575、時を止める銀の竜
ボク達は尖塔から戦場を見下ろす。ルナドォロスはのそり、と見上げて来ていた。R.A.F.I.S.Sの反応が随分少なくなっていて、赤翼の皆はまた時間を止められちゃったようだった。
『やはりA.M装甲はまだ未完成のようですね。ルナドォロスが纏う風の魔法が付近を通過した際に装甲を破損させ、内部の時間を止めてしまったようです。』
衝撃には弱いもんね。やっぱり簡単には勝てない。今残っているのはタマさんとジークバールさん、シャリア、オウルさん。ウメさんは作戦本部に居て今は参加していない。
ブランさんは時間が止まってしまったようで、カテンさんもダメージが大きかったのか小さくなって退避していた。
『大方衝突で鱗が剥げた所から時間停止の侵食をじわじわ受けたのでしょう。とは言え時間稼ぎは出来ましたので上出来ですね!』
R.A.F.I.S.Sから伝わって来るけど、タマさんもルナドォロスに対して有効打になる攻撃手段が少ない。だから潜伏して隙を窺い、それか誰か危なくなったら援護して気を引く係に徹する構えを見せていた。ジークバールさんも同じ。今は隠れていてルナドォロスは見失っている。
大量の怪物を蹴散らし、降り注ぐ巨大な氷柱の質量を躱して飛び回る。シャリアとオウルさんで戦線が維持されているようだった。
星の光を受けて輝く銀の月が縦横無尽に空を支配していた。
「ツバサさんはワープゲートで呼びますので、それまでは待機です。今突っ込んでも時間を止められちゃいますから。」
「承知した。‥‥口惜しいな。ラフィに活躍を見せられないままになってしまう。」
ツバサさんはサッと姿を隠した。影からオボロさんが姿を現す。グジャさんは相性が悪いから出番はまだかな。
「援護をお願いします。」
「任せい。搦手は妾の領分じゃ。」
オボロさんはパパッと両手で印を結んで、ヨウジュツを発動した。急にルナドォロスがひっくり返ったように飛んで、自ら地面へ激突した!R.A.F.I.S.Sに伝わって来たルナドォロスの感情は混乱。いきなり認知した天地がひっくり返り、深淵へ続く巨大な大穴へ吸い込まれたように錯覚していた。
そんなルナドォロスを目掛け、ボクの体はイーディウスで急加速!身体中に齧り付いた怪物を振り払いつつも、勢い良く暴れてボクへ噛みつこうと牙が迫る。イーディウスで斬り付けても甲殻に弾かれちゃう。アギトの隙間をボクの小さな体がしゅるんとすり抜け、口腔内に1発喉奥へオオワシM100をS.S.Sから抜き撃っていた。
息が詰まったような鳴き声は苦しそうに。それでも致命傷には程遠く、顔の周りをイーディウスでちょこまかするボクに数度噛みつこうとして来た。ガス弾頭を貼り付けるには動き過ぎで、流石に隙がなくて無理そう。弾かれてどっか行っちゃったら大変だし、作戦を悟られないようにしながらもチャンスを伺わないと。
「ギャザリックさん!」
『ほら!銀トカゲが!』
収納からブワリ!と噴射された死の気配を纏う黒い霧。触れれば銀の輝きが途端にくすんで瞬く間に腐敗して行く。脆くなった場所なら紫電M10で撃ち砕けた。
だけど凄まじい速度で甲殻が生え変わる。下から盛り上がるように膨らんで、砕いた場所が傷一つないツヤツヤに変わってしまっていた。
『クソがよ!!何回やってもこんなんだ!アアアッ!オレ様の死を拒みやがって!!ムカつくぜ!!』
ギャザリックさんのキレた声を、フィクサーさんの茶化す声がくすぐる。
『おや?邪神って案外大した事無かったり?』
『クソ悪魔ならどうするよ?!』
『勝負を焦ってはいけませんよ。お手本をお見せしましょうか。』
頻繁に距離感が狂い、ボクとルナドォロスを結ぶ直線距離がたわむ。イルシオンが視線を隠し、振った首の大質量が直ぐ側の大気を押し除けた。飛び上がった後もボクは離されないようしつこく追従する。
何度もルナドォロスの体がひっくり返るけど、今度は地面に激突せずに耐えていた。適応が凄い早い。だけど急に空間が爆縮、時間を止める魔法も座標を爆縮させるオボロさんの技は防ぎようが無くて。翼膜の一部に大穴が開いてしまった!
怒り狂った咆哮は魔法が潜み、ボク達のバリア装甲を削って来た。ラビットT-60A5を装着、時速300kmですっ飛んだ飛び蹴りがうるさい口を蹴り抜いて妨害。同時に巨大なアンコウの大怪獣が、ルナドォロスの脇腹へ激突しながら噛み付いた。
シャリアが力を込めれば牙が突き立てられた甲殻にヒビが入り‥‥ルナドォロスが吐き出したブレスが、一瞬で何百mも離れた場所に居たシャリアを吹き飛ばしてしまった。音速を超える速度で吐き出されたそれは魔力で凝縮された凍った唾液。
口径で言うなら単装砲サイズの大質量をパッと吐き出して来たんだ!
『カテンが負ける訳ですね。単装砲をポンポンぶつけられちゃ、流石に敵いませんか。相変わらずの化け物です。』
そのまま数度ボクにも吐き出すけど、フィクサーさんが空間を操って距離を離してくれたお陰で躱す事が出来た。そしてギャザリックさんの死の霧が唾液を蒸発させる。
ついでにフィクサーさんの巨大な腕が突然頭上から現出、白手袋の拳には衝撃のマギアーツが付与されていて。
『殴った感じはそうですね‥‥素手で鉄塊をどついたような感触でしょうか。ただ‥‥』
グーパンチで頭を殴り付けられたルナドォロスは、とんでもない轟音を立てて聖堂前の広場にクレーターを作った!直ぐに起き上がろうとするも、今度は左右から現れたフィクサーさんの両手が迫る。衝撃のマギアーツを纏った掌底をかち合わせる動きは、両側から巨大な壁が迫ったかのよう。
一瞬で押し潰され翼が折れるような音がした。
それでも這い出して飛び上がる。折れた筈の翼は元通り。とんでもない再生速度は本当に化け物みたい。
『ワタシの手を見て下さいよ。にゃはは、ズタボロになってしまいました。小賢しくも魔法生物にも相応にダメージを与える術を知っているようで。』
痛々しくなってしまった両手をフィクサーさんはサッと隠す。痛痒の無い表情でもダメージは入っているようだった。
「無理しないで下さい。持久戦です。直ぐには決着が着かないと思いますから。」
『バイオマジックに長けた原生生物は、多くの場合その力を狩りと自衛、怪我の治療へ使います。誰も彼もって訳じゃありませんし、魔王並みでも無いですけど骨折や内臓の損傷を直ぐに治しちゃう事もあるんですよ。』
それでいてルナドォロスはすっごい堅牢な甲殻に包まれている。
『骨を折らせるのも大変、直ぐに再生。にゃはは、大丈夫です。消耗はしています。ただ、死ぬ直前までピンピンしたまま動けるだけ。』
十分脅威だよ!まだ向かって来る以上、向こうは勝算があっての事。ボク達は自分の縄張りを荒らす挑戦者で、縄張りの主として余力を持って迎え撃っているんだ。流石に死にそうになったら逃げると思うけど‥‥でも、逃がさない。回復する度に何度も攻めてこられたら大変だから、決着を着けないと。
でもこのままじゃルナドォロスに対抗出来る人数が少な過ぎて、完全にジリ貧になっちゃう。
───やらないと。
口腔から内臓へ向けた銃弾は届いた。けれど、紫電M10を使っても甲殻の上から撃った弾が殆どダメージ無しに弾かれちゃう。だったら内部にダメージを与える格闘戦で、ひたすら重たい衝撃を喰らわせていかないと。
肉薄したまま顔を狙って蹴って、セイグリッド・エンジンの質量でタックルを食らわせる。急旋回したタックルが大質量でセイグリッド・エンジンを吹き飛ばし、中のボクも一瞬ミンチに。瞬間的に強化外装を脱いだから破損は無し、エンジェルウイングで即座に元通り!強化外装を着直して更に激しく空を舞う。
隙あらばボクを食べようとしてくるし、俊敏な動きは直ぐそこにボクを齧る牙を迫らせた。ミニフィーを呼び出して動きが鈍ったらかなり危ない。大怪獣のタックルが、ボクへ迫ったタックルを相殺!怯んだ所に真下から顎を蹴っ飛ばして真上を向かせた。
さっきの一撃で体を爆散させられたせいか、シャリアの動きが鈍い。元々弱ってた所に、ダンジョンをモリモリ破壊されて、消耗戦を強いられる。暫く休ませないと厳しいかも。
『シャリア!一旦退いて下さい!後の為に余力を残しておきましょう!それと、退く際は背中を見せて誘って欲しいです!』
『クソ‥‥!今の俺ではこれが限界か。醜態極まりない役回りだがこれも勝利の為だ。』
背中を見せてシャリアの退く気配に、ルナドォロスは敏感に反応する。今まで無数の怪物を放って存在感を放っていたシャリアは、ルナドォロスからしても数度戦い倒し切れなかったライバル。その動きを見逃す訳がないとボクも思っていた。
ここからが作戦の本番!消耗戦になるけどやるしかない!
シャリアへ注意が向いた瞬間、光学迷彩で姿を消したボクはルナドォロスの真上を取る。この距離だと‥‥そうだよね。ブレスを吐いて背中を撃ち抜こうとしていた。R.A.F.I.S.Sで同期したタイミングピッタリ‥‥今っ!!
頭上からラビットT-60A5を装着したボクの蹴りが迫り、ブレスを吐き出す寸前の上顎を蹴り抜いて口を閉じさせる。
『ブレスを吐こうとした瞬間、口が閉じていたらどうなります?にゃはは。』
発射された瞬間の単装砲が、そのまま口内で弾け飛んで口元を吹き飛ばしてしまった!!勿論ボクも巻き込まれて木っ端微塵!強化外装は直前で脱いだから大丈夫!ラビットT-60A5は粉々に壊れちゃったけど、予備はまだある!
エンジェルウイングが宙でボクにヒトの姿を取り戻させる。目前で激しく動揺したルナドォロスの姿があった。致命傷にはならないけど、口の中が丸見えだよ!上顎と下顎が吹き飛んだルナドォロスの再生を邪魔するよう、6丁のフェンリルで焼き穿って更にダメージを追加する。肉をあっさり貫通した光線が脳に達しないよう、ルナドォロスも激しく暴れて直撃を躱していた。
もっと近付かなきゃ!衝撃で吹き飛んだボクが飛び込める隙‥‥その為に皆が一斉に動き出した!
R.A.F.I.S.Sで伝わって来たオウルさんは、金の装飾が美しい長い杖を携えていた。戦いの最中、エンリッヒさんが探し出してオウルさんへ手渡した空歌の姫の祭具。手に馴染むそれは、エンリッヒさんの演奏と合わさってとんでもない精度の魔法を放つ。
大気中の水分を超高濃度の魔力で操り凝縮。目に見えない、恐ろしい切れ味となった水の刃がその場から数十cm程スライドする。そんな現象がピッタリ同時に数百数千回、ルナドォロスを中心に巻き起こった。
ルナドォロスの甲殻の隙間が、体内が。身体中が一瞬で斬り裂かれて危うく原型を損ない掛ける。竜の薄切りスライス‥‥というより微塵切りになり掛けた体を死ぬ気で再生させる間、顎が吹き飛んだ口腔の再生が後回しになっていた。
急接近するボクを苦し紛れに翼で薙ぎ払い、タックルを浴びせ掛けて無理やり距離を取ろうと足掻く!巨体を前にすると目前に大きな壁があるようで。
それでもオボロさんの術が空間を爆縮させ、その動きを弾き飛ばすように妨害した!迫った壁が遠のいて、肉薄するボクを突き飛ばし損ねていた。
ボクの不意を突くよう、甲殻の隙間から突然鋭い針が発射されて迫る───
ジークバールさんの魔眼がルナドォロスの“認知”を数秒遅らせていた。把握し知った事を脳で理解する時間、認知能力を鈍らせる力。ルナドォロス程の巨大生物相手だと消耗も激しいようで。
R.A.F.I.S.Sに目から血を噴くジークバールさんが、額に汗を滲ませつつも意地でも力を発揮し続ける姿が見えた。この瞬間の為にジークバールさんは力を溜めていたんだ!
危険な針はボクが通り過ぎた場所を穿っていた。
回り込むボクを避けるよう、長い首をしならせ頭部を離して来る。最後の悪足掻き!狙いが頭部にある事を向こうも察しているようだった。
けれど今度は燕尾服姿のタマさんが真横から舜動で吹っ飛んで来る!
「足掻くんじゃ無いわよッ!!」
紅い猛烈な蹴りが側頭部を蹴り抜いて、ボクから離そうとしていた首がこっちへ向いた!時間を止める魔法は途切れ途切れの集中力ながらに、タマさんを遅効性の毒のように蝕む。
「ラフィ!決めさない!」
そう言いながら空中でピタリと止まってしまった。タマさん、直ぐに解除しますから!
ボクとルナドォロスは至近距離で向かい合って、フィクサーさんが更に距離を操って縮める。
「ギャザリックさん!」
『おうよ!!』
収納から伸びた黒い腕が、ルナドォロスの顔を掴んで爪を食い込ませた。死の気配を纏う爪があっという間に顎の筋肉を腐敗、だらしなく口が開く。
「───届けッ!!!」
ボクは身体ごと突っ込んで、その喉奥に特殊ガス弾頭を突き刺した!喉の肉にかぎ爪が引っ掛かって、瞬く間に離れないよう肉の中へ埋まっていく。完全に埋没した後、凄まじい勢いでガスが噴射した!!!
『ラフィさま!!』
吸い込まないようにしながらフィクサーさんに引き離され、そのまま距離を取って近場の瓦礫へ着地する。喉の奥と鼻の穴は繋がっているから、喉奥から湧き上がる激臭にルナドォロスは悶絶していた。
『流石に時を止める魔法‥‥なんて高度なものは維持出来ないようですね。分かりますよ。ワタシの目は誤魔化せません。』
アニマトロニクスを展開、巨大なワープゲートを開いた!
「決着を着けましょう。絶対に逃しません。シャーリアも返して貰います。」
ルナドォロスが操る時を止める魔法の被害者達が、魔法が解けて復帰して動き出す。そんな中、ジークバールさんは膝を突いて目を押さえたまま呼吸を荒くしていた。無理しないで良いよ。こっからは総力戦だから!
タマさんもボクの肩を叩いて、
「信じてたわよ。」
「皆のお陰です。」
ボクの手がハイタッチをペチコ、と。続々と征天丸が姿を現し、装着された滑空砲が照準を合わせていた。
ルナドォロスの激怒した咆哮が夜空を揺るがす。それでも逃げない。寧ろ今からが本番とでも言いたげに、再生して傷の治った銀の甲殻を光らせていた。
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