表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

572/574

549、鏡面世界の大乱闘

水面の鏡面へエンリッヒさんが消えた直後、R.A.F.I.S.Sでブリーフィングを共有する。


『エンリッヒさんは生命保険未加入者ですので銃の使用は厳禁です。』


オウルさんが助言を添える。


『私もエンリッヒも風の守りが衝撃を和らげる。ある程度の怪我は仕方ないけど、殺さないように頼みたい。』


そしてタマさんの意思が刺々しく。


『ハッ、向こうが襲って来た以上危険だと感じたら容赦無くぶっ殺すわ。良い?命に換えても生け取りにしなきゃいけない訳じゃ無いし、タマモレベルだったら撃って良いわ。』


殺意を隠そうともせずに、その姿は一瞬で燕尾服を纏う。ブラックキャットを展開し、肩のマントをはためかせた。


『ボクとタマさんで蹴散らします。フィクサーさんが直ぐに炙り出しますから、ミライさんが無力化して下さい。』


フィクサーさんは鏡面へ消えたエンリッヒさんを追って、直ぐに姿を消していた。そしてボク達を囲うよう、エンリッヒさんへ姿を変えたシルフの分身が迫って来る。


数はあっという間に100を超し、その手には青白く光る刀剣を携えていた。


『どうだ!!驚いただろう?!この世界に於いて私の歌に敵う者など居ない!!美しき美技が貴様らを美しく葬り去る!!』


美しさに拘りがあるみたい。


『降伏するのなら命だけは───貴様ッ?!』


空間全体に響いていたエンリッヒさんの声が急に途切れた。一斉に襲い掛かってくる分身体へ、ボクはイーディウスを展開しながら突っ込む!ナイフの形に切り取られた青空の切れ味はミスリルシールドすらもさっくりと貫通する。ボクが低空飛行で通りすがった場所で、少し遅れて分身体が真っ二つになって崩れ去った。


ブラックキャットが照射される。同時にボクの背中からイーディウスの羽根が数枚消失、転移で光線の先へ現れ眩い光線を反射した!ブラックキャットが放った紅い光線が10本、10枚のイーディウスに反射して直角に折れ曲がる。戦場全体を紅い光線が網目のように灼き裂く。


これにはタマさんも口笛を吹いた。


「そんな事も出来るの?面白いじゃない。」


「イーディウスは飛べるだけじゃないんです!」


パッと転移で羽根が戻って来て、ステラヴィアで滑走するボクはイルシオンで大きく薙ぎ払った。


イーディウスを転移で飛ばして攻撃する際は、飛行能力が失われちゃうから。アクアマリンを展開、水路の上を滑走して飛び回る。集中して攻撃する時は、やっぱりこっちの方が手数が多くて強いなって感じた。


幾らでも湧いて来る分身体は倒されてもなんの痛痒も無いみたいで。顔見知り相手だし、援護に回って貰ったオウルさんも分身体を相手するだけ無駄だと意思を飛ばしていた。


でもボク達の力を見せるのも交渉の為には大切だから。フィクサーさんがエンリッヒさんを追い立てるまでボク達は縦横無尽に暴れ回った!





「悪魔め。私を追って来るなど!」


「にゃはは、まぁ話しましょうよ。」


オウルから古代エルフ語を学んでいたフィクサーは、流暢に言葉を操りエンリッヒへ笑いかけた。水面の裏側、上下が反転した世界で足を天に向けた2人は向かい合う。


「悪魔と話す言葉は無いッ!!」


エンリッヒの風が唸る、しかしフィクサーが指を鳴らせば急に風が遠のく。エンリッヒの周辺の大気を除けてしまった。


ヒトの皮膚は真空に晒されると、表面の油分と水分を蒸発させながら膨張を始めてしまう。外気圧の低下が皮膚下の液体を気化させ急激な膨張を招くのだ。


エンリッヒは激しい吐血を吹き出しながらタタラを踏む。肺から出ようとした空気を押さえ込もうとするも、真空下でそんな事をすれば瞬く間にデリケートな臓器をズタズタにしてしまう。抑えようとしたが最後、逆に急激な空気の排出へ繋がった。

ヒトの肺は真空下で空気を取り込んだまま維持出来るように作られてなどいない。


そして約6秒。


体内の酸素が枯渇し、低酸素の血液が全身を巡って脳がシャットダウンされるまでの時間。


バリア装甲も無いヒトが、どうやってもこの大悪魔に勝てない理由の一つを思い知る。あまりにヒトは脆かった。


が、身体を強化する歌が霧散する前に死に物狂いで場を飛び退く。混濁する意識の中、エンリッヒは折れずに口を拭った。


(今何をした?!私で無かったら死んでいたぞ!)


強化された身体が出血を抑え痛みを和らげる。強引に肺を押し広げて呼吸を確保した。指揮棒をフィクサーへ向ける。指揮棒‥‥祭具には予め歌が込められていた。歌唱を省いて咄嗟に歌を成す祭具の中でも一級品。


圧縮された魔力の籠った魔素を、指向性を持たせて発射する魔素粒子砲。青白く光る光線はフィクサーへ届かず、その顔がエンリッヒの隣から覗き込む。


「貴方は随分な自信家のようですが、この人数相手に戦おうとする程のバカでも無いでしょう。」


振るわれた指揮棒は風の刃を纏うも空を斬る。フィクサーとの距離がおかしくなって、依然と無傷なまま真正面でヘラヘラ笑っていた。


「当ててあげましょうか。貴方は魔王‥‥いえ、風の主でしたか?かの者に遣わされ、様子を見に来た。」


指揮棒から伸びた風の刃はレイピアのよう。されど激しい刺突は悪魔へ届かず。軽いステップで後退して笑う姿を何故か追い切れない。


「オウルとの顔馴染みならスパイとして潜り込めますね。にゃはは、図星ですか?」


「何故そう思う?!」


「そりゃワタシならそうするからです。捨て駒さん。」


「はははっ、悪く無い推理だが少しばかり違うな!」


「そうですか。」


フィクサーの姿が急に消え、ふと大きな影が迫る。見上げた先には靴裏。巨大化したフィクサーの足が迫っていた。


「ヌゥッ?!」


堪らず水面の鏡面へ逃げ、再び表へ脱する。そしてピッタリのタイミングでミライの拳が迫っていた。


「うりゃっ!」


「ゲゥッ?!」


スマートフィストA7を装着した容赦ない拳が頬骨を砕く!身体強化で痛みを‥‥腹に1発。必死に振るった指揮棒は掠らずに手首を握られ、胸ぐらを掴んで凄まじい勢いで背負い投げられた。


風の勢いがエンリッヒの体を急加速させながら水面を滑走、衝撃を最低限に復帰を試みる。見れば分身体が草刈りのように一方的に蹂躙され、数の暴力で足止めは出来ているものの‥‥


(この私が!美しい私が!!手加減されている!!!こんな屈辱はァ!!)


直感的に理解出来る。世界を覆うR.A.F.I.S.Sが侮りを伝えて来ていた。


エンリッヒは奏者。戦士ではないし、空歌の姫をその演奏で支えるサポート役に過ぎない。大魔法使いだが、戦闘のプロでは無かった。ラフィらの後ろに佇み、エンリッヒを見やるオウルと目が合った。


そうか。風の主の暴走を止められる、あまりに強大な援軍を連れて来てくれたのか。シャーリアに残存するエルフは皆呪いに倒れ、凍結した時間の中救助を待っている。空歌の姫も呪いに抗えず瞼を瞑り、時間の凍結を維持する為にただ1人残ったエンリッヒは魔王‥‥風の主が暴走していく様を見ている事しか出来なかった。


エンリッヒが戦って援軍を倒せてしまえれば結局は力不足。風の主のお望み通りに事を運んで現状を維持しなければならない。ただ、負けるのなら。


一時的に風の主と袂を分ち、シャーリアを救う為にこの者らに味方しても良いと思っていた。無限にシャーリアの時を止める歌を維持し続ける事は出来ない。何処かで賭けに出なければいけなかった。


しかし、あまりに強い。


圧倒的な力で蹂躙され、今なお矮小な小娘の猛攻を凌ぎ切れずに息を切らす。戦士ではないが、空歌の姫へ並び立てる実力を持つエンリッヒが。


思考する時間は数秒。しかしエンリッヒの知る数秒の価値と、煌めく文明の装備に身を包んだミライの数秒の価値は余りにも違う。


疾風のような体捌きで即座に肉薄。腕を掴んで裏拳が顎を殴り抜く!正面から更に1発鼻っ面を折る!体ごと突っ込んでタックルで吹き飛ばし、収納から抜き放ったチェーンウィップが問答無用で打ち据えた。


あっという間に満身創痍。シャーリアの医療技術なら全治数年と言ったところか。重度の障害を抱えながら余生を過ごす程の大怪我。体が千切れ飛ばなかっただけでもその身体強化の練度の高さが伺えた。


声も出せずに転がって、完全に意識を手放す。


顔だけは勘弁───沈む意識の中エンリッヒは最後にそう想っていた。





「あっ?!やっちゃった?!」


慌てるミライさんがエンリッヒさんを抱き起こすけど、完全に伸びてしまって意識不明の重体。流石にオウルさんも心配そうに見下ろす。分身体は消え去って、この空間の安定性も急激に失われていっていた。


「にゃは、お見事。ではでは鏡の中の世界から帰りましょうか。」


フィクサーさんの影がボク達を飲み込む。気付けば割れた鏡の前に立っていた。血だるまなエンリッヒさんを直ぐに病院へ。緊急搬送された先はパンタシア、癒しの森病院。


清潔な環境で治さなきゃ危ない。


「ラフィ、ついでに生命保険の施術もやっちゃいましょうよ。」


ブランさんが生命保険のマギアーツの準備を始めた。生命保険‥‥と言っても、資格を取ればボクやブランさんでも施術が出来る。タマさんはボク以外に脳を弄らせるのは嫌って言うから、2人でついでに資格を取得していた。


生命保険の資格を維持する為のライセンス料金は掛かるし、素直に保険料を払った方が安上がりだけど。でもこういう機会もあるだろうし、ボクの稼ぎからしたらどの道あってないような金額だからね。出来る事を増やしておいた方が、いざという時に選択肢が増えるからって取得したんだ。


モモコさんにも相談して設備もしっかりした物を揃えてあるし、マギアーツを読み解いたフィクサーさんの知恵とブランさんの未来の技術も合わさって、一般に出回るような生命保険とはレベルの違うクオリティに仕上がっていた。


事前に培養した脳細胞のサンプルは必須だけど、脳がある程度欠けても大丈夫!脳天にナイフが刺さったり、顔ごと縦に斬り裂かれても脳が3分の1以上残っていれば命を繋げちゃう。その代わり欠けた部分が多いと短期的な記憶が曖昧になりがち。


モモコさんとレイホウさんも、保険料を支払うから施術をお願い出来ないかって前に話をして来たっけ。結果パンタシア癒しの森病院のサービスの一つに生命保険が追加された。ちんまりとした病院なのにね。


「先ずは体の傷を治した後、開頭します。あっ、オウルさんもついでに生命保険の手術をしましょう。」


オウルさんはサッと一歩下がる。


『どうやるの?』


『頭を切り開いて、脳に生命維持のマギアーツを施します。そうすれば頭さえ無事なら、長い間死を免れる事が出来ちゃうんです。』


例え体を全部失っても、頭さえ無事なら大丈夫!


『アンデットみたいだね。‥‥しなきゃダメかい?』


『これからの戦いは危険ですし、ボクはオウルさんに居なくなって欲しくないですから。』


目を見つめる。じぃっと視線が合えば、オウルさんは迷う素振りを見せた。


「どの道未加入者は戦線へ加われませんので。ほら、全身麻酔を掛けますから暴れないで下さいませコンチクショ。」


「や、やだ!離せぇ!」


「頭を切り開いて脳を掻き回すだけで御座います!拳で麻酔掛けてやっても宜しいでしょうか!」


結局オウルさんはブランさんに無理やり麻酔を吸引させられ、ぐったりとしてしまった。ごめんなさい。それでも、必要ですから。


先に向こうへ戻ってカテンさんと合流するタマさんに最終的な報告をお任せして、ボクはエルフの2人の頭を切り開いてちょちょい、と弄ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ