571、中世世界の籠城戦
準備を済ませてパンタシアを出た先、そこは巨大な劇場だった。
「ここはオロロイア。劇場。10日に一度ここで劇団が公演をやっていた。シャーリアの数少ない娯楽の一つだった。」
オウルさんがガイドのように説明してくれる。一歩先を進んで槍を掲げた。すると劇場の装飾に施された金の装飾が、一気に煌めいてボクは思わずスマイルカメラを向けた。
「わぁっ!綺麗です!」
劇場全体に刻まれた細い金の民族紋様が、全体を金の輝きで美しく彩る。
「劇団員に選ばれる事は名誉な事だった。演劇をする時は空歌の姫がこうやって輝かせていた。」
タマさんとミライさんは観光を楽しむよう、劇場を撮って回る。ボク達が進んだ先は壇上の奥。本来劇の背景を飾り立てる、窪んだ壁がそのまま奥の空間へ続いていた。中世的なファンタジーを舞台にした劇の世界が、そのまま壇上の奥へと地続きになっていたんだ。
「絵本の中にそのまま歩いて行くみたいですね。不思議な感覚です。」
ボクの足が土の地面を踏む。埃を被った木の床がそのまま土の地面に変わっていた。目前に広がる光景は絵本の中の世界のよう。
「中世的って曖昧よねー。こんなご時世に生きるアタシ達が知る由も無いのにさ。だけど何故かざっくり光景が浮かぶっていうか。」
「分かる!web小説で知った感じだけど。中世舞台がトレンドなお陰で近世はよく知らないのに中世に関してはちょっと自信あり的な?」
中世と言えば人類文明の暗黒期って印象があるかな?栄えていた前の時代から文明が逆戻りして大変な時期だったって。けれど目前に並び立つ街並みは明るくて、道を汚す排泄物とゴミ。そしてネズミの群れの気配の無い抽象的な風景。
「清潔感あると近代感が出ますよね。」
ウメさんも街並みを見回していた。舞台の上の奥がそのまま街道に繋がっていて、歩いて行った先で直ぐに中世モチーフな街並みを見る。中世モチーフって言うのも変かな?けれど都市じゃテーマパーク以外じゃお目に掛かれない、石や木で出来た旧来的な家屋は中世的って言う言葉がしっくりくるんだ。
「実際に浮島で空に逃げる前、帝国の街並みはこのような雰囲気だった。勿論劇に汚らしい要素は要らないから清潔だよ。ここは劇のセットの空間が歪んで、ずっと続く劇の舞台を進んで行く場所。」
建物はどれも入れそう。思いの外本格的な建築で、エルフ達が劇に向ける情熱と拘りがセットを見ていると伝わって来た。2階から3階建て木造や石造りの建築は、どれも生活感が漂っていて。古めかしい看板、干された下着、植物が植えられていたらしいプランター、壊れた樽の残骸。ついつい写真を撮って観光しちゃう。
そんな建物が遥か遠くまでズラリ。
住宅からお店まで種類は様々、中世の巨大都市を歩いているかのよう。そして大勢のエルフ達が街の中央通りを往来していた。
「劇に使われる‥‥ゴーレムの一種だ。魔法生物と言ったか?原理はそんなもの。沢山配置すればより街並みを再現出来る。」
建物が幾ら精巧でも、無人じゃ劇が寂しいから。群衆のエキストラを魔法生物のゴーレムで再現したんだ。進むにつれ街が大量のエルフでごった返していた。
『しかし、会話を聞いた限り意味のある言葉はありませんね。ふーむ。劇のセリフをお互いに脈絡なく言い合っていると言いますか。』
フィクサーさんはそんな光景を少し不気味そうに見ていた。カテンさんも小さくなってボク達の頭上を飛びながらも、
「ううむ、何か気味が悪いぞ。誰もの目は焦点が合っておらん。無表情で人形みたいだ。」
人通りが多くて、駆動魔具を使って駆け抜けるのも難しい。屋根の上を行ければ良いんだけど‥‥
「空間の裂け目が屋根の辺りから続いている。上へ飛ぶのは危ない。」
だよね。前の経験からそんな感じがしていた。ここは足止め的なエリアなのかな?エルフ達の数は多くて、人集りを躱しながらボク達は街並みを行く。
「ラフィ様。」
ふとブランさんが警告を飛ばした。ジークバールさんも同じタイミングで警戒を促す。
「そうですね。先程からこちらを見ているエルフの数が増えました。」
この場に居る群衆エルフ達の殆どが焦点も合わせずに、ランダムな方向を向いて劇のモブセリフみたいなのを発していた。壁に向かって話し続けていたり、互いに背中合わせのまま天気のお話をしていたり。
けれど、ちょっとずつボク達の方へハッキリと視線をやるエルフの数が増えて来ている。オウルさんもそろそろだと言って、ボク達を一つの住宅へ向かわせた。
「この空間は定期的に襲撃を受ける。囲まれていたら危険だ。」
襲撃?!あの群衆エルフ達はただの移動の邪魔をするだけの存在じゃないんだ。
「攻撃を受ければ一斉に反撃をするが、そうじゃなくても一定時間毎に活性化して襲い掛かって来る。‥‥シャリアとダンジョン内の構造を決める時に私がアイデアを出したんだ。」
タマさんの尻尾がオウルさんの脇腹を突く。ミライさんにも肩をバシバシ叩かれた。
「なら守りやすい家屋内に立て篭りましょう。パンタシアへの退避はどうですか?」
ウメさんの意見にタマさんは首を振る。
「ドアを攻撃されたら危険よ。ドアが破壊されそうになったら、内部空間への閉じ込めを回避する為に外に排出されるのよ。」
フィクサーさんも同じく、
『おそらくこの空間内に予め登録されていない、異物を排除するようなルーチンが組まれているのでしょう。ワタシならそう作りますから。これなら単純な命令で誤動作無く動かせます。』
異物だったらヒトでも物でも何でも破壊しようとする。オウルさんもちょっと悔しげにフィクサーさんに構造を見抜かれた事に頷いた。
建物内にはエルフが5体。けれど攻撃したら一斉に外の群衆も攻撃モードがオンになっちゃうから、無視して防衛戦の準備を進める。
ウメさんがテキパキと指示を出して、ジークバールさんがPMCで使われる防衛陣地用の資材を用意してくれた。
貼り付けた壁の強度を上げてくれる“強壁陣”を家の壁へ設置。アングルス防衛戦でも使われた性能は、怪物の攻撃から街を守ってくれた代物だった。これで簡単には壁を抜かれない筈。
片端から窓やドアにバリア装甲発生装置を装着、タレットの銃口を群衆へ向けて設置した。オウルさんが魔法で家全体を補強して、迎撃用の魔法を壁へ仕込んで行く。
「ミライ、2階に機関砲台を設置するわ!」
「エクエス自走砲を2階へ設置します。ミニフィーで操作しますから、ミライさんは2階の援護をお願いします。」
「はいはい!」
ミライさんが階段を駆け上がって行く。ボクも一緒に行って、ユリシスからエクエス自走砲を窓辺に設置した。窓から機関砲が覗いて、そのまま近付く群衆へ薙ぎ払えるよう準備する。
上から見るといつの間に通りの殆どの群衆がボク達を凝視していた。気配で分かる。もう襲撃が始まるんだって。
2階をウメさんとミライさんに任せて、ボク達で1階を防衛する。1階に居る5体のエルフが急にくわっ!と口を開いた。
そして発せられた悲鳴が襲撃の合図になった。両手を振り上げて飛び掛かる5体を、ジークバールさんが一瞬でバラバラに。
「さぁ、始めましょう。ギミックマシマシで退屈しないダンジョンのようです。」
途端に凄まじい足音が殺到してくる!360度全方位から!
「うわぁ?!なになになに?!ヤバいってこれ!!」
「おお、これは予想以上ですね。」
2階のミニフィーがミライさん達の見た景色を瞳に映す。全ての街路を埋め尽くす群衆の頭が、洪水のように迫って来ていた!強壁陣が無かったらあっという間に人波で家屋を粉砕しかねない勢い。
機関砲が頭上から容赦無く薙ぎ払い、ミライさんの投げた焼夷グレネードが炸裂する。ウメさんの噴射した火炎放射ブレードが通りを灼き裂いていた。
「ゾンビパニックのようね!」
3M50を掃射するタマさんと一緒に、ボクも紫電M10を群衆へ撃ち込んでいく。ミニフィーも出せるだけ出して、ドラゴンファングシリーズのショットガンとアサルトライフルを思う存分発射していた。
フィクサーさんがギュンッ!と空間を圧縮、ドアに殺到していた人並みを肉塊へ変えて放り投げる。巻き込まれた大勢が土煙を上げて宙を舞った。
『出来る事ならミニフィーを前へ、そのまま少しずつでも押し返して行きたいですね!ミスリルシールドを宙へ固定すれば簡単には突破されない筈です。』
カテンさんのブレスが2階から吹き下ろす。凄まじい突風が群衆を数十m吹き飛ばして僅かな時間ドア前を手薄にした。ミニフィーが一斉に飛び出して、ミスリルシールドを使った簡易的な前線を構築する。
「では私はドア前で戦いましょう。」
ジークバールさんがとても危険なドア前の狭い空間へ身を滑らせ、そして鞭のようにしなる黒剣を超高速で振るった!群衆が真っ二つになって転がって、胴と首が転がって行く。誰1人近付けさせないよう、その剣技は圧倒的だった。
お陰でドア付近に殺到した群衆の攻撃が和らいで、他の防衛場所へ集中出来る。1階の寝室からトイレまで、ボク達も散って窓の外へ銃撃を激しくしていた。
オウルさんの風の歌声が辺り一面を急激に凍り付かせた。群衆の動きが目に見えて鈍ったお陰で、銃撃で攻勢を押し返す事が出来る。1分間に倒した数は200体を超え、倒された残骸は急速に風化して粉になって消えて行く。
そんな中、急に家全体がグラグラ揺れた!大質量が家にぶつかった音がする!
「群衆は演出用の物も含め歌を使える。ここに配置されるモノの中には少数だけど、ちゃんとした実戦用の歌を奏でられる個体も居るんだ。」
遠くから飛んで来た氷塊をエクエスの銃撃で粉砕!分裂した細かい氷が壁に突き刺さっていく!飛んだ火炎が家を燃やそうとして、強壁陣が付与した難燃性に救われた。風の刃をカテンさんが打ち消して、稲妻をその鱗で弾く。
オオワシM100やドラゴンファングのスナイパーライフルを構えた狙撃班のミニフィーが、危ない個体に狙いを定めてピンポイントに狙撃していった。
「ぎゃーっ?!2階の窓が完全に粉砕したんだけど?!2階寝室ヤバいって?!」
「今応援部隊が行きますから持ち堪えて下さい!」
紫電M10で武装した精鋭ミニフィーが1班急行、ミライさんが守っていた場所に巨大な氷柱が刺さっていて。血の匂いを漂わせながらもミライさんは必死にショックライフルを振り回していた。
氷柱を紫電M10で粉砕、瓦礫を蹴り落として群がって互いを足場にしながら2階へ迫る群衆を紫電弾の爆風で蹴散らしてしまう。
「ラフィ様、そろそろ1階のトイレの方が厳しいかと。」
ブランさんの守るトイレ付近の小さな裏口ドアも危なかった。既にボロボロで今にも抜かれそう。バリア装甲が守っているお陰でギリギリ持ち堪えていた。
「そちらにも応援を!」
ミスリルシールドを構えたミニフィーを1班派遣!狭い通路をミスリルシールドで塞いで入れないようにする。
途切れる気配の無い人の濁流の中、オウルさんがボクへ声を掛ける。
「ラフィ、魔王の力を使えば‥‥」
分かっている。ボクの異界化でこの辺りを覆っちゃえば、群衆の数関係無く全部捕食して片付けられちゃう。領域内に入ったら最後、即座に全身をナノマシンと置換されて純白の羽が散らばるように消え去っちゃう。
でも。
「オウル!ラフィはね!魔王でもヒトなのよ!」
タマさんの声がボクの肩を叩いた。
「そうで御座います。ラフィ様は魔王の力を振り回す事を好みません。でしたら支えるのがメイドの使命。」
ブランさんも応えてくれる。
『そういう事ですよ!にゃは、オウルもまだまだ解像度低いですね!』
フィクサーさんも惜しむ事なく力を振るってくれていた。ホロウインドウの中のフィクサーさんは片手が消えていて、突然現れた巨人の腕が家の周りの群衆を容赦無く薙ぎ払って粉砕していた。衝撃のマギアーツが吹っ飛ばして、触れただけでも凄まじい速度で四方八方に群衆が転がって行く。
「ラフィさんのそういう理想に付き合い支えるのがスポンサーのお役目ですので!」
ウメさんも理解してくれて、必死ながらに戦ってくれていた。
心があったかくなる。
影の中からオボロさんとグジャさんが姿を現した。魔王の力を使いたくないのはボクの勝手。けれど仲間の2人を押し込めたままにするのは違う。R.A.F.I.S.Sだって魔王の力に紐付いたモノだし、どの程度使うかの加減の話だから。
その象徴となる異界化を使うと、ボクはヒトなんだって気持ちが薄らいじゃうんだ。
オボロさんが変化自在な動きで群衆を刈り取って回り、グジャさんの凄まじい猛攻が草刈りのように群衆を蹴散らした。
「ボク達が今この状況にあるのも、全部シャリアの思惑通りです。」
だってダンジョンの主はシャリアだしね。内部に居なくても空間を操るぐらい簡単だって、同じ魔王のボクなら理解出来る。
「シャリアはボクの力を引き出そうとしています。追い込んで、ボクを魔王として育てようとしているんです。けれど‥‥」
「ボクは魔王でも、ヒトでありたいんです。」
だから、それが困難な道になっても出来る限り魔王を象徴する異界化は使いたくなかった。使わずとも乗り越えられるのなら、それに皆が納得してくれるのなら。
「大丈夫だって!ラフィくんはそのままで良いよ!」
ミライさんも元気な口調で叫んで、カテンさんも余裕そうな態度を崩さなかった。
「この程度の些事で異界化を使う必要は無いだろう。無駄な消耗にしかならん。」
ブレスが再び群衆を吹き飛ばす。力強かった。
オウルさんはそんなボクを見つめた後、小さく微笑んでくれた。
「そうか。無理強いはしない。その‥‥なんというか。良いね、そういうの。」
家を中心に風が渦巻く。カテンさんの力と魔法が合わさって、凄まじいハリケーンが周辺の家屋を薙ぎ倒しながら全部を吹き飛ばしてしまった。
この家も巻き込まれて半壊して‥‥だけど、群衆はもう居なかった。
「さぁ、ラフィ。私もラフィを支えるから、行こう。」
振り向くオウルさんは優しく笑って、ボクも笑顔で返したのだった。
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