589、王の道へシビアな問題が影を落とす
それから数日、ラプトゥヌスの飼育員さんからの報告を聞きながら協議は順調に進んで行った。大まかに今回の救出作戦の見返りとして、ラプトゥヌスから産出される金の糸の交易が提示された。また金の糸に対する加工技術の技術提供も。それ以外にシャーリアへS.N.S連盟の大使館の設置、街の再建に伴うインフラ整備、シャーリアの区画の幾つかの所有権の譲渡も。
優秀なメガコーポの外交官達が、4貴族に聖堂の罠に対する責任を全面的に認めさせた。その結果の賠償もこの中に含まれている。金の糸と土地ぐらいしか取引に使える材料が無いお陰で、ニホンコクへ沢山譲渡する条約を結ばされる事になってしまった。
「まぁ、正直これでも十分安く済んだと思っているよ。」
オウルさんと2人であちこち見回りながら話し合う。既に瓦礫の大半は撤去されて、街の基礎の部分から工事が始まっていた。
「手が早いな。」
「はい。ボクを支えてくれるシブサワグループは元々工業に強いメガコーポです。建築技術に関してはニホンコクでも随一の技術力を持ちます。」
シャーリア復興計画自体、シャーリアへ初めて到達して観測した時から動き出していた。ワープゲート越しに色々と重機を搬入して、人海戦術で一気に進めてしまう。シブサワグループ独自に開発された、施工管理AIが統括管理してくれて工事はスムーズに進んでいた。
世の中から施工管理、ていう業種が無くなった訳じゃない。高度な管理AIを所有するのはシブサワグループだけ。この規模の工事ですら管理しきってしまうんだ。他社の物とは精度が違った。
「シャーリアは変わってしまうのだろうか。」
「出来る限り景観を損なわないよう配慮する方針です。」
「配慮か。かつての帝国が持ちえなかった概念だ。ニホンコクは不思議な事をする。」
配慮。力ある者が世界を好きな色に塗り潰す権利を行使する。それが世の理だって知られながらも、同時に弱いヒト達を庇護する責任があるって社会は唱える。
強者は弱者に配慮する。でも、配慮を逆手にとって強者をコントロールしてしまおうといつも世の中は動きがち。そこに生じた歪みが幾つもの社会問題を生み出した。
「配慮って難しい概念なんです。取り扱いを間違えると、オウルさん達がボク達を都合良く振り回す事も出来ちゃいます。でも‥‥」
ここはお空の上。シャーリアのエルフ達には多分当面ネットへ繋ぐ許可は降りないと思う。つまりは。
「厚かましく聞こえるかも知れません。それでも、敢えて言います。配慮を当然の物だって思わないで下さい。ボク達がシャーリアといつまでも仲良くするのには、そういう線引きが絶対です。じゃないと、不幸な社会問題を生み出しちゃう。」
強者が“自主的に”一歩下がって配慮する。それが自然な形。配慮を当然の物として強者へ強要しようとすれば絶対に何処かで決裂する。大概は差別問題に発展しちゃう。
世の中皆平等だって言ったって、格差は絶対に無くならない。格差があれば強者と弱者が生まれる。社会的に、金銭的に、身体的に、人種的に。理想と現実がごっちゃになっちゃうと、何でもアリでどちらかに都合が良すぎるダブスタ理論がまかり通っちゃう。
「オウルさんもエルフ達の動向に注意して欲しいです。もし何処かで知ったとしても、“差別”という言葉を口にしないで欲しいです。便利な言葉だけど、口にして交渉した瞬間に真の価値を失います。」
これから仲良くやっていく為に、ボクはオウルさんへ少しでも多くの事を伝えたかった。ニホンコクが今まで歩んで来て、こういう失敗は沢山あった。
差別という言葉を軽々しく使って、何でも思い通りにしてしまおうとするヒト達はいつの時代にも居た。自分達が差別をする側に立ってしまっている事に気付かずに、被害者のフリをして好き放題無法に暴れ回って加害する。
「オウルさん達にそんな存在になって欲しくないんです。嫌な事があったら先ずは大使館へ話して下さい。ボクも定期的に顔を出しますから、その時お話してくれても良いです。」
シャーリアとは一悶着があったけど、これから新しく関係を築いて行きたいなって。ボク達も犠牲者を出しながら戦ったけど、その事で何も追求しない。被害者として振る舞わない。
シャーリアも狭い浮島の土地をボク達へ譲渡する条約を結ばされたけど、被害者のように振る舞ったりして欲しくない。
差別、被害者。安易に交渉を有利に進められる外交カードでも、使った瞬間から品位は果てしなく堕ちていく。ひたすら卑屈に賠償を求め続ける姿は惨めだし、存在しない責任を生やす為に捏造も何でもやり始めちゃうんだ。
『にゃはは、ヤマノテシティの下層区暮らしの亜人連中がよくこんな問題を起こしてぶっ叩かれてますよね!ニホンコク人強盗しておいて、犯人逮捕されたら差別を叫んで大暴れですよ?浅はかで気色悪い寄生虫です。』
ハムハムでもニュースチャンネルでも、特に最近そんなニュースを見るようになったと思う。亜人達の中に便利な怪しい宗教まで流行って、犯罪の口実に使われてるって。胸がモヤモヤして嫌な気分になった。
オウルさんはボクの言葉に何度も頷いてくれた。
「私もニホンコクの事は勉強している。沢山問題を抱えている事も知っている。私達まで同じような問題の種になってしまわないか。多分メガコーポが心配しているのはそこだと思う。」
静謐の揺籠ぐらいの距離感で緩く付き合っていこう、だったらここまで問題にならなかった。でもシャーリアのエルフの都丸々とのお付き合いとなれば、最早一国とのお付き合いレベル。揉めずに外交を続けるには、パワーバランスが悪過ぎた。
オウルさんは向き合う。
「だからこそ、私達には絶対的な主が要る。4貴族も、頭が4つあって問題無かったのはその上に魔王であるシャリアが居たから。シャリアの下では権力争いなんて無意味。けど、風の主無き今。4つ並んだ尖塔が互いに邪魔し合うのは時間の問題。」
ボクに王になって欲しい。オウルさんはハッキリ告げた。
「ずっとここに居なくても大丈夫。名前だけでも良い。定期的に顔を出して欲しいけど。とにかく絶対的な存在が私達を纏め、道を示して欲しい。メガコーポでは王になれないと思うから。」
やっぱり、ここを救った以上責任がある。ボクが救いたいって言って、ここまで皆で走って来たんだから。
『ラフィさま、先ずは皆へ相談しましょう。大丈夫ですよ、文字通り名前を貸すだけです。実務は全部大使館と貴族連中に丸投げ、不穏分子が居たらちょっと威圧して教育する。簡単ですね!』
そんなに簡単じゃないと思う。でも、オウルさん達がボクを必要だって言うのなら。
「相談して決めます。だけど‥‥ボクは前向きに考えたいです。シャリアもいつ力が戻るか分かりませんし、それまでここをしっかり守れる存在が必要だって思いますから。」
オウルさんは小さく笑って、ボクの頬に鼻先をくっ付けた。
「ラフィ、私はキミを愛してる。空歌の姫として支えて行く。」
「きゃっ?!ええと、うう。お願いします‥‥」
早速連絡して、多忙なモモコさん達へ相談する事に。それでもボクの為に皆時間を作って応対してくれた。パンタシアの応接室で皆と向かい合う。
「ボクはシャーリアの皆に必要とされるのなら、出来る限り応えたいです。ボクが言い出しっぺですし、最後の最後に背中を向けるような事はしたくないんです。」
そもそもシャーリアの救出プロジェクトは、オウルさんから話を聞いた際に一度凍結って事で話が動いていた。正体不明の呪われた都へ近付く理由は薄かったし、メガコーポとしても、タマさん達の現場を知る開拓者としても反対一色で。
そんな中ボクはオウルさんから詳しく話を聞き出して、救出に行きたいって皆を説得したんだ。ここまで皆が来た全てのキッカケはボクの一声だった。
「勿論ボクを支えてくれるモモコさん達に迷惑は掛けられませんから、シャーリアに永住したりは出来ません。その‥‥ですから!上手く調整して欲しいんです。どうすれば良いのか、ボクには分からなくて。」
皆に応えたいって気持ちはあっても、ボクの体は一つだけ。八方美人?ううん、責任を果たしたいんだ。
強い力を持つから責任がある‥‥そんな考えじゃない。ここまでシャーリアへギガスが舵を切った、その始発点となったボクの意思。その責任を果たさないと。
「ラフィ、気負いすぎよ。前にも言ったでしょ。ラフィは子供でも行動に責任が伴うわ。だけどアタシ達大人も一緒に責任を負ってあげるのよ。アンタだけの問題じゃないから。」
タマさんも尻尾が優しくボクの首を巻いた。ふわふわ尻尾の先っちょがうねうね動いて、顎の下をさすってくる。
「その話は4貴族からも数度の要請があってね。彼らも自分達の王が必要だと考えていたんだ。ラフィを指名して来たけど、実際どうするかを話し合っていた。ラフィを寄越せ、なんて話をされても蹴るしかないけど。」
ラフィは僕のだから、なんてモモコさんの呟きが聞こえた気がした。
「調べた所、シャーリアには戸籍制度は無い。まぁ戸籍を管理する治外街なんざ早々無いが、ラフィが二重国籍になってしまう危険性は無い。」
シャーリアの法解釈は治外街。でも実際は完全に遥か上空で孤立した天空国家のようなもの。街というには大きいんだ。でもニホンコクの中に外国が、上空を飛んで領空侵犯して来たなんてマサルさんが頭を抱えちゃう。
臭い物には蓋をする。治外街と言ったら、治外街。コレは街。
「景気の良い話じゃないか!ニホンコク人が治外街の長をやってはいけない法規制は無い。その行動は治外行動規制法に縛られるものの、現地の住民に求められているのなら問題ないさ。まぁ新しくシャーリアの法整備を行いたいのなら、こちらから優秀な法務部の人員を貸し出そう。」
セイテンさんは良い笑顔、カハッと笑って賛同してくれる。そしてレイホウさんが具体的なお話をしてくれた。
「現実的な話をするのなら、対外的なラフィの肩書きはシャーリア運営特別顧問と言った所か。シャリアが存命な以上、正式に王位に就けば間違いなく面倒になる。その内復活するのだ。ラフィ派とシャリア派で内戦なんて勘弁だろう。望まずとも貴族連中の意見が割れたらそうなってしまう。」
どれぐらいでシャリアが復活するか分からないけど、仮に10年単位掛かった時。長年ボクが王として色々やっていたのに、シャリアが復活したから退いて下さい。なんて言ったら絶対大変な事になっちゃう。シャーリアの運営方針が二転三転、ボクの敷いた法をシャリアが変えたりして大混乱。
ボク自身は役目を終えたらシャリアに譲って退位するつもりでも、4貴族の皆や空歌の姫がそれを良しとするかは別問題。うう、オウルさんに言われて王様を頑張るぞ!と思っていたけど‥‥現実的な意見が少し先の未来像を打ち壊してしまった。
オウルさんもうーん‥‥と困った風にしていた。シャーリアは王位がシャリア以外に渡った経験が無くて、つまりそう言う時に起きる混乱に対する経験も無かった。
「魔王の独裁政治はフットワーク軽くて良いけど、こういうアクシデントにめっぽう弱いんだ。多分ラフィを王位に据えたらほぼ確実にシャーリアは空中分解するんじゃないかな。」
オウルさんの顔がサー、と青くなった。
「でもキミ達の意見は確かに現実味があって的確だ。」
反論出来ないお陰で余計に辛そうだった。
「だから貴族達からの要請の答えをこっちも先延ばしにしていたんだ。ラフィを特別顧問に添えるにしても、こっちの方での事務手続きが多くてね。マサル総理にも報告しないといけないし、テツゾウ代表はてんやわんやさ。」
今回ボクの意思が確認出来たから、本格的にこの話が動くようだった。
『確認しますけど、特別顧問と言ってもラフィさまに実務的な負担はありませんよね?今から帝王学を学びに大学へ入学なんて出来ませんよ。ブランさんのお仕事もこれ以上増やした所で、見合うだけの利益も無いでしょうし。』
「こういう立場の役得と言えば税収よね。でもここにはお金が流通していないのよ。でもアンタらがラフィへ報酬を払うのも筋が通らないわよね。シャーリアの要請に従ったのに、何で報酬をこっちが自腹で用意しなきゃいけないのよ。」
うっ!またもシビアな問題が浮き上がった。そう、名前を貸すだけだったとしても皆を纏める為に動くのなら、報酬が無いと色々おかしくなっちゃう。報酬が無いと責任があやふやになっちゃうし、ボクに仕事が入る度にシャーリアの管理は完全に後回しにされてしまう。無報酬のボランティアよりも、ボクへお金を払って仕事を頼んだヒトが優先なのは当然で。
問題は山積み、応接室の会議は長くなりそうだった。




