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550、疑心暗鬼をおもちゃに電子の悪魔が笑う

エンジェルウイングに包まれて容体が安定したエンリッヒさんを、オウルさんは心配そうに見ていた。


『やはりキミ達は強いんだね。エンリッヒも天才的な奏者だった。』


ミライさんはあはは‥‥と苦笑する。手加減したつもりでも、強化外装やバリア装甲に守られていないとどの程度まで大丈夫か分かりずらい。体を魔法で強化するって言っても、見た目じゃ差がなくて分からないし。


ミライさんが袖下の収納から射出したチェーンウィップは、凄まじい速度で薙ぎ払うクラスD規格の質量兵器。直撃すればバリア装甲越しに骨折させるぐらい威力はあるし、当たりどころが悪ければ四肢が千切れる事もあるんだ。

けれど直撃にも関わらず重傷で済んでいた。


「エンリッヒさんの力は認めています。ただ、文明力に差があっただけです。」


エンリッヒさんの目が開いた。そして意識を確認するボクと目が合う。


「エンリッヒさん。聞こえていますか?聞こえていたら返事をお願いします。」


『‥‥美しい。』


変な返答にキョトンと首を傾げる。美しい‥‥?ひとまず意識が戻って来たようで良かった。R.A.F.I.S.Sでの返事でも取り敢えずOK。


「傷は治しましたが、暫くは熱っぽくとなると思います。そのまま安静にしていて下さい。」


エンリッヒさんは起き上がらず、そのままボクを見る。


『心で話すのか?変な感じだ。』


「ボクを中心に展開された特殊な力です。」


『キミは美しい。美しい者を私は敬愛する。‥‥そこの暴力娘は部屋から出てくれないか?』


ミライさんの眉がピクリと動く。


「ああん?私だって可愛い系なんですけど!!」


ナルシストめ!!

やめてくれないか?!髪を掴むな!猛獣のような奴め!


そんな2人をフィクサーさんがひょいと距離を空けてしまう。スマイルから出たフィクサーさんを、エンリッヒさんは警戒した。


『それで、この邪悪な悪魔は何だね?』


「にゃは、ラフィさまを敬愛する1人ですよ。最愛のパートナーとも言いますね。」


最愛の‥‥引っ掛かるボクの頭をなでなで。誤魔化しながら口調は軽快に。


「魔法の扱いに長けた連中程、悪魔を毛嫌いするものです。生まれについて魔法の秘奥に近しい種族が気に入らないんですよ。種族チートがムカつく!って所です。」


ケタケタ笑う姿に、エンリッヒさんは何か言おうとするもオウルさんが袖を摘んで止める。


『ソイツが味方なのは事実。危険な力を使うけど、ラフィの言う事はちゃんと聞く。』


『この美しい少年と悪魔のコンビとは妙な組み合わせだ。まぁ、良いだろう。我が故郷の様子はオウルから聞いているな?』


ボクは頷いて、部屋へ入って来たキュエリさんへ挨拶した。


「ふむ。冒険に出て半日も経たずにまた面白いモノを拾ったな。スーパーセルの中の古都が滅んで久しいというのに。」


エンリッヒさんはキュエリさんにも警戒心を隠さない。


『大丈夫。混乱する気持ちも分かるけど、シャーリアを救う為に動いてくれた援軍は頼もしいんだ。』


『妙な気配だ。膨大な魔力を秘めると言うのに、その服の内側に全てしまわれてしまっているかのように感じる。』


強化外装の事かな?普通のヒトには関係ない話だけど、どうやら体内の魔力の霧散を抑える機能もあるみたい。まぁ、外にダダ漏れじゃ効率悪いしね。


「キュエリさん、報告にあったエンリッヒさんです。混乱していますが、大きな力を使います。気を付けて下さい。」


「ハハハッ、気を付けよう。その闘争の気配滲む目は好みだな。一応外交官として聴取に伺ったのだ。色々と聞き出しておこうか。」


タマさんが戻って来た。ボク達はこのまま再度冒険へ出る。今日中にあの山の頂上まで進みたかったしね。


『私はエンリッヒの話を聞きたい。ラフィ、行く前に。』


オウルさんがパッと両手を広げて、皆の前で恥ずかしいけどそっとハグに応じる。


「癒しに感謝するよ。」


耳元で優しく囁く。


「今は皆英気を養って、戦いの準備を整える時間でもあります。癒しが欲しいのなら。」


ぎゅー、とするボクの腰を尻尾が引っ張る。きゃあっ!タマさん?!グイグイと離されてぴぇえ?!とジタバタ。ひょいと抱っこされてしまった。


「はいはい、行くわよー。売れっ子開拓者の時間は貴重なのよ。」


「ラフィ様は甘えん坊で御座いますので、冒険前に甘やかし過ぎるとふにゃけてしまいます。」


『ラフィさま、冒険が待ってますから。もうおやつの時間を過ぎそうです。』


ミライさんもひと足先にツリーハウスを飛び降りて、下からボク達へ手を振っていた。


「外でカテンさんが待ってるよー!」


「今行きますから!」


ぴょいっ!とタマさんの腕の中から飛び降りた。



「色々あったようだが、待たされっぱなしだったぞ。」


カテンさんの背中に乗って、エンジェルウイングで包みながらごめんねと謝った。カテンさんの風を軽減する力と探索能力の高さはピカイチで、暇さえあれば空撮依頼を皆から投げられる。待つ間も忙しく飛び回って、都度報酬を稼いでいたようだった。


「ラフィ、頂上まで1000mって所かしら。まだ先ね。」


「出発ですよ。」


ボク達は足並み揃えて魔法雲でふかふかな山道を進んで行く。少し進んで大空の海洋を眺め、浮かぶ小島を写真に撮った。やっぱり綺麗で良いな。つい沢山写真を撮っちゃう。


「ラフィ様。ここから先の地面、凍結しているようで御座います。」


「わわっ、滑る!」


ミライさんをイルシオンに巻いて受け止めた。雲の表面が凍りついてすべすべ、ステラヴィアの歩行調節システムを凍結した地面用に調整。AIが対応する範囲は凍結した路面や壁面用で、魔法雲は対応外なんだ。


『各自手動で駆動魔具を調整しましょう。滑って転んで間抜けな姿を晒したくないでしょう?』


ホロウインドウの中、フィクサーさんはスパイクシューズを履いた足を見せびらかす。ミライさんも戸惑いながら、タマさんに教えて貰って靴裏を整えた。


「足で移動する者共は大変だな。我には関係無い話だ。」


少し先を飛ぶカテンさんの声は少しだけ自慢げだった。駆動魔具で一気に滑走しないで、一歩ずつ誰も知らない世界を踏み締めて行く。ふと、世界が少しずつ赤らんで行く様子に気付いた。


夕暮れが近づいている。


「そろそろ夜になりそうです。間に合うかな?」


「ほら、急いで。サッサと登っちゃうわよ。」


上へ進む程に風が強くなって、カテンさんに庇って貰いながら前へ。足元の魔法雲はツルツルな場所から、シャーベット状になった場所まであった。ブランさんが足元の魔法雲を器具で掬ってサンプルを集めてくれていた。どんな些細なものでも新発見に繋がるかもしれないし、研究者達が欲しがりそうなサンプルはどんどん集めなきゃね。


「ラフィくん!あそこ。」


ミライさんがふと切り立った魔法雲の一部を指す。鼠返しに窪んだ場所は風の影響も無さそうで、登りやすそうだった。少し早足に、未踏の山頂へ続く足跡を残して行く。山頂が目前になると霧状になった魔法雲の一部が風に靡いて、視界が真っ青になって何も見えない。


「吹き飛ばすぞ。」


カテンさんがふぅ、と吹き飛ばして一気に視界が開けた!そしてボクはパパッと山頂へ飛び乗る。


幅5mあるかないかの狭い頂に皆も続々と登って、夕陽が真っ赤に染めた雲海を見下ろした。


スーパーセルも赤く染まった塔になって、眼下の海洋も夕陽が反射して幻想的。何枚もの写真を撮影して、皆の集合写真もパシャリ。人類最高峰が更新された歴史的瞬間をカメラに収めたのだった。


「山頂までに脅威は無さそうね。今日の目的は達成と。」


「はい。でも今はお仕事の話じゃなくて、この景色を楽しみましょう。」


タマさんと並んで座る。騒がしいミライさんは沢山写真を撮って、ブランさんもパノラマ写真を撮ってくれていた。


「しかしスーパーセルの頂上はまだ先なのだな。我ですらスケールの大きさに圧倒される。」


スーパーセルの向こうには、巨大な原生生物が飛び交う姿がここからでも観察出来た。多種多様な空の原生生物達が、渦巻く膨大な魔力を全身に浴びようと賑やかしていた。


「オボロさん、見て下さい。」


呼び出されたオボロさんがボクの影の中から姿を現した。


「随分綺麗な景色じゃ。全てが赤く染まっておる。」


「夕陽が沈むまで一緒に見ましょう。ひとつ、成し遂げたんですから。」


ボク達の影を、夕陽が長く伸ばしていた。





ワープゲートで帰還、とは行かずに征天丸に乗って帰る事に。ギガスへ戻れば基地が大分形になって来ていた。大勢が行き交って、仮設されたシブサワフードカンパニーの系列店が数店舗出店していた。まだ屋台みたいな感じだけど、数日後には普通の建物になってそうだな。


兵士さんから研究者さん、スーツ姿のコーポの方まで行き交うヒト達は多様。小さいけど街のように活気があって、その中央にギガスが鎮座していた。出撃ゲートを外側に向けたギガスへ信号を送れば、ゆっくりとゲートが開いて中へ着陸出来る。


「先ずは報告です。ブランさん、集めたサンプルを研究センターへお願いします。」


「承知致しました。カンディダ研究部署が立ち上がっていますので、貴重なサンプルを恵んでやりましょうか。」


ボク達はモモコさん達の元へ。皆ずっと会議室に居て、話し合わなきゃいけない議題が尽きないようだった。今後の動きもそうだし、予想される魔王の行動も専門家の白喰みさんの意見も交えて対策を立てていかないと。


「先ずは癒します。皆さん、お疲れ様です。」


エンジェルウイングがふわり、癒しのオーラに皆の顔が明るくなる。ボク達の報告を優先してくれて、少し軽食を摘みながら冒険譚を聞いてくれる事に。


卓上へ並んだお手軽なサンドウィッチ。具材は上流階級のお口へ入る為の特別な物、お手軽じゃない値段でも安物食いは風聞が良くないそうで。お金を使って経済回してナンボな皆へ、世間の誰もが知らないボク達の冒険を語って聞かせる。


R.A.F.I.S.Sが要所要所でボク目線の光景を共有して、皆楽しそうにしていた。


「ああっ!カンディダの頂きへ行きたい。赤翼の代表として、最高の景色をこの目で見れない事がこうももどかしいとは。」


「1500m先、軍事的には1.5kmなんて目と鼻の先ですのに。遠いですわ。」


セイテンさんとビャクヤさんは同じように嘆いてレイホウさんに睨まれる。勝手に抜け出してくれるなよ、と口ほどに目が言っていた。扱いが問題児になってる‥‥


「まぁ、赤翼の技術力のお陰で開拓が捗っているのは事実なんだ。頼もしい味方だよ。」


モモコさんは苦笑いでレイホウさんをたしなめた。


「エンリッヒの奴はギガスの保安室へ突っ込んでおくべきかしら?それとも研究センターの檻の中?」


魔王と繋がってるのは明白、本人の認知に関わらず何が仕込まれているか分からないわよ。タマさんは専門家としてそう繋げる。最悪エンリッヒさんが怪人化しているかもしれないし、ブラックボックスアーツの魔法が仕込まれているかも。


『オウルと面識があるお陰で適当に処分、とはいかないのが嫌らしいですね!魔王が送ったとは言え、勝てるなんて思ってないでしょうし。時限爆弾を抱え込むようなものですよ?』


魔王に遣わされて来た、というのはほぼ確定事項。時を止める魔法の維持に関わるのなら、どうしても魔王との接触は避けられない。


『聞くにシャーリアは中々大きな都です。そんな範囲を魔法の結界で覆い続けるのなら、かなり頻繁に通う必要があるでしょう。規模がデカいほど魔法陣は壊れやすく、定期的なメンテが必要になって来ます。』


魔法陣は、マギアーツ製の演算陣と違って脆弱性を抱えがち。構造が複雑だからこそ、出力の高い魔力を流し続けて“焼け壊れた”箇所が出てくると簡単に霧散しちゃう。


その観点から言うと‥‥


「そう、アイツの住まいは遠過ぎるのよ。シャーリアから直線距離で何kmも離れてるのよ?この魔法雲の大陸自体動いてるから距離はkm単位でもっと変わるだろうし、道中も危険な空の原生生物がうじゃうじゃ居る。アタシだったら魔王と距離を置きたくても、リスクを考えてスーパーセルから離れた場所に行かないわ。」


魔法の維持に都全体のエルフの存亡が掛かる責任重大な立場。やっぱり辻褄が合わない。


モモコさん達もあれこれ意見を言い合い、考察を述べ合った。


「エンリッヒが敵でないのなら、魔法陣の維持を遠隔で行える何かしらの手段を持っているかもしれない。それか、魔法陣のメンテを魔王が負担してエンリッヒ自身は定期的な監修を行うだけの立場か。」


モモコさんの意見は穏健派。疑心暗鬼は良くないよ、と意見で示す。


「魔王の手に落ちているのなら、エンリッヒの目を通して我々の様子を探ると言った所か。しかし、罠があるのならフィクサー。大悪魔であるお前の目をそう簡単に誤魔化せるか?」


レイホウさんは現実的な意見でフィクサーさんへ問う。ホロウインドウの中のフィクサーさんはニタリと笑った。


「当ててやろうか?フィクサー、キミはタマの疑心暗鬼な意見に適当な補足を入れて真実味を帯させた。理由はシンプル、我々をからかう為だろう。魔王は強力だが魔法の達人では無い。その生物的な特殊性が厄介なのであって、悪魔と同じ土台で競えるような魔法の知識を持つ可能性は限りなく低い。」


セイテンさんの鋭い眼光にフィクサーさんは満足げ。顎で続きを促す。


「そもそも魔王の知識の上限はどうやってもあのエルフ達に依存する。この空の彼方で自主練を積んで魔法の秘奥にでも目覚めたというなら兎も角。いや、尚更おかしいな。彼を遣わすような面倒臭い手を使う訳が無いか。切れる手札の無駄遣いにしかならん。」


ホロウインドウの中のフィクサーさんは“ご名答”と書かれた看板を掲げる。厄介そうに見えて、結局エンリッヒさんを遣わしてもボク達に遠い檻の中へ直送されちゃったら何も出来ない。完全に無駄行動になっちゃう。モモコさん達もそうだろうね、と納得顔だった。


ホロウインドウの中を睨むタマさん。フィクサーさんはヘラヘラ笑っていて、急に落ちて来たタライのアニメーションがその頭を引っ叩いた!


「ふざけてるんじゃ無いわよ!このっ!」


「フィクサーさん。おふざけは禁止です。」


ホロウインドウの中の悪魔は楽しげだった。

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