548、水面の向こう
「にしても流石に風が強くなって来たね。」
ミライさんの言う通り、ホワイト・シーの中心から見て山の外側は強風に晒されている。霧状になった魔法雲の一部が強風で巻き上がって、青いカーテンのように靡いていた。日光を青いカーテンが隠す。不思議な光景だった。
「出来る限り内側を進んで登りましょう。」
雲を掻き分けて進む間もボク達の発見が続く。
「わっ?!何よコレ。」
タマさんの踏んだ地面が急に動く!飛び上がった足元から滑り出たそれは、大きな布みたいな変な生き物。極限まで薄っぺらくしたエイのような、そんな原生生物をキャプチャーネットで捕まえてパッケージに捕獲した。体長3mはあるかな?征天丸に送ってブランさんに色々調べて貰おう。
「ラフィくん、鍾乳洞みたいなのあった!」
ミライさんが指した向こうに、大きく口を開けた洞窟が。堆積した魔法雲の山に出来た隙間の中、青白い氷柱が地面から沢山伸びている。
『ラフィさま、上です。天井から滴る液化した魔法雲が形成したのでしょう。魔法雲は不変性を持ちますが、時としてその姿を変えます。』
理由は分からないけど‥‥
首を傾げるボク達の前、氷柱にホタルのような羽虫が群がっていた。
「魔法雲を溶かして啜ってたり?余った分が氷柱になってる的な。」
ミライさんの予想にそうかな?とボクは取り敢えず納得した。そんな氷柱が連なる洞窟の地面を這って、勢い良く蛇のような原生生物が飛び掛かって来る。R.A.F.I.S.Sがその存在をずっと捉えていたから不意を打てず、サッと避けたミライさんの拳が1発引っ叩いた!
拳にはスマートフィストA7、クラスD規格相応の威力でも着込んだ強化外装のCクラスの出力でぶん殴れば大ダメージを与えられる。少なくとも対人戦なら十分。勿論それよりもサイズの小さい蛇さんはひとたまりもなかった。
地面に叩きつけられ‥‥ずるずると引きずられるように姿が奥の暗がりへ消える。細長い胴体の繋がった先、枝分かれした5つの首を持つ蛇の胴体が見えた。
「八岐大蛇みたいね。首は5個だけど。」
ボク達を警戒して威嚇するだけ。襲い掛かっては来ずにゆっくりと逃げて行った。
「多首類の一種です。これも海蛇種の近縁種なのかも。」
レイホウさんから贈られたアプリが、その正体を既存のデータからざっくり推測してくれた。タマさんもスティックARスキャナーでスキャンしてくれていた。ボク達の前にさっきの蛇さんの姿がARで投影されて、体の隅々までクッキリと観察出来る。
アレコレ意見を交わしながら一度洞窟を出て、再び山頂を見上げた。まだまだ遠く、薄虹色の風が吹き抜けて行く山頂は天を突く。
そしてボク達の少し上に水面が浮かんでいた。
「遂に妙な水面が浮かぶ所まで来たな。どうなっているのやら。」
カテンさんもちょっと気味悪そうにして、今まで触れないように飛んでいたようだった。
「ブランさん、何かわかりますか?」
征天丸から通信が入る。
『データ不足で御座います。スキャンした感じでは毒性は確認出来ませんでした。』
直ぐ近くでゆらゆらと揺れる水面から、陽の光が雲の地面に光の紋様を映し出す。この上はどうなっているのかな?
『バイオマジックの暴走は基本的に解き明かせないものです。大自然の神秘という言葉でボカして受け入れるのが正解ですよ。にゃは、世界には不思議がいっぱいですね。』
フィクサーさんからも助言を得られず、タマさんは水面の向こうを指向性高精度レーダーで確認していた。
「視界が通らないのが気持ち悪いけど、多分何も居ないわよ。」
「でしたら行きましょう!」
ボクは駆け足に水面へ近付き‥‥そのまま飛び出した!
飛沫を上げて雲の山道を駆け上がる。そして振り返って見た景色は。
ずっと向こうまで続く静かな海洋。天空の海洋は僅かな小波で揺れている。そして海洋の真ん中に小島があった。クリスタルのような透き通った青と白の木が1本真ん中に生えていて、その隣に2階建てのこじんまりとした家があった。
いつの間にボクの隣にオウルさんが居て、
『あの家を知っている。私は空歌の姫。私の歌はアカペラじゃなくて、奏者が居た。彼の家だ。』
水面から出て来た皆も一軒家の小島を見て驚いていた。
「オウルさん、行っても大丈夫ですか?」
『大丈夫。奏での天才でも少し変わってるから気を付けて。』
早速向かう事に。少しして気付く。この一帯の風はとっても穏やかで、それに気温があったかい。バリア装甲で守られているせいで、外気温の変化を確認するまで気付かなかった。
「ぬぅ?随分心地いい気温だな。まるで春の陽気だ。」
カテンさんの声をキッカケにタマさんも怪訝な顔で。
「気温20℃?ここは高度7000m上空よ。」
フィクサーさんの推理はエルフの古都の環境を明らかにした。
『エルフの魔法が上空に生活圏を築いたというのは真実のようですね。にゃはは、この音色が鍵でしょうか。』
アクアマリンが作った水路を行くボク達の耳を、美しい旋律が撫でて来た。
美しい笛のような音色が小島から聞こえて来る。
『ラフィ様、当機が援護しますので突入の際は背中を任せて下さいませ。』
征天丸に搭載された小型光学砲をブランさんが操り、照準が家へ向けられた。ジト目でそんな様子を見やるオウルさんはR.A.F.I.S.Sへ抗議の意思を飛ばし、ボクも
『突入というよりもお宅訪問です。万が一に備えるのは良いですけど、敵意を剥き出しにしないようにして下さい。』
ブランさんへ方針を伝えたのだった。ひと足先に飛んだカテンさんが小島を中心にトグロを巻く。パッと小島の土を踏んだ。小島は魔法雲じゃなくて土と岩で出来ている。久しぶりに感じる硬い地面の踏み心地は良かった。
「もこもこの地面って結構足首に来るよねー。」
「そーね。動きずらいし、めっちゃ猫背になっちゃうわ。」
魔法雲の地面はふかふかで面白いけど、歩きずらいし負担が掛かる感じは結構あった。低反発の方が楽なんだよね。
『タマの猫背は元々でしょうに。しかしこの島を中心とした魔法の結界は素晴らしい。このワタシを感心させる出来栄えですよ。』
フィクサーさんはホロウインドウの中で楽しげに語った。フィクサーさんは魔法についてお話しするのが大好き。ボクもフィクサーさんのお話を聞くのが好きだった。
青い葉に白の幹の大木の影に隠れた一軒家のお庭には、見た事のないお野菜が植えられた菜園があった。よく見ると木の枝にも沢山実がぶら下がっていて、真っ青なラグビーボールが風に揺られている。
『ラスクの木だ。私達の都には沢山植えられていた。甘くて体に良い実を実らせる。』
甘いんだ。気になる‥‥
オウルさんと並んでドアを叩いた。オウルさんが古代エルフ語で呼び掛けるも、中から反応が無い。
目線で蹴り開ける?と提案するタマさんに首を振り、窓から中を覗くミライさんが居間に居ない事を教えてくれた。
「家の中から音がするんだよね。」
2階のバルコニーへ飛び上がって確認するミライさんに、ボクも付いて行って中を見る。質素ながらに整頓されたお部屋には誰も居なくて、音だけが空間から聞こえていた。
『ラフィさま。何だと思いますか?』
R.A.F.I.S.Sに脳波反応有り、けれど熱探知に反応無し。指向性音響探知システムは、お部屋の奥の鏡の中から音が出ている事を示した。
「鏡の世界‥‥創作だとよく見ます。」
「マジでそんなのあるの?ワクワクしてきますな〜。」
タマさんは遠慮なくバルコニーの窓を押し開け中へ。オウルさんは鏡の前に立って手で触れた。
『誰にでも出来る事じゃ無いけど、アイツの奏では鏡の中に世界を創る。』
フィクサーさんは電子の中に世界を創れる。同じように空間を操る魔法が得意なのかな?しゅるんとホロウインドウから出たフィクサーさんが、鏡へ指を当てた。
「引き摺り出してやっても?」
オウルさんは首を振る。
『アイツは演奏の邪魔をされるのが嫌い。待っていた方が良いけど、何日も終わらない事もあるから。』
でしたら、とフィクサーさんの影がボク達の足元を覆うように伸びる。
「鏡の中を訪問して顔を見に行ってやりましょうか。面白い魔法ですが、空間の支配者たるワタシを締め出すなんて不可能ですよ。」
一瞬の暗転、そして目を開けた時には同じ部屋に立っていた。
「フィクサー、急に飛ばしたらブランが慌てるんじゃない?」
タマさんが文句を飛ばすけど、ちょっと行って来ますとだけ連絡したらしい。それじゃ短すぎて分からないと思うけど‥‥
「ここが鏡の中の世界?‥‥ああ、確かに家具の位置が反転してる。」
ミライさんも不思議そうに見回していた。
「海みたいになってる方!あそこにいる!」
ミライさんがバルコニーの向こうを指す先、小波の海洋に立つ男性が1人。長髪の金髪を腰まで伸ばし、がっしりとした体付きを白いローブのような民族衣装で隠す。金に輝く服の装飾は細かくて芸術品のよう。
線が細いハンサムな顔立ちは美しくて、正に美丈夫って佇まいだった。
指先に持った指揮棒は金に眩く、振る度に周囲に風が巻き起こって笛のような旋律を奏でる。
「ふむふむ。魔法生物‥‥風の精霊は一般にシルフと呼ばれますが、それを操って演奏しているようです。贅沢な精霊の使い方ですね!」
ボク達に気付いていないのか、目を瞑ったまま微笑みを絶やさずに指揮棒を振るう。オウルさんに先導されながら鏡の中の世界を進んで行った。
本来薄い水の層でしかなかった水面は、その上を地面のように歩く事が出来る。小波の下へ足が着地した。外の空間を完全再現って訳じゃなさそう。カテンさんも居ないし、征天丸の姿も無かった。
オウルさんの風が男を撫でた。
『エンリッヒ。久しぶりだね。』
古代語で語った内容がR.A.F.I.S.Sへ流れる。エンリッヒって名前なんだ。エンリッヒさんは薄ら目を開け、ボク達を一瞥。
『オウル!久しいな!それと‥‥そこの者共は?』
オウルさんが何か言う前に、エンリッヒさんはため息を吐きながら額を撫でる。
『ああ、言わなくて良い。そこの悪魔と手勢がキミを脅してこの神聖な世界へ案内させたのだろう?差し詰め帝国の刺客と言った所か。』
その顔が怒りに歪み、声が暴風を呼ぶ!
『この・美しい・私の・美しい・世界に!!!友を脅して踏み込もうとは!!帝国にエルフは屈しないぞ!!』
呆れ顔のオウルさんは、ボクの肩を叩く。
『だから邪魔をしたくなかった。彼にとって演奏は風との交わり‥‥セックスだったか?そんなもの。』
「つまりシルフとヤッてた現場に上がり込んだ訳ね。変態ヤローじゃない。」
「にゃはは、仕方ありません。少しばかり八つ当たりに付き合ってあげましょうか。」
「え?戦うの?!‥‥ぶっ倒して良いって事?」
「あまり大怪我をさせないようにお願いします!生命保険未加入者ですので!!」
目前、ボクは大きくイーディウスを展開。そして伸びたイルシオンが白光を放って大きくうねる。R.A.F.I.S.Sが威嚇するよう牙を剥いて、危険な杭を心へ突き立てた!
急激に増した威圧感にエンリッヒさんは怯むけど、真剣な面持ちで指揮棒をボクへ向ける。真空の刃はフィクサーさんが軽く歪めた空間に沿ってボクを掠め、薙ぎ払われたイルシオンが四股を狙った。
エンリッヒさんの姿が水面の中へ倒れるよう消失、ボク達を取り囲んで大量の人型が姿を現した。エンリッヒさんの姿をしたそれに脳波を感じない。
「シルフで作った模造品ですね!蹴散らしましょうか。」
それぞれ武器を手に、エルフの古都でオウルさんと肩を並べて君臨した大魔法使いへ挑む事になったのだった。




