561、冒険の先で育まれた食文化
「わっ?!寝てた?!」
飛び起きるミライさんの隣、ソファーに腰を下ろしたボクはんーんと首を振る。
「ミライさんはあの光る果実を齧った後昏倒していました。インプラントで体内を強化していないと耐えられません。」
タマさんの尻尾でおでこを突かれ、ブランさんが渡した水を飲む。
「うへぇ。危ないなぁ。やっぱいきなり食べるのは良くないよね。」
「当たり前でしょ。探索中にぶっ倒れるなんて。」
ミライさんは一つ失敗を経験して、慎重さを学んだようだった。
『まぁなんか美味しそうな物があったら食ってみたくなるのがニホンコク人です。ああ、次からせめて水で洗う程度の常識を持てるよう努力して下さいね!』
フィクサーさんに煽られても言い返せないミライさん。ぐぬぬ‥‥な表情で隣に座っていたボクを急に抱きしめた。きゃっ?!何で?!
「別にー。病み上がりに癒しが欲しいだけー。」
そう言われると動けない。ジト目のタマさんにチョップされながらも、ミライさんの手がボクのお腹を撫でさすっていた。
夕日に染まるホワイト・シーを眺めながら基地へ帰還、早速成果の報告を。
「初めて樹木を確認しました!それとこの実です!ピカピカ光っていて、すっごい甘くて美味しいんですよ!」
はしゃぐボクからモモコさんが実を受け取る。
「結構重いね。ツルツルスベスベな電球みたいだ。これを齧るのかい?」
「止めておきなさい。ミライの奴、齧ってぶっ倒れたから。ちゃんと胃をオークインプラントで強化しないと耐えられないわ。」
ミライさんはモモコさんへ苦笑いを浮かべつつ、その後ろへ控えるよう戻る。コウジさんに肘で小突かれていた。
「ほう?これが雲と虹の秘境に生える果実か!私のような立場の者の胃はインプラントで強化されている。大半の毒に耐えられるという事だ。」
食べる気満々なセイテンさんはソワソワ。悪い顔でタマさんが手渡す。タマさんの口には合わなかったけど‥‥大丈夫かな?
「あの!とっても甘いので注意して下さい。」
「私は甘党だ。ん〜、芳醇な香りだ。この香りをアロマにしても人気が出そうだな。濃い魔力を秘めた深未踏地の果実の匂いは、鼻の奥へ残るような独特さが評判でね。敢えていうなら桃、マンゴー‥‥マスカット。それと未知の初めて嗅ぐ柔らかい匂い。」
ちょっとハラハラした顔のバーズさんを気にも留めず、皆の前でパクリ。その目が見開く。
「んっ?!んんっ!!コイツは‥‥!」
タマさんの肩を叩いた。
「美味いな!!今まで食べて来たフルーツの中でも一番かもしれん!ああ、果汁が垂れてしまう。」
果汁がジュワジュワ、齧ると泡立ちながら垂れちゃうんだよね。あっという間に完食したセイテンさんをレイホウさんは少し羨ましげに。
「セイテンの予後経過を見てから頂くとするか。ファーストペンギンは任せたぞ。」
モモコさんも同じ考えだった。
「あはは、セイテン代表の勇気に甘えるとしよう。深未踏地の果実は毒性が無いと分かっていても、中々ね。新種となれば慎重になってしまうんさ。」
研究センターからやって来た白喰みさんへ果実を託す。
「矢継ぎ早手に成果物が転がり込んで来る。あの妙な生物の研究チームを募って立ち上げた所だというのに。しかし流石に栽培実験となると長期になるし、ここの設備では難しいな。虹渦島に生息地と同じ環境を再現してそこでやるとしよう。」
ブランさんが環境データを送信して、あの場所の土壌のサンプルや陸珊瑚のサンプルを渡した。高度は違っても同じ深未踏地内だし、工夫すれば大丈夫かな?
「ラフィ様のお気に入りですので、期待していますよ。」
「栽培に成功したら、お前の持つラフィのデータを頂きたいものだ。」
「成果次第で御座います。」
ボクのデータ?良いけど、なんか恥ずかしい。
そんなやり取りを終え、今日の探索はこれでお終い!とパンタシアへ戻って行った。研究センターの皆のお仕事はこれからだけど、ボク達は今日は終業だよ。
プライベートフォレスト、ツリーハウスの上からオウルさんが手を振っていた。ブランさんがご飯を用意してくれている間、ツリーハウスの中でオウルさんとニホンコク語のお勉強。
R.A.F.I.S.Sの助けもあって、オウルさんの飲み込みは早い。エンリッヒさんも後を追うよう、一生懸命な感じだった。
「だいぶ、話せる。」
むふーっなオウルさんの得意げな顔。エンリッヒさんは興味を持って眺めていた四字熟語時点を横目に、何個か挙げるようにお願いを。
「ニホンコク語、ワカラナイ。」
スン、とした顔のオウルさんが白旗を上げるのは早かった。
『日常会話で四字熟語は使う機会があまり無いです。状況を端的に伝えたり表現する際に役立つ物ですが、習得は必須じゃありません。』
ボクの擁護にホッとした顔。
『しかし四字熟語とは面白い。漢字4文字の組合せが様々なシチュエーションをピタリと現す。言葉遊びに近い感覚だ。』
エンリッヒさんは日常会話の勉強の傍ら、ニホンコク語の魅力に触れて楽しげにしていた。オウルさんは意思の疎通の為にお勉強しているけど、エンリッヒさんは学問として興味を持っているみたいで。
質問は多いし、ボクも頑張って答えていた。
『とは言えラフィさまも義務教育を終えていません。魔王の蓄積した知識によって博識さを持ちますが、それも隔たりがちです。ラフィさまもお勉強を頑張っていきましょう!』
「はいっ。知識を集めるのは好きですから。」
それも魔王の本能に根差したものかな?何でも食べて知識を取り込んで強大になる魔王。ボクも同じように、学んでより強大になるんだ。食べるよりも体験して、見て、学ぶんだけどね。
タマさんもちょくちょく差し入れを持って来る。
「メシの時間にはキリ良い所で切り上げられるようにしなさいよ?はい、ラフィ。」
ボクにそっと差し出されるしゅわしゅわジュース。つるんと瑞々しい切られた果実がコップに刺さってる。わぁいっ!(˶ᵔᗜᵔ˶)
そしてオウルさんとエンリッヒさんへ差し出された、ジャーキー1枚。
「何だこれは。」
「美しく無いね。」
タマさんも同じジャーキーを噛みながらソファーにどっかり座る。
「何ってアタシのおつまみよ。何も無しよか良いでしょ?飲み物欲しかったらそこの冷蔵庫から取りなさい。アンタらの世話代は経費で落ちるし、好きにして良いわよ。」
ならばと早速2人して冷蔵庫を物色。
アイツらの生活圏に遠慮という単語は無いのかしら?タマさんはボヤいていた。良いって言うけど一定の遠慮が欲しい、と言うニホンコク的な文化。0か100じゃなくて、50ぐらいの配慮で譲り合うような奥ゆかしさ。
「気難しさとも言う。」
ペットボトルの紅茶ジュースを飲むオウルさんは何気なく核心を突く。ニホンコク語はニュアンスを立体的に表現する事に長けた言語。“良い”という言葉は色んな含みを水面下へ潜ませる。
「暗黙の了解が裏にある言葉は難しいのです。オウルさんはもう一緒に冒険した仲ですし、ボクは冷蔵庫を好きに使っても良いと思います。」
そもそもツリーハウスの冷蔵庫は、皆がプライベートフォレストに遊びに来た時に好きに中身を持って行って良い感じの場所。ジュースやお酒にカットフルーツやチーズ類のおつまみが常備されているんだ。
「とは言え、どいつも遊びに来るなら手土産の一つでも持って来るけどね。手ぶらで来て食うだけ食って帰るような奴は居ないわよ。」
オウルさん達はふーん、とニホンコクの文化を知った風だった。
「こちらでは、糧は皆で分かち合うもの。空の上、糧は沢山ではない。」
タマさんもそう言われると納得の色を見せる。
『まぁ浮島の上じゃ経済なんてありませんし、せいぜい飢えないよう原始時代のような生活を送っていたのでしょう。冷蔵庫の食べ物を“資産”として見てしまうニホンコク人とは相容れない常識の違いとなります。』
フィクサーさんも補足してくれる。オウルさんの服装を見ると文明レベルが低いって感じはしないけど、それでも食べ物も物資も足りる以上にはならなかったのかもと思っていた。
静謐の揺籠のよう、資産という概念自体が薄いのかも。そういう文化の違いを理解し合いながらも、共存出来るように話し合っていかないとね。全部受け入れるだけじゃダメ、ニホンコクのルールも知って貰わないと。
「と言う事で、ご飯が済んだら言葉だけじゃなくて色々科目を増やしていきましょう。」
『ワタシが面倒見ますよ。ああ、タマはそこで飲んでぐだってて結構。にゃは、なにせ常識の授業ですので。』
ホロウインドウ内のフィクサーさんは講師の佇まい。飛んだクイックハックがその顔にパイをべちゃり!ヘラヘラ笑うタマさんにオウルさん達は背を向けてしまった。
「タマさん、ちょっかい掛けちゃダメですよ。」
「分かってるわよ。準ニホンコク人試験用のマナー検定の勉強やらせときゃ良いでしょ。一通りは身につく筈よ。」
タマさんが昔使ったマナー検定の教本を紹介してくれる。やっぱりタマさんは頼りになる!
「ま、悪魔の語る常識よりこっちの方が信頼出来るわよ。」
フィクサーさんはぐぬぬ‥‥な顔をしながらも納得して受け入れた。
「ラフィ様、今日はここでお食事なさいますか?」
「はい!ありがとうございます。」
ブランさんが出来上がった料理をズラリ、卓上へ並べてくれた。
「今日のお夕飯は一口ハンバーグソースビュッフェで如何でしょうか。」
一口サイズのハンバーグがお皿の上に山盛り!そして10種類のソースへ好きに付けて、パクリ!そんなメニュー。取り放題サラダボウル、フライドポテト、コンソメスープ付き。
「ハンバーグはレアですので、お好みの焼き加減でどうぞ。」
一人一個ずつ皆の前に熱々な焼き石が。
「これは、美味しいやつだ。」
「美しい黄を頂こう。」
オウルさんとエンリッヒさんも涎を垂らしてにんまり、ボク達もテンション上がっちゃう。
「メシの時間だな!お、今日はハンバーグか。中々凝ったメシを出す。」
呼ばれたカテンさんも農場から飛んで来る。小さな姿で、大きなテーブルの1角を眺めた。
そしてボクもオボロさんとグジャさんを呼び出す。
「妾と食べたいのか?愛子よ、愛いのぅ。」
「ほーお?これもまた良い肉だ。」
怪人な2人も夕ご飯の時間だけ参加させるんだ。流石に3食だとブランさんが大変だからね。食卓を囲う大人数、それを見越した大量のハンバーグ。
「いただきますっ!!」
フォークが伸びて、柔らかなお肉をプスリ。手元の焼き石にジュウッ!と押し付けて火を通す。
「赤身が残った状態で食しても大丈夫で御座います。まぁ、この場で生肉でお腹を壊してしまうヤワな者はエルフぐらいでしょうが。」
ケチャップからステーキソースまで色々試してお口を楽しませる美食の時間。オウルさんは、煙を上げるハンバーグを片手に言う。
「日々色んな料理が出て来る。どうやってこんな。」
R.A.F.I.S.Sに伝わって来るオウルさんの知るご飯。焼いても炒めても煮てもそもそも食材の種類も量も少なく、贅沢な食事にありつける機会は早々無く。魔王のシャリアですら、薄塩ベースの野菜の小鉢をエルフ達と奪い合っていたそう。死ぬレベルに飢えないけど、満腹も満足感も薄い食生活。
「そうですね。敢えて言うなら色んな冒険があったからです。」
浮島の中から出るに出られなかったオウルさん達と違って、ニホンコクは常に冒険していた。食べれそうな物を目敏く探し出し、毒があっても食べられないかお腹を壊しながらも探求する。
「今日の冒険でも、新食材になりそうな物を発見出来ましたし。あの果実が、何種類もの料理を生み出します。他の食材とコラボしてもっとメニューが増えるんです。」
突っ走ったボクを追い掛けて、文明が1歩引っ張られて前へ歩む。
「シャーリアを救えれば、オウルさん達の止まった時間の針を前へ進ませられます。ボク達が追い風になって秒針にターボエンジンをくっ付けて、ぐるぐる〜!ですよ。」
勿論オウルさん達の知る新食材がまたニホンコクへ新しい食文化を教えてくれるかも。食事からでも、交流の架け橋を築いていけたらなって思った。
オウルさんはハンバーグを見つめた後、パクリと喰んだ。
「食の架け橋か。良いな。」
エンリッヒさんもボクの意見に賛同してくれて、美しい考えだと褒めてくれたのだった。文明の違う者同士、同じ食卓を囲う。冒険の成果に舌鼓を、そんな時間はゆっくりと流れて仲を暖めたのだった。




