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紅の獣は銀竜を  作者: 銀タ
番外小噺
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42/42

犬の場合 六






 そして愚かな男達は、本当に蟲の森横断と言う暴挙をやってのけた。蟲が蠢く森を駆け抜け険しい山々を登り、やっと到着したユルフェルの里は、まさに秘境という言葉が相応しい場所だった。

 そして先ずは長に挨拶を、と訪れた邸で運悪くアウエルと鉢合わせ、なんとも居心地の悪い空気を味わうこととなった。


「それでぇ、のこのこと来たってわけぇ?」


 顔を合わせてからと言うもの、謝罪の時も挨拶の時も、ネチネチと嫌みを言ってくるアウエルに汗が吹き出る。そんな男達を見かねたのか、苦笑したユルフェルの族長が口を開いた。


「まぁまぁ、君たちの言いたいことは分かったよ。だからと言って、はいそうですか、ってな訳にいかないのは、君達だってわかるよね?」

「それは勿論ですっ!」


 ぐっと拳を握ったウルフェインが、長の言葉に大きく頷く。それを見ていたアウエルは、ふんっと鼻を鳴らした。


「わたくしは許しませんからね! あなた、分かってるわよねぇ?」


 ちろりと長を睨んだアウエルは、もうこの場に居たくない、と部屋を出ていく。

 その背中を見送ったドゥーエは、口をポカンと開けたまま長を見つめる。言葉が出ないドゥーエの代わりに、おずおずと尋ねたのはオルクスだった。


「あの、もしかしてアウエル殿って……さっきあなたって……」


 真っ青な顔で聞いてきたオルクスに、長は満面の笑みを向ける。


「アウエルは僕の大事な大事な奥さんだよ」


 だから僕も今回の事はかなり怒ってるんだ、と続けた長は、ウルフェインに向かって言った。


「まぁでも、好きな人を形振り構わず手に入れたいって気持ちも、分からないでもないよ」

「っそれでは!」

「んー、でもアウエルに嫌われたくないし、やっぱ滞在許可は無理かな」


 その言葉を聞いたオルクスが、ガックリと床に手をつく。ドゥーエも表情が暗くなるのを、止める事ができなかった。


「……滞在許可は無理だけど、阻止もしないよ」

「……え?」


 もしかして、と顔を上げた男達に、苦く笑う。


「だって君達、好きで好きで仕方ないんでしょ? そう顔に描いてあるよ」


 そこまで言って、顔を真剣な物に変えた長は、少し声を落として言った。


「だから、別に里に入るのは見逃す。でも、彼女達を傷付けないと誓うなら、だ」


 わかった? と首を傾げた長に向かって、一斉に首を縦に振る。そんな皆の顔は、一様に明るく輝いていた。


「ま、君達は此れからが正念場でしょ。まずは彼女達に許してもらわないとねぇ」

 

 確かにそれはそうだ。しかし、ここまで来たからには一歩も引く気は無かった。もう後はない、当たって当たって当たりまくるのみである。そう覚悟を決めた男達は、皆どこか餓えた獣のような雰囲気であった。



 

 初めて歩くユルフェルの里。ここがサエナの故郷かと思うと、感慨深くなる。右も左も分からない土地だが、怪訝な顔をされながらもサエナの居場所を尋ねて歩き、とうとう辿り着く事ができた。


 ――ああ、やはり彼女は美しい


 空高く舞う飛竜に乗ったサエナを、遠く離れた地上から見上げる。木に隠れたドゥーエの事はまだ気付いていないのか、その表情は明るく晴れやかだ。その元気そうな様子に、うっかり涙が溢れそうになった。 


 ――よかった、怪我が治って


 最後に見たときは、血だらけでウイネに抱えられていたサエナだったが、今は怪我の気配も感じられない。その事がひどく嬉しい。

 そうして暫くの間サエナを見つめ続け、やがて地上に降りた彼女を見た時、とうとうドゥーエの我慢は限界を超えた。


「っサエナァァァァッ!」

「はぁっ!?」


 いきなり響いた大声に、思わず肩を揺らしたサエナは慌てて振り返る。そして視線を向けた先から、土煙を上げて駆けてくる男の姿を見た途端、真っ青になって逃げ始めた。


「ちょっ、なんで逃げるんすかぁぁあ!」

「阿呆か貴様っ! 追いかけられたら逃げるに決まってるだろうっ!」

「そんなぁぁぁあっ、待ってくださいっすぅぅぅぅう」


 そんな風に叫び合いながら、先程も通った里の中を走り抜ける。何やら周りがやんややんやと囃し立てていた気もするが、サエナを追いかけるのに夢中で、あまり覚えていない。

 そしてサエナを捕まえる事が出来たのは、里を五周ほど回った頃だった。


「つ、捕まえたっ!」

「ぜぇっ、ぜぇっ、い、いまさら、ぜぇっ、なんの、ようだっ!」


 息を切らしながら睨んできたサエナに向かって、大きな声で叫ぶ。渾身の、思いの丈を籠めた、魂の叫びだった。


「俺は、お前がっ好きなんだっ! 結婚しろっ!」

「なっ!」


 顔を真っ赤にさせたサエナが、何かを言おうと口を開く。それをジリジリと待っていたドゥーエにかけられた言葉は、何故か目の前のサエナではなく、横からだった。

 

「おやまぁサエナ、お前婿でも連れてきたのかい?」

「母さんっ!」

「カァサンッ!?」


 ドゥーエがサエナを捕まえたその場所、何の運命の悪戯か、そこはサエナの実家だったらしい。その家から出てきた女性に、慌てて身嗜みを整える。まさかこんなに早く、サエナの親と顔を合わせるとは想像もしていなかった。


「まぁまあ、遠いところまでようこそ。狭い所だけど上がって頂戴」

「母さんっ!」

「オカァサンッ!?」


 あっさりと家に上げようとする母親に冷や汗が止まらない。サエナが大掃討で大変な目にあった事を知らない筈がないのに、何故こうも朗らかに出来るのか。この人は、ウルディルドの人間が憎くはないのか、それとも何も聞かされていないのか、頭の中に悪い想像がグルグル回る。

 もしかして、家でリンチされるかも! と、とうとう顔を青ざめさせたドゥーエに、サエナの母は優しく言った。


「ああ、私は怒っちゃ居ませんよ。私も昔は戦乙女だもの、戦場に娘をやる覚悟はありますよ。それよりも、サエナにウルディルドで恋人が居たって近所の子に聞いてからは、それが気になって気になって」


 サエナは何も教えてくれないし、と口を尖らせた母親を目にして、何故か涙が込み上げる。


「そうっす! 俺がサエナの恋人っす!」

「っ違うだろ駄犬がっ!」

 

 胸を張って叫んだ直後、サエナの見事な拳が頭を襲う。そのあまりの威力に不覚にも意識を飛ばしたドゥーエはその後、サエナのベットで目を覚ますという、なんとも嬉しい幸運に恵まれる事となる。




「いやぁ! 君がサエナの恋人の!」

「違うってば父さん!」

「そうよそうよ、さっき玄関で求婚してたのよ~」

「だから違うって母さん!」

「なにっ、なら君は息子になるのかっ! いや~、俺は息子も欲しかったんだよ、嬉しいな~」

「っ父さん!」


 馬鹿言うな! と叫ぶサエナなの言葉など、この夫婦には届かないらしい。歓迎される筈もない、むしろ憎まれているかも、と思っていたサエナの両親に、思いがけず歓迎されて酷く困惑する。

 そりゃ歓迎されるに越した事は無いが、憎まれている覚悟を決めていただけに、肩透かしを食らった気分だ。


「その、オトウサンとオカアサンは、反対じゃないんすか?」


 父、母と呼べ! と言われ、馴れないながらもそう呼ぶドゥーエに、二人は顔を綻ばせる。


「そりゃ、私も怪我して帰ってきた最初は、腹が立ったけどね~」

「そうそう、でも思えば怪我なんてしょっちゅうだしなぁ」

「そうよそうよ、それよりも、今まで恋人なんて居なくて、このまま結婚出来ないんじゃないかって心配してたこの子に、恋人が出来たって知った時の喜びの方が大きかったわ」


 その言葉が心に響く。


 ――本当に、この夫婦は優しい。


 じわりと浮かんだ涙を拭い、頭を深く下げる。


「今回、サエナにも皆さんにも、ウルディルドのせいでご迷惑おかけしましたっ!」


 そう叫んで、もう一度深く頭を下げる。


「それを承知の上で、俺はサエナが好きなんですっ! だから、サエナを下さいっ!」


 ぐっと頭を下げたまま、二人の言葉を待つ。そんなドゥーエの頭に、本日二度目の衝撃が走った。


「貴様なっ、下さいも何も、私はお前と結婚する気はないぞっ!」

「えぇぇえっ! そんなぁぁあっ!」

 

 腕組みをするサエナにすがり付き、えぐえぐと涙を流す。どうやら、幸せな未来はまだ訪れないらしい。


「いいっすよ! 俺だって長期戦覚悟っす! 絶対に諦めないっすから!」


 そう叫んだドゥーエが、泣き落としでサエナの恋人という立場を取り戻すのは、すぐ先の話。そして、サエナの夫という立場を得るのは、もう少し先の事だった。


 ――そしてドゥーエは高らかに叫ぶ、自分は運が良い、天下一の幸せ者だと。 





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