582、時を前へ───
聖堂の最上階、普段はシャリアが祭事を執り行う場。空歌の姫とその奏者が歌を奏で、シャリアが風でシャーリア全体を祝福するらしい。荘厳たる装飾、星の光が祭場を照らし出す。
地面には巨大な魔法陣が描かれ、その最奥に大きな鐘があった。
「あの鐘が解除の鍵となる。私が歌う。ラフィはあの鐘を思いっきり鳴らして欲しい。」
オウルさんは早速杖を構え、風の音を歌声のように響かせ始める。祭場全体の大気が渦巻き、けれど暴風にもならずにただ静かに流れていった。風の音はどこか神秘的で、オウルさんは薄っすらと光を纏っていた。
「フィクサーさん。」
『距離を折り畳めば直ぐに鐘に手が届きそうですが‥‥今空間を湾曲させればオウルさんの詠唱に影響が出ますね。やめておいた方が良いでしょう。』
そっか。風の流れが大切だから、空間を下手に弄って歪めちゃうのは良くない。解除に失敗したらなんて考えたくもない。ワープゲートもやめておいた方が良いよね。空間に穴を開けるような事はしないようにしないと。
でも、すっごい空気が重い。根源というだけあって、ここは大気さえも殆ど解凍していない。オウルさんの歌に呼応して凍った大気が渦巻き、ボク達もその流れに合わせるようになんとか進んで行った。
セイグリッド・エンジンの出力だけじゃもう進めないから、後ろから燕尾服姿のタマさんが強化外装の出力任せにグイグイと押してくれる。
「こんのっ!!重っ!!クッソ!!こんなクソ重いもんを押したのは初めてよ!!」
ブランさんも同じく未来のバトロイドの出力でぐりぐりと、凍った分子が支配する大気の奥へセイグリッド・エンジンを押し出した。
「しかし幾ら出力があろうと、当機らの重量ではやはり厳しいですね。」
「タマさん!ブランさん!ふぁいとです!!ええと、グジャさん!オボロさん!」
影から頼れる2人が姿を現す。
「任せい。」
「押せば良いのだな?!容易いわ!!」
4人掛かりでセイグリッド・エンジンをグイグイ!!ボクもフルスロットルで前へ進もうとエンジン全開!4人分の重量とパワー、セイグリッド・エンジンの馬力が合わさってやっと前へ進み出した。
この場の時間が解凍するまで待ってたら、絶対下の階層の皆は助からない!無理やりにでも進んで、煌めく文明の力で解除するよ!!
思い通りになんてさせるかっ!!未来のパワーを舐めないでよ!!
渦巻く大気に合わせて円を描くよう進み、遂に徐々に鐘が近付いて来た。空気はもうコンクリートのよう、力尽くでコンクリートの壁の中へセイグリッド・エンジンを押し込んで通路を作るような地獄のような作業。掘り進むんじゃなくて、押し込む。
燕尾服の下、タマさんの発汗が凄い。力む程に強化外装は出力が上がるから、力一杯押したままもう15分は経っていた。
セイグリッド・エンジンが通った後を追って、何とか辿り着いたミライさんも加わる。
「こんのォ!こんな力仕事が最後に待ってるなんてね!」
「黙って押しなさい!もう少しよ!」
そして遂に鐘が直ぐ間近に!だけどこのまま鐘を叩いても、多分鐘もガッツリ凍った大気に包まれてるからビクともしないんじゃないかって。どうする‥‥?!
「大丈夫、ラフィ。」
オウルさんの声が聞こえた。鐘を渦巻いた大気が巻き上げる!それだけじゃ全く鳴る気配が無い。でも、僅かに揺れ動いたように見えた。セイグリッド・エンジンを装着したままじゃこれ以上身動き出来ない。
R.A.F.I.S.Sで解除を知らせて、ボクは元の姿へ戻った。風が渦巻く中なら強化外装の出力任せになんとか動ける!
「皆─────」
オウルさんの気持ちがR.A.F.I.S.Sへ伝わって来た。シャーリアが呪いに沈んで、出来る事も無く逃げるしか無くて。幾星霜も後にボク達に発見されてここまでやって来た。
再び見た景色は廃墟の都で、その時の流れを思い知らされる。長い、永い、旅路の果て。
虹渦島へ辿り着き、スーパーセルをも駆け上がって。その遥か蒼穹の果てにボク達は辿り着いた。時間の凍った黄金卿を、今一度、鐘の音であっためて前へ進める!!
「起きろ───────ッッッ!!!!」
強化外装の出力任せ、ボクの渾身のキックが鐘を打ち鳴らした!!!
その音はびっくりするぐらい澄んでいて、シャーリア全体の大気を揺るがしたのを感じた。途端に大気が動き出し、思わずボク達はドテッ!と転んでしまう。
鐘が鳴り続ける。再び動き出した時を祝うかのように。
「この鐘で凍った時が前へ進む為の準備が整った。」
ゆっくりと鳴り続ける鐘を背に、オウルさんは風の歌を奏でる。まだ終わりじゃ無い。
「ラフィ、歌ってくれ。演奏してくれ。風の音だけでは寂しい。今から祭事を執り行うんだ。本来歌い手、奏者が揃わないといけないが‥‥ラフィなら大丈夫。」
祭事を以て儀式が完了するのかな?それが正規の手順というのなら。それに、皆に希望のある目覚めをお届けしたいって思うから。
疲労困憊なタマさんとミライさんがぐでっと伸びたまま、オボロさんにやれやれと介抱されている。グジャさんは座ったままボクの演奏を楽しみにしていた。
「折角の演奏だ。聞き手だって要るだろう。」
ブランさんは一足先に階下へ降りて、ウメさん達と連絡を取りつつ負傷者の手当をしてくれていた。後でボクがちゃんと治すけど、応急手当てだけでもね。
ふと見れば、空が既に白んで来ている。
もう夜明けは近かった。白赤い空、その色を映す絹のような薄雲。星々の明かりは朝のベールの下へ。
明日がやって来る。
凍った今までの先、目覚めの時だ。世界は煌めいているんだから、いつまでも寝ていちゃ損だよ。一緒に歩んで行こう。
ミニフィー達が楽器を構える。寝転がったまま首だけこっちを見たタマさんへ、ウインクを送った。
「じゃあ、始めます!」
オウルさんに合わせて、静かな音色を重ね合わせて行く。朝を祝福する柔らかで、澄み渡っていて、綺麗な旋律。どんな音色が欲しいかはオウルさんがR.A.F.I.S.Sで伝えてくれて、フルートの音色が鐘の音と共に空へ響いていった。
金管楽器がそっと高音を奏で、そして音に厚みを持たせる。ピアノがメロディーを作って、タンバリンやトライアングルがアクセントを。
ボクも声を出して、古代エルフ語は話せないけど楽器にように歌声を響かせればそれで良いみたい。
その曲は確かな歩み。薄っすらとした朝日に照らされる中、腰を上げた旅人が力強く地面を踏み締めて前へ歩き出す光景が思い浮かぶ。郷愁を感じる音が過去を思わせ、頬を撫でる柔らかい風が未来を感じさせる。
エルフの旅人の歌を即興でオーケストラアレンジ。オウルさんも楽しげに笑い、ボクも笑顔を向けてこの一瞬を楽しんだ。
この演奏はシャーリア中に響いていると思う。何処からでも聞こえているんだって確信していた。明け方の空へ楽譜は飛び上がり、シャーリアの再誕を世界へ告げた。
聖堂内に沢山の医療設備が搬入されて、徐々に目覚めて行くエルフ達の診察が始まっていた。誰もがびっくりした顔で見た事のない格好のお医者さん達を見上げる。エンリッヒさんが1階の方から事情を説明して回る間、ボク達は4階の貴族の面々へ挨拶を。
誰もがぐったりした感じで、覇気もなく綺麗な布の上に身体を横たえていた。オウルさんを見ると、古代エルフ語で口々に呼び掛ける。
『白の支柱達よ、控えよ。』
オウルさんの声には覇気が籠り、R.A.F.I.S.Sで意味が伝わって来た時にはその場の誰もが身を起こして平伏‥‥?のジェスチャーを取った。手の甲を上に両手を重ねるような動き。
そして皆の視線がボクへ向く。その後ろに立つタマさん達はドヤ顔。
『ボク達はずっと下の地上の世界から助けに来ました!ラフィです。皆さんの呪いは、ボク達なら解けます。』
伝播したR.A.F.I.S.Sに皆は驚く反応を返す。ざわっ‥‥でもオウルさんが杖で床を小突けば静かになった。皆の様子は困惑と希望が入り混じっていて、どうして良いかも分からずにいる。
『それと、より早く魔法が解けかかってしまった下の階層のヒト達から診察しています。良いですか?誰1人として欠けさせません。』
例え貴方達が偉くても、そんな身分はニホンコクには関係無いから。何処か責めるようなボクの視線に、オウルさんがエルフの言葉で呼び掛ける。少しのやり取りの後、ツカツカと歩み寄る。
『下らない策のせいで余計な苦労をさせられた。』
振り上げられた杖が4回、中でも特に偉そうなエルフ4人の脳天を揺らした。
「本来なら障壁は要らなかったし、鐘にも容易に近付けるよう“道”を作ってある筈だった。無かったから大変な事になる所だった。」
助けて欲しい筈なのに、拒絶するように固められた護り。矛盾する行動はやっぱり極限状態での混乱が原因。現実逃避気味にシャーリアが助かった後の事ばかり考えて、あれこれ策を巡らせてしまったらしい。
何かしていないと不安で仕方なかったから。
それでもオウルさんは容赦無く引っ叩いた。
『私が連れて来た救世主は、そんな小細工で御せるようなものじゃない。正にシャーリアの存亡の鍵を握られていた。棘で刺し、痛みに手を引っ込められてしまえばお前達は2度と目覚める事は無かっただろう。』
氷のような声に皆顔を上げる事も出来ずにそのまま。
ザマーミロ、タマさんの声が背後から聞こえた。ミライさんもイー、と顔を顰めて非難する。ボクの青く澄んだ目は、一度瞼が降りた後に紅い瞳を見せて貴族達を睨んだ。
一瞬だけR.A.F.I.S.Sに敵意が乗せられ、貴族達は動く事も出来ずに急激な発汗をしながら地に額を付けてしまった。
「ボク達の世界では、身分がどうとかじゃ無くて。誰かの利益に為に何の罪もないヒトの命を“消費”する行いを硬く禁じています。」
事情は分かる。シャーリアの常識では仕方のない決断があったのかもしれない。でも、それはそれとして。ボクは怒っていた。
「あなた方はその偉さに見合うだけの責任を持っていますか?」
4階の祭場を見回せば分かる。上へ上へと詰めれば、1階にヒトが雑魚寝するような状態は防げた筈。こんな広々とした場所をこの人数で独占して、危険な階下に大勢の平民を追いやって。それがここの常識だったとしても、嫌な気分になった。
生きるか死ぬかの緊急事態に、身分差で命の扱いに優劣を付ける。
昔はそんな時代があった───身分が人とヒトを分ける───貴族が平民と同じ空間に居るなどあり得ない───小説の中で説明されると“そんなものか”と納得してしまうと思う。
身分差の死生観に怒るボクを、常識の無い奴だと冷笑する者が現れるかも。
でも実際に体験して、心底醜悪に見えた。
貴族達の心へ危険な杭を突き立てそうになり、タマさんに後ろから軽く引っ張られる。
「はいはい、そこまで。子供に説教されてもどうせ響かないわよ。」
「‥‥はい。軽く診察した感じではここに重篤患者は居ません。半数が感染していますが、高熱と軽い脱水です。直ちに死にはしませんので、医療スタッフが来るまで待機していて下さい。」
ボクが踵を返せば、オウルさんはサッと皆の前でボク達へ頭を下げる。
「助けてくれて、ありがとう。そして、本当に申し訳ない。」
「分かりました。オウルさん、貴族の方達へ経緯の説明をお願いします。」
ここよりも階下の方がずっと人数が多いから。ボクはそのまま階下の応援へ向かったのだった。
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