568、水道橋の冒険
翌朝。寝室でタマさんの体温に甘えたままふにゃっとするボクは、冒険の夢を見て身を起こす。次は何が待ち受けているのかな?起きて曖昧になった夢を追うように、パッとベットから飛び降りた。
「おはようございますラフィ様、今日の朝はフレンチトーストセットで御座います。」
「おはようございます。楽しみですね。」
折角だしプライベートフォレストのテーブルで、風に当たりながら楽しもうって用意が進んでいた。
ツリーハウスからオウルさんが手を振っていて、その下に並んだテントからウメさんとジークバールさんが現れる。カテンさんも朝の作業が終わって、農場の方から飛んで来た。
「ラフィ様、昨晩に続いて今朝もこのような食事を用意して頂けるとは。感激です。このジークバール、今日も一層の武働きを約束致します。」
「お礼はブランさんにお願いします。それと、今日もズンズン進むんですから。頼りにしていますよ!」
ハイタッチ!そしてミライさんが寝ているテントを覗く。もう時間ですよー。ベッドに寝転がるミライさんをゆさゆさ、ホロウインドウから伸びたフィクサーさんの指が寝ぼけるおでこにデコピンっ!
「ふぎゃっ?!」
『にゃは、おはよう。寝坊ですよ!ほら早く顔洗って!あとメイクで薄っぺらい顔を整えて!』
ミライさん、おはようございます。グッと伸びをするミライさんは、ちょっとボクから顔を逸らし気味にツリーハウスの方へ足早に。洗面台はツリーハウスの中だから。
食卓が整う間、ツキシロにも朝の挨拶をしに向かった。大きなモフモフがボクに身を寄せ、尻尾がグイグイと引き寄せる。お腹に体を埋めながら癒しを振りまいて、朝ごはんのお肉をイルシオンで巻いたお皿で差し出す。
毎朝のルーチン、ツキシロのお世話をするボクをジークバールさんは興味津々に眺めていた。
「ラフィ様はフェンリルすらも飼い慣らす。かの猛獣と心を通わす者はシブサワグループにもおりません。」
「ボクにはR.A.F.I.S.Sがありますから。ツキシロも一緒に戦ってくれる仲間です。」
「ふむ。して、今ツキシロは何をお考えになっているか分かりますか?警戒されているようではありませんが、しきりに見つめられていまして。」
ええと、特別な想いがある訳じゃないんだけど。
「‥‥前見えてるの?って思っています。両目が眼帯で覆われていますから。」
ツキシロの目が見開く。ツキシロが見つめた先、ジークバールさんが居ないことに今気付いた。ジークバールさんはボクの目に立って恭しく礼をしている。いつの間にか長身の黒軍服が懐へ移動していた。
バウッ?!
驚くツキシロが思わず飛び退く。懐に居た筈のボクの姿も無くて、ジークバールさんに連れられて既にボクはテーブルへ向かっていた。狐に包まれたような顔で呆然とするツキシロ。
「からかっちゃダメですよ。」
「はははっ、これは申し訳ありません。ですがそろそろお食事の時間ですので。」
ツキシロは何が起きたか全く分からない風だった。ジークバールさんの眼帯の下にあるのは魔眼。その強大な力は眼帯越しでも簡易的に使えてしまうようだった。
フレンチトースト、そしてハーフオムライスにウインナー。ミックスベリーのフルーチェにフルーツサラダ。足りないヒトは昨日の残りのお肉類も。
皆で食卓を囲って朝の時間を楽しんだ。そして応接室にミライさんの駆動魔具が届く。キュエリさんがミライさんへ、
「このブレードランナーは貸与品だ。今回の探索で必要になったそうだからな。練習に励みラフィ様の足を引っ張る事の無いように。」
「は、はいっ!頑張ります!」
そう、ブレードランナー。アクアマリンの作る水路とも相性を考えると、フェザーステップやエアキャットは良くない。操作性に癖があるから、午前中はミライさんはブランさんとプライベートフォレストで練習する事になっていた。
ボク達はそのまま探索へ出発する。早く乗りこなして追い付いて来てね!
「それじゃあ出発です!今日中にこの階層を抜けたいです。」
「とは言え、本当にだだっ広いわね‥‥」
ボク達の足元を水が緩く流れて行く。そこは大きな水道橋の上。眼下の世界は草原と崩れた水道橋の残骸が永遠と続いていて、今いる水道橋とは別の水道橋もそこら中にあった。
でも1番驚いたのが‥‥
「スケールバグってませんかね?」
「ふむ。ザッと3000mは超えるな。」
「まだ先があるぞ。我の目測だと5000m級か?」
薄っすらとした霧の向こう、連なる水道橋がとんでもない高さで。遥か上からパラパラと霧になった水流が落ちて来ている。それに空を飛ぶ機械の影も見えた。
皆で上を見上げて、オウルさんに次の出口を指して貰う。案の定そこは遥か上空。大魔王のダンジョンは規模感がとんでもなかった。
「5000m級の山と同サイズの水道橋に登るの?アクアマリンで走って行ってもどんだけ掛かるんだか。」
道中に機械の影はわんさか、何も無い空中を真っ直ぐ向かうには危険過ぎる。遮蔽になりそうな付近の低い水道橋を経由しつつ、徐々に目指すしか無さそう。
『イーディウスでラフィ様だけ突っ切るのは如何でしょうか。多少リスクはありますが、真っ直ぐ突っ込んで出口まで向かった先でワープゲートを開きましょう。』
それなら5km離れていても‥‥直ぐに行けそう。イーディウスはマッハ1で航行出来るし、5kmなら20秒も掛からない。リスクは最小限、何か居ても凄い衝撃波を出すから近付く前に粉微塵にしちゃう。
でもオウルさんは首を振る。フィクサーさんもデスヨネーって風に肩をすくめた。
「イーディウスは風の主も使える。乗り物だから形は違うけど私達も使える。‥‥今は現物が無いから使えないけど。勿論敵が奪って使う可能性も考えるし対策もしてある。」
うう、そうだった。イーディウスはシャーリア原産の乗り物。シャーリアの防衛ラインになるダンジョンが無対策なんて都合良く進まないよね。乗り物である以上奪われる可能性も考えないといけないから。
「この開けただだっ広い空域の多くの場所が、別の場所へ飛ばされる次元の入り口になっている。真っ直ぐは向かえないし、基本水道橋から離れた場所は危ないと思って良い。」
ウメさんはため息を吐く。
「ズルは許さないって事でしょうか。こう、向こうの思惑通りに動くしか無い状況が面白くありませんね。」
タマさんも諦観した視線で空を見ていた。
「マンチプレイの一切を認めないゲームキーパーってのもツマンナイわよね。俺様のルール通り、想定外は全部禁止ってか。ムカつくわ。」
圧倒的なエゴを押し付ける空間、それが魔王の異界化で。ダンジョンも異界化の一つの形のようなもの。その中を探索するなら納得して進むしかないんだ。ボク自身が魔王だからか、そういう所に理解がある感じがした。
一瞬差した希望のロウソクが、意地悪な顔のシャリアに吹き消されてしまう。仕方なく地道に進んで行く事に。チャップチャップと水を足の甲で掬い上げ、小さな飛沫を霧へ変えながら水道橋を行く。
世界の気温は10℃前後で肌寒い程度、何処を見ても薄っすらとした霧が水道橋の影を隠す。目前の水道橋を行った先で影が差す。柱が連なって、上層の水道橋が天井になっていた。
「オウルさん、水道橋からはどれぐらい離れる事が出来ますか?」
「大体25トゥク‥‥ええと、10m。」
タマさんが適当に拾った欠けた水道橋の破片を放り投げた。オウルさんの言う通り、それぐらいの距離でフッと破片が姿を消す。
「危ないですね。ラフィさん、アクアマリンを使って具体的な空域を割り出してから上層へ移動しましょう。」
「はい。しっかり確認しないと大変な事になっちゃいます。」
『魔法による空間の歪みは感知が簡単ですが、魔王の力由来となるとやや専門外なんですよね。通りやすいよう、狭い場所はワタシが空間を押し広げてしまいましょうか。』
結果は同じでも原理が違うと感知方法も変わっちゃう。フィクサーさんにも得手不得手があるんだから。
「ずっと向こうに階段もあるわね。メンテ用っぽい超狭いやつだけど。」
「飛んだ方が早いです。階段を毎回探してたらいつまで経ってもここを抜けられません。」
アクアマリンで水路を作って、空域を把握する間。急に世界が薄暗くなった。何だろう?世界全体にモノクロのフィルターを掛けたみたいに見える。
警戒するボクの袖をオウルさんが引っ張った!
「来てる!早く!」
「えっ?!」
R.A.F.I.S.Sが情報を共有した!
今この空間に別の空間が覆い被さっている?この世界の上に別の世界のレイヤーを重ね合わせたような状態かな?
それよりも問題なのは、別の世界を徘徊する魔法生物の類いがボク達を認識していて。向こうから直接干渉は出来ないけど、影に接触するとそのまま別の世界へ転移させられてしまうって事!
向こうから薄っすらとした影が飛沫を上げながら迫って来ていた。タマさんが反射的に銃を撃つけどすり抜ける。フィクサーさんが咄嗟に空間を広げて距離を取ってくれた。
「急ぎましょう!」
よく見えないけど、そこかしこで飛沫が上がって何かが迫って来る!水路を皆で駆け抜けてそのまま上層へ、迫る飛沫の影に正面からぶつかっちゃわないようR.A.F.I.S.Sを展開して行く。けれど、
「R.A.F.I.S.Sで感知出来ません!」
脳波も無し、物理的に存在もしない。別次元の存在は感知出来なかった。上がる飛沫自体を感知は出来るけど、もし空を飛んで移動する影が居たら気付けない!
「パンタシアに避難する?」
「ドアを付けられる場所が無いだろう!」
カテンさんの言う通り水道橋にはドアを貼り付けられる壁が無い。柱は円柱状だし、精々水路脇の縁があるぐらい。
「壁が無くてもあんのよ!」
タマさんの言わんとする事は分かる。パンタシアのドアへ同期したキャンピングカー。ヤマノテシティへ入ってからは、駐車場代も掛かるしで久しく使ってなかった移動拠点。今回も壁が無かったらキャンピングカーを使おうかなって考えていたけれど。
「車と影が接触したらどうなるんでしょうね?」
ウメさんの指摘はごっとも。車ごと別の世界へ飛ばされちゃうかもしれない。やっぱりリスクが大き過ぎる。
「この世界の接触は数分で終わる!」
オウルさんの声にジークバールさんが先頭へ出た。
「試していましたが、やはり影の存在は私なら感知出来るようです。」
魔眼の効果かな?R.A.F.I.S.Sに位置が共有されて、ボク達は駆動魔具で滑走しながら一気に滑り込む。頭上を空飛ぶ影が薄っすら通過していた。そのまま速度を落とさずに次の階層へ。アクアマリンが水路を作って、もっと上の階層に飛び上がる。1階層毎に10mから30m程上へ上がれた。
そんな所へ機械が襲撃を仕掛けて来る。ワシのような巨体が迫り、魔法的な紋様の刻まれた鉄の羽が羽ばたいた。顔の代わりにガラスの宝玉のようなコアが一つ目の頭部に付いていた。
「応戦します!」
包囲するよう数が10以上居て、ジークバールさんの黒い剣閃が2体を真っ二つにした場所を皆で潜り抜ける。S.S.Sから覗いたフェンリルが6体の頭部を灼き貫き、タマさんの3M50が残りを粉々に撃ち砕いた。
水流に潜んでいた平たい機械が鋭い牙で飛び掛かり、
「纏めて吹き飛べ!」
カテンさんの激しいブレスが水流ごと正面の全てを吹き飛ばしてしまう。追い風に背中を押されるボク達は、水の枯れた水道橋を猛進した。
数分後、やっと世界が元の色を取り戻して影の気配が消える。ここはとっても危険な世界だった。
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