567、団地の中の迷宮をぐるぐると数時間
ここは誰かの住居の中。簡易な寝床に古くなって痛んだ家具が並ぶ。
「嫌よねー。緊急事態とは言え、自宅がダンジョンに組み込まれてさ。こうやって侵入者に踏み荒らされるとか。」
ここに住んでいたヒトも聖堂へ避難したのかな?
「仮に生きていたとしても、自宅の惨状を前に頭を抱える事になりそうで御座います。」
家具は全滅、埃まみれでカビも凄い。ダンジョン化の影響で建物が倒壊する気配は無いけど。
ジークバールさんがサッとドアの外を見回して、そのまま皆で階段へ。階段もかなり狭くて、横に2人並んで歩くのも無理な幅。しかも結構急な角度!都市の快適な階段と比べると登りにくい‥‥!
強化外装のお陰で階段を上がる事自体の負担は少ないけど、駆動魔具を使うのは厳しい広さ。建物から体を乗り出せない都合上、時速100km超えでかっ飛ばすのは危険過ぎるから。歩きで地道に登って行くしかない。
宙を泳ぐカテンさんはそんな皆の一歩先を進んで、ちょっと得意げだった。
強化外装の出力でグングン登るボク達はあっという間に20階層上がって行く。そんなタイミングで再び風の気配をカテンさんが感じ取った。
「来るぞ!」
「避難を!」
って?!近くの部屋のドアがどれも経年劣化で壊れてる?!中に吹き込んで来ちゃうよ!
「パンタシアのドアに逃げるわよ!」
パッとドアを壁に呼び出して、皆で慌てて駆け込む。ピシャリ、ドアを閉めれば空間が隔てられて風の轟音を聞く事は無かった。
リビングの中で一旦後回しになっていた報告業務をする事に。ウメさんとブランさんが手配して、応接室でモモコさん達と顔を合わせた。
「事前に聞いていた話以上に中は複雑なようだね。先ずはお疲れ様。」
あったかい紅茶ジュースでまったりするボク達をモモコさんが労った。
「内部はとんでもなく広いんです。今いる場所も出口は丸一日ぐらい階段を登った先だって聞いています。」
レイホウさんも同情的。
「魔王の居る大規模ダンジョンの探索はこれが初めてではない。その時も場所によっては6時間程荒野のような場所を駆動魔具で駆け抜けたという。完全に想定外ではないが‥‥欲しい支援があったら遠慮無く言ってくれ。」
ブランさんは今は大丈夫だって伝えた。でもこれから弾薬とかが足りなくなるかもしれないし、即座に補給を手配出来る準備をしておくよう念を押した。
「未知の空間へ挑むので御座います。赤翼の方の班は順調でしょうか。」
「向こうにも拠点用にプライベートルームを持たせている。まだ通信が無い以上、探索を続けているんだろうね。」
オウルさんはダンジョン内には昼夜の概念がない事を説明する。日が沈まないから、時計を見て時間配分を決めないと危ない。
「現時点で出発から半日か。この階層は抜けたいわね。」
「はい。少し休憩したら進みましょう。」
応接室を後に、ソファーで寛ぐ間も作戦会議。
「このまま歩きだと時間が掛かり過ぎちゃいます。アクアマリンを使いましょう。」
階段を駆動魔具で駆け抜けたい。狭いけど技術的には行ける筈。問題なのは万が一の事故で誰かが階段の外へ投げ出され、どこか別の空間に転移して逸れちゃう事。技術的に行けても、危険行為なのは事実だから。事故が起きる可能性がぐっと上がっちゃう。
「ボクが前を行って、アクアマリンで水の壁を張ります。壁があれば落ちちゃう危険を無くせると思うんです。」
リビング内で外の様子を監視する。今なら風は吹いていない。休憩を終えた皆が一斉に飛び出した。
ボクが先導するよ!とアクアマリンを展開、水の壁で階段を覆いながらも水路を作る。水路の上をステラヴィアで滑走した!皆もブレードランナーで水路を掴む。ミライさんは走って皆のすぐ後ろを追った。エアキャットとは相性が悪いから。
「ラフィは速いね。」
オウルさんもサイバーテック祭具な槍を抱えてボクのすぐ後ろを飛ぶ。ふわりと浮き上がった体はとっても速くて余裕そうに追い付いて来ていた。
階段を上がる速度が大幅にアップ!風のように一気に進んで行く。次のジェット気流が来るまでに50階層分も進んでいた。
ジェット気流が来たらパンタシアの中へ。小休憩を取って、収まったら再び進撃。
「流石に目が回って来るわね!」
「後ろから支えましょうか?」
ブランさんの手から逃げるようタマさんはオウルさんの背中に食らいつく。ミライさんは大丈夫そうだけど、ブレードランナーで滑走しているとグルングルンと視界が目まぐるしい。ボクは目を回さない、でも普通のヒトにはキツいかも。
150階層進んだ先、地形が変わった事に気付いた。
「階段が途切れています!」
「ほぅ。廊下が迷路のようだな。」
急に団地の廊下が迷路みたいになっていて、上へ向かう階段が見当たらない。今度は階段を探さなきゃいけないの?!
「コイツは時間が掛かるぜ〜。容赦なさ過ぎでしょ。」
「場合によってはここが存亡の要になる。思い付く限りの妨害が仕込まれている。」
オウルさんが先導する。ボク達はそのまま一室の中へ踏み込んだ。部屋の中にも木のドアが沢山付いていて、ドアの先に寝室。その先に玄関。その先にリビング。その先に物置。
ランダム適当に繋がった埃っぽい廃墟の部屋を潜って進む。
「それと、レーダーに反応があります。」
ウメさんの声にボクも答えた。
「はい。R.A.F.I.S.Sが動く気配を察知しました。脳波無し、機械類です。」
まぁ配置されてるよね。
「ラフィ様。私が蹴散らします。狭い室内で皆で暴れるのは同士討ちの危険もあります故。」
ジークバールさんがオウルさんに案内されながら悠々と一歩先を行く。
部屋を出た瞬間、手元から伸びた黒い鞭のような剣が一閃。2本の剣閃が待ち構えていた機械3体をバラバラに斬り飛ばしてしまった。
タマさんの口笛、ウメさんも少し自慢げに。
「シブサワPMCの中でも選り抜きの精鋭ですので。」
オウルさんも敵の存在を無いかのように進むジークバールさんに驚いていた。
両目眼帯な大男は鼻歌混じりにズンズン進む。機械の鉄腕が黒い剣閃で斬れ飛んで、天井スレスレの巨体が真っ二つ。戦闘音は激しくも、その歩みはボク達と廃墟の冒険を楽しむ姿。黒軍服の大きな背中は大して揺れもせずに、定期的に振り返ってボク達の話に加わっていた。
「この武器は使いこなしが大変ですが、ラフィ様のイルシオンにどこか似た性質を持ちます。その神々しさと万能さには及びませんが。」
鞭として振るうことの出来る、液化と硬化を自在に切り替えられる2振りの黒い軍刀。手首の動きだけで凄まじい速度で振るう事が出来るようだった。
戦う姿を見たお陰か、ミライさんのジークバールさんを見る目が変わる。カッコいいと小声でボクへ感想を聞かせてくれた。
ジークバールさんが先頭を進んだお陰で、消耗少なく次の階段が見つかる。
「壁も全部突き破って進めれば早いのですが‥‥」
ウメさんの構えたバッグガンが、大口径の一撃で凹みもしない壁を小突いた。大魔王シャリアの魔力で創られたダンジョンなだけあって、壁一枚壊すのも大変なんだよね。一応試したけど、セイグリッド・エンジンでも突き破れなかった。
そうやって進む事更に10階分。ジークバールさんを定期的に休ませて、ボクやタマさんが順番に前へ出て足を止めずに進んで行く。幸い敵は銃を持ってないし、場所が狭いから一度に会敵する数も少ない。
油断なく戦い続け、遂にずっと続くんじゃないかってぐらい長かった終点へ辿り着いた。階段の先、ドアが1枚だけある階へと辿り着いたんだ。
「今日はここまでですね。」
時間的にもう夜8時。朝からだったから、流石にもう休まないと明日に響いちゃう。誰かが前で戦う間も、後ろの面々で後方を警戒していたから消耗も目立った。実際に背後から襲撃を受ける機会も多くて、狭い場所で乱闘にならないよう神経を使ったから。
でもその前に次の場所が何処へ繋がっているかは確認しなくちゃ。
そっと開けたドアの向こう‥‥
ずっと続く橋が見えた。その作りに違和感を感じてひょこっと顔を覗かせる。タマさんの顔もボクの頭上から覗いた。
「水道橋かしら?」
オウルさんが答える。
「シャーリア全体に水を行き渡らせる橋だ。ただ、空間のチグハグで本来の姿を失っているけど。」
緩やかに水の流れる水道橋の下からも、水の流れる音が聞こえていた。次もまた広大なエリアみたい。でも同じ景色がずっと続く感じじゃなくて、色んな形の水道橋があちこちに点在する様子が見えていた。ちょっとワクワク。
パンタシアで夜を明かす事にした。
「ブランさん、今日のご飯はなんですか?」
「ローストビーフ丼とスタミナ丼食べ放題で御座います。」
リビングの食卓へドン!と大皿に乗せられた山盛りのローストビーフ、そしてガーリックソース香る焼き豚。ボク達の手にはホカホカ白米ふんわりなドンブリ。
「こういうの食べたかったんだって!今日めっちゃ疲れたし!」
ミライさんは早速焼き豚をひょいひょいとドンブリへ移す。
「ローストビーフ‥‥そうね。ウイスキーかしら。」
「ワタシは赤ワインを。」
呼ばれればオボロさんとグジャさんも姿を現す。急に現れた2人に驚く事なくジークバールさんはローストビーフを摘んだ。
「ローストビーフ‥‥妾もこういうのは好みじゃ。おお、血が滴るような良い肉ではないか。」
「うむ。どちらの肉もかき込みたくなるな。」
食卓は賑やかに。オシャレなBGMが掛かったリビングはさながらレストランのよう。パパッと応接室の方からサラマンダー達もやって来て、お肉は食べなくとも賑やかな雰囲気を楽しむよう駆け回っていた。
「しかし、探索中にこうも豪勢な料理を楽しめるとは。赤翼の方には悪いですね。」
赤ワインを片手にウメさんはオフな雰囲気。スタミナ丼をかき込むボクにもお礼を言う。
「お、おい!我の背中に乗るな!ラフィよ、サラマンダー達が乗って来るのだ!」
「カテンさんの背中に乗っちゃダメです。ほら、こっちに。」
癒しの力で手招けばサラマンダー達がボクの肩へ飛び乗ってくる。パッとブランさんがソファー席のホロウインドウにバラエティチャンネルを映せば、そちらへ飛び付いて行った。見ていて飽きない忙しなさ。
「赤翼の方は今頃適当な冷食でも食ってんでしょ?流石にレーション齧ったりしてないわよね。」
タマさんのヘラヘラした声にミライさんもウゲーって顔。ジークバールさんは顎をさすった。
「まぁ作戦行動中ですが、プライベートルーム内で夜を明かせるのならある程度の食事は出来そうです。とは言え、このような贅沢とは程遠いでしょう。」
ウメさんも口元を汚しながらも頷いた。
「作戦行動中は集中を切らさぬよう、携帯ランチセットが基本です。」
兵士さん達の娯楽と言えばやっぱり食事。シブサワPMC旅団大隊でも出来る限り良いものを用意しているらしいけど‥‥
「複写ゲル製ですし。戦場で食べれるものとしては上等、と言うだけです。街の適当なレストランで良い感じの定食を頼んだ方が遥かに美味しいのは当たり前ですね。」
兵士さん達は大変そうだった。そんな中シブサワ班だけ高級レストランで出そうなぐらいの豪勢な食事。
「シブサワグループはラフィのスポンサーだけど、赤翼はまだそうじゃないし?スポンサー特権よねー。」
ローストビーフ丼‥‥というよりローストビーフをツマミに大人達はお酒を入れて談笑していた。タマさんが追加を頼めば、おつまみの種類がしれっと増える。
生ハムのモッツァレア巻き?ボクの好みじゃないけど‥‥一個欲しいな。
ジークバールさんの声は幸せそう。齧って赤ワインをひと啜り。笑みが溢れた。
燻製ソーセージ!あっ、それはボクも食べたいです!ドンブリに乗せて!えへへ。
ミライさんも同じように齧っていた。ソーセージは美味しいよね。
ブランさんは皆の欲しい物を直ぐにR.A.F.I.S.Sで感知して、手際良く調理して食卓を華やかせてくれる。
「ラフィくんはいーよねー。お金持ちの食卓って感じ。」
「今まで走って来た分、こうやって美味しいお食事を楽しめるんです。ミライさんも開拓者として大きくなればきっと。」
「そーだね。憧れちゃうよ。」
オウルさんは会話に混ざらず、マイペースにソファーの上でサラマンダー達に群がられながらバラエティを眺めていた。
「ラフィ、あれは何をやっている?」
ホロウインドウの中で、芸人さんがカラーボールを撃ち合うサバゲーの真っ最中。面白おかしい見た目になって敗退する芸人さんが、カメラに向かって吠えて存在感をアピールしていた。
「ええと。面白い企画を皆でやって、沢山のヒトに見て貰えればお金になるというか。そういうものです。」
「面白いのか。」
オウルさんの顔は少し‥‥楽しげで。大笑いはしないけど、サラマンダーを抱っこしながら楽しんでいた。
「ラフィ〜、そろそろお風呂入るわよー。ジークバール、言っとくけどアンタは最後に入りなさい。」
「大丈夫です。どうぞごゆっくり。私はここでワインを堪能しております。」
尻尾に巻かれてお風呂に連れられるボク、そして一緒に向かうウメさん。ジークバールさんの怪訝な声がウメさんの肩を叩く。
「ラフィさんと親睦を深めるのも大事でしょう。裸のお付き合いですよ。ここだけの話、最近は”女性らしい“アピールをしてもラフィさんは嫌がらなくなりましたので。」
「はぁ。ウメ副団長はやや酔っておられるようです。差し出がましいですが、ラフィ様へあまり粗相の無いようお願いします。」
「肌を合わせるだけですよ。そうです、ラフィさんに十分癒されて明日へ備えるのも大事な任務です。」
うう‥‥恥ずかしい事を遠慮なく口にするウメさんは、確かに酔っているようだった。ため息を吐いてボクへサッと頭を下げるジークバールさんへ、大丈夫だよ!と片手を振って応えたのだった。
ジークバールさんがお風呂に入る時に一緒にもう一回入ろうかな?ジークバールさんもしっかり癒そうって考えていた。




