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570、赤翼へ迫る銀

薄っすらと残る飛行機雲のような跡。その先を行く赤翼PMC空挺旅団大隊、特務班。ドラゴン率いる部隊はシブサワより一歩先を進んでいた。


その速度は常に時速300kmを超えるフルスロットル。平地なら時速500kmすらも超える。こと移動に関しては赤翼ホールディングスの専門分野でありシブサワグループを大きく抜いていた。


(複雑な地形が少なかったとは言え、余りにも速過ぎる。これがニホンコクの文明力なのか。)


行軍速度について行けないエンリッヒは、ドラゴンにお姫様抱っこされながら道案内をする。シャーリアにお姫様抱っこ、という文化が無い以上そこに羞恥は生じない。強化外装の安定した抱かれ心地もあって、そういうものかと納得していた。どの道魔法に頼った移動で付いて行ける速度で無い事は理解していた。


ミニフィーを小脇に抱える少女はまだ齢20歳を超えぬ、軍属にしてはやや幼き顔付き。風に流れる銀髪は美しく。ツーサイドアップに纏めたオシャレな髪を靡かせ、片目を覆う仰々しい眼帯がその顔を少しばかり厳つくする。


ドラゴンに言わせてみれば「軍服に着られてしまわないよう背伸びした」姿見。しかしこの場に同行を許される実力者だった。腰に差した2振りの軍刀が白と金に輝く。


「ツバサ。」


「御意。」


ドラゴンの指示は明確、目前に迫った機械の群れへツバサは腰の軍刀を引き抜く。居合のマギアーツ‥‥それだけじゃない。ツバサ自身も時速500kmの速度で正面へぶっ飛んでいた。


赤のマントを羽織った白の軍服、その背中に大きなバーニアを装着している。通常のバーニア型の駆動魔具との違いは、その大きさと4枚の羽。航空機を思わせる羽がより繊細に気流を掴み、バーニアで急加速したツバサの動きを機敏にした。


そして居合の速度で振り抜いた姿勢のまま機械の群れを通り過ぎる。50m先の機械までが真っ二つに破断して吹き飛んでいた。握った(つば)から伸びた刀身は、長く伸び切った質量兵器のチェーンウィップ。瞬く間に鍔へ収納され、磁石によって鞘へピタリと戻された。


(ツバサと言ったか。アイツは相当強いな。ニホンコクに戦う子供が妙に多いのはそういう文化なのか?不思議だ。)


誰も速度を緩めずに時速300kmで廃墟群の転がった草原を駆け抜ける。この速度で既に2時間移動したがまだ終着点へ着かなかった。


昼を過ぎ、プライベートルームで休息を取る事になった。特務班の誰もがこの速度での行軍に慣れているものの、ぶっ続けで半日以上飛ばすような経験は少ない。


皆が昼食の準備をする間、ドラゴンは応接室でビャクヤに顔を合わせていた。パンタシアと比べると、最低限企業の重役を迎えられる準備だけ整えられた寂しい部屋模様。


(やっぱりパンタシアの応接室の豪華さはメガコーポの代表レベルですわね。)


顔に出さずともビャクヤは内心でそう感じていた。


巨大なキメンの剥製、虹天宝玉、壁に飾られた数多くの冒険の証に勲章。調度品は一級品揃い、センスも成金臭くなく整っている。優秀なコンサルタントのデザインした応接室には、最近サンゴサラマンダーの棲まう大型水槽まで追加されていた。


「見比べないでって。」


思わず苦笑するドラゴンはビャクヤの内心を見透かす。顔に出さずとも視線の動きで察していた。


「今回の作戦の為に用意されたレンタル‥‥とは言っても流石に寂しいですわね。」


「生憎私達のような兵隊さんからすれば、ここにお高い壺でも設置されたら扱いに困ってしまいます。ふふっ、それよりも報告を。」


進捗は順調。エンリッヒが言うのにはもう聖堂は目前のようだった。そこで一つ問題が起きる。


「シブサワの方はまだ一歩到着が遅れそうですの。ダンジョン内のエリアはランダム、向こうはだいぶ複雑な地形を続けて引いていましてよ。ですが‥‥」


「そうねぇ。私達の班にも優秀なアコライトは居ますけど、あくまでアコライト(衛生兵)であってお医者様じゃないのよ。」


先に聖堂へ突入するのはリスクが高かった。


「そもそも呪いの一件も原因は確定ではないの。ラフィが居ればリスクを最小限に抑えられるけど、私達だけで動くのはやっぱり危険じゃない?」


ドラゴンの言にビャクヤは指示を出す。


「分かっていますわ。ですが、先に聖堂前を確保して待機しているようにしましょう。機械のような脅威が居ましたら排除をお願いしますわ。」


やはりコーポの判断としては先着した事実が欲しい。エンリッヒの証言から聖堂内へ直接出るのではなく、その周辺の広場に出口が繋がっているようだった。ならば広場の確保を済ませてしまおうとビャクヤは考える。


今回の探査計画は、全体的に赤翼が主導権を握って動いて来た。ここでも一歩先を行けるのならそうしたい。


「ではそのように。」


ドラゴンは颯爽と応接室を後にした。


「特務長、お昼の準備が整った。」


ツバサの視線の先で班員達が既に弁当を開けている。ホカホカ適温弁当、内訳は複写ゲル製の肉。甘辛いタレに絡んだ肉と米にタマネギを添えればスタミナ弁当が完成する。


一口食むツバサの表情に感動は無く、ホロウインドウの向こうへ意識が向いたまま飯を胃へ流す作業をしていた。ドラゴンも同じ様子で、エンリッヒはそんな様子をジト目で見ていた。


「あら。ごめんなさいね。そんな目で見ないでって。」


ピクリと反応したミニフィーがR.A.F.I.S.Sで伝えてくる。R.A.F.I.S.Sをほんのり発してエンリッヒとの意思の疎通を手伝ってくれる可愛いミニフィーは、当然のようにツバサの膝の上に抱えられていた。


(なに、ラフィらはさも美味しそうに食を楽しんでいたが‥‥これは黄に値しないのかね?)


黄‥‥ああ、娯楽を意味するシャーリアの慣用句だったか。色に例える文化を思い出す。ドラゴンは困った風に返した。


「ラフィ達が食べているものはこういうのとは違うのよ。本物の食材を使った最高級品よ。」


言葉の意味をミニフィーが翻訳してR.A.F.I.S.Sに乗せる間にも、誰かが口を突いて声を差し込む。


「はははっ!今頃シブサワの連中は何を食ってるんだか。100%本物の肉で出来たスタミナ丼か?」


「まさか昼からビュッフェとか無いよな?」


「分からんぞ?うな重を腹一杯、お代わりし放題なんてな!」


「あ〜っ!ホント羨ましいぜ。飯の予算青天井、しかも超一流のシェフがその場で作って出してくれるんだろ?」


「止めろ止めろお前ら!ただでさえゲル食ってんのに弁当が灰色に見えてくんだろうが。」


長期任務上がりのPMC団員が一番にやる事は、決まって本物の食材を使ったレストランでの打ち上げパーティー。任務中の娯楽が飯に隔たるお陰で彼らは美食家。良い給金の使い道はやはり飯。


本物の肉と野菜を齧る権利には、高い金を払う価値があると知っていた。


庶民からしたらこの弁当でも十分美味しいもの。エンリッヒからしても美味くて思わずかき込んでしまう。確かにラフィの所でご馳走されたものと比べたら数段劣るが、それでも美味いものは美味い。


なのに彼らは文句たらたらで、ドラゴンも苦笑するばかりだった。


シャーリアで黄の食事、即ちご馳走と言えば食材に“獣の肉”が使われた料理全般。ごく僅か畜産で獲れる獣の肉が、年数回口にする機会があるかどうかの貴重品。誰もが野菜と果実、海竜種の原生生物由来の魚肉を主食にしていた。


年中足りる事も無く、野菜の収穫期を過ぎればひもじい想いをする時期もある。1日2食生活も珍しく無かった。


飽食の時代。


ニホンコクの食文化はシャーリアの遥か概念の外側。食の満ち足りた世界の者達は、肥えた舌が腹を満たす幸福を忘れてしまう。腹が足りても満足感に飢える姿は、エンリッヒから見て異様だった。


(足るを識り、足らざる不幸を忘れるなかれ。飢えない世界の住人達はどこまでも貪欲で‥‥美しくない。)


エンリッヒは舌と腹を満たす弁当を空にしていた。これ程の食事の場に笑顔が無い事に失望した表情を隠さず、美味しそうに食べるラフィの事を思い出していた。


そんなエンリッヒを視界の隅に捉えたまま、ツバサはホロウインドウを眺めながら箸を動かし続ける。美丈夫の不満げな顔。どうでも良い。興味があるのはイケメンではなく、カワイイ。予測不能な警戒対象として観察する傍ら、視線が追うのはラフィのライブ映像。


笑顔が弾ける!可愛い。


その場でターンっ!ウインクっ!愛らしい。


きゃーっ!(,,>᎑<,,)


好き。


セイテンのシークレットサービスをも務めるツバサは、ラフィの生ライブを見る機会に恵まれなかった。赤い瞳は天使の笑顔に魅了されていた。



『ぽてち』

ういんぐ殿!1時間前に公開されたラフィチャンネルの新着動画見ましたか?!

ファンクラブ必修の20分ですよ!それがしは0:05秒に見せた一瞬のメス顔にもうトロトロでゴザルよ!



スマイルのメッセが揺れる。勿論任務中故見る事が出来ない。外部への不要な通信は御法度、今見てる映像も出発前にスマイル内へ落としたラフィのライブ動画なのだ。

プライベートルームに入った際に、通信をオフにしたスマイルが電波を拾って勝手にオンに切り替わっていた事に今気付いた。

サムネ画像の中で笑うラフィは、両手でハートを作って楽しげ。『スーパーセル探索秘話&ラフィ一家の深未踏地料理チャレンジ』‥‥気になる。



『ういんぐ』

ぽてち殿、誠に申し訳ないがまだ未視聴故ネタバレは控えて頂きたい

只今拙者は社畜中、夜まで見れないだろうと嘆いている

ファンクラブ会長として情け無い事だがご理解頂きたい


『ぽてち』

それがしも社会人、お仕事なら仕方ないでゴザルよ

夜になったらご感想をお願いします!



互いに身の上は知らないが、SNSに集まった同志とラフィの背中を追う。


「そろそろ出発の時間よ。準備しなさい。」


ドラゴンの声に腑抜けた顔立ちが、キリッと。


「はっ!」


ツバサは直ぐに立ち上がった。


行軍再開、昼食を終えて元気漲る面々の動きはより一層軽快に。直ぐに聖堂前へ続く扉に迫った。エンリッヒが木のドアを押し開け、その先を確認する。


「どうやら辿り着いたようね。予定じゃ1週間だったけど、赤翼も足なら2日で着くわ。」


ドラゴンは少し得意げに先へ進む。聖堂前の大広場は朽ち果て、綺麗に円を描くよう整列した柱の半分が折れて倒壊している。美しい金の装飾も土埃でくすんでしまっていた。


エンリッヒが言うには、元々はここで空歌の姫と共に祭事を行っていたらしい。それ以外の日は学校施設としても使われていた。大勢を収容出来るサイズの広場は大きなランドマークとなっていた。


「そのまま複合商業施設を建てても敷地を余しそうね。それで、あそこが聖堂の扉と。」


目前に厳重に閉じられた大きな石の扉があった。金が美しいドアは魔法で何重にも保護され、埃一つ被らずに当時のままの様相を保っている。扉自体が芸術品のようで見る者に畏敬の念を抱かせた。


『解除には1日は掛かる。長めに見積もって2日あっても良い。』


───空を斬り裂く銀翼が気流を掴んで優雅に飛ぶ。その巨影が聖堂前の広場を覆う。


ドア前へ進むエンリッヒの肩をツバサは掴んで引っ張った。ドラゴン達が散開しつつ睨んだ先には‥‥全身が眩い銀の甲殻に覆われた飛竜が居た。半壊した建物の上へ着地し、尊大な態度で見下ろしている。


「ここにああ言う子は入れないって話だったのに。予定が狂うわ。」


「排除する。」


飛竜は飛龍とは違い、前足を皮膜を持つ翼へ変えた巨大なトカゲのような姿をしていた。全身が甲殻で刺々しく、長く強靭な尾に生えた甲殻は刃のように尖っている。そして高い知性を感じさせる目はギョロリと面々を見下ろす。


竜種は深未踏地に於いて龍以上に遭遇率の高い、極めて危険な大型の原生生物だ。過去には100人規模の大旅団を単独で壊滅させる災害級の獣害事件も起こしている。

全身が銀に輝く飛竜からはとてつもない威圧感を感じていた。ただの飛竜では無い、それ以上の存在だと直感させたのだ。


不意に飛竜が巨大な魔法陣を展開した。風が渦巻き何らかのバイオマジックが発動する!


「オイ!!危ねぇ!!」


ドラゴンの収納内で様子を見ていたギャザリックが急に飛び出し、近くに居たツバサとエンリッヒを引き寄せた───ッ!!!





ギガスの中、収容された魔王シャリアは笑う。


「さて、お手並み拝見だ。」


魔王無きシャーリアは主人不在の食卓。スーパーセルを一望出来るこの島を棲家にしたい原生生物は多い。その中でも銀翼の異名で呼ばれた飛竜はシャリアと何度も戦った仲だ。


シャリアがここに居る以上間違いなくシャーリアの都を巣にする為にやって来る。龍避けのダンジョンすらも破壊して。規格外の力を持つ銀翼ならそれぐらいするだろうと考えていた。


シャリアですら捕食出来なかった銀翼を討ち果たす事が出来るのか。


(確かに俺はラフィに魂を呪われたが、これは俺が企んだ事じゃないからな。この冒険の最後に試練を一つ乗り越えて貰おうか。)


シャーリアが原生生物の巣になっている事は事前に伝えた。どうせ助けて貰えるのなら銀翼の駆除も頼みたい。素直に全部打ち明けた結果、日和ってシャーリア探索計画を白紙にされても困る。それにニホンコクの力をもっと知りたいし見たいと思っていた。


思惑は様々、ダンジョン内を俯瞰する魔王は1人楽しげにしていた。

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