577、被害者無き英雄譚
天空の彼方の黄金卿、シャーリア。美しい建物の多くが瓦礫へ姿を変え、そこかしこで燃え上がった炎が黒煙を夜空へ立ち上らせる。ルナドォロスの唾はまるで固形燃料で、一度火が付くと猛烈な炎を上げて燃え上がっていた。
「シャーリアの中は気圧も酸素量も安定してる‥‥そのせいかしら?それとも魔法由来でこんなに燃えてるの?」
『それは調べてみないと分からないですね。』
誰もが被害状況の確認に追われていて、伝播したR.A.F.I.S.Sが情報の共有を円滑にしていた。混乱は最小限に、壊れた戦闘ヘリや征天丸の残骸が撤去されていく。
アクアマリンの水流が火を消して回って、タマさん達も消炎剤を片手に奔走する。特にカテンさんの機動力は頼りにされて、暫くは皆で忙しなく駆け回っていた。
「えー、シブサワPMC旅団大隊。重傷者57名、軽傷者120名。死者は‥‥10名。」
聖堂前広場に作られた簡易な基地。そこでウメさんの淡々とした報告を聞く。感情を表に出さないように努めているのに、心が泣いているように感じた。それでも悔しい気持ちも後悔も、指揮官としての報告に不要だと割り切った対応。
場の空気は重く、次々に報告が上がって行く。
「ニッポンイチPMC、重傷者10名。死者は無し。参戦が遅かった分、被害は軽微だ。」
赤い軍服の指揮官さんが報告した。
「赤翼PMC空挺旅団大隊‥‥重傷者78名。軽傷者38名。死者、20名。無念だ。」
バーズさんが報告する。次いでドラゴンさんも。
「赤翼特務旅団、重傷者5名。死者2名。申し訳ありません。」
破壊された戦闘ヘリの数は30機を超え、征天丸も16機撃墜。針の旋風で一気にやられてしまった。次々と援軍で数を呼び寄せて、物量で押し込もうとした結果更に被害が拡大してしまったようだった。
それでも時を止める魔法を使えなくした合間に勝負を急ぐ必要があった。喉へ仕込んだガス弾頭が勝負の鍵になるんだから。いつまでもガスが出続ける訳じゃないし、慣れちゃって再度魔法を使うかもしれない。
犠牲は少なくなかったけど、そうしないといけないと誰もが判断した結果だった。
「とにかく、今は消沈している場合ではない。次の動きを決めよう。」
レイホウさんの意見で話が進む。PMCの面々は部隊の再編成と、戦いの気配に釣られて別種の原生生物の襲撃が来ないか警戒を。漁夫の利狙いで更なる敵襲が起きるかも知れないから。
戦いの熱気冷めやらぬ中、一息休息を取る事も無く会議が続く。美味しいご飯、あったかいベッド。今は誰もそんな気持ちになれなかった。会議に集中していたかったんだ。
「想像以上の大被害が出てしまった。深未踏地開拓プロジェクトにはこう言った被害は付き物だが。いや、今までは余りにも上手く行き過ぎていた。」
セイテンさんの意見にモモコさんも賛同する。
「ああ。正直こんな上空でリヴァイアサン級の原生生物に襲われて、壊滅的な被害を受けなかった時点で異様な戦果だったんだ。」
青の柱が並び立つ世界で戦った巨大なシーラカンス。一歩間違えればギガスごと壊滅してもおかしくなかった。
「皆の力で戦って、結果あの時は犠牲者0で進めました。それでも今回は、本当に危険な竜でした。」
ボクはルナドォロスの危険性を改めて主張する。誰かのせいじゃない、本当に危険な敵だったって。
「深未踏地開拓プロジェクトに於いて、犠牲者無しに進む事は早々無い。虹渦島開拓プロジェクトが犠牲者0で進んだ成果は、誰もを驚かせた。今回のプロジェクトの規模を考えれば、この10倍以上の犠牲者が出ていてもおかしくないのだ。」
レイホウさんは冷静に、シビアな現実を教えてくれた。深未踏地へボクとタマさん達で出かけて、それで虹渦島の真下まで駆け抜けた。犠牲も無く、大きな魔王との戦いに打ち勝って。改めて凄い事だったんだって思った。
「ニホンコクが手放した国土の再開拓。そこへ眠る未知を求める行為は、人類文明を進歩させるに当たって最重要事項。進まずに現状維持を選べば、それは緩やかな衰退に繋がる。深未踏地の危険な神秘を踏み締め、最前線で戦うんだ。」
モモコさんはボクの目を見て語った。
「僕はラフィの事を心の底から尊敬している。この空の彼方まで僕達を連れて行ってくれたのもラフィのお陰だ。勿論、タマを始めとしたその仲間達もね。そして‥‥この戦いで礎となった者達にも。」
ボクも強く頷く。
会議の場へ、オウルさんとエンリッヒさんが姿を現した。血で汚れた服はボロボロで、その手にダンジョンコアを抱えている。ああ、そうか。シャリアは力を使い過ぎてコアに戻っちゃったんだ。休眠してしまったシャリアを抱いたまま、オウルさんは声を絞り出す。
「風の主は、戦った。私達も全部を投げ打って戦った。」
エンリッヒさんは片腕が無くて、オウルさんも腹部から大量に血を流していた。生命保険で脳が保護されていても、いつ気を失ってもおかしくない様子なのに。気力だけでボク達へ訴えかける。
「沢山行き違いがあって迷惑を掛けた事を謝る。この戦いで大勢が死んだ事も悲しいと思う。それでも‥‥!」
涙が溢れ出て、その声が嗚咽混じりに。
「シャーリアは崩壊した!都が崩れて、多くが失われた!けれど‥‥!!あの、聖堂の奥にはまだ仲間達がいる!!」
膝を突いて、必死に懇願した。
「お願いだ!!皆を救ってくれ!!どんな要求も飲む!!もう、頼れるのはキミ達しかいないんだッ!!!」
セイテンさんは言っていた。
被害状況によっては、このままシャーリアの探索を中止すると。スーパーセル探索プロジェクトはそのままに、呪いのリスクのあるシャーリアだけを除外する。オウルさんの仲間達は永遠に救われず、シャーリアには瓦礫だけが残される。
シャーリアの住人達の生殺与奪の権利は今この瞬間、ボク達にあった。撤収の一言で命運が決する。オウルさんに出来る事はもう何もない。力を使い果たし、意識を繋ぎ止めるだけでギリギリだった。
セイテンさんが何か言う前に、ボクがオウルさんの前へ立った。
「この戦いで、大勢が亡くなりました。」
オウルさんは頭を下げたまま動かない。エンリッヒさんも同じく膝を突いたまま。
「ルナドォロスはとても危険な存在で、絶対に倒さないといけないと誰もが認識していたと思います。」
だからこそ。
「亡くなった方達は、ニホンコクの平和の為に!その未来を繋いで行く為に礎となったのです!!シャーリアを救う為ではありません!!」
シャーリアに関係無く、出会ってしまった以上絶対に倒さないといけない脅威だった。
「脅威は去りました。現実にリトライなんてありません。戦い直す事は出来ませんし、完璧な勝利を今更シュミレートしたとしても、何の意味もありません。この犠牲にオウルさん達の責は無いと思います。もしああしていたら、もしこうだったら。後でケチを付けて幾らでも責任は生やせても‥‥」
オウルさんはボクを見上げていた。
「くだらないこじ付けの為に!!亡くなった方達の尊厳を!!戦った意味を捻じ曲げてしまうような事をするヒトが居たら!!!ボクが絶対に許しません!!!」
この場の全員へ言い聞かせるよう、声を大きく糾弾する。
もしシャリアがああしていたら、もしオウルさんがああしていたら。エンリッヒさんの努力が足りなかったから。
利を貪る他責思考で、ニホンコクの脅威の為に必死に戦ってここで立ち止まってしまった彼らを侮辱する。シャーリアのヒト達の協力が不足していて、彼らは可哀想にも死んでしまった?
彼らは可哀想な存在なんかじゃない。
“被害者”じゃないんだ。
果敢に戦って、未来へ命を捧げた英雄達なんだ!
「約束通り、エルフ達は救います。この一戦、シャーリアに落ち度はありません。これ以上悲しみを連鎖させるような事をしても意味はありません。」
「責任の行方は、ここまで突き進んで来たボク達全員にあります。せめて、この戦いを風化させないよう。いつまでも記憶に刻んで語り継ぐ事が大切なんだと思います。」
ルナドォロスを打ち倒した戦いを、ずっと先の未来まで。エルフの罠に嵌った被害者の悲劇ではなく、災厄の竜を倒した英雄達の伝説を。
いつの間に慌ただしくしていた指揮官達もボクを見ていて、ふとシグさんがボクへ敬礼をしてくれていた。軍の誰もが次々とボクへ敬礼をしていく。
ウメさんも、ジークバールさんも、ドラゴンさんも、ツバサさんも。
この戦いの政治利用を許さないという無言の抗議がモモコさん達へ向けられた。
ジト目のモモコさんの視線の先、セイテンさんは咳払いを一つ。
「‥‥ああ。約束しよう。確かに被害は大きかった。ただ、シャーリアの面々の責任では無い。我々の力不足もあっただろう。この空の彼方、人類の手に余る脅威は依然として存在しているのだ。人類が空を捨てて長いが、まだ足りていない。」
「我々赤翼ホールディングスは、人類の空を取り戻す為に命を捧げている。ルナドォロスという空の脅威を一つ倒せたのだ。その犠牲は正しく、赤翼の社歴に永遠に刻まれる事だろう。」
ふらり、オウルさんはボクの腕の中に倒れ込む。安心しきったみたいで、気を失ってしまった。エンリッヒさんがオウルさんの代わりにダンジョンコアを片手で掬い上げ、深くボクへ礼をした。
R.A.F.I.S.Sへ伝わってくる。
『ラフィよ。感謝する。キミとオウルが出会った事で全てが動き出したのだ。その果てで我々を見捨てずに手を差し伸べてくれた恩、永遠に忘れない。』
「はい。大丈夫、皆を絶対救いますから。」
エンリッヒさんの前で軽く一回転。タマさん達を片手で紹介する。
「ここには色んな分野のエキスパートが居るんですよ?どんな呪いでも、ボク達が絶対に治しますから。」
エンリッヒさんの顔が綻んで、涙を隠すように袖で拭った。
「‥‥ありがとう。」
その言葉は、皆へ伝わった。
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