、同じような考えを持って、過去に追放された者共と同じ目に遭わないよう気を付ける世界。
ずっとオウルさん達が、ボク達へ配慮し続ける世界。思想の自由の無い世界。
「ラフィはさ。どうしたいのよ?」
考え込むボクのほっぺを尻尾が突いた。
「アタシはラフィの味方よ。どんな選択にも付き合うわ。」
ボクはポツリと。
「‥‥このままじゃダメです。」
タマさんは笑った。
「そっ。じゃあいっちょ、ひっくり返してやろうじゃない。」
ボクにしか出来ないやり方で、この計画を押し退ける。それでいて、モモコさん達を裏切らない。ガッカリさせない。皆ボクを支えてくれる頼もしい味方なんだから。だけど!
シャーリアの皆にも支えて欲しいから!!
シャーリアが魔王のボクを求めるのなら。ボクはそう振る舞うよ。皆の主として認められるんだ。
ヨルガルドさんと目が合う。不敵に笑うヨルガルドさんも、この状況が分かっているようだった。その上でボクへ挑みたいと、声に出さずとも目がそう言っていた。
勝負だよ。この陰謀を終わらせて、シャーリアを明るい未来へ導くんだから。




