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591、シャーリアへ吹き荒れる西風

シャーリアのエルフ達にとって、今1番アツい話題の中心は1日3食出て来るご飯の時間。シャーリアの人口は小都市一つ分程、決して多くない人数だけどそれでも空の彼方では満足に食料を得る事が出来ていなかった。


ボクもアコライトとして、エルフ達の医療カルテに一通り目を通した。カルテを一纏めにした情報整理アプリには、殆ど全員が共通して軽度から重度の栄養失調を抱えていた。


病的に痩せた体型のヒトも多くて、オウルさんの話でも基本は1日2食。肉を口に出来る機会は少なくて、大体農作物と果実が中心の食生活をしていた。タンパク質が全然足りていないし、栄養がかなり偏っている。それでもエルフ達は何とか食い繋いで生きていた。


「オウルさんは初めて会った時と比べて健康的になりました。体重も増えて、血色も良くなったと思います。」


「そのようだね。前と比べて活力も湧いて来るし、頭も冴えているよ。」


ボク達とオウルさんの前、大きなお鍋で煮込まれたカレーが炊き出しとして配られていた。良い匂いに釣られて皆やって来る。リンゴとハチミツが隠し味に使われたやや甘口カレーと、ピリッと辛い中辛サツマイモカレーの2種類。


水かラッシーを選んで好きに持って行ける。人数分用意された近くの食事場にはテーブルが並んで、お昼時はワイワイガヤガヤと“黄”の時間を楽しんでいた。


‥‥?


人数分ある筈なのに、誰も座っていないテーブルが幾つかあった。気になっているボクへ、サッと1人の青年が恭しく頭を下げて挨拶をして来た。


「ラフィ様、こうしてお話しするのは初めてになるかと思います。ラケルタクル・ジズディスと申します。」


ジズディスさん‥‥4貴族の当主様の1人。見た目は青年でも歳はオウルさんよりも上。とっても長生きして来たのに、子供のボクを敬うような態度だった。


エンリッヒさんとは違うタイプのカッコいい顔立ちで、全体的に線が細く感じる。灰色の瞳がボクを見つめていた。一目で身分が分かる貴族の装いは、民族紋様をあしらいながらも金の糸がキラキラと輝かしい。

何となく騎士さんを思わせるようなデザインだった。


「はいっ。宜しくお願いします。ラケルタクルという事は、オウルさんの一族でしょうか。」


オウルさんとジズディスさんは同時に頷いた。


「オウルは直系ではなく分家のやや縁遠い庶民階級の者でしたが。稀代の歌姫として、本家へ迎え入れられた経歴が御座います。聞けばオウルが貴方様方をお連れしたようでして。当主として鼻が高いです。」


‥‥?


あっ!!


R.A.F.I.S.Sを介さずに普通に会話してる。何を言っているのかがパッとホロウインドウに表示されて、自動で翻訳されていた。


「ラフィ様?」


「い、いえ。変に聞こえるかも知れませんが、貴方達の言葉が分かるんです。ええと、ボクは元々異言語でも意思を交わして会話出来ましたが。今なら誰でも貴方達と普通に会話出来るようになったと言いますか。」


「その事ですか。不思議ですが、最初は意味が通じなかったと言うのに。数日で誰もが流暢に私達の言葉を話すようになったのです。」


そっか。オウルさんとエンリッヒさんだけじゃサンプル数が足りなかったけど、ここなら小都市規模の言語サンプルが手に入るから。AIに学習させて翻訳ツールを開発するのも難しくない。


いつの間にか読み取りも出力も出来るようになっていた。文明の力って便利。


「ジズディスさんもカレーを食べに来たのですか?」


「ええ。本来貴族の者は庶民と卓を同じくする事は無いのですが、ここで食事を取るようにと。‥‥ああ、すみません。文句を付けるつもりは。」


横合いから睨むタマさんに苦笑いで一歩引く。オウルさんもフォローを入れた。


「彼らの世界に身分制度は無い。誰もが平等でも無いけどね。‥‥私達の知る世界とは比べ物にならないぐらい複雑な世界なんだ。」


制度として身分による格差は無いけど、メガコーポの役員の子供と、貧困層の子供が同じ扱いを受けるかと言われるとそれも違う。仮に同じ学校へ通わせたとしても、先生方からの扱いに天地の差が出る筈。役員の子供の不機嫌がどんな面倒を起こすか分からないから。

けどそれを合理的に説明するのは難しい。複雑な事情が積み重なって、身分という言葉だけがボヤけた世界になっていた。


「言っとくけど、ラフィはここで貴族やってるアンタよか遥かに偉いわよ。アンタらの上にメガコーポの連中が居て、そのメガコーポの連中がラフィを支えさせて貰ってるの。貴族だからって傲慢な態度を取ったら容赦無くアタシがぶん殴ってやるからね。」


「タマさん。そういう事を言うのはダメです。権力者が嫌いだからって。」


「ケッ、身なりと立ち姿がムカつくわ。」


ジズディスさんは困った風にするしかない。でも初対面で色々あったせいであまり良い印象が無いのも事実だった。


「‥‥すみません。件の事件、最終的に4貴族の同意があって行われた事は事実です。私としてはあなた方の救出に深く感謝しております。」


オウルさんへ視線をやる。頷くオウルさんは杖でタマさんをペシっと叩いた。


何すんのよ?!


威嚇しないで欲しいね。


「ジズディスは悪い奴じゃない。タマは少し素行に問題を抱えているけど、根は悪くない。ジズディスも気にしないで良い、所謂チンピラ気質ってやつなんだ。私も最初は怖かったけど、妙な善性を捨てられない奴でもある。」


ああん?と睨むタマさん。でも、オウルさんは気にせず。文明人なタマさんはこんな事で暴力を振るう訳もなく、ぐぬぬ‥‥な顔でそっぽを向いた。


「先に食ってかかったタマが悪いですね。貴族と揉め事を起こして外交を面倒にさせたら当機がパンタシアへ強制送還致しますよ?」


「ちょっと挨拶しただけよ。コイツ、殺気をぶつけてやったのに全然怯まないわね。腕に覚えがあるって?」


ジズディスさんは、腰のサーベル状の刀剣を一撫で。嗜みがありますとだけ返した。


「でも本来だったら、ボク達は貴方達の貴族という身分も尊重すると思うんです。シャーリアの顔役として、相応の扱いをする筈なのに。」


ボクの言葉にジズディスさんは顎に指を当てて少しの間考え込む。


「‥‥やはり。このカレーと言い、生きた家と言い。ふふ、これは面白いものが見れそうです。オウル、私達ラケルタクルの一族は貴女を支援します。」


オウルさんは首を傾げるけど、ホロウインドウの中のフィクサーさんはニタリと笑っていた。何だろう?気になるけど、ジズディスさんは用が出来たみたいで直ぐに行ってしまう。


ホロウインドウの中のフィクサーさんも、


『ラフィさまはそのままで大丈夫ですよ。しかし‥‥コーポもエゲツない事を考えますね。病み上がりのエルフ達に容赦がありません。』


その真意を隠しながらも、お楽しみに!なんて言っていた。正直色んな事件に関わって来たせいか、ボクもどこか不穏な気配を感じている。今までの全部が、何か大きな目的の為に用意されたようで。けれどフィクサーさんの様子から、それが悪い企みじゃないって思う。阻止しなきゃいけない陰謀があったら、ボクへ知らせてくれるからね。


でも何が起きているんだろう。賑やかで楽しげなエルフ達の食卓の影に、企業が垂らした一滴の毒が混ざり込んでいた。





文明の煌めきはエルフ達を楽しませる。快適な家、ふかふかなベッド、そしてお湯を楽しめるあったかなお風呂。


仮設された大浴場は男女で分かれて2つ。けれどエルフ達は水で体を洗う際に特に男女分かれる文化が無かったみたいで、そんなボク達の配慮を不思議そうにしていた。


一応指示に従って男女に分かれてお風呂を楽しむ。災害時に使われる仮設浴場とは言え、シブサワ製の物は品質が高くて造りもしっかりしている。見た目も綺麗だし、お湯の循環も強力で大勢で入っても濁ったりしないんだ。


そして浴場に併設された寛ぎスペース。一回の入浴につき、1人1本好きな飲料が提供される。シブサワフードカンパニーのラインナップにある多様なジュース。入る度にどれを選ぶか迷って、10機並んだ自販機の前に行列が出来ていた。


畳の上に寝転がってすやすや。マッサージ機に身を預けて恍惚と。仲間内でお喋りを楽しんで、ジュースとお風呂の感想を言い合う。


ボク達もお風呂を共にして、一緒に寛いでいた。


「仮設なのに案外悪くかったわ。まぁパンタシアには遥かに劣るけど。」


「にゃはは、そりゃ仮設レベルですし?設備は最低限ですよ。」


「我はそもそも寛げる場所が無かったぞ?湯船はエルフで一杯、この細い体をねじ込むので大変だった。」


湯に浸かるカテンさんの鱗を、興味本位に撫でるエルフの男達。特に工房で働く者の手付きはどこか素材を確かめるようで。身震いしてさっさと上がってしまった。


「ボクもちょっと落ち着かなかったです。皆ボクを見るとすっごい敬ってくるというか。」


オウルさんがボクの事を沢山エルフ達に話していた。シャリアが休眠に入ってしまった間、ボクが皆を導く存在になるって。シャリアにも劣らない力を謳って聴かせ、皆の間で噂になっていた。


「それに何度も女の子と間違えられましたし。」


「ラフィは美しいからな。都度私が訂正したが、中々信じられないものだ。」


一緒に入ってくれたエンリッヒさんにエスコートして貰ったけど、偶にボクを変な目で見るヒトも居て大変だった。ボクの指先を隠す長い袖。恥ずかしい気持ちになると、このブカブカな袖で口元を隠したくなる。変な口の形してないかな?って気になって。


でも裸だと隠せなくて、両手の指を絡めて口元をそっと隠していた。


「まぁ、ラフィのその可憐な仕草のせいもあるのだが。指や髪で口元を隠し、その振る舞いは少女のよう。男らしく堂々とすれば良いのに。」


「だってぇ‥‥」


急に隣のタマさんの尻尾がボクに絡んで、首元をなでなでふさふさ。


「パンタシアのお風呂でも偶にやってるわよねー。ぎゅってすると口元を隠そうとするのよ。」


「そういうクセなんです。からかわないで下さい。もぅ。」


そんなやり取りの合間にもボクの背中にはエンジェルウイングが展開していて、癒しのオーラを撒いて皆を寛がせていた。


これからボクが主となるんだから、こうやって一緒に過ごす時間を増やして顔を覚えて貰おうって。出来るだけ目立って皆に受け入れて貰わないと。ずっと居られない分、印象深くないとシャリアの代わりにボクが居るって実感湧かないから。


家、美味しい食事、お風呂。そして次に必要となるのは‥‥娯楽!


無料で好きなだけ遊べる仮設ゲームセンターが開かれた。シャーリアの文化とは相入れなさそうな、ピカピカでギラギラな下品な光。初めは戸惑うヒトが多かったのに、その面白さを理解すると大勢が行き交う場になった。


モモコさん達の動きにはやっぱり違和感を感じる。


何だろう。こう、現地へのリスペクトが足りないというか。静謐の揺籠の時はあんなに慎重だったのに、早くもシャーリアを文明の輝きの中へ投じてしまおうという思惑を感じた。


動きは早いし、侵略の2文字を思わせるような大胆な都市化。まるで何かを誘うような意図がほんのりと。


『仮設住宅に、仮設大浴場、仮設ゲームセンター‥‥仮設、仮設、仮設。にゃはは、ヒントですよ。近いうちに大きな動きがあるでしょう。ですがご安心を。全てはシャーリアとの友好的な交流の為。黄金卿がラフィさまの経歴の汚点となってしまわぬようにする為。』


人道的配慮、異文化交流。それらしい言い訳の裏でやっぱり何かが動いているようだった。

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