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585、金の糸を追って潜り込んだ古代の工房

アクアマリンの水が向かった先、意識すればその座標を把握出来る。展開した九尾の尾がシャボン玉のワープゲートを開き、ボク達はシャーリアの地下空間へ顔を覗かせた。


「ここは大工房だね。」


オウルさんが見上げた先、巨大な炉があった。


「空の生き物には、精錬すると鉄のような性質を持つ素材を纏うものがいた。狩りをして、ここで捌いて加工したんだ。」


火の無い炉は冷め切っていて、それでもこの場はほのかに明るい。所々壁に横穴が空いて、そこから空が見えていた。


「廃材は窓から捨てていたが‥‥崩落して大穴になってしまっている。」


風が吹き込んでひゅぅひゅぅ、風の鳴く音は悲しげだった。かつては熱気に溢れていたんだなって、壁に掛けられた沢山の鍛冶道具や床に溢れて固まった鉄片を見て感じていた。


「何でわざわざ熱の籠る地下に建てたのよ。」


「炉の温度が上がらないだろう。それに音も厄介で、ここじゃなきゃ邪魔になったんだ。」


タマさんは鍛冶の事は知らない。ボクもぼんやり知識、TUBEの動画で見た事があるような。そんな感じ。


「こう、鉄を叩くんだよね。ゲームでそんなシーンあった!」


ミライさんの知識もボク達と変わらないようだった。だろうね、オウルさんはそう呟いて先を歩く。大工房の中心に敷かれた長いレールは古びて壊れていた。埃を被ったトロッコの直ぐ側に、キラリと光る物があって。


「あっ!ありました!やっぱりここに逃げていたんです!」


パッ!と駆け寄って壁とトロッコの間に張られた金の糸を確認する。


「大分古い物で御座います。100年以上経っているようです。」


ブランさんがザッとスキャンして調べてくれた。犬耳を生やしたボクは周囲の痕跡を探す。皆も何か残ってないか注意しながら道なりに進んで行った。


「これはインゴットか?」


傾いた机から転がり落ちて積み重なったそれを、ツバサさんが埃を払いながら皆に見せた。わっ!金色に輝いてる!金インゴット?!


『純金では無く、魔素製の紛い物ですが。ま、インテリアとしては十分機能しますよ?』


タマさんはヒョイと持ち上げてビックリした声を出す。


「おっ?!めっちゃ軽いわ。金のインゴット所か、金色に塗った発泡スチロールみたい。」


「でも質感は完全に金だよね?!わー、写真撮ってよ!お金持ちじゃん!」


ミライさんをパシャリ。そんな様子を呆れた顔で見やるツバサさんへ、ミライさんはニヤニヤしながら虫の件をほじくり返す。軽い一悶着、タマさんのチョップ、そして仲直り。


「金の糸を保管する際は糸状だと加工しずらいから、直ぐ使えるよう一纏めにしていた。装飾用は糸のまま棒に巻いて、道具のパーツとして加工する用はインゴットにしていたんだ。勿論貴重品のような価値は無かった。」


インゴットを元の場所へ積んで戻す合間、ピクリとボクの犬耳が揺れた。今音がしたような。皆の音とは違う、もっと遠くで鳴った足音。エルフ達は皆聖堂に居るし、PMCの関係者も全員地上に居る筈。誰だろう。


「向こうで音がしました。念の為に警戒して下さい。」


皆が収納から銃を取り出し、ボクの見た先へ意識を集中させた。見たところ工房はシャーリアの浮島の下部、島の外壁に沿って造られた場所。緩やかにカーブしていて、その先は色んな鍛冶場道具に阻まれて見えなかった。


「もっと先ね。ソナーの反応じゃ500mは向こうよ。」


「工房デカいよね。何キロあるのよ。」


ずぅっと向こうまで続く工房をミライさんさんは眺める。


「厳密には工房に地下菜園、地下居住区画に倉庫。色々な複合施設なんだ。島の外周をぐるりと回って繋がっている。」


シャーリアは浮島だから土地が限られている。島の内部も掘削して可能な限り面積を広げていた。


「それに、島の環境を結界で安定させられるまでの間は、風と冷気から逃げる為に地下で生活していた時間も長かった。」


だから島の内部には蟻の巣のように地下道が張り巡らされているらしい。地上は崩落しないのかな?ちょっと怖い。


オウルさんのガイドを楽しみながら音の方へ迫って行く。ふと気付いた。


「あっ。床の雰囲気が変わりました。」


「ああ、手入れされている。」


そっと地面を足で払うツバサさん。埃が舞う事も無くて、定期的に誰かが掃除しているようだった。オウルさんは首を傾げる。私は知らないとボヤいていた。


『おや、この振動。ラフィさま、トロッコが向かって来ますよ。』


「見えてます。銃は撃たなくても良いです。」


レールの上をトロッコが猛然と迫って来た。脇に避ければ躱せるけど、その上に小さな影が乗っている。ボク達へ何かを叫んでいるものの、古代エルフ語は分からないから!取り敢えず捕まえるよ!


展開したアクアマリンが分厚い水の壁を作り出す。そして津波のように一気にトロッコへ迫った。一瞬でトロッコが飲み込まれ、揉みくちゃにされながらひっくり返って転がってしまう。上に居た人影はイルシオンに巻かれて持ち上げられていた。


「ギャー?!」


叫んでもがていもイルシオンは離さないよ。


「お前か。ラフィ、知り合いだ。変わり者の工房長。」


オウルさんが手を振れば工房長さんはビックリした顔をした。野生動物と見まごうような、全身毛むくじゃらの男。破けて布切れになった民族衣装を体に巻き付け、剛毛な胸毛が主張激しい。けれど顔は美形の若々しいお兄さん。


「ラフィ、ああ言う顔立ちをエルフ顔って言うのよ。エルフは美形が多いって言うけど、特に男は量産型かってぐらいああ言う顔立ち多いのよ。」


そうだ。エンリッヒさんにちょっと面影あるかも。体はゴツゴツで剛毛だけど!


「遺伝子の幅が無い種族に御座います。長命種は繁殖力に難があり、多様性の欠乏した種族となりやすいですが。」


イルシオンがそっと男を下ろす。声を荒くオウルさんに詰め寄ろうとしたから、再びイルシオンが巻いてしまった。R.A.F.I.S.Sに繋いでお話しないと何言ってるか分からないよ。


「彼はヤクトジャージ。金床の主の名を持っている。てっきり聖堂に逃げたと思ったら、工房を守る為に1人残っていたようだ。命知らずだね。」


「廃墟化していたがな。まぁ、1人じゃこの広さの施設の管理は土台無理か。」


声の大きいヤクトジャージさんも、ツバサさんに睨まれると少し怯む。油断無く武器を構えたままのタマさんとミライさんに囲まれて、銃を知らなくてもマズイと思った風に黙ってしまった。


「何が魔法の詠唱になるか分かんないし、エンリッヒの時みたいに襲われたら面倒よ。これ以上喚くんなら一回ぶん殴って地上のPMCに身柄を引き渡してやるわ。」


「てか大声出す奴嫌いだし。」


ツンツン‥‥心をR.A.F.I.S.Sで暫く突くと、やっとヤクトジャージさんは反応した。


『さっきからこそばゆい。何だこれは?!』


「ボクの力です。言葉が通じなくてもお話出来ちゃうんですよ。急にやって来てすみません。でも、先ずは自己紹介から始めましょう。」


オウルさんが仲介して、ボク達を紹介しつつ経緯をざっくり説明してくれた。


「聖堂に逃げないなんて何を考えている?呪いの脅威を目の当たりにしただろう。」


『俺はここを任されているんだ。体に鉄の流れる俺は呪いなんかに負けたりしねぇよ。事実、無事だしな。』


「呆れた。バカは死ななきゃ治らない‥‥良いニホンコク語だ。」


言葉の意味を掴み損ねても、小馬鹿にされた事を鋭くヤクトジャージさんは察してしまう。オウルさんへ頭突きをしようともがくけど、逆に杖で頭を叩かれてしまった。


「今頃聖堂ではキミが見当たらないと鉄の者達が心配しているだろう。1人残ろうと工房がこの有り様じゃ無意味だよ。というよりキミが居たのならもっとマシな状態で維持出来た筈だ。」


ヤクトジャージさんはぺっ、と床に唾を吐く。


『神のお恵みを絶やす訳にはいかないだろうが。俺まで眠ったら誰がラプトゥヌスを管理すんだよクソッタレ。』


「‥‥叩くのは少し早かったかもしれないね。」


今度はオウルさんの手がヤクトジャージさんのボサボサ頭をなでなで。ヤメロッ!!とイルシオンに巻かれたまま吠えたのだった。





「ありがとうございます!」


ぺこりとするボクに少し気恥ずかしそうなヤクトジャージさん、オウルさんとブランさんが表情少なめにやんや、やんやとおだてる。ラプトゥヌスがまだ生きていた!未来の事を考えて命懸けで残ってくれていたヒトがいたお陰で。


『俺も最初は上の飼育場で世話をしようとしてたんだがな。風の主の守りの世界におかしな生き物が何度も入って来たんだ。危なくて地下に場所を移すしかなかった。』


ルナドォロスもそうだけど、シャリアのダンジョン内に定期的に原生生物が侵入していたらしい。シャリアが追い払っていたものの、地上は不安定なままだった。


『魔王だって深未踏地に於いて言う程頂点の存在でも無いって事ですね!にゃはは。態度だけなら間違いなくNo.1ですが!』


侵入者を防ぐ異界化も、主に帝国軍‥‥ヒトの侵入を防ぐ事が大前提。ブラックボックスアーツなバイオマジックを使って、どこからともなく異界化に干渉してくる原生生物全部は捌き切れない。


「都市防壁の代わりに異界化じゃそんなもんよね。空間捻じ曲げまくって迷宮にするのは良いけど、相応に隙間だらけになってたんじゃない?カッチリした都市防壁よりは裏口が多そうね。」


「トウキョウシティのオンボロ防壁よりは役目を果たしていたでしょう。」


ブランさんの意見にボクは苦笑い。あの規模の都市防壁も、メガコーポのイージス社は管理し切れずに穴だらけになってしまった。裏社会の悪いヒト達が勝手に開けた裏口がそこかしこに、いざという時に怪物の襲撃を防げる状態じゃ無くなってしまった。


シャーリアの都全体を覆うダンジョン化も、シャリア1人で管理するのはやっぱり厳しかったのかも。魔王だから分かるけど、ダンジョン内は自分の体内のようなもの。でもあそこまで広大だと、何処かに綻びがあって空間が不安定な場所があっても気付けないと思う。体内に出来た腫瘍に必ずしも自覚症状があるとは限らないように。


「どうやって生活していたのですか?」


『そりゃ自給自足よ。農村部から色々持って来て、地下で芋を育てて食い繋いだ。』


ボク達はヤクトジャージさんが住んでいた区画に案内された。そこら中に手慰みに造られた風な剣や杖に道具が積まれ、そのどれもが金色に輝く。金の糸をインゴットに纏めて、それを材料に作ったのかな?試しに触ってみると、思いの外頑丈でとっても軽かった。


「強化ミスリル程では御座いませんが、かなりの強度ですね。新素材として都市へ売り込むには十分な品質かと。量産性にもよりますが。」


「ミスリルだって一部の企業ダンジョンで採掘されたモンばっかりでしょ?値段クソ高いのよね。この素材をベースに加工していけばミスリルに変わる素材になるんじゃないかしら。」


「です。金ピカで綺麗ですし、塗料を混ぜれば他の色にもなるかも。」


ボク達が剣や道具を囲んで品評すれば、ヤクトジャージさんは嬉しそうなドヤ顔。


「褒められてるのはキミの作品というより、恵み糸の方。ただ、思いの外彼らは恵み糸を気に入ってくれたようだ。」


恵み糸。金の糸をシャーリアではそんなニュアンスで呼んでいた。金って概念が無いのかな?遥か昔に帝国で流通していた貨幣も、必ずしも金貨だったとは限らないし。そもそも帝国と関係の薄いエルフ達は貨幣に触る機会自体無かったのかも。お空の上に金は無く、でも金色に光る恵み糸が黄金卿を造り上げた。


ヤクトジャージさん、落ち込まなくて良いですよ!剣もカッコいいと思います!


ミライさんとツバサさんも剣を見るとつい手に取ってしまいたくなる。


「金ピカソード良いよね。女の子だって剣が好きなんだぜ〜。」


「軍刀とは違った良さがある。部屋に飾っておきたいな。」


オウルさんは2人を杖で指してヤクトジャージさんの肩を叩く。


「彼女らは作品を褒めている。私は彼らの文明をこの目で見て来たが、あまりにも全てが輝く世界だった。そんな文明の彼らに褒められる事は、キミが思う以上に光栄な事だ。」


ヤクトジャージさんは気になったように、ボク達の世界の剣を知りたがった。


『そんな凄い文明だってんなら見せてくれよ。』


「はい、でもボクは貴方の剣も綺麗でカッコいいと思いますから。」


収納から鳳凰刀を取り出し、掲げて見せてみた。紅に輝く刀身の装飾は美しく複雑で。資産家がリビングや応接室に飾る需要に重点を置いた、煌めく文明の超高級品はそれでいて実用性にも妥協が無い。


『おお‥‥!!これは。持ってみても?』


ええと‥‥鳳凰刀はクラスC規格の質量兵器。多分持ち上げられないかも。


「すっごい重いですよ?オウルさん。」


「任せろ。」


身体を魔法で強化したオウルさんが試しに両手で持ち上げ‥‥


思わず取り落としそうになってヨタヨタ。強化外装の出力で持ち上げる事が前提の素材で作られてるから、鉄製品とは比べ物にならないぐらい重くて頑丈。生身じゃ持ち上げる事自体相当厳しい。でもこれぐらい重くないとバリア装甲を斬り裂いたり、皮や脂肪に骨を叩き斬って怪物を両断したりは出来ない。


「刀剣を持って姿勢を維持するのって結構技術要るのよね。アタシも得意じゃないから、ビームシュナイダーなんだし。」


そんなオウルさんの反応にヤクトジャージさんも手を伸ばし‥‥


「おうっ?!」


鳳凰刀を抱いたまま地面に突っ伏してしまったのだった。

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