579、封印されし聖堂の前、エルフの2人は虚無の写真を見た
ブランさんの修理の目処が立った所で、早速本題の呪いへの対処の準備を進める事に。オウルさんとエンリッヒさんが聖堂の封鎖されたドアを解除する間、メガコーポの面々と段取りを決めて行く。
会議室で向かい合うボク達はシャーリアで起きた、呪い事件のあらましを共有した。
「何度か確認しました通り、ボクは呪いの正体を鳥インフルエンザ‥‥又は野鳥が媒介するなんらかの感染症だと推察しています。」
オウルさんは言っていた。
『身体の内で炎が燃え上がり、次第に全身が痛みで悲鳴を上げる。歌を封じられ、やがて息の根が止まる。死の呪いだ。』
細かく話を聞き出せば、大分表現が比喩的というか。具体性の無い内容で。沢山質問を重ねた結果、ほぼほぼ間違いなくニホンコク原産の病が蔓延したんだって確信した。
呪いが正体不明のブラックボックスアーツだったら、正直お手上げだけど。病気なら治せる可能性が高い。勿論、今から数世紀前に流行った病気だから防疫は慎重にならないといけない。パンデミックになったら大変!
「シャーリアを探索した時、魔力によって変異したカラスを目撃しました。この世界へニホンコクが転移した際の、当時の上空を吹き抜けていた魔力風のデータを調べた所、高度1000mとかなり低い場所にまで強烈な魔力風が吹き抜けていたそうです。」
本来ニホンコクと一緒に転移して来た大気には魔力が含まれていなくて、そこに多量の魔力を含んだ魔力風が流れ込んで来たせいでかなり空は荒れ模様だったらしい。
「カラスの中には渡り鳥として高高度を飛ぶ種類も居ます。強烈な魔力風に巻き込まれ、体内へ多量の魔素を取り込んだ影響で突然変異。強い上昇気流に巻き込まれながらシャーリアへ辿り着いてしまった。ボクはそう考えました。」
鳥インフルエンザを始め、渡り鳥は多くの病原菌を媒介する。そして媒介された病原菌はニホンコク原産、異界地の病気への治療法が悉く通じない凶悪なもの。
異界地での一般的な病原菌は、体内に大なり小なり魔力を持っている。ものによっては寄生型の魔法生物の類だったりするんだ。治療法は単純で病原菌の持つ魔力へ干渉し、その極めて脆い体を内側から壊してしまう。病気ごとに決まった周波数の魔力を流す事によって病原菌を破壊して治すのだった。
けれど魔力を一切持たないニホンコク原産の病原菌は、征伐軍を壊滅に追いやる程に猛威を振るう。従来の治療法が通じない病は、確かに呪いにも見えたんだと思う。
「高熱、筋肉の痛み、咳や喉の腫れ。典型的なインフルエンザの症状です。当時の病原菌・ウイルスは魔力を保有しないものである以上、旧来的な処置が必要になります。」
今ニホンコクに蔓延る色んな病気は、その多くが魔力を保有する病原菌が原因なもの。だけど未だに魔力を保有しない危険な病原菌も存在する。旧来的な治療法が途絶える事はなくて、医療分野は常に進歩を続けていた。
万が一、ニホンコクが元の地球へと戻ってしまう事があった際。有事に備えて国家規模での対策が続けられていた。
「既に病人を隔離する空間の用意は出来ている。」
レイホウさんがこの為にプライベートルームをレンタルしてくれていた。隔離された空間なら病気が漏れる心配を減らせるからね。人員の出入りを最低限に、バリア装甲で完全に外気をシャットアウトして感染を防ぐ。
「旧来的な病気はバリア装甲での防疫で完全に対応出来る。魔法が絡むものと比べたら恐れる程のものではない。」
レイホウさんはそう言うけど、しっかり準備を整えてくれた。
「ここに来て過去の病原菌が閉じ込められたパンドラの箱を開けるのよねー。旅の終わりにやる事がコレだなんて。」
タマさんの茶化す声、モモコさんは苦笑い。
「油断は出来ないさ。目に見えないニホンコクを揺るがしかねない危険物を排除するんだ。万が一、シャーリアが崩壊してこの聖堂に閉じ込められた病気が地上へ降り注ぐ事があったとしたら?幾つかのスラムや治外街を潰すぐらいの厄介な問題になってたかもね。」
そしてそれがニホンコクの領土外、外国の土地の上だったら。もしかしたらとんでもないパンデミックで、国が幾つも無くなってしまうのかも。
「実の所ニホンコクが異界地へやって来てから、渡り鳥や撤退した征伐軍の一部が病気を持ち込んで外国じゃ凄い騒ぎになったそうよ。未だにニホンコクは、外国からは不浄の国や禁足地として扱われているの。」
ビャクヤさんが言う通り、ニホンコクは征伐戦争以降異界地の国々から干渉を殆ど受けていない。その一番の理由は病気にあった。
「ラフィはアコライト。病気に対する医療行為は専門外だ。こちらで優秀な医療スタッフを用意しているから大丈夫さ。」
モモコさんがシブサワグループ選りすぐりのお医者さん達を用意してくれていた。設備がプライベートルームへ持ち込まれて、いつでも受け入れOKなんだって。聖堂内にも医療設備を搬入して、重篤なヒトだけプライベートルームへ移す方向で決まっていた。
「ラフィには時を動かす役目をお願いしたい。聞くに聖堂の奥で儀式をする必要があるそうだ。」
「はい。オウルさん達と一緒に魔法を解きに行って来ます。」
聖堂内は空間ごと時間の凍った特別な場所。フィクサーさんでも簡単には解けないそう。魔法を解析するのに何年か掛かるかもって。オウルさんが自分に掛けたものや、ルナドォロスの模倣した簡易な時間氷結魔法とは全くレベルが違うようだった。
『こういう大魔法は予め用意してある正規の手順に則って解除するのが一番安全です。ズルしようとするとロクな事にならないのですよ。』
フィクサーさんの助言がこの方針を決めていた。征伐戦争の時もユグストゥスに自力で解除して貰ったし、今回も同じ。可能な限り正規の手段でやって行こう。
「1人ずつ解除して運べたら楽なんだけどね。お試しが出来るでしょ。」
「ですが仕方ありません。聖堂内へは引き続きシブサワ班で突入します。ただオウルさんとエンリッヒさんは一緒に連れて行きます。やっぱり詳しいヒトが欲しいです。」
聖堂の封印が解除される前に、一度突入班を除いて全員離脱。とは言え場所はプライベートルームの中だけど、ドアをしっかり閉めて呪い対策を行なっておく。
突入後、呪いの正体が判明したら作戦続行かを決める。問題無ければ聖堂内への医療設備の搬入準備を整えておく。そして時間を動かす前に、ボクが病状を確認しておいて詳細を送付。内部の具体的なマップ情報をセットにして。
オウルさんの話だと内部に敵は居ないって事だけど一応警戒しないと。最後まで何が起きるか分からない。未知の世界を冒険するんだ。
「封印が解除されたら直ぐに動いた方が良いらしいね。聖堂のドアが開けっ放しになってしまうと、時間凍結魔法の維持が危なくなるらしい。安全な解除の為にも直ぐに動こう。」
モモコさんの声で一旦会議はお開き、突入班のボク達は時間まで休憩タイム。
「で、肝心な時間が深夜になりそうなのよね。ちゃんと昼間に解除出来るように調整出来ないかしら。」
タマさんのボヤきをフィクサーさんが指先で突く。
『聖堂の封印の解除自体が中々高度な魔法です。そもそも頻繁に開けたり閉めたりを前提に作ってない‥‥いえ、時と共に封じ込める為だけに作られた封印な以上、解除もまた初めてなのでしょう。』
そういう事。
「2人は今頑張っていますから、ボクは2人を癒しに向かいに行きます。タマさん達は今の内に装備の点検とか、準備を。ブランさんもそれまでには修理が終わりますから、合流してから来て下さい。あっ、カテンさんも呼んで下さい。旅の終わりの総決算を農業が原因で見過ごしちゃったら落ち込んじゃいます。」
カテンさんは会議に参加しても仕方ないって言って、今はややドローン任せになっていた農場の管理をやっている。最近は特に冒険が忙しかったから、どうしても放ったらかしになっちゃう。
「分かったわよ。ラフィもちゃんと休みなさいよね。アンタの分の紫電M10とかも寄越しなさい。チェックしとくから。」
「お願いします。‥‥えへへ。タマさんにお任せしますっ。」
尻尾にほっぺをくすぐられながらも、S.S.Sから銃器を取り出して預けて行く。いつも使う分だけ。
「いつもの分、で1小隊分以上の量になるのよね。時間はあるから良いけどさ。」
紫電M10、10丁。フェンリル6丁。
他は使う度にシブサワグループに預けてメンテナンスをやって貰っていた。ミニフィーが使う分を考えると何百丁もあるからね。強化外装や駆動魔具は使用毎にメンテしなくても良いけど、銃器類はやっぱりしておきたい。少しでもサボると思いの外性能の劣化を感じちゃう。R.A.F.I.S.Sが鋭くメンテ不足の銃器の精度を教えてくれていた。
『普通の開拓者ならメンテ費用だけで白目を剥いて泡吹くでしょう。全額負担してくれるモモコさんへ感謝しませんと!』
「はい。感謝していますから。ボクも応援に応えていかないと。」
でも今回は全部お纏めでメンテしないから、タマさんにお任せ。ブランさんが居たらしてくれるけど、今は居ないから。
聖堂前、オウルさんとエンリッヒさんが互いの祭具をドアへ翳したまま集中していた。周囲に消音結界が張っていて、外部の音で集中が途切れないよう配慮されている。
ボクも結界の外からエンジェルウイングで癒しを撒こうかな?
そうしていると、ふとオウルさんがボクを見て小さく手招いた。額に汗が伝い、顔が熱で赤くなっている。さささっ、小走りに駆け寄ってエンジェルウイングが2人の背中を覆った。
「ありがとう。」
エンリッヒさんの少し疲れた声。
「まだ半ばだけど、ここが踏ん張りどころ。」
オウルさんの目線は大きなドアを真っ直ぐ見上げていた。美しい金の装飾がされたドアは当時のまま、埃も被らずにキラキラしていて。ひんやりとした空気を感じる。
「必要でしたら飲み物と食事の用意もあります。解除の後は慌ただしくなると思いますから、事前に食べれたら食べた方が良いです。」
用意されたのは片手で食べれるハンバーガー。美味しいお肉が挟まれて、シャキッとレタスにドレッシングが絡む。サラダのようなお野菜バーガーで食べやすくて美味しいよ!
「もうお昼か。頂くよ。」
「ああ、キミ達の用意するご飯はどれも美味しい。」
イルシオンから2人はひょいと摘み上げ、そのままガブリ。グルメプリズムの中で揺蕩うジュースをちゅっと啜る。ジュースが入った透明なシャボン玉は、吸えば飲みやすい吸い口がにゅっと伸びた。
『便利になったものだな。‥‥シャーリアは永らく空の上に在って、そして停滞していた。』
余裕が出て来たのかエンリッヒさんはR.A.F.I.S.Sへ流暢な意思を流す。
「そうだね。私達エルフは元々寿命と縁遠いけど、その分創造力は高くない。地上に居た頃は周辺の人里との交流もあって色んな文化や技術が入って来た。」
『何か思い付く時は決まって風の主だったな。私達は口にされたアイデアを汲んで形にするだけ。思い付く‥‥ふぅむ。ニホンコクを知って初めて識った概念だ。』
エンリッヒさんの意思に首を傾げる。
「聖堂の中はどうなっていると思いますか?」
2人とも首を振った。
「知識としては知っている。中にゴーレムの類は配置していないし、封印が無事な以上侵入者は居ないはず。」
少し、ボクの頭の中で仮説が生まれる。
「ええと、R.A.F.I.S.Sに中の様子を想像して映して欲しいです。」
途端に2人は酷く困惑した。伝わって来たのは真っ黒な景色、そして断片的なニホンコク語の文字。暗い、静か、冷たい、綺麗、皆が居る、待っている。
もしかして。
「風の主の顔を思い浮かべて下さい。」
少しの後ホロウインドウをパッっと開いて2人に見せた。
ホロウインドウの画面は真っ暗で、何も映されていない写真。
「あなた達が思い浮かべたのは、これではないでしょうか。」
2人の顔は不思議そうに写真を見つめていて、
「ああ。」
『そうだな。』
簡単な答えが返って来たのだった。




