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572、薄氷の信頼関係がヒビ割れていく

パンタシアで休憩後、ボク達は直ぐに動き出す。エルフの群衆を全て蹴散らしてしまったお陰で、その後邪魔が入る事もなく移動はスムーズだった。


「ラフィ様のお気持ち、私はとても感服致しました!」


道中ジークバールさんが堪えきれないって風にボクへ語り掛ける。ずっとムズムズしてたし、何か言おうとしてるってのは気付いていたからボクはそのまま耳を傾けた。


「ヒトとして我々と共に歩んで来たラフィ様が、魔王としての自分との狭間で揺れる気持ち!分かりますとも!」


両目を眼帯で隠した長身の大男は良い笑顔でボクを覗き込む。聞いてるよ、と小さく手を振れば嬉しそうに紅潮した。


「私自身、故あってこの両目を魔眼としましたが。その力に振り回され、若き頃は己が未だヒトであるのかを日々悩み葛藤していました!ヒトを上回る過ぎたる力の魅力は恐ろしいものです!あまりに容易く怪物を屠れてしまう私は抜きん出て活躍し、シブサワの剣鬼などと仰々しい異名で呼ばれてしまいまして。」


早口に語るその仕草は笑い、嘆き、皆で駆動魔具で移動しているのに背面走行しながら芝居のような大袈裟なリアクション。ウメさんの小さなため息がやけにハッキリ聞こえて、ミライさんはちょっと引いた顔で距離を取っていた。


『今全速で走ってるのにバック走行とか変態かよ。どうなってんの?』


R.A.F.I.S.Sに感想が漏れ出る。タマさんも曲芸じみたバック走をジト目で見やっていた。


「ジークバールさんも苦労して来たのですね。ボクも強い力に振り回されそうになって、だから出来るだけでもヒトでいようと努力したいんです。」


環状高速道路の戦争の時、取り囲む警察達を怒りの感情のままにR.A.F.I.S.Sで蝕み殺しそうになってしまった。今考えても恐ろしくて、あの瞬間ボクは正しく魔王だった。皆のあったかな手がボクを軽く叱ってくれて、ヒトへ引き戻してくれたんだ。


力の出し惜しみは“舐めプ”なんて言われちゃうかもだけど。そうじゃない。いつだってボクは本気なんだ。


本気でヒトでいようとしがみ付いているんだから!


勿論‥‥どうしても必要だってR.A.F.I.S.Sで判断したら躊躇しないけど。ボクが死んじゃったら意味が無いし、仲間の命をボクの拘りの天秤に掛けるなんて絶対しない。


説明するのは難しいし、ケースバイケースな部分もあって絶対こう!とは言い切れない。けれど曖昧で複雑な決心を抱えているんだ。


「そうです!しかし結局はこの魔眼の力に頼り切りな私と違い、ラフィ様はとてもお強い。魔王の力の誘惑は想像を絶するものでしょう。その力をフルに使えば容易に超えられた苦難は数知れず。ですが、世間にその正体を悟られない程に魔王の力をひた隠しにして来ました。その強靭な精神に私は惹かれるのです!」


紅潮したまま自分を抱いてクネクネするジークバールさん。バック走行のまま楽しそうに捲し立てる。ホロウインドウの中、フィクサーさんは顎をさすった。


『変態ですが見る目はあるようですね。ラフィさまを愛するワタシとしても意見が一致する所があります。』


ううっ、皆してちやほやして。恥ずかしいです。


「ラフィはそーやってベタ褒めされるの好きじゃない子なのよ。お調子者タイプじゃないから、真面目に受け取って照れ照れしちゃうの。」


「ですのでそろそろその変態曲乗りバック走を辞めやがって下さりませんでしょうか。ラフィ様の目の毒で御座います。」


2人の苦情を受けたジークバールさんは、ハッとした風にしてくるりと正面を向く。


「ああ、いえいえ。すみません、取り乱しました。ラフィ様について語っているとついつい熱が入ってしまいまして。」


ウメさんがチクチクと背中を小言の針で突き回す。


「ラフィさんは非常識で珍妙な態度で接されると困ってしまいますよ。憧れは理解から最も遠い感情だとも言いますね。総班長は等身大のラフィさんを見れるよう努力するように。」


「おお、これは手厳しい。元副総班長様は時に辛口でいらっしゃる。」


元‥‥昔はジークバールさんの部下だったのかな?出世で抜かれちゃったみたい。


「はい。副旅団長としての勧告です。ラフィさんも、迷惑でしたら無視してしまっても構いません。この者は少々変わり者ですから。」


そう言うけど、


「無視なんてしません。ボクを応援してくれる大切な声援なんです。背中を押してくれるんですから、嬉しいですよ。」


ボクの笑顔にジークバールさんはニィッと笑う。駆動魔具の足取りは軽かった。ブランさんはスッとジークバールさんに助言をする。


「そういう気持ちを爆発させないよう自制する為にも、ラフィ様のファンクラブに入会するのは如何でしょうか。」


ジークバールさんは驚いた顔をする。ファンクラブ‥‥シブサワ広報が公式で作ったものや非公式のものまで沢山あるって話を聞いた事がある。恥ずかしい話だけど、色んな形でボクを応援したいってヒトがいっぱい居るみたいで。心があったかくなる。


「ふむ。そのようなものが。軍属故にやや疎い部分もありまして。興味深い提案をして頂きありがとう御座います。」


「ファン同士で熱く語りあう分には迷惑が掛かりませんので、どうぞ怪文書を投稿しやがって下さいませ。」


「はははっ、しかと推敲しますよ。」


ミライさんの指がボクの肩を突く。


「ファンクラブの話、マジ?」


「はい。ボクについて語り合うコミュニティなんです。フィクサーさんが偶に見せてくれますけど、楽しそうで。でも、ボクは参加出来ませんからちょっと寂しいです。」


フィクサーさんはこう言う場に教祖が降臨すると大概ロクな事にならないって。憧れを憧れとして語り合う場だから尊いものであって、ボクの自己顕示欲を満たす場として使ってしまうと陳腐化するらしい。だから距離を取っていた。


この空間も例に漏れずとっても長くて。3時間進んではパンタシアで休息を取って、そうやって1日掛けて進んで行った。流石に新たにエルフの群衆と出くわす事も無くて。無限に湧いて出てくる訳じゃない事に安堵したのだった。


夜になる頃にやっと空間の出口を見つける。広いし道幅が広がったり狭まったりで、思うように移動するのが難しかった。一つの家屋のドアがそのまま出口になっていて、その先が聖堂前になっているってオウルさんが教えてくれる。


やっと到着!赤翼の班の方が先に着いていたみたいで、出遅れちゃったなと思いながらドアに近付く。


そこでふと気になった。


「あれ?ミニフィーの気配が無いです。やられちゃったのかな。」


もうドア1枚隔てた先だし、赤翼班に同行させたミニフィーのR.A.F.I.S.Sがボクへ繋がる筈。なのに無反応でドアの向こうの状態が分からない。


『妙な魔法の気配がしますね。お気を付けを。』


フィクサーさんも少し警戒していた。


「ラフィさん、トラブルでしょうか?」


ドアを開けずにいるボクへウメさんが確認を。


「はい。赤翼に一緒に向かわせたミニフィーが居ません。今朝赤翼が今日のお昼までに到着するって予定を聞かされた時は、ミニフィーの損失は無いって話だったのに。」


つまり聖堂へ到着する寸前に機械か何かにやられちゃったか、もしくは‥‥


「この向こうに何か居るって?ダンジョンの最奥にボスでも居るのかしら。アイツら死んでたりしてねー。」


縁起でも無い事を言うタマさんはヘラヘラ、ウメさんが念の為にパンタシアで一度連絡を取り合う事を提案した。赤翼班が無事なら何かしら連絡が行っているよね。ミニフィーを損失した際は連絡して!って話だったし。


このまま考え無しに突入するのは危ないかもって皆で判断した。向こうは魔王のダンジョンの最奥。何が待ち構えているか分からない。


パンタシアの中、応接室でモモコさん達と対面する。セイテンさんは神妙な顔で首を振った。


「それが到着の連絡を受けてから暫く経つが、応答が無い。聖堂前もダンジョン内だからか、こちらから連絡を取る手段が無いのだ。」


定時連絡が途絶えた事にセイテンさんはショックを受けているようだった。セイテンさん選り抜きの精鋭が急に消息を絶ったんだ。


「まさかそんな事が。」


ウメさんも流石に動揺して、ジークバールさんも意外そうにしていた。


「かなりの強者揃いだったように見受けられましたが‥‥トラブルがあったのは確かなようですね。」


聖堂のエルフ達の救出作戦に、赤翼PMC特務隊の捜索と救出も追加された。連絡が取れないって事は、向こうでプライベートルームを開けない状況になっているという事。


「可能性としてはシンプルに交戦中って所かしら。」


聖堂前で強大な敵と遭遇、何時間にも及ぶ戦いになってとてもじゃ無いけどプライベートルームを設置出来る状況に無い。タマさんの推理が一番有り得そうだって思う。


会議が進む中、応接室のドアが開いて白喰みさんがシャリアを引っ立てるように連れて来た。ボクに似た姿をしたシャリアが、手錠のようなものを掛けられている。その顔はすっごい不満顔。むすー、とした顔のまま立たされていた。


「ラフィよ、コヤツは随分気持ち悪い奴だな。体の中身まで好き放題弄り回してくる。」


白喰みさんはホクホク顔。魔王の解剖実験でもしたのだろうか。セイテンさんはそんなシャリアに言う。


「キミのダンジョンで私の仲間達が消息を絶ってね。聖堂前だ。怪物の類は居ないと思うが、何か知っているかね?」


問いただすような声は何処か冷徹で、感情的を排したメガコーポの代表の顔。流石のシャリアも態度を改めて真面目な顔をする。


「この作戦に於いて随分キミ達シャーリアの者達は、情報の共有不足や出し惜しみと言った形で非協力的だった。」


オウルさんにもその視線が投げられて、サッと顔色を変えたオウルさんは何か言おうとするも‥‥声を出せずに押し黙った。


「我々としてはあくまでスーパーセル探索計画の“ついで”の救出作戦であり本懐では無い。特にシャリアよ。ダンジョン化を解かずにいる態度と言い、ラフィの姿見を軽率に真似る不届きと言い、まだ交渉出来る立場だと勘違いしているようだ。」


シャリアがまだ何か重要な情報を隠している‥‥セイテンさんはその目論見を見抜いていた。


「悪いがこれ以上リスクを取る理由が無い。赤翼班の救出後、状況によってはこのままシャーリア探索計画を白紙に戻す事にしよう。呪いの一件も原因の検討は付いていても、確定では無いのだ。」


流石のシャリアも顔色を悪くした。もし赤翼班に大きな被害が出ていたら、このままエルフの救出計画は破棄、ボク達の撤収が決まる。


「生憎キミはもう人類の敵になり得ない。言い方は悪いが、ハッキリ言ってどうでも良い存在だとも言える。我々はこのままスーパーセル探索計画を進めるが、シャーリアだけは呪いのリスクを鑑みて“除外”とさせて貰う事になるかもしれない。」


魂をボクが呪った事は上層部には共有してあるし、その事を疑うヒトは居なかった。絶対にもうシャリアは敵対出来ないと知っているんだ。このまま放っておこうと企業として判断を下すのは不思議な話じゃない。脅威になり得ない魔王が深未踏地の遥か上空に居ても、興味の対象にする価値を認めないと思うから。


モモコさん達も意見には賛成って感じで。


「まぁ、お国柄というか。情報の共有を甘く見たり、常識と思っていたから敢えて言わなかった‥‥が原因で亜人とコーポがすれ違って揉める事は珍しく無い。今までは危ういなと思っていたけど被害も無かったし、後々責任の追求をすればいいかと先延ばしになっていた。しかしこのような事態になってしまってはね。」


「場所もダンジョンの奥地だ。救出は一刻を争うだろうが、信用ならん魔王の腹の奥と考えれば考えなしに突っ込んでも二次災害が起きるだけだろう。怪物を放てなくても、ダンジョン内の構造を操られるだけでも十分遭難させられる。」


2人の意見にボクも頷く事しか出来ない。早く助けに行きたい。でも、シャリアが本当に信用出来るかも‥‥分からない。ボクのご先祖でも絶対味方とは限らないから。R.A.F.I.S.Sで気持ちを共有出来ても、シャリアは相当高位の存在。フェイクが混ざっても絶対気付けるかは分からない。


今この瞬間、シャリアとボク達の間にあった信頼関係が壊れようとしていた。エルフの救出っていう共通の目標があったから手を取り合えると思っていたのに、シャリアがボク達を嵌めているんじゃないかって疑念が強まっている。


ダンジョン化を解くか、ダンジョンの解体新書の提出を求めていたのに蹴られたんだ。ボクは冒険出来るから良いやって思っていたけど、やっぱりモモコさん達はシャリアと何度か交渉していたらしい。だけど不遜な態度で応じて貰えなかった‥‥そんな背景があるってブランさんがそっと教えてくれた。


ボクがOKって感じだったからシャリアもそれに乗っかった。ボクのせい‥‥だよね。同じ魔王同士、分かり合えそうで嬉しくて。でも身内のノリの上で探索計画が動いたせいで大事になってしまった。


「魔王シャリアよ。何か申し開きがあるのなら聞こうか。」


メガコーポを纏める代表者としての覇気を見せる、セイテンさんの鋭い視線がシャリアへ向けられていた。

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