588、尊い時間がリビングをあっためる
パンタシア、プライベートフォレスト。大怪我をしたミライさんの様子を見に行っていた。一通りの処置をブランさんが済ませてくれたお陰で、入院着の姿のミライさんはちょっと不貞腐れたように横になっている。おでこに冷えシートが貼り付けられていた。
「ミライさん、体調はどうですか?」
「うー‥‥ラフィくんにカッコ悪い所見せちゃった。」
後から病室に入って来たタマさんは小馬鹿にしたよう笑う。
「てかアンタ羅針盤すら持ってない素人でしょ?法人許可証でシブサワグループ関係者として探索に参加してるけどさ。モモコのシークレットサービス、本来法人許可証の範疇にいるのはPMCだってのに。」
けれどモモコさんが探索に参加する以上、護衛のシークレットサービスもまた探索へ同行して良い。シブサワグループ法人許可証を取得した際の最終責任者はテツゾウさんだけど、モモコさんは現地でのプロジェクト統括管理者を任されている。PMC所属じゃなくても、テツゾウさんが責任を持つからOKを出した人員は法人許可証の範囲内に収まった。
ちょっとややこしい法規制のお話を噛み砕くとこんな感じ。ボク達が持つ個人許可証と違って、法人許可証は色々規制周りが複雑。でも開拓プロジェクトを進めるには沢山の協力者が必要だし、軍人さんだけじゃ上手くいかない事も法の理解があった。
「その点、ミライの深未踏地での自由な探索への参加って結構グレーなのよ。モモコがその場に居ない以上、シークレットサービスの業務外。PMC所属でも無いし、深未踏地探索経験豊富なプロジェクト協力者って言い訳も苦しいわ。」
だけどモモコさんの好意で冒険へ参加しても大丈夫だってお目溢しされていた。ミライさんが辛い目に遭っていた事を知っているし、せめて夢を追い掛けられるよう背中を押したいって気持ちがあったんだと思う。
だけど、不十分な装備で参加したせいもあって大怪我をしてしまった。まだまだ深未踏地の知識に戦闘経験、装備が足りていない。
「深未踏地の開拓でバイオマジックを目にする機会は多いわ。大概がデータにない初見よ。そういう時に咄嗟に身を守れるよう体が動くかどうかで生還率が変わるのよ。その為には場数を踏んだ経験が要るってコト。」
スーパーセルの開拓は中でも最高難易度と言っても良い、人類史上初の一大プロジェクト。死ななかっただけでも良かった。頭が無くなっていたらボクでもどうしようも無いから。
「‥‥分かってるよ。先ずは開拓者になんないといけないのもね。勉強はしてるし、訓練も積んでるけど。」
「ハッ、羅針盤を手にしてやっとランク1のペーペーな開拓者よ。深未踏地探索許可証に手が届くのはその中のほんの一握り、ホンモノだった連中なの。精々頑張りなさい。」
タマさんなりに発破を掛けて元気付けてるけど、ミライさんは不満そう。
「ミライさん、今後も探索に参加したいのならボクは大丈夫です。現地でしか得られない教訓も多いですし、ボク達と一緒なら不慣れでもカバー出来ます。でも、ミライさんも後悔の無いようにもっと沢山の努力が要ると思います。」
大事なのは入念な準備だよ。モモコさんの下でお金を稼いで、良い装備を手に入れて次に備えよう!
法人許可証が有効な場所での探索以外じゃ流石にミライさんを連れられないけど。でもこのプロジェクトに参加して、実際に深未踏地を冒険した実績は間違いなくミライさんの夢を強く後押ししてくれるから。
モモコさんの狙いもそこにあったんだと思う。実績は大事だからね。
「ラフィ様、ミライの面倒は当機が見ますので。作戦の打ち上げをお楽しみ下さいませ。」
「はい。ミライさん、一晩は高熱が続きますので安静にしていて下さい。後日ささやかですが一緒にご飯でも。」
ツバサさんも予定があるし、打ち上げを先延ばしするのは難しい。というより、シャーリア関係の大きなプロジェクトの中にある一仕事を終えたってだけだし。このお仕事が今後のシャーリアとの協議上、大きな意義を持つ事になる大事なものだっての言うのは分かってるけど。
既にモモコさんやレイホウさん、セイテンさんから個別に感謝のメッセが届いていた。皆さんも話し合いを頑張って下さいっ!ボクも一つ一つ返信していった。
パンタシアのリビングの卓上に、デリバリーで配達されたお料理が並んでいた。ブランさんは今日は忙しいから、偶にはデリバリーパーティーでも。和洋折衷、食卓に出来上がった食のジャンクストリート。フライドポテトのお皿にお寿司が並び、良いお肉のミニ丼が不規則な位置に立つ。真ん中にはブッシュドノエル、パエリアの脇にお野菜のムースをあしらった高級創作料理。
皆で適当に欲しいものをデリバリーした結果、統一感0なごちゃごちゃな食卓に。ブランさんが見たらびっくりしちゃいそう。でも見ているだけでワクワク。
「今日は食べて飲んで、作戦の成功を祝いましょう!」
「散ったミライの分も楽しみましょうねー。」
「こういう食卓は馴染み深いな。赤翼PMCでも団員同士で打ち上げをする時は、こんな感じになる事も多い。都市に帰れずとも、基地内で祝い事をする事はあるのでな。」
カテンさんもお仕事を終えて帰って来て、実体化したフィクサーさんが今日撮った写真を見せびらかしていた。空撮では見られない地下の大工房に、カテンさんも楽しげだった。
ご飯の気配にオウルさんとエンリッヒさんも何処からともなく現れる。オボロさんとグジャさんも呼び出して一緒に食卓を囲った。サンゴサラマンダー達が室内を駆け回り、リビングに入って来たアルビスがお肉を催促する。小さく掛けられたBGMはオシャレなジャズ、皆の話し声は楽しげに。
タマさんとオボロさん達がお酒を楽しむ中、未成年なツバサさんはボクとジュースを飲んで語り合った。
「随分と賑やかな食卓で御座るなぁ。」
なんて雰囲気に流されたツバサさんの口調は少しおふざけが混じる。ううん、オフって言うか。堅苦しい軍人さんの装いを脱いだ、年相応な雰囲気のツバサさん。印象がガラリと変わる感じで、どこか‥‥
「オタクっぽいですね!にゃはは!」
茶化すフィクサーさんにツバサさんはヤレヤレと。
「軍人やってると肩が凝ってしまってな。同年代はやれ学校にアニメに推しの配信にとうつつを抜かしていると言うのに。拙者はラフィさんのファンクラブを運営する者。こうして冒険を共に出来て嬉しいですぞ。」
冗談ぽい口調のツバサさんの声は柔らかくて親しみやすかった。趣味の話で盛り上がれるお姉さんみたいな。
「ファンクラブだなんて、恥ずかしいですね。でも、ボクを応援してくれるヒト達は大切ですから。ボクの好きな所を語ってくれるのは嬉しいです。ボクも皆の事を好きってしますから。」
ツバサさんはボクが配信している動画を全部観てくれたようで、シブサワ広報が配信するものもチェック済み。最近は激レアグッズをかなりの値段で落札したらしい。
「覚えていますかな?アングルスでリコリコと生配信した際、初のラフィさんのグッズをスパチャ還元で配布した時の事を。初のグッズと言うだけあって今や何百万もの値が付きまして。」
そう言えばそんな事があったような。あの時は簡単な還元キャンペーンだったし、ちょっとだけ数を作って高額スパチャへのお礼に送付したんだったよね。あの時のちょっとしたプレゼントにそんな価値が付くなんて。世の中分からない。
「でしたら、これをプレゼントします。」
虹渦島の洞窟湖で掬って来た、綺麗な魔力の結晶片が詰まった小瓶。最初に沢山採った分をボクの知り合いへプレゼントして回っていた。皆喜んでくれて嬉しかった。まだ在庫があるから、ファンクラブを立ち上げてくれたツバサさんへのお礼だよ。
「ふぉぉぉ?!宜しいのですか?!ここ、こんな貴重品!!」
「知っていますか?ボクが初めて洞窟湖を探索した時に、知り合いへプレゼントする為に掬い上げた物です。一緒に冒険出来て楽しかったですし、沢山ありますから遠慮なく受け取って下さい。」
「ああ、ありがとう御座います!!家宝にしますので!!」
そんな仰々しい物じゃないってば。ツバサさんの反応を酔ったタマさんの声が横合いから小突く。
「言っとくけどそれ変な甲殻類の排泄物が粉末状に砕けたやつよ〜。魔力の結晶を食って体内で凝縮したモンを、湖をトイレ代わりにブリブリしてたのよ。」
「コラ、タマ公。貴様、食事中に抜かすでない。」
オボロさんに抗議され、
「まったく。ラフィの従者はどうしてこう品が無いのだ。」
お口を汚さずに丁寧に食べるグジャさんにも冷や水を掛けられる。誰が従者よ、と抗議する声もアルコールでふやけていた。
「中身が何であろうと、ラフィさんはプレゼントとしてくれたのだ。変わりない。」
ツバサさんはうっとりした目でキラキラする粒子を眺めた後、大切そうに収納へしまった。
ツバサさんとアニメのお話や趣味のお話を楽しんでいると、急にボクの背中をオウルさんが抱きしめてくる。お酒に酔って色白な肌が赤らんでいた。
「ラフィのお陰でシャーリアは救われたんだ。ふふふ‥‥可愛い。」
「きゃっ?!オウルさん、飲み過ぎですよ。」
むふー、とするオウルさんに可愛がられる。背丈がボクよりちょっと高い、お姉さんみたいな身長差。ドキドキするボクをツバサさんも指先で突いた。
「ラフィさんの照れ顔、愛らしいですな。」
「‥‥もぅ。オウルさん、眠くなったら森のテントで寝て良いですから。」
「そうさせて貰うよ。」
ふわり、とオウルさんから甘い匂いがした。アルコールの混じった息とは違う、ドキリと心が跳ねるような香り。偶にフィクサーさんが纏う匂いと似ているような。オウルさんと直ぐ近くで目が合い、
「テントへ案内してくれるか?」
囁かれる。プライベートフォレストにずっと居たんだし、場所は知っていますよね?
「ボクはまだ寝るには早いです。」
「‥‥ふふ、そうか。」
そのままほっぺをふにっとお口で突く。顔が熱くなったボクにウインクをして、森の方へ歩いて行った。
『オウルがあんな風になるとは、随分気に入られたな。』
お酒を片手にエンリッヒさんもそんな姿を見送る。
『アレはニホンコク風の親愛の情を表現する方法だと学んだ。口を使うとは大胆だ。』
シャーリアじゃどうするんだろう?少し気になったように皆の視線がエンリッヒさんへ。流石に気恥ずかしそうにしながら、それでも教えてくれた。R.A.F.I.S.Sに言葉が流れてくる。
『人前では鼻の頭をくっ付けるのが主流だな。鼻先で頬を突くのもある。一番ロマンスある美しい行為は歌合せだ。互いの歌を共鳴させあい‥‥ああ、この私が酒でこうも下品な話題を語ってしまうとは。それ程の美酒だ。』
エンリッヒさんはワインの注がれたグラスを揺らした。赤ワインが大好きなんだよね。
「その歌合せってのがアンタの性癖かしら。語る声で分かるわよ。」
『‥‥酒の席だ。高く止まった品は黄を滲ませる。私は歌を合わせるのが大好きだ。しかし、私と波長が合う者が居なくてね。シルフ達が私にとっての本妻さ。』
シルフ、エンリッヒさんが使役する精霊だっけ。初めて会った時も風の精霊達と歌合わせてしていたんだろうな。邪魔されて怒っていた。
「ニホンコクじゃ完全にマイナー性癖ですが、魔法を得意とする種族の間では魔法を共鳴させ合う行為は肉体で交わる以上に高揚感を覚えるメジャーな性癖です。ただ‥‥ラフィさまなら案外理解出来ちゃったり?」
精神で交わる‥‥R.A.F.I.S.Sみたい。そう言われたら何となく理解出来る部分もあるかも。
「例えば自らを慰めるラフィさまと、深くR.A.F.I.S.Sで接続されながら共すれば如何でしょう?おっと、タマさんその顔。ピンと来ましたね?」
「‥‥何が如何でしょうよ。まぁ、その説明は正直ムラムラするけど。」
うう、お酒が入ると皆話題が下品になっちゃう。でも性癖はヒトにとって大切な物。三大欲求に直結するお話なんだし、とってもプライベートなお話。明け透けに語り合えるこの場、この時間はどこか尊いものなのかもしない。
ツバサさんとはまだ面識が浅いけど、こういう話題で一緒に盛り上がれたら仲間意識が一段と育まれるような。そんな気がした。




