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587、ラプトゥヌスの王

「戦闘終了。ラフィさん、助かりました。」


ツバサさんは軍服を血で汚しながらも、軽傷って風に立ち上がる。突発的な戦闘で十分な準備も出来なかったし、戦う場所もすっごい狭くて危険だった。特にバイオマジックは、フィクサーさんの援護があった上で防ぎようが無い範囲攻撃。ミスリルシールドを構えてもズタボロにされてしまう。


「ラフィ〜、ミライが死に掛けてるから早く治してやって。まぁ、深未踏地を探索するならミライの装備じゃまだ危なっかしいわね。」


「ミライさん!今治しますから!」


ってミライさん息してない?!床一面血溜まりで、下半身が離れた場所に転がっていた。運悪くバイオマジックの氷の礫が直撃してしまったみたい。あああ、内臓が!


「当機がモツをかき集めておきますので。後で鍋にでも致しますか?」


「致しません!もぅ!おふざけ禁止ですよ!」


エンジェルウイングを展開、大分欠けて小さくなったミライさんを包み込む。医療用ナノマシンが、ミライさんの欠けた部分を内臓から創り治していく。大腸、小腸の8割喪失。腸内フローラ液を浸透させつつよいしょ、と治す。胃は壁の辺りに張り付いていたからこれも作り直し。カロリーゼリーを注入してサクッと整えた。


開拓者基準でも重傷だけど、エンジェルウイングならヒト1人治すぐらい簡単。何度も使ってより精密な作業を手早く出来るようになっていた。


半分ぐらいの頭部と肉片数個からヒメコさんを再生させた事もあるし、胴体が千切れちゃったぐらいはボク目線では軽傷の内!


でも流石に大分熱も出るだろうし、解熱剤を使っても暫くは安静かな。


「ブランさん、ミライさんをパンタシア癒しの森病院へ搬送お願いします。モモコさんへ連絡と、書類の手続きも。」


「承知致しました。開拓者としてはまだヒナっ子の、不甲斐ない小娘を搬送致しましょう。ミスリルシールドの展開が遅れた事が致命傷になりました。攻めっ気が強過ぎるのです。」


そんな様子をオウルさんは心配そうに見ていた。R.A.F.I.S.Sに心情が伝わって来る。オウルさんから見てボク達はとっても強い戦士達だけど、余りにも呆気なくやられてしまった。戦いの一瞬の判断の遅れが、さっきまで楽しげに話していたミライさんをバラバラにしてしまったんだ。


ショックだし、申し訳ないという気持ちが伝わって来た。


オウルさん達の目線では、ミライさんは即死したようにしか見えない。ヤクトジャージさんは生きてるだなんて信じられずに、遺体を綺麗に治して収容したように感じていた。


『‥‥まだ若い子だったのに。本当にすまない。ここへあのデカブツの侵入を許した俺のミスだ。』


「ヤクトジャージ。‥‥信じられないと思うけど、あの子は生きている。彼らの文明は死すら遠ざける事が出来るんだ。」


ヤクトジャージさんの目が見開く。オウルさんは肩を叩いて慰めた。


「それでも、私達を助け出す為に大勢の死者を出してしまった。私達は何が何でもこの恩に報いなければならない。」


覚悟を感じさせる強い口調。項垂れたままのヤクトジャージさんは涙ぐんで目を擦った。


「ラフィ、アタシも治してよ。腕が裂けた〜。後お腹に氷が刺さった。」


強化外装で応急処置がされても、ちゃんとアコライトが治さないとね。


「ツバサさんも治しますからこちらへ。オウルさん達は怪我はありませんか?」


「こちらは大丈夫だ。ブランに守って貰った。」


良かった。ヤクトジャージさんは生命保険未加入者、バイオマジックに巻き込まれていたら助からなかった。


エンジェルウイングが皆を癒して治す。もうそろそろ夕方の時間。探索に使える時間は後少し。


「ツバサさん、まだ行けそうですか?」


「問題ない。ラフィさんの治療を受けられたのだからな。サメ型の原生生物との戦いは初めてだった。不覚を取ってしまった事が悔やまれる。」


本来なら私1人でも簡単に勝てた筈だった、とツバサさんは呟いた。初見の原生生物との戦いで、思ったように動けずに後手に回ってしまった。怪物退治ならもっとカッコよく活躍出来たんだろうな、と思った。


「出来る限り探索しましょ。ただ、次に大型種と会敵したら通報して逃げるわ。装備が万全じゃない。」


「はい。その時はヤクトジャージさんはボクが守りますから、皆さんは撤退を優先して下さい。」


血で汚れた飼育場で、ヤクトジャージさんが辺りを見回して観察する。


『アイツらはやられちゃいねぇ。もしアレと戦ってたら、恵み糸が散らかってる筈だ。自分よりも大きな生物が近付くと直ぐに逃げるんだ。』


取り出したそれは金色に輝く笛だった。吹けばラプトゥヌスの鳴き声に近い音が鳴り響く。


ボクもミニフィーを散らして、R.A.F.I.S.Sで広域に呼び掛けた。もう怖い敵は居ないよ。早くお顔を見せて欲しいな。


魔法雲の中、その奥から僅かに反応が返って来た。魔法雲は分厚くてカテンさんの空撮によれば、シャーリアの浮島の下部をすっぽりと覆い尽くしてるらしい。その内部に居るのかな?


「魔法雲の奥底に居ます。でも、向こうからは出て来そうにないです。」


「じゃあこっちから捕獲しに行きますか。」


「キャプチャーネットで捕獲出来る。少し手荒だが致し方ない。」


魔法雲の内部、ラプトゥヌスが掘り進んだ穴が開いていた。アクアマリンで水流を流し込み、ウィンディーネがラプトゥヌスの気配を追って導いてくれる。ボクが操作しなくてもアクアマリンが勝手に動いて、奥の奥へと複雑な雲の迷路を潜り抜けて行く。


『なぁ。それは。』


アクアマリンを指したヤクトジャージさんの声はワナワナと。ボクの背中に浮いた水龍の龍玉が傾いて来た陽の光を受けて美しく輝いていた。


「アクアマリンです。水龍の龍玉から作ったんですよ。」


凄いでしょっ!ちょっと自慢げなボクへ、思わず駆け寄るヤクトジャージさん。でも片手でタマさんに制されて、フィクサーさんにも距離を離されてしまった。


「何よ。」


『いや、すまない。しかし伝説に聞いた事があってな。俺も長く生きたが‥‥この目で見るのは初めてだ。これが水龍の龍玉‥‥美しい。』


共有モードになったホロウインドウの中で手を叩くフィクサーさん。惚ける鍛治師のエルフを見下ろす。


『いえいえどうも!ワタシが製作者ですよ。すっごい貴重な素材ですよねぇ?嘆かわしい事に、この時代の者共ときたらこの価値が分からないようでして。綺麗で凄い宝玉〜なんて程度の物だって思ってやがるんですよ?』


フィクサーさんの非難の視線がタマさんへ向く。ああん?と睨み返すタマさんは鼻で笑った。


「ゆうて原生生物のオタカラ部位ってだけでしょ。知んないけどオークションとかで漁れば偶に出品されたりしてんじゃないの?」


ジト目のボクを誤魔化すよう尻尾ですりすり。フィクサーさんのため息、オウルさんの呆れた視線。


『なんか、こう。すんごい連中を連れて来たんだなぁ、オウルよ。』


「凄いのは確かだよ。この文明は全てが足りた文明とでも言おうかな。充足の限りを尽くした世界で、相対的に色んな物が価値を失った世界。伝説を冷笑し、噂話に夢中になる世界。」


オウルさんの観察眼は的確にニホンコクの空気感を見抜いていた。タマさんもぐぬぬ‥‥と言い返せずそっぽを向く。ボクも水龍の龍玉の本当の価値を知らない。でも気配でとんでもない逸品だって分かるし、命懸けで手に入れたお宝だから。


尊い物だなって思っていた。


『歴史上水龍の龍玉が表舞台に出て来た事なんて、コレを含めれば2回ですよ?ワタシはそのどちらにも関わりましたが、理想の完成系を実現出来て満足です。』


そう聞くととんでもなく希少な物。道具にしちゃって良いのかな?と思ってしまう。でもその力のお陰で探索をサクサク進められていた。


『ラフィさまの扱う武器は多種に渡りますが、アクアマリンだけでも現人神(あらひとがみ)としてこの時代で無双出来るスペックがあります。にゃはは、ラフィさまの本気の出力に十分耐えられるんですよ。都市のど真ん中で津波を起こして全部を洗い流しちゃったり?』


それは分かってる。だからこそ扱いは慎重にしてるんだ。魔王の力と同じ、加減を間違えるととんでもない事になりかねない。


お話をしている間に穴の向こうで遂に開けた場所へ水流が出た。ウィンディーネをR.A.F.I.S.Sで強く繋いで意識すれば、その視線の先へワープゲートを開ける。


その場に居る20匹のラプトゥヌスの目前、ワープゲートから一歩踏み出したボクは逃がさないようR.A.F.I.S.Sを大きく展開した。エンジェルウイングが癒しを撒いて‥‥ふわり。その場全体がボクの異界化に包まれる。


ここで逃げられたらまた探すのが大変だから。かくれんぼはお終いだよ。


白銀の羽毛の舞う世界には、潜り込んで逃げ込める場所は無い。一瞬で空間を上書きされた事にラプトゥヌス達は驚くけど、癒しの力が警戒心を溶かしてしまう。結果茫然自失な状態で皆羽毛に包まれてしまった。


「さぁ、もう地上は安全ですから。帰りましょう。ボクに付いて来て下さい。」


ワープゲートが地上に開く。ラプトゥヌス達はゾロゾロとボクを追うように付いて来た。カイコ頭に付いた短いクチバシがツンツンとボクの頭を突く。あう、セーラー帽子がずれちゃう。


いつも頭の上にオシャレな角度で乗っかったセーラー帽子を片手で寄せ上げた。動き回ってもズレずにちょっぴり斜めにくっ付いてるけど、動かそうと思えば動かせちゃう。自然な吸着具合をAIで認識してるから、意図して突いたりすると落ちるんだよね。


伸びた触手がボクを確認するよう、わちゃわちゃと強化外装の上から弄ってくる。触手の先っぽは少しヌメヌメしっとり感。けれど小さな毛に覆われていて触った感じはスベスベしててふにふに。指で摘むとヒュッ!と引っ込んだ。


ラプトゥヌス達は癒しの影響かとても大人しくて‥‥R.A.F.I.S.Sに伝わる気配は、尊敬?


『ラフィさまの異界化に取り込まれたのです。領域内はラフィさまの手のひらの上。ヒトは鈍感ですから気付きませんが、野生動物は敏感に悟ってしまうのでしょう。ラフィさまが上位存在だと。』


そんな凄い存在じゃないよ。でも、大人しくしてくれるのは良かった。事前にブランさんが連絡して整えてくれた通り、地上のボロボロの廃墟だった飼育場は補修されて綺麗に整っていた。流石に時間が無かったから最新設備とはいかないけど、穴は全部塞がって綺麗に瓦礫も掃除されている。過ごしやすいようにする為か、切り取られた魔法雲が外周を覆うように設置されていた。


タマさん達も後を追って出て来る。思いの外すんなり行って安堵の息が漏れ、手にしていたキャプチャーネットを収納へしまったのだった。


「これで任務完了です。えへへ、今日1日で終えられて良かったです。」


振り返って笑顔を見せれば、急にタマさんが抱き上げておでこにキスを!ぴぃっ!?


「じゃあ早速パンタシアで休みましょうか。もう退勤時間よー。」


「あ、あの?!ええと。ツバサさんにも挨拶を!あと、出来ればこの後ご飯でも!」


このまま即解散!じゃ味気ないし。抱かれたままワタワタするボクを守るよう、沢山の触手がタマさんへ伸びてペシペシ!と叩いてラプトゥヌス達も抗議していた。


「やめなさいって!あー、鬱陶しいわね!」


地面へ降り、改めてツバサさんを誘う。如何ですか?伸ばされた手を、手袋を脱いだ手が握り返してくれた。

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