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581、時間が凍結した聖堂を上へ

天井から垂れた天幕の裏、金の装飾美しい床の上に清潔感の無い布が敷かれている。大きな布の上には、何列にも並べられたエルフ達が仰向けに寝たまま動かない。時間は凍結している。勿論、これだけ人数が居るのにも関わらず寝息の一つも聞こえなかった。


そんな光景はとても不気味で。写真の中に入り込んだような錯覚を覚えた。


「じゃあ早速アプローチを開始します。ウメさん、カメラの方は大丈夫でしょうか。」


「はい。いつでもどうぞ。有線ですので接続良好、モモコ様達が見ています。」


オウルさんとエンリッヒさんは少し離れた場所で祈りを捧げていた。このアプローチでボク達に対処出来るかどうかが決まるから、正に運命の時。


「タマさん達は皆警戒に当たって下さい。ブランさん。」


「先ずは当機が見て来ましょう。」


バトロイドのブランさんなら呪いの影響を受ける危険性が少ない。呪いが蔓延った割には機械のゴーレム達は経年劣化の暴走ぐらいしか影響無かったし。フィクサーさんもブランさんのスマイルに飛び込んで、魔法鑑定をしに向かった。


R.A.F.I.S.Sで場が繋がっているから、何か異変を感じたら直ぐに動ける。


「呪いは伝染性と聞いておりましたが、今の所気配は御座いません。ただ、時が止まっている影響かエルフの容体のスキャンが上手くいきませんね。」


『初めてオウルさんを見た時もそうでしたが、体温・脈拍・脳波‥‥一切の生体反応を感じません。仮死状態というよりも人体模型でしょうか。精巧なヒトの置物のようです。辛うじて弱った魂を感じますけど、凍り付いてパッキパキ。な〜んも分かりません。』


事前に予想されていたけど厄介だな。でも近付いただけで呪いが感染る事は無さそう。


「聖堂の外へ動かす事は出来そうですか?」


「無理でしょう。時が止まると言う通り、完全に空間に固定されております。」


やっぱり。先に容態が分かれば良かったけど難しそうかな?モモコさん達の指示を待つ間、事前に用意されたアプローチを一通り試して行く。


イルシオンに巻いて動かせるか試す‥‥ビクともしない。

カテンさんが大気から何か読み取れるか試す‥‥「空気が冷たい以上は分からぬ。」

聖堂内の大気から呪いの正体へ迫る証拠を検出する‥‥「ラフィ、反応があったわ。」


タマさんが貸与されて持ち込んだ防疫スキャナーは、大気中に存在する病原菌やウイルスを検出して警告を出す。危険な感染症のヒトが不用意に病院の待合室に入っちゃわないようにする為によく使われた。


ウメさんと一緒に検出されたデータを確認すれば、そこにはインフルエンザウイルスの文字が。


「A型インフルエンザウイルス、間違いありません。」


カラスの中でも渡り鳥の一種が持ち込んだ‥‥と推測される鳥インフルエンザ。基本はカラスからヒトへ伝染する事は無いけど、シャーリアのエルフ達は違う。ニホンコク人と違って、魔力を持たないウイルスや病原菌に対する免疫を持たないんだ。


鳥インフルエンザはヒトへは簡単には感染しないけど、感染例が無いわけじゃないし重篤化する危険性もあった。そもそもインフルエンザウイルスが根絶されない理由も、鳥や家畜が保有し続け体内で変異をさせ続けるから。


渡り鳥のカラス→シャーリアの家畜→体内で変異したウイルスがインフルエンザとしてエルフ達に感染。多分これがパンデミックレベルになっちゃった原因かも。


「呪いの正体は確定です。血液サンプルが欲しいけど、無理ですよね。」


『時の止まった存在を傷付ける方法はありません。シャーリアが崩壊して全部が宙に投げ出されれば、魔法の破綻によって落下中にでも皆目を覚ますでしょうが。』


にゃはは、と嫌な態度を取るフィクサーさんをオウルさんはジト目で睨む。


『しかし時間を凍結させる魔法自体、聖堂のドアを開けた時点で崩壊が始まっています。正規の手段ではありませんが、勝手に魔法が解けちゃうかも?聖堂内の全ての空気の分子が凍結していた筈なのに、こうして今動き出しているんです。』


「そっか。空気中の分子が全部止まってたら、動けませんし中へ入れませんよね。大気の時間が動き出している‥‥?」


『あまり悠長にしない方が宜しいかと。放っておいても魔法は解けるかもしれませんが、何か重篤な副作用が起きるかも?意識だけ戻ってこなかったり、魂が凍り付いたままになってしまったり。植物人間状態か、復帰出来ない仮死状態か。』


正規の手順を踏んでいないから、どんな悪影響が出ちゃうか分からない!急に時間制限が掛けられたように感じて、ボクは慌ててあたふた!


「そうね。ウメとジークバールは聖堂のドアを一回封鎖しなさい。外に古代のインフルエンザウイルスが漏れ出すのは危険よ。通信が途切れないようにするのはそっちで工夫してよね。アタシらで封印の解除を急ぐわ。こっからは指示待ちじゃ何が起きるか分からないから独断で動くけど良いわよね?」


「はぁ、分かりました。外部と連携して何とかしましょう。ジークバール、ドアの封鎖を任せますよ。ああ、もう一度閉じても内部の時間が再度止まったりしませんよね?」


「大丈夫。そんな簡単に時間は凍らせられない。」


慌ただしくボク達は先を急いだ。階段も装飾が綺麗で芸術品のよう。壁に古代のエルフの文字で何か書かれているけど、宗教的な文言なのかな?2階へ駆け上がった先、3階へそのまま上がれる筈の階段が封鎖されていた!


半透明な魔法の障壁で塞がれていて、イルシオンで小突いても硬質な壁のよう。アニマトロニクスを起動、ボクの視線の先にワープゲートを作るよ!意気込んで、ん〜っ!と念じるも何故か半透明な障壁の向こうにワープゲートを接続出来ない。


なんで?!


「オウルさん!解除できますか?」


「時間が掛かる!エンリッヒ!」


「仕方ない!」


エンリッヒさんが障壁へ指揮棒のような祭具を突き立て、そのまま切り裂くよう強引に穴を開けた!ボク達は駆動魔具で風のように飛び込んで先へ、障壁の向こうでエンリッヒさんが急に倒れ込んでしまった。


体に透明な剣が刺さっていて、床を血で濡らしながらボク達へ早く行くよう視線で訴え掛ける。


「ごめんなさい!!後で治しますから!」


力尽くで突破する侵入者を迎撃する機構があったみたい。


「ここからはシャーリアの上流階級が眠る場所。時間を凍結させる歌の根源へ近い程安全だと思われていた。」


つまり不安に駆られた庶民が暴動を起こして上の階層へ殺到しないようにする為に。少し、モヤりとする。でも今はそんな事を考えていられる余裕は無い。


3階は農家さんや畜産家、一次産業に従事するヒト達。物資の乏しいシャーリアに於いて、自給自足の基盤を築く彼らは庶民の中でも聖職者に次いで身分が高かった。専門知識も沢山必要だし、責任も重かっただろうから。


そして‥‥


「ぬおう?!何だ!動きずらい!」


カテンさんが宙で動きが酷く鈍ってジタバタしてしまった。ボク達も駆け上がる足が遅くなってしまい、強化外装の出力任せに進む事に。


「根源に近い程魔法が強まるってのは本当のようね!大気が半解凍じゃない!」


そう、多分大気中の分子がまだ完全に動き出してしない。でも根源付近の魔法が解けるのを待ってたら、下の階層がどうなるか分からない!



身分の差。



ヒヤリ、嫌な予感がした。見ればオウルさんがすっごい苦しそうな顔をしている。見つめ返すボク視線から逃れるようだった。


仮に時間を凍結させて、将来的に外部から助けを呼ぶとして。助かる頃にはシャーリアは無事な状態で残っているとは思えない。完全に廃墟化しているだろうし、助けに来た勢力がそのままシャーリアを占拠する可能性は十分にある。つまりは植民地にされてしまうかも。


助けるだけ助けて、ありがとう。どうもいたしまして。それでここまで来れた勢力が納得して帰ってくれる訳が無い。でも廃墟になったシャーリアが差し出せるものなんて殆ど無い。



でも助け方が悪くて大勢の一般市民が良く無い状態で救出されたとしたら。



胸を張って助けてあげたよ、と言えない状態になってしまえば向こうも強く交渉しずらい。問答無用で支配する勢力ならどんな小細工も無駄。それは仕方ない。

けれどわざわざ救助を選ぶような勢力だった場合、付け入る隙が十分にあった。


滅ぶかどうかのギリギリで考えられた、ワンチャンスシャーリアが今後も独立を保てるかもしれない妙案は、民の犠牲を厭わないものだった。最後の足掻きがボク達の前へ壁となって現れたのだ。


「信じてくれとは言わない。ただ、私はこの魔法を言われた通りに発動させた。この計画の全部を知って動いていた訳じゃ無い。時間の凍結に巻き込まれないよう聖堂を後にして‥‥その間内部で起きていた事は知らなかった。」


R.A.F.I.S.Sに気持ちが伝わって来る。


「大丈夫です。オウルさん。前を向いて下さい。ボク達はオウルさんの味方ですから。絶対皆を助けます。政治の交渉材料の為に犠牲者を出させたりなんてさせません!」


シャーリア側にも色々事情があったんだと思う。でももうそんな時代じゃないんだから!!時代は煌めく文明の時代!発明された後、紆余曲折を経てこの時代にまで受け継がれた“人権”。時期によって制限が一部掛けられたりするけど‥‥ともかく人命はそんな軽いものじゃ無いって共通認識だけはいつも変わらない!!


4階へ続く階段にも障壁が。オウルさんが前へ出ようとするけど、タマさんが止める。


「アンタは時を動かすのに要るでしょ!フィクサー!」


『解除は可能ですけど、時間はそれなりに掛かります。迎撃機構を無力化する所から始めないといけませんし。』


「時間に余裕が無いのだろう!我が行く!」


今度はカテンさんが全力で体当たりを食らわせて障壁にぶち当たった!魔法の影響を弾く鱗が作用したのか、ヒビが入って2回目の体当たりで粉々に。


「ぬぅ‥‥!鱗を貫いただと?!因果律に影響する魔法か!」


半透明な剣がカテンさんを貫いてしまった。流石に飛べずに地面に血の跡を残して横たわってしまう。


「カテンさん!終わったら治しに行きますから!」


4階へ上がると更に空気が鉛のように重くなる。1歩進むだけでも大変な中、ボクはセイグリッド・エンジンに。戦車の出力で分子を押し除け力尽くで階段を更に上がって行く。ボクが通った後は邪魔な分子が退いて皆何とか通って進めるようだった。


『大丈夫ですラフィさま。ワタシが周辺の魔法の影響を和らげていますから、ちゃんと根源まで辿り着けるでしょう。』


4階には4貴族と言われる、シャーリアのトップ層が眠っている。天幕は下界とは比べ物にならない程に豪華、やんごとなきお方が眠っていると一目見れば理解出来た。


「4階と5階の間には障壁は無さそうです。」


「そこまで塞いじゃコイツらが5階の魔法の根源と関われないからかしら。それとも障壁1枚分すらも自分達は距離を置きたくないって魂胆だったりして。」


タマさんの声はバカにする気持ちを隠さず、権力者に対する嫌悪を隠す気も無し。貴族って響き、タマさんはすっごい嫌いだと思うから。


「一応言っておくが、4貴族はバカじゃ無い。ただ‥‥余りにも余裕が無かったんだ。藁にもすがる想いで誰もが眠りについた。2度と目覚めないと皆感じていた。理不尽で、怖くて、正気を保てなかった。」


当時の市井の様相を知るオウルさんは苦々しい声で語った。


重たい足取りのボク達の後ろ、僅かな足音が背後から聞こえる。4貴族の眠る部屋から甲冑姿の騎士のような影が姿を現した。装飾細かな西洋風の鎧、大きな盾、バスターソード。強者の気配を滲ませるも、中から生体反応を感じない。


「中に敵は居ないんじゃなかった?」


「‥‥心細さに誰かが眠り際に召喚していたのかもしれない。追って来るな。」


4貴族が使役する魔法生物の騎士。


「はいはい、じゃあ私が相手するから!撃って良いよね?壊して大丈夫だよね!」


ミライさんがパッと向き直って対応した。


「お願いします!倒しても大丈夫です!」


「古代の骨董品にバリア装甲にヒビ入れられるんじゃないわよ!感染するかもしんないでしょ。」


「分かってるって!もう剣と魔法の時代じゃ無いって教えてあげるだけ!」


セイグリッド・エンジンの中に収まったボクは、振り向かずにそのまま階段を上がって行く。後ろから早速硬質さがかち合う音が激しく響いて来た。


空気がどんどん重くなって、フィクサーさんの援護があっても前へ進まなくなって行く。やっと階段を上がり切って、5階の魔法の根源へ辿り着くのに思いの外時間が掛かってしまったのだった。

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