526、空を覆う触手の主は
スーパーセルの横穴へ、征天丸は進んで行く。真っ暗な積乱雲の外側‥‥分厚い魔法雲の層が迷路のようになっていて、突っ切って進むのは危ないしカテンさんも慎重に進んで行く。
「ラフィ様、ここは全体からすれば低層に位置します。しかし既に高度3000mを超え始めました。」
これでも虹巻山の頂上よりもまだ低い。そう考えるとあの山本当に高いな。
「この高さで低層雲を超える感じね。雲海を拝める高さよ。」
「でもお外は極寒の大嵐で何も見えません。」
『5000mを超えれば大半の雲を見下ろす高さになりますよ!どんな景色になるか楽しみですね!』
迷路のようでも、カテンさんは大気の流れを読んで動けるから迷わない。
「しっかし狭っ苦しいな。なかなか進めん。」
色んな大きな原生生物が入ってくる場所でも、広々って訳じゃ無い。無数に枝分かれした切れ目から入って来たり、出ていったり。征天丸のすぐ横を1分ぐらい海蛇みたいな原生生物の巨体が通り過ぎて行っていた。
タマさんがスティックARスキャナーでスキャンするけど、至近距離な上大き過ぎて情報が断片的。モザイクみたいなスキャン結果になっちゃった。
「ゆうに300mは超えるわね。どんだけ細長いのよ。」
「巨大生物がうようよいます。ほら、あっちにも。」
窓の向こう、魔法雲の薄い所に巨影が映っていた。全体像が分からないけど、大きな触手が雲を突き破って現れる。
「ぬっ?マズいぞ!」
征天丸が急加速!ワッ!と1本30mもあるような触手が10本以上征天丸に迫って来た!捕捉されてる?!
「緊急事態に事欠かないわね!」
「まぁ巨大生物の巣窟に踏み込むのです。この程度は想定内で御座います。」
カテンさんに引っ張られて、征天丸がグイン!と上がったりギャンッ!と下がったり!!中に居るボク達もシェイクされちゃう!
カテンさんがもっと大きな姿になれば撃退出来ると思うけど、征天丸を庇わないといけないせいで本気で戦えない。ボク達がなんとかしないと!
『征天丸の武装を使いましょう!それとラフィさまはセイグリッド・エンジンを。』
「はいっ!」
転移で船外へ、同時にセイグリッド・エンジンとアクアマリンを起動!薄虹の水路をがっしりとキャタピラで掴んで、時速500kmでかっ飛ばす!迫った触手にバルカン砲が叩き付けられた!
3本まとめて吹き飛ばされて、驚いたように他の触手も引っ込む。ほっと一息吐く間も無く、豪雨と雷鳴をかき消す咆哮が空に響き渡った!怒ってる!R.A.F.I.S.Sにドカン!と怒りの感情が叩き付けられた!
「まぁそうなるわよね!」
「当機とタマで援護しますので、ラフィ様はそのまま迎撃を。」
征天丸の武装が起動、大きな機関砲が2門収納から姿を現した。タマさんの操るドローンも次々射出される。ドローンの種類は自爆ドローン‥‥それも爆風に指向性を持たせる事によって、空の上でも威力を一切無駄にしない高級品。
在庫は沢山あるから大丈夫。他の種類のドローンも積まれているからね。
触手の大質量がすぐ側を突き抜けて行き、躱すついでにカテンさんの風の刃と機関砲がボロボロにしてしまう。そして自爆ドローンが粉砕して、そのまま巨大な触手が遥か地上へ落下していった。
セイグリッド・エンジンが駆け抜けて、バルカン砲を薙ぎ払えば存在感をしっかり主張出来る。触手が数本ミンチになって、ボクを追い掛ける質量が濁流のように迫った。
ぽんっ!とセイグリッド・エンジンが宙返り、真下を突き抜ける触手をバルカン砲がバラバラに砕いてしまう。数度薄虹の足場の上で跳ね回って、そのまま触手の主の方にもバルカン砲を発射!横に半回転しながら撃ち放った後、征天丸の側に着地した。
激しい戦いの中魔法雲が散らされて、遂に触手の主が正体を現す。
「えっ?!」
てっきりタコさんやイカさんだと思っていたのに。正体は空飛ぶイソギンチャク?!上下逆さまにクラゲのように動いて空を飛び回り、伸びた触手の数は本当に無数にある。チマチマ戦っていたらこっちが押し負けちゃう!
『これはこれは。こんな珍妙な生き物も居るんですねぇ。』
ホロウインドウの中、フィクサーさんが空間を掌握した。視界に捉えたイソギンチャクのサイズは‥‥何百mあるんだろう?500は超えてると思う。そんな大怪獣を超えるとんでもない化け物の口腔‥‥つまり触手が伸びた巨体の真下までの距離が折り畳まれた。
魔法の気配を察知したのか、触手がギュッ!と狭まって防御姿勢を取ってくる。
「はいはい!お口を開けなさい!」
タマさんの操る自爆ドローンが20機、数の暴力を頼りに一点集中的に殺到した!フィクサーさんが距離を自在に、ドローンがあっという間に肉薄して雨を掻き消す爆発の連鎖を巻き起こす!
「このままこじ開けてしまいましょう。」
ブランさんの操る重機関砲、そしてボクの撃ち放ったバルカン砲がさらに追い打ち!弱い内臓を守る口腔の触手と、その奥に隠された巨大な牙が撃ち壊されて押されて行く!
真近で聞いた、凄まじい咆哮の音圧がボク達を吹き飛ばす。
「あっ‥‥!」
ボクとタマさんの鼓膜が弾け飛んで聴覚を失った。タマさんの意識が数秒途切れるけど、即座に強化外装に叩き起こされて意識が回復する。だけど意識障害で朦朧としているのがR.A.F.I.S.Sに伝わって来た。
ボクは魔王だから‥‥!そんなの効かないよ!!
巨大イソギンチャクの放った謎の魔法、ブラックボックスアーツがとんでもない魔力の高周波を放つ。
「ぬおっ?!」
カテンさんが大ダメージを受けて、征天丸を手放しそうになりながら離れて行ってしまった。収納内にまで干渉されてボクのスマイルがボン!と壊れちゃう。
「わわっ?!」
フィクサーさんが放り出されて、セイグリッド・エンジンを解除しながら咄嗟に飛び付いた!身一つで遥か空の彼方、暴風雨の根源にて。超巨大な危険生物がボクを見下ろす。
でも‥‥
「オボロさん。」
「もっと頼ってたもれ。」
黒外套の狐耳の怪人、オボロさんがボクの影から飛び出した。ボクとフィクサーさんを両手に掴んで、その姿が鳥居の術で転移する。その先は‥‥イソギンチャクの口腔の中。
異界化を解き放つ!!
イソギンチャクが強制的にR.A.F.I.S.Sへ接続されて、強く意思を交した。
『今あなたの懐に、内臓を完全に破壊して殺せるだけの武器を構えています。』
単装砲、グングニルが薄虹の分厚い水の足場に設置されている。シラヌイが火炎放射ブレードを構えて起動していた。牙の内側、ボク達を噛み砕けないもっと内臓の奥。
『ボク達を食べられる物だと思わないで下さい。殺したくはありませんが‥‥退かないのなら。』
殺すとなるとこの状況でも何発も単装砲を撃たないといけないし、かなり損耗すると思う。勝っても得られる物は無い。経験値なんか入らないし、なにか凄い素材も無い。
そして、これだけの巨体が地上へ落下するとなると‥‥完全に地形を変えるレベルの大被害を巻き起こす。残った死体が腐敗すれば疫病を振り撒くかもしれない。‥‥無いと思うけど魔王が捕食して何か一つでも危険な技術を得てしまうかも。
向こうにそんな気持ちを悟らせないよう、殺意を乗せてR.A.F.I.S.Sが重圧を掛けた。体は大きくても、心の大きさは同じようなもの。こんな小粒にしてやられた驚く感情、情けを掛けられた屈辱、急に現実味を帯びた死の恐怖、何百年‥‥千年を超えるかもしれない生が。この僅かな間に終わってしまうのかもしれない。
『ボクはいつでもアナタの内臓の中へ転移して戻って来れます。防ぐ方法はありません。もう一度襲ったら、絶対にアナタを殺します。』
渾身の怒りと殺意を‥‥R.A.F.I.S.Sに乗せて精神に大きな爪痕を残した。急に襲われて、めちゃくちゃにされて。この戦いに悪は居ないけど、それでも命懸けの戦いに感情が昂っていた。R.A.F.I.S.Sが少しずつ鎮めて行く中、確かにイソギンチャクが怯えの感情を放った事を認識した。
「流石は愛子よのぅ。良い啖呵じゃ。側にいるだけでゾクゾクしたぞ。」
オボロさんはボクとフィクサーさんを掴むと、そのまま鳥居の術でイソギンチャクの外へ飛び出した。風に飛ばされながらも、イソギンチャクが激しい動揺を隠さないで逃げ去る姿を見た。
さっきからフィクサーさんが大人しくて。咄嗟に飛び付いて両手で抱えて抱っこしたまま、フィクサーさんはボクを見上げて顔を赤くしていた。
「にゃ、にゃはは。ラフィさまったら。ドキドキしてしまいました。」
「‥‥脅すのは好きじゃないです。それでも、しなくちゃいけないのなら。」
ボクの姿はセイグリッド・エンジンに、フィクサーさんが白銀の戦車へ憑依する。セキュリティに護られたセイグリッド・エンジン本体に居つけなくても、バルカン砲の制御系なら。
「ではまたのぅ。」
オボロさんの姿がボクの影に消えて行った。‥‥オボロさんを見ると、捕食した時の事を思い出す。ボクが魔王なんだって意識しちゃう。でも‥‥やっぱりもっと関わった方が良いよね。便利に使うだけ使うなんて、それこそ魔王みたい。
向き合わないと。
薄虹の水路の上、それ以上飛ばされずに着地した。ここは何処だろう?無茶苦茶にされて皆と離れちゃった。
この強風じゃワープゲートを展開出来ないし、そもそもアニマトロニクスを使うのならセイグリッド・エンジンをしまわないと。今は出来そうにない。
相変わらず暗い嵐の中を、セイグリッド・エンジンが走り抜けて行った。
「ワタシが道案内をしましょう。魔力の流れを追えばザックリ周辺の地形が分かります。」
バルカン砲が片側動いて、フィクサーさんの声が聞こえてくる。何処までも広がるお空の上で迷子だなんて絶望的な状況‥‥でも、心強い大悪魔さんが居るお陰でタマさん達の事を心配する余裕があった。
「タマさん大丈夫かな?」
「音波ショックでの脳震盪です。まぁブランも居ますし大丈夫ですよ。」
カテンさんは征天丸を手放さないでいてくれたし、向こうは何とか前線拠点へ帰還できたと思う。ボクもなんとか帰らなきゃ。
「しっかしまぁ順調には行きませんよね!」
「はい、とんでもない巨大生物に目を付けられちゃいました。」
「ここはそういう場所なのです。理不尽にも襲われて壊滅なんて不思議な事じゃありません。だからこそ深未踏地の開拓は進みませんし、ラフィさまのようにズンズン進んでいけないのです。」
真っ暗なお空の中、豪雨と強風の荒波を無数の原生生物達が泳いでいる。セイグリッド・エンジンで駆けるボクに興味を持ったのか、向こうから群れが近付いて来た。敵意が無くて、そのままボクへ並走してくる。
「可愛いですね。」
それは体長2m〜15mサイズのイルカさん達。水族館で見たイルカさんに似て、大きな胸ビレが羽毛のようなものに覆われていた。羽毛が雨を弾くお陰で豪雨の中でも濡れる気配が無くて、ふわっふわで柔らかそう。
R.A.F.I.S.Sでこんにちわ、と心を突く。びっくりする素振りをするけど逃げずに色んな意思が流れて来た。思った通り知性が高くて社交性があった。
「この辺りに大地はありますか?」
困ってます!と意志を伝えると、キュウキュウ鳴いて皆で話し合う。
「欲しい物があったら用意します。」
取引だよ。R.A.F.I.S.Sに帰って来たのはお肉が欲しいって。他のお魚さんを食べる肉食性なんだ。セイグリッド・エンジンは如何にも硬そうな鋼の戦車。流石に齧り付く気は起きないようだった。
群れが泳ぐ方向を変えて、ボクも付いて行く。何も見えないような嵐の只中なのに迷う素振りはなかった。
「おや、アレはやはり浮島ですね。‥‥その残骸とでも言いますか。」
スーパーセルに取り込まれた、小さな浮島の残骸が魔法雲の上に引っ掛かっていた。ただの土塊って程小さくも無いけど、自然に富んでいるようにも見えない。豪雨と猛風に吹き晒されたそこは、岩の地面が剥き出しの場所だった。
小さな戦車のままイルカさん達と一緒に浮島を探索する。
長年の風雨のせいか地表はツルツル、赤茶色っぽい岩肌は透き通って鏡のよう。豪雨が岩肌を叩く音が真近に聞こえて、地上で聴く雨は騒がしいけど少し落ち着く。天空で下からも吹き上げる雨に晒されていると、自分が上を向いているのか下を向いているのかも分からなくなっちゃうから。
浮島の大きさは200mぐらい。何もかもがスケール大きいこの場所から見れば、本当に小さな浮島。かつてはどんな景色だったのかなって、殺風景な地表を見つめていた。




