576、銀の月が文明の煌めきを霞ませる
「一斉攻撃だ!!」
シグさんの掛け声と共に激しい砲火が夜空を明るくした。30機近い征天丸に、戦闘ヘリがルナドォロスを追い掛ける。銀の月が戦場を駆け抜けて、砲火の直撃を躱すように飛び回った。
通った後に毒々しい薄ピンクの煙が残り、激臭がその集中力を容赦無く奪う。えずきながらもその体躯は健在。銃弾を容易く弾く銀の甲殻を纏った空の重戦車。小銃程度じゃダメージが通らない。
時間を止める魔法が無くても、肉眼では追えない速度で飛び回ってタックルを迫られれば1発で戦闘ヘリが落ちかねない威力になった。
「ボクが大きく気を引きますから!」
背中にはアクアマリン、水路の上を駆けるセイグリッド・エンジン!時速500kmのトップスピードでグルン!吐き出された唾を避けつつ迫る。凍った唾はボクの背後で尖塔を一つ粉砕してしまった。
オウルさんとエンリッヒさんの魔法が幾度もルナドォロスを斬り刻み、その度に凍った唾を反撃に吐き掛ける。2人も瓦礫で負傷しながらも逃げ回って戦っていた。
『唾を吐く、なんて技が単装砲並の威力だなんてとんでもない話ですね!オナラの突風でここら一帯を吹き飛ばせちゃったり?』
「しませんから!冗談言っている場合じゃないです!」
銃撃の集中砲火を受けるルナドォロスへ無理に接近すると、R.A.F.I.S.Sで繋がっていても流石に巻き込まれかねない。四方八方から滑空砲やバーンバズーカに大口径の機銃を浴びせ掛けられ、逃げ回りながらも鋭い反撃で強く牽制し続ける。
戦闘ヘリや征天丸を上回る機動力から繰り出される反撃は、直撃を避けようと動いた先で機体をガツンと傷付けていた。何とか撃墜を避けながら食らいついているけど、かなり危ない戦い。幸いルナドォロスはボクが大きく動けば注意を引かれて、完全に撃墜するまで攻撃を続ける事も無かった。
『それだけラフィさまの買ったヘイトが高いって事ですよ!』
「分かってます!」
バルカン砲が向く。凄まじい破壊の豪雨が翼を狙い、翼膜が削れ飛べば姿勢を崩す。タマさんの3M50とブラックキャットの集中砲火が甲殻の薄い翼膜を狙い撃ち。身軽に動くタマさんの紅い影を追いきれず、ふらついて尖塔へ激突してしまった。
『ヒャハハハハハ!!!』
ギャザリックの死の気配纏う黒い爪が、にゅっとボクのS.S.Sから突き出す。そしてルナドォロスの首を掴んで急速に腐敗させようとした。
『グアッ?!』
なのに直ぐに爪を離してしまう。鋭い針に貫かれてしまっていた。
復帰しようとする巨体をセイグリッド・エンジンで追い掛けて、同時にツバサさんも背中に付けたカッコいい駆動魔具で空を飛びながら迫っていた。建物の影を進んで、そのままバルカン砲の掃射を恐れずに飛び出す。
弾幕の下を掻い潜って放たれた居合の一閃。刀の鍔から伸びた大質量のチェーンウィップが、綺麗にルナドォロスの顎を殴り抜く。大勢を立て直し損ね、バルカン砲の直撃を受けながらも錐揉んで墜落して行った。
破壊の連鎖が次々と建物を粉砕!直ぐに飛び上がった銀の月が空を舞う。
来るっ!
R.A.F.I.S.Sが危険を伝えると同時、空から降り注いだ尖った針の突風!甲殻の下に隠していたのかな?1本2mを超える長さの銀の針が、音速の数倍の速度で上空から無茶苦茶に降り注ぐ。ついでと言わんばかりに6発以上の唾を吐きかけられ、あっという間にシャーリアの都が大被害を受けてしまった。
R.A.F.I.S.Sに被害状況が伝わって来る。
『こちら5番班、ヘリが操縦不能!3人やられた!』
『8班!!班長が動けない!救援を要請する!』
『15班!応答せよ!!繰り返す───!!』
『3班!征天丸が炎上している!一時離脱する!』
『気を付けろ!あの唾は可燃性だ!!ガソリンみたいに燃えるぞ!!』
その一つ一つにウメさんの配下の指揮官達が対応して、ウメさんが全体の動きを決めて行く。シグさんの指示で動ける部隊を瞬く間に再編、後詰の援軍でニッポンイチのPMCも姿を現していた。
訓練された動きは素早く、舞い上がった瓦礫の土煙の向こうをルナドォロスが凝視する間に可能な限り軍を立て直していた。
でも流石にこのまま大技を連発されたら危ない!イーディウスに装備を変え、勢い良く空へと舞い上がる。ルナドォロスの激しい咆哮で揺らいだ大気に、真っ向から逆らって一直線!
前足の鋭い爪を回避しながら、イーディウスが甲殻の隙間へ鋭く突き刺さる。一瞬の悲鳴を聞きながらも頭上を取る。イーディウスからユリシスへ変更!水色と金の霧の中からシャリアが飛び出した!
同時にボクの影からグジャさんも飛び出す。
「よくも都を破壊してくれたな。」
「やっと出番か!!」
シャリアの呼び出した大怪獣のアンコウが2体、翼を食い破るように牙を突き立て激しく暴れる。グジャさんの振り上げた渾身の一撃、アダマンブレードの兜割がルナドォロスの脳天を叩き砕いた!!
宙で回転して翼をもがれながらも強引にルナドォロスは脱出してしまう。翼が再び生えるまでに、吐き出した唾が大怪獣を粉微塵にしてしまった。けれどシャリアの回し蹴りが、無数のワームが連なって巨大化。鞭のようにしなりながら大質量で蹴り飛ばしてしまう。
薄虹の水路を踏み締め、砲弾のような速度で迫ったグジャさんが一瞬でその姿を巨人へ変える。ルナドォロスにしがみ付いて首元へ噛み付いていた。
地面へ激突した先へ、R.A.F.I.S.Sで位置を測りながら舞い上がった土煙の中にバルカン砲を撃ち込んでいた。煙の中からグジャさんが剥ぎ取った甲殻を咥えながら飛び出す。再び全方位へ飛来した針が全てを貫いてしまった。
廃墟が崩れ、あちこちに展開していた防壁バリア装甲すらもボロボロに。グジャさんも今ので串刺しになってしまった。影の中に回収しないと戦えなさそう。でもごめんさない!今はそんな時間がないよ!
とんでもない速度で飛び回って暴れるルナドォロスは、魔法の力が無くとも凄まじく強かった。3本の針に貫かれて落下するシャリアは、そのままファンタジアの効果が切れて元の場所へ戻って行く。
ボクも針が刺さったセイグリッド・エンジンを収納へしまった。フィクサーさんは申し訳なさそうに。
『あの針厄介ですね。A.M装甲と似た性質を持ちます。ワタシの魔法の影響を受けませんでした。ビックリ箱みたいに強い能力詰め合わせセット状態ですか?向こうも消耗が目立って来ましたが‥‥』
「大丈夫です。このまま追い込んで倒しますから。」
ルナドォロスが大きく動き過ぎないよう、オボロさんが時間を稼いでくれている。ルナドォロスの姿は僅かな間球状の闇の中。気配で分かる。タマモさんも使う和風異界化っていうやつ。オボロさんが呼び出した何かがそれを発動して異空間に閉じ込めて戦っていた。
だけど発射された危険な針の豪雨が、異空間を内側から吹き飛ばしちゃう。規格外の力を前に流石に通用しないようだった。
イーディウスを展開、突っ込んだ勢いのまま宙でシラヌイへ換装!盾を構えた姿勢でタックル!!頭を殴り抜いて、噛みつきをヒョイと躱す。シラヌイから見たらルナドォロスはすっごい大きい。
けれど積んだ火力は十分通用するよ!マルチロック72連装ミサイル発射!左右の発射口から凄まじい量のミサイルが、逃げるルナドォロスを追尾しながら球状の煙を残す。
ルナドォロスの向かう先を征天丸や戦闘ヘリの激しい砲火が牽制、思わず動きが止まった所に背中へ全弾が着弾した!悲鳴を上げながら装甲を撒き散らし、再び針の発射体勢を取ろうとする。この距離だと良く見える。
全身の甲殻が逆立った毛のように上向いて、その下の針がにゅっと突き出す。その状態で猛スピードで回転しながら噴出するんだ。でもさせない!
軽機関砲で目元を狙って集中攻撃、バーンバズーカを直撃させて全身を燃え上がらせる。甲殻が開いていると、激しい火炎の熱が内部へ一気に伝わってすっごく苦しそう。
耐え切れずに針の発射を中断し、ボクへ大きな尾を薙ぎ払って来た。一瞬でシラヌイを収納へしまって、大質量の尾が真下を通り過ぎる気配を感じながら、ユリシスの水色と金の霧からオボロさんを呼び出す。
「喃。そろそろ幕引きにせんか?」
宙に開いた鳥居から突然突き出されたのは巨大な腕。握り砕くようにルナドォロスを掴みながら近くの尖塔へ叩き付ける!イーディウスで飛び上がったボクは勢い良く迫って‥‥ルナドォロスの頭部へ、ボクのおでこをくっ付けた!
触れた時間は一瞬、けれど‥‥
ルナドォロスは銀の羽の舞う世界に居た。全身を金に輝く鎖で絡め取られたまま動けない。そして玉座に座るボクを見上げた。
紅い目のボクが手を翳せば、渦を巻くように羽がルナドォロスを包み込んでいく。
『アナタは魔王に匹敵するか‥‥それ以上に強かったです。でも、勝てません。』
ルナドォロスの意思が伝わって来る。
何者だ‥‥?問い掛けるような意思。
『アナタを捕食する者です。』
羽毛の中、ルナドォロスは身震いした。
『アナタは今まで沢山を食べて、生き抜いて、ここまで歩んで来ました。次はアナタの番です。』
戦った経緯はルナドォロスがシャーリアを巣にしようと脅かしたから。力を見せて追い払って、可哀想な飛竜なんて居なかった‥‥そんな世間一般向けの美談はここには存在しない。
可哀想‥‥?これは殺し合いで。生きるか死ぬかの極限の戦いで。この時代の文明の煌めきを以てしても、余りにも強大で危険な存在だった。地方の小都市なら多分抵抗出来ずに皆殺しになってしまう程、ルナドォロスは強い。
力を持った強力な飛竜、なんてものよりももっと深刻な存在。ニホンコクを脅かす国防上の脅威として向き合わないといけないと感じていた。
災厄の竜が動いて、国が滅ぶ。
おとぎ話の世界の出来事が、現実に起こり得るんだと再認識させてくれた。
自由気ままに小都市を襲って、ジエイタイが来る頃には空の彼方へ消えてしまう。そんな存在が天空にあり続けるなんて絶対に許されない。
それでも、スーパーセルを棲家にして。偶々とんでもなく強い力を持ってしまって。悪意は無くただ獣の本能に忠実に生きて、その先で向こうからやって来た強大な存在に倒される。
理不尽。でも、それも自然の摂理。弱肉強食の掟が絶対的な捕食者へフォークとナイフを突き出していた。
『大丈夫です。アナタはボクの一部として、この先の未来へと歩き続けるんです。その魂を連れて行きます。』
世界が銀の羽に包まれて消える───
額が触れた瞬間は一瞬。でもその魂をボクは捕食してしまっていた。
ヒトとして勝ちたかった。でも、無理だった。これ以上は沢山の犠牲者が出る。手を抜いていた訳じゃないし、最初からフルに魔王として異界化を使っていたとしても多分同じぐらい苦戦していた。
R.A.F.I.S.Sはルナドォロスに異界化が通用しない事を警告していたんだ。A.M装甲と同じような性質を持つ魔法を拒む針。それを生み出す体の核の部分もまた魔法の影響を拒んだ。カテンさんの鱗と同じ、そういう性質を体の内側に秘めていたんだ。
異界化は消耗も激しい。無駄撃ちになるだけだった。
強靭過ぎる銀の甲殻、とんでもない再生能力、凄まじい機動力。
この時代の文明の力では‥‥逃げ出されたら追い切れない。逃げられて何度でも再起を図られてしまったと思う。強く敵対した以上、どんな手段で報復を考えるかも未知数だから。
だから捕食した。皆で追い込んだお陰で強靭な精神が疲れ果て、魂へ手が届く程に弱っていたんだ。
魂を喪失した肉体は力無く地面へ落下して行く。魂が抜ければ、魔法を拒む力も急速に失われてしまう。残されたのは魔法の残香だけを残す獣の肉体だった。
その体をシャボン玉が覆い隠し、ボクのお腹の中へ消えて行った。肉体の方も食べないと、体を再構築出来ないんだ。別の物で代用する感じになっちゃう。
「ラフィ。」
いつの間にタマさんが立っていて、ボクの肩を叩いた。
「‥‥大丈夫です。皆で勝ったんです。」
「そうね。‥‥言っとくけど、飛竜を飼いたいなら行政の許可が要るから、話を通しておきなさいよ。」
えっ?!そうなの?!
カテンさんがブランさんを咥えて戻って来た。あっ?!ブランさんの体が半分無いよ?!わわわっ‥‥!
「当機の体は材料があれば修復可能で御座います。まぁ、秘書業務に支障は御座いません。」
「済まんな。我も戦ったのだが、流石にこの体で現役バリバリの若い竜には敵わんかった。時間稼ぎが関の山だ。ああ、悔しいぞ。」
ブランさんは時を止められた際に、一口齧られてしまったらしい。スクトゥムロサの代用パーツを仕入れて直さないと。
被害は多くて、皆ボロボロ。夜空を照らす銀の月は想像を遥かに超える強敵だった。ボク達はモモコさん達の元へ一度帰還する事になった。




